翌日。バイトを無断で休み、志乃は道中で出会った新八と共に万事屋に向かった。
しかし、そこには銀時だけで神楽の姿は無かった。
「ねぇ、銀。神楽は?」
「あ?アイツなら解雇したけど」
「そっか〜……って、え"え"!?」
「あ"あ"あ"あ"あ"あ"!?解雇ォ!?」
さらっと告げられた事実に、新八と志乃は驚いて銀時に詰め寄る。しかし銀時はどこ吹く風で、爪を切っていた。
「うるっせーな、デケー声出すんじゃねーよ。あ〜あ。深爪しちゃったよ。てめーらどーしてくれんだ」
「どーしたもこーしたもねーっつーの、このタコ!!」
「神楽ちゃん解雇したっていうんですか!!えっ!?じゃあ神楽ちゃんお父さんと一緒に帰っちゃったの!?」
「知らねーよ。帰ったんじゃね?もう一日経ってるし。良かったろォ、金貯めて実家に帰るとか言ってたのに手間が省けたんだから」
「そんな……」
「それにお前なァ、ガキとはいえ女の子が野郎の家に上がり込んでるっていうのはイカンよやっぱり。銀サンだったから無事だったものの、最近はロリコンとか流行ってんだからよ〜。俺が親父だったら殺しに行くね、その男を。鼻の穴に指をかけて背負い投げす……」
うんうんと頷く銀時の鼻の穴に、新八の指がぶっ刺されそのまま背負い投げされた。
突然椅子から投げ出された銀時は、鼻を押さえて痛みに悶える。
「いだだだだだだ!!取れた!!コレ絶対鼻取れた!何しやがんだァ!!」
「見損ないましたよ銀サン!アンタ神楽ちゃんの気持ちとか考えたことあんのかよ!」
倒した銀時を見下ろして、新八は怒る。そこから、二人の口論が始まった。
「あん!?家出娘を親の元に返して何がワリーんだよ!」
「お前は……ホントッバカな!ダメだわお前はホントッダメだ!」
「コラ、ダメガネてめっ眼鏡割ってただのダメにしてやろーか!?」
「アンタなんにもわかってないよ!!神楽ちゃんがどれだけ
新八の目に、ジワリと涙が滲む。それを堪えて、新八は背を向けた。
「もういい。銀サンがそういうつもりなら、僕も辞めさせてもらいます。仲間だと思ってたのは、僕らだけだったみたいですね」
「ちょっ、新八……」
志乃が咎めるのも聞き止めず、新八が店の戸を開ける。彼の背を見ずに、銀時も言った。
「辞めたきゃ辞めな。てめーも神楽も、こっちから頼んで来てもらった覚えはねェよ」
新八は何も言わず、戸を閉めて出て行ってしまった。
志乃は新八の背中を見送ってから、彼を見やった。
銀時は腰を摩りながら、鼻に突っ込んだティッシュを取り出す。
「……ったく、何だってんだどいつもこいつも。なァ志乃?」
「……………………」
銀時は視線をこちらへ投げるが、志乃は黙って並べられた机とソファを見るだけだった。
「んだよ、お前もアイツの味方か?」
「……違うよ。ただ……少し、寂しくなったなァって思ってさ」
ソファの上にふと、楽しげに笑い合う銀時、新八、神楽の三人が浮かぶ。
しかし、それももう見れなくなるのかもしれない。志乃はソファに座って、凭れかかった。
彼女を見ていた銀時は、ふと別の気配を感じる。振り向くと、襖の隙間から定春がこちらを覗いていた。
「………………何だ。文句あるのかコラ。エサ抜くぞ、あん?」
定春はくんくんと床の匂いを嗅いでいた。
神楽を捜しているのだろう。なんだかんだ言って、定春は神楽にとても懐いていた。
「出て行きたきゃお前も出てっていいんだぞ。大好きな神楽ちゃんも、もういないんだからよ」
定春は、今度は銀時の服に鼻を近付けた。
「んだよ、そんな所にいねーよ」
定春は銀時の服の中から、一通の手紙を取り出し、口に咥えた。
手紙を見た志乃は、定春に近付く。
「それ……?」
「……………………めざとい野郎だな。アイツの匂いがすんのか」
「え?それって、神楽のなの?」
志乃の問いに答えず、銀時はしゃがんで定春の口から手紙を取った。
「…………これで良かったんだよな。俺も親子ってのがどーいうもんなのかなんてよくわからねーが。…………これで良かったのさ」
新八と銀時が喧嘩した時。志乃は、何も言わなかった。何も言えなかった。
二人の神楽を思う気持ちは、一緒だったから。銀時の気持ちも新八の気持ちも、ずっと第三者として見てきた志乃には、痛い程伝わっていた。
