記憶喪失事件から数日後。志乃は銀時の妹として、ある工場で住み込みで働いていた。
本来万事屋と真選組のバイトと色々忙しいはずの彼女だが、記憶を無くし、本当に妹だと思って頼ってくる銀時を、記憶が戻るまで護り支えようと思ったのだ。
ちなみに時雪にはこのことは話したが、真選組には何も連絡を入れてない。
そして今朝、仕事をしていると工場長が新入りを連れてやってきた。
志乃も銀時に抱き上げられて見てみると、そこには山崎がいた。山崎もこちらを見て、驚き思わず叫ぶ。
「い"い"い"い"い"い"い"!!万事屋の旦那と志乃ちゃん!?アンタら何でこんな所に!?」
「?」
志乃を下ろし、首を傾げる銀時に自分に気付いていないのかと思った山崎は、ごにょごにょと小さな声で素性をあっさり明かす。
「俺ですよ俺。真選組の山崎です。実は訳あって、潜入調査でここに潜り込んできたんですがね……」
「ザキ兄ィ、今銀は記憶喪失でね。昔のこと全部忘れちゃってんだ」
「記憶喪失!?ホントなの志乃ちゃん」
「そういうことなんでスイマセン。旧知のようですが僕は覚えてないんで。えーと、真選組の何?真ちゃんとか呼べばいいかな」
あっさりと真選組の名からあだ名をつけた銀時に、山崎は頭をパァンと叩く。
「ちょっとォォ!!潜入調査って言ってるでしょ……」
「ザキ兄ィ、潜入調査って言っちゃってる」
「あ"っ!!」
志乃の指摘に、山崎はバッと口を押さえた。
「何ですか貴方。人の頭パンパンパンパン。タンバリン奏者気取りですか。じゃあ潜入調査の潜ちゃんとかどうですか」
「嫌がらせ?山崎って言ってるでしょ」
「いや、覚えてないんでタンバラーで」
「覚えてないっつーか覚える気ねーじゃねーか!」
「無駄だタンバラー、もう諦めろ」
「何志乃ちゃんまで便乗してるの!!」
ザキ兄ィから一気にランクダウンした山崎。彼が志乃になめられてるのが目に見えた瞬間だった。
「そーいや、いつもとキャラが違う。目も死んでないし。え?でも万事屋は?他の連中はどうしたんですか」
「万事屋は……」
「銀」
言いかけた銀時の言葉を、志乃が遮った。
「後は私が説明するから。ほら、早く仕事戻りな。工場長ー!こいつ私に任せてくださーい、知り合いなんで」
志乃は手を挙げ、工場長に向かって叫ぶ。工場長は二つ返事で志乃に山崎を任せた。
********
志乃は工場での仕事を教えながら、山崎にこれまでの経緯を全て話した。
「え"っ、解散!?」
山崎が驚いて、志乃に詰め寄る。
「そ、それってホントなの志乃ちゃん……」
志乃は答えず、こくりと頷いた。
「銀は今、生まれ変わったつもりで生き直している。記憶が無くなる以前の自分の話を聞く度に、嫌になってたんだろうね……自分のことが。家族を助けられないで、何が妹だよ……バカみたい」
「志乃ちゃん……」
自嘲気味に笑った志乃は、手を動かして製品を作る。一つ作ったそれを手に取り、見つめながら口を開いた。
「私さ、ずっと誰かに護られ続けてたんだ。銀や、獣衆のみんなや、真選組に。おかしいよね。私、強いはずなのに。力を持ってるはずなのに、何で大切な人一人、護り切れないんだろう」
じわりと溢れてきた涙を拭って、続ける。
「銀が戻るためには、銀自身が頑張らなきゃいけない。何も出来ないのがすっごく悔しくてさ……。でも私、それでも銀の側にいてやろうと思って。銀の隣にいて、今度は私が銀を助けようって思ったんだ」
山崎は、涙混じりに話す志乃の横顔を見る。いつも明るい笑顔が、今日は少し曇っているように見えた。
「早く戻ってこないかな、銀」
「……そうだね」
山崎は彼女の想いを噛み締め、こくりと頷いた。
********
志乃から仕事を教わった山崎も、ラインに入って作業を開始する。しかし、上手く出来ずに工場長に怒られてしまう。
「オイぃぃぃ!テメっ、何やってんだァ!?こういう流れ作業は、一人がミスったらラインが全部止まっちまうんだよ!」
「ス……スイマセン」
「スイマセンじゃねーよテメーよォ、何度も同じこと言わせやがって。坂田の妹に習わなかったのか?簡単だろーがこんなモンよォォ、コレをここに乗せ、コイツを立てればいいだけだろーがァ!!」
この工場では、人形のような何かを作っている。
円柱に半球を乗せて棒に手を差す。半球に描かれた顔は死んだ魚のような目をしていた。
コレが何なのか、山崎が尋ねた。
「……っていうかコレ、何作ってんですか。この工場何を生産してるんですか?」
「アレだよお前、ジャスタウェイに決まってんだろーが!」
「だからジャスタウェイって何だって訊いてんだろーがァ!」
「ジャスタウェイはジャスタウェイ以外の何物でもない。それ以上でもそれ以下でもない!」