……それなのに何でこうも違えるかねェ、人の気持ちってのは。
志乃は嘆息して、万事屋を出て行った。
********
「え?あのチャイナ娘、帰っちゃったの?」
志乃は時雪と共に、相変わらず入院生活を送っている小春、橘、お瀧、八雲の見舞いに行った。
志乃から事情を聴いた五人は、少し残念そうな顔をした。
その中で、時雪が口を開く。
「でも……仕方ないのかな。やっぱり、家族と一緒にいた方がいいのかも……」
「さァね、どうかしら。そもそもこの中で、家族との思い出がある奴なんてほとんどいないもの。あの娘の気持ちなんて、わからないわ」
「それに、親子の問題でしょう。部外者の私達が、簡単に首を突っ込んでいい問題でもないでしょうに」
小春と八雲が、他人事のようにあっさり言い切る。お瀧と橘も、彼らに乗せる形で言った。
「せやなァ。ま、帰るんなら帰るでちと静かになってまうな。お登勢さんもうるさいなんて言いながら、いつも嬉しそーやったし」
「別れなんて、生きてる内にたくさん経験するものだ。別に俺達がどうこう出来る立場でもない。あの娘が帰るなら見送ってやるのが筋ってものじゃないのか?」
「……そうかもしれませんけど……」
時雪は、チラリと志乃を見た。志乃は膝を抱えて、頭をその上に乗せている。彼女の気持ちを察して、彼らは何も言えなかった。
神楽は、志乃にとって初めて出来た、年の近い友達だった。かぶき町中に友達やら知り合いはたくさんいるものの、皆年の離れた者ばかり。
志乃は同じように思いっきり遊べる友達が、ずっと欲しかった。
そう思っていた矢先、出会ったのが神楽だった。
始めは彼女の奇天烈かつ超破壊的な行動に少々戸惑ったものの、万事屋繋がりで顔を合わせることが多くなったからか、いつの間にか打ち解けていた。
共にかぶき町を練り歩いて遊びに行ったり、一緒に悪い事を企んだり。とにかく、楽しかった。
「……神楽」
グスッと、志乃は鼻を啜る。時雪は彼女を心配そうに見つめた。
その時、付けっ放しだったテレビが、突然ニュースに変わった。テレビの中で、ナレーターが緊迫した様子で矢継ぎ早に状況を報道する。
「緊急速報です!!たった今入った情報によりますと、ターミナルの七番
「あら、なかなか派手にやってるわねェ」
小春がターミナルの惨状を見て、ボソッと呟く。
それを受けた八雲は、手にせんべいを取って志乃に向かって言った。
「そういえば志乃、貴女のバイト先で何やらそーいう事件抱えてませんでしたか?」
「え?あ……うん。なんでも、江戸に寄生型えいりあんが入ってきたって……」
答えながらテレビに目を向けた志乃は、流されている映像に驚いた。
ターミナルの壁から船の先端が露出し、そこに人影が映る。ズームすると、そこには傘を持ってえいりあんと戦う少女ーー神楽が映っていた。
「神楽!!」
志乃は椅子から勢いよく立ち上がり、金属バットを手にして病室から出ようとする。
「ちょっ、待って志乃!!」
時雪は彼女の腕を掴んで、羽交い締めにし引き止める。
「まさか、あそこに行くつもりじゃ……!!」
「行くよ!行くに決まってる!」
「ダメだ、行かないで!!死んじゃうよ!!」
「いやだ!!私は行く!!」
時雪を振り払おうと暴れる志乃。
テレビ越しにだが、友達が戦っている。それを黙って見守るなど、彼女には出来なかった。
「待ちなさい、志乃」
八雲が、声だけで彼女の動きを止める。志乃がこちらを振り返ったのを見て、話し始めた。
「志乃。彼女を救いに行くのですね?」
「ああ」
「貴女は死ぬかもしれませんよ?」
「ああ」
「……それでも、貴女は行くのですね?」
「ああ」
八雲の問いに、志乃は三回共同じ答えを出した。
八雲は小春、橘、お瀧と視線を交換し合い、頷いた。
「貴女の気持ちはわかりました。しかし、今のままでは貴女を行かせることは出来ません」
「!?何で!」
「あまりにも無謀です。志乃、よく考えなさい。相手は巨大なえいりあんですよ?金属バット一本で立ち向かえるような敵ではありません」
「っ……でも!!」
「志乃、アンタの気持ちはウチらにもよォわかる。せやから、落ち着いて聞きィ」
焦る彼女を諭すように、お瀧も割って入ってきた。
「ええか。アンタは"銀狼"や。銀狼は剣を得物とする一族やから、金属バットだけでも充分かもしれへん。せやけどなァ、今回の相手はマジモンの化け物や。正直、ウチらもあんな化け物相手に戦ったことあらへん。アンタがアイツに勝てる保証もあらへんねん」
「…………」
「せやから、志乃。アンタは自分の"本当の得物"を持ちィ」
「え?」
志乃がどういうことかと視線で尋ねると、橘が何やら奥からゴソゴソと取り出した。
橘が手に取ったのは、袋に入った刀だった。袋の口を開き、刀を取り出す。
「これは……刀?」
「違うよ、志乃」
刀を眺めていた彼女に並んで、時雪もそれを見る。
「確かに刀は刀だ。でもこれは、太刀だ」
「太刀?」
「まだ戦で馬に乗っていた時代、馬上から騎兵や歩兵を斬るのに使っていた刀だよ」
志乃が橘から太刀を受け取ると、自然と彼女の手に馴染んだ。
まるで何十年も前から、自分が生まれる前からずっと、出会えるとわかっていたかのような。運命のような感覚だった。
太刀に目を落とす志乃に、橘が言う。
「そいつの名は『
「兄ィも……!?」
驚いてバッと顔を上げる志乃に、橘は頷いて答える。志乃は再び太刀に目を落とし、グッと強く握り締めた。
「私達も後から必ず行くわ、志乃ちゃん」
小春が、拳銃を手にして不敵に笑ってみせる。しかし、時雪は彼女を止めようとした。
「何言ってるんですか、怪我が……!」
「フン。もうこんなの、ほとんど治ってるわよ。私達は元々怪我に強い体だから、そんな心配しないでちょうだい」
橘も、お瀧も、八雲も頷いた。
志乃は彼らを見つめ、決意を固めた表情で太刀を金属バットと共に帯に挿した。
「行ってくる」
志乃はバン!と強く扉を開けると、廊下を走り去っていった。
********
志乃は、スクーターでターミナルへ疾走する。逃げ惑う人々とは反対方向へ向かっているため、彼らを轢かぬようスクーターを空中へ飛ばして空を走っていた。
滑空する志乃は、いつもの藤色の浴衣ではなく、真選組の隊服を着ていた。一般市民は廃刀令により刀を持てないため、バイトの身ではあるが一応隊士であることを利用しようとしたのだ。
まあ、真選組が後でとやかく言ってきても、志乃にはそのほとんどを無視出来る自信があった。
ターミナルへの一本道を走っていると、定春に乗った銀時の姿を見た。
「銀ーー!!」
「?おっ、志乃」
志乃はスクーターを乗り捨て、定春の背中に着地した。そして、銀時の後ろに座る。
「どーした?今日はバイトか?」
「そーだね、仕事だよ仕事。アンタは?神楽を助けに来たんでしょ」
「…………違ーよ。そんなんじゃねーよ」
「ハイハイ、そーですか」
相変わらず素直じゃないなァ。志乃は思わず、表情が綻んだ。銀時は彼女が刀を持っていることに気付き、前を向きながら問う。
「お前、いーのか?
「何で?別に持ったっていーじゃん。今は役人なんだから」
「バカ、そーいうことじゃねーよ。お前……兄貴が悲しむぞ」
「あっそ。勝手に悲しんどきゃいいじゃん」
志乃は、昔から獣衆の面々に言われてきたことを思い出した。
刹乃は、志乃に刀を持つことを望んでいないと。それもわかっていた。でも。
「兄貴が敷いたレールを走るつもりはないよ。私は私の道を行く」
志乃は、大切なものを護るためだけに刀を取りたかった。
たとえ先祖や兄が人斬りと言われようと、興味はなかった。
先祖は先祖。兄は兄。自分は自分。血など、体の内側に通っているだけで自分の信念とは何の関係もない。
「私は、自分の護りたいと思うもののためだけに剣を取る。ただそれだけだよ」
「……そーかい。なら、一丁行きますか」
「おうよっ!」
銀時と志乃は視線を交わしてニヤリと笑い、前を見た。定春は人混みを掻き分け、真選組を飛び越える。
「旦那ァ!?嬢ちゃん!」
「お前ら、何……!?」
驚き声を上げる真選組を無視して、着地した定春。
彼の上に乗っていた銀時と志乃に、テレビカメラが向けられた。
「あ。これカメラ?これカメラ?」
「だね。何してんのこんな所で」
「えーと、映画えいりあんVSやくざ絶賛上映中。見に来てネ」
「感動間違いなしだよ!」
指を指してさらっと映画の告知をした銀時と志乃は、定春を走らせてえいりあんに向かっていった。