「ただのガラクタじゃないかァ!!労働意欲が失せるんだよ!なんかコレ見てると」
「てめーらは無心に、ただひたすら手ェ動かしてればいいんだよ。見ろォ坂田を!!」
工場長の言葉に銀時を見てみると、銀時は目にも留まらぬ速さで、ジャスタウェイをどんどん生産していた。
「流石坂田サンだ。ものスゴイ勢いでジャスタウェイが量産されてゆく!」
「次期工場長は奴しかいねーな。みんなも負けないように頑張れ!」
「そんなんで工場長決まるの!?おしまいだ!ここおしまいだよ!!」
銀時に感心する面々に、山崎はツッコミを入れていた。
志乃はそんな光景には目もくれず、先程工場長が放った言葉に引っかかりを感じていた。
まるで働いている自分達を、機械のように言う工場長。……あの男、絶対何か隠してる。まあ、今の状況じゃ、わからないか。
志乃が嘆息した瞬間、工場内に昼休みを告げる鐘が鳴った。
********
志乃は銀時、山崎と共に昼ご飯を食べていた。山崎は誰かとの通話を切り、こちらを向く。
「旦那ァ、志乃ちゃん。俺もうココ引き上げます。局長がなんか行方不明になってるらしくて」
「ジミー、アレくらいでへこたれるのかよ。誰だって最初は上手くいかない。人間何でも慣れさ」
「そうだよジミー、頑張って」
「ジミーって誰!?それはもしかして地味から来てるのか!?それから俺は密偵で来てるだけだから!!」
呼び名がいつのまにか決まっていたらしい。ジミーこと山崎は、銀時と志乃に忠告する。
「旦那も志乃ちゃんも、早いとこ引き払った方がいいですよ。ここの工場長、何かと黒い噂の絶えない野郎でね」
「!……やっぱり?」
「志乃ちゃん気付いてたの?」
「薄々ね……。で、噂って?」
志乃が問うと、山崎は詳しく説明した。
「巷じゃ職にあぶれた浪人を雇ってくれる人情派で通ってるらしいが、その実は攘夷浪士を囲い、幕府を転覆せんと企てる過激テロリストと噂されてるんです。他にも、この工場で裏じゃ攘夷浪士の武器を製造してるとか。近く、大量殺戮兵器を用いて大きなテロを起こそうとしているとか、ロクな噂がない」
「そうだったんだ……知らなかった」
「まァ、結果こんなモンしか出てきませんでしたが。火のない所に煙は立たないというし……」
工場長の疑惑を述べる山崎に、銀時が立ち上がって工場長を庇った。
「おやっさんがエロリストだと!言いがかりは止めろ」
「テロリストね」
「おやっさんはな、僕らを拾ってくれた恩人だぞ。なぁ志乃」
「う……うん……」
銀時の勢いに押され、志乃は頷いた。
「それに、僕は以前の堕落した自分は受け入れられない。妹のためにも、生き直そうと心に決めたんだ」
「…………」
山崎の視界に、ふと俯く志乃が映る。
戻ってきてほしい志乃と、生まれ変わりたい銀時。自分のことを思ってくれる銀時の気持ちは嬉しいものの、複雑だった。
工場の中から、銀時と志乃を呼ぶ声がした。二人の気持ちに首を突っ込むのは野暮と、山崎は去ろうとした。
しかし、中から現れた見覚えのある顔に、思わず固まる。
「坂田さん、ちょっと僕のジャスタウェイ見てくれませんか?どうですかコレ」
「そうだね。もうちょっとここ気持ち上の方がいいかな、ゴリさん」
ゴリさんと呼ばれたのは、真選組局長近藤勲本人だった。
「お前何してんのォォォォ!!」
行方不明と騒がれていた本人の登場に、山崎は近藤の左頬に怒りを込めた右ストレートをかました。その後すぐに、真選組に近藤発見の連絡を入れる。
銀時と志乃は、ダメージを受けた近藤を抱える。
「ゴリさァァん!!ゴリさん、しっかりしろ!ジミー、何て真似するんだ!」
「ザキ兄ィヤバいって!この人銀と同じように記憶を失っていて、頭はデリケートに扱ってやらないとスグ飛んじゃうんだよ!初期のファミコン並みなんだよ!」
志乃から聞いた衝撃の事実に、山崎は思わず手にしていた携帯を握り締めて折ってしまった。
「記憶喪失ぅ!?マジですか局長ォ!!アンタバカのくせに何ややこしい症状に見舞われてんのォォ!!バカのくせに!!」
「言い過ぎだぞジミー、バカはバカなりにバカな悩み抱えてんだ!!」
「うるせーよもうダリーよ!めんどくせーよ!おめーら」
「ザキ兄ィ、落ち着いて」
ツッコミ疲れ始めた山崎の肩に、志乃がポンと手を置く。
志乃は疲れた山崎の代わりに、近藤を説得しようとした。
「ほら近藤さん、帰ろう?」
「やめろぅ!!僕は江戸一番のジャスタウェイ職人になるって決めたんだ!何でもいいから一番になるっておやっさんと約束したんだ!!」
「だったら安心しな。アンタはもう既に世界一のバカになってるよ。さ、早く。こんなもん捨てて」
「あっ!」
志乃がジャスタウェイを抱える近藤の腕から一つそれを奪い、ポイと投げ捨てた瞬間。
ドゴォォォン!!
ジャスタウェイが、爆発した。それから、どんどんジャスタウェイの誘爆が始まった。
********
銀時、志乃、近藤、山崎は爆発から命からがら逃げ出し、悲鳴を上げながら走り続けていた。
まさかジャスタウェイが爆弾だと知らなかった四人は、とにかく必死で逃げる。
「ウソォォォォ!?ジャスタウェイがァァ!!」
「そんなァァ、僕ら爆弾を作らされてたってのか!?」
山崎と近藤が衝撃の事実に驚きながら逃げる。銀時は、未だ信じられない様子でいた。
「なんてこった、まさかホントにおやっさんが。確かに、幕府のせいでリストラされたとかあいつら皆殺しにしてやるとかいつもグチってたけど……まさかおやっさんが……」
「まさかじゃねーよ!!超一級の食材が揃ってるじゃないスかァァ!!豪華ディナーが出来上がるよ」
「悪いのはジャスタウェイではない。悪いのはおやっさんであってジャスタウェイに罪はない」
「局長ォォォォォ、まだ持ってたんスか!早く捨ててェェ!!」
「アハハ……これで、江戸の町が火の海に……全部私のせいだ!アハハッアハハハハハハッ!!」
「志乃ちゃァァァん!大丈夫だからとにかく落ち着いてェェェ!!」
錯乱した志乃の首根っこを銀時が引っ張り、屋根の上へと先導する。
「志乃、こっちだ!」
山崎が振り返ると、工場長が刀を持ってこちらへ迫ってきた。
やはり、工場長がテロリストだったらしい。
四人はおやっさんとはやり合えないと、建物の屋上に逃げ込もうとする。工場長が刀を振り上げてきた。パイプを伝って登っていた山崎が危ない。そう判断した志乃が動く前に、銀時がドラム缶を工場長へ投げ捨てた。
「ぐがぱァァ」
ドラム缶と共に落とされた工場長に、近藤がジャスタウェイを投げ捨てる。ジャスタウェイは爆発し、煙が立ち込めた。
志乃に引き上げられた山崎は、あっさり人一人を殺した二人に詰め寄る。
「おいィィィィィ!やり合えないんじゃなかったのかァァ!?おもっクソ殺っちゃったじゃないか!」
「そんな事言ったかゴリさん」
「ダメだ、思い出せない。記憶喪失だから」
「便利な記憶喪失だな、オイ!!」
山崎が二人にツッコむと、背後から誰かがこちらへ来る気配を察した。志乃は気配の近くにいた山崎を突き飛ばし、彼を背に庇うように前に出る。
煙の中から、刃が煌めいた。志乃はそれをかわし、金属バットに手をかけそれを振り抜いた。ギリギリと、鍔迫り合いを繰り広げる。
「なるほど、まさかテメェらがスパイだったとはな」
「おやっさん!」
銀時が、工場長を呼ぶ。志乃は工場長から目を離さず、叫んだ。
「早く逃げろ!!」
「バカ言うな!妹を置いて逃げられる兄がいるか!」
「くそっ」
工場長の刀を押し出し、払って突き離してから銀時達と共に逃げようとする。
しかし、その前に彼女の首に、刀が当てがわれた。
「志乃!!」
「チッ……だから逃げろっつったのに!!」
「ククク、動くんじゃねーぞ。残念だったな。こう見えてもかつては同心として悪党を追い回し、マムシの蛮蔵と呼ばれてたのさ。しつこさには定評があってね」
志乃は三人の男達に向かって、叫ぶ。
「バカ!私なんか構わず急いで逃げろ!!」
「やめてくれ、おやっさん!!人質なら俺がなる!だから、その子を解放してくれ!!」
「銀!!」
頭を下げて懇願する銀時に、志乃が苛立って怒鳴る。
こんな時、いつもの銀なら。そう思ってしまう自分がいた。
「無駄だ。てめーらが幕府の犬だとわかった以上、てめーら全員逃がさねェよ。てめーらのおかげで俺が長年かけて練ってきた計画も水の泡だ。もう少しで
三人は志乃を人質にとられ、捕らわれることとなった。