かぶき町一番街。ここにある店は、大抵居酒屋だったりスナックだったりカラオケだったりする。
かぶき町は、夜の街だ。先述した通り、昼はそこまででないにしろ、夜になると賑わいを見せる店が多い。特に夜の闇を照らすネオンが美しく、かぶき町全体を見下ろせる高台に登ると、夜空に煌めく星のような景色が見えるのだ。
しかし、ここはいわゆる大人の世界。まだ未成年である志乃は、夜には出歩くことを許されなかった。
それが今日、お詫びと称して人生初のホストクラブに招待されてしまったのだ。
ソファに座る彼女の隣を、イケメンの男が挟んでいる。世の女性が夢見る両手に花状態だが、志乃はぎこちない様子で水を飲んだ。
「お嬢さん、何になさいますか?」
「えっ!?あ……えと、じゃあ……フルーツの盛り合わせを」
突然声をかけられ、思わず声が裏返る。それほど、志乃は緊張していた。
落ち着かない。ひたすら落ち着かない。
幼少期はそれこそ男所帯で育ってきたものの、どちらかといえば彼らは兄のような存在ばかりだった。
それが突然女として扱われ、そうする男が近くにいる。それが何より耐えられなかった。
しかし、自分はあくまで招待を受けて来ているのだ。狂死郎や八郎の気持ちを蔑ろに出来ない。
運ばれてきたフルーツを食べようとフォークを持つが、その手に隣に座る男の手が重ねられる。それに思わず、びくりと竦んだ。
「あ、あの……?」
「フォークをお貸しください。俺達が……」
「いっ、いやっ!いい!いいから!結構です!」
「そんな遠慮なさらず」
「あっ……」
男は志乃の手からフォークを取り、イチゴを刺して志乃の口元に運ぶ。
「どうぞ」
「っ!!」
これはいわゆる、「あーん」というやつだ。
しかし志乃の脳裏には、あの日の嫌な記憶が蘇ってきた。
********
それは、いつかのカブト狩りの時。バーベキューを焼いていた真選組と、帰りが遅くなったので別れようとしたその時。
ちょんちょんと肩を
「んぐぅ!?」
「おー。なかなかいい食いっぷりじゃねーかィ、嬢ちゃん」
視線を少し上にやると、生粋のドS・沖田がニタニタと愉しげに笑っていた。
ーーやっぱテメェかコノヤロぉぉぉぉぉぉぉぉ!!
キッと睨みつけて叫ぼうとするが、口に突っ込まれたバーベキューが邪魔して、上手く喋れない。
「んぅ、んふぅっ」
「ホラホラどーした?食わねーのかィ」
バーベキューをぐりぐりと押し込まれ、息が出来ず苦しくて涙を溜める彼女を見下ろして、沖田はさらに口角を上げた。
「クク、可愛い顔でさァ。そそられるぜィ」
「ん……ん、く……ぅぅ……っ」
「何してんだてめーらァァァ!!」
土方の怒号と共に、ズバッとバーベキューが串ごと斬られる。押さえつけてくる力が無くなり、蹲ってすぐに咳き込んだ。
「かはっ……げほげほっ!ごほっ……」
苦しげに咳をする彼女の背を納刀した土方が摩る。それを見て、沖田は口を尖らせていた。
「何すんですかィ土方さん。せっかくいいとこだったのに……」
「いいとこもクソもあるかボケェ!ガキに何してんだテメェは!」
「何って、ただの予行演習でさァ。将来、突然バーベキューを口に突っ込まれた時、どう対処するかの練習ですよ」
「練習ってお前、いつそんなシチュエーションが舞い降りてくんだよ!!自分が楽しみたかっただけじゃねーか!」
「そうは言ってますが、見なせェ他の奴らを。みんな一様に興奮してますぜ。嬢ちゃんの苦しむ顔見て、ボーッと突っ立って興奮してますぜ」
「オイ今興奮してた奴出てこい!切腹だコラァ!!」
沖田の言う通り、真選組の面々は一部を除いて興奮していた。
普段はとても凛々しい志乃だが、苛められたり追い詰められたりすると、恥じらったり震えたりと一気に女の子らしくなる。
しかし、もちろん年端のいかないこの少女にそんな自覚はない。そのため、彼女には変な虫が寄ってきやすいのだ。
ゆえに、周囲はそのような下心満載の男を避けさせてきた。普段はそれが銀時もしくは新八の役だが、真選組では土方の役になるらしい。
しかし、やられるだけなのが、彼女ではない。
ようやく落ち着いた志乃は、金属バットを抜いて沖田に殴りかかった。
「お前ェェ何すんだコラァァァァ!!」
「おっと」
沖田はひょいと志乃の怒りの一撃をかわすと、それは沖田の背後にあった大木に当てられた。バットが一気に幹にめり込み、ミシミシと繊維が潰されていく。そして、最終的にその一撃は、木を真っ二つに折ってしまった。
倒れた木は、何故か近藤の脳天に吸い込まれるように落ちていった。
とんだとばっちりを受けた近藤を無視して、志乃は金属バットを振るい、沖田を追いかけ回し始めたーー。
********
「あの野郎ォォォォ、今度会ったら絶対ェぶっ飛ばしてやらァァァ!!」
一人回想シーンに浸っていた志乃が、金属バットを抜いてソファの上に立ち、天井に叫ぶ。それに驚いたホストが、彼女を宥めようとした。
「お、お嬢さん!?」
「ちょ、落ち着いてくださ……」
しかしその時。
ガシャァァァ!
遠くで、何かが割れるような音がする。
それに反応して振り返った瞬間、突如店に来ていた客が皆騒いで逃げていった。
「な、何だ!?」
「まさかまたアイツじゃ……」
「アイツ?」
汗を滲ませたホストが呟いた言葉に、反応する。
アイツって誰だ?単純な疑問が、志乃の頭の中に浮かぶ。
渦中の人物らを見に行こうと、制止するホストらをかわして近付いていった。
少し遠めから見てみると、ソファにでかい態度で座った男と狂死郎が睨み合うように対峙していた。その机の上で、八郎がヤクザのような男に取り押さえられている。
座っている男には、見覚えがあった。
その男も、こちらに気付いた。
「?オイ、そこの嬢ちゃん」
「!」
話題が自分から背後に立つ少女に移ったことで、狂死郎は驚いて志乃を振り返った。
「何や、どっかで見た顔や思たら……お前、万事屋の嬢ちゃんやないか」
「……へー、何でアンタがそんなこと知ってるわけ?プライバシーの侵害で訴えるよ?
興味無さそうに見やる勝男と、冷たい視線を向ける志乃。
「こんな所で会うたァ奇遇だね」
「せやな。ま、今日はオジキの勧誘ちゃうから、安心しィや」
「あっそ。じゃあ別件?大変だねアンタも」
志乃は腕組みをして、同情する。
彼女の背後に立つ狂死郎らは、何が何だかわからなかった。だが少なくとも、彼らの間に関係があるのは察せた。
その時。
「ちょっとォォォォ!!何やってんのォォ!!」
突然耳に入ってきた絶叫に、志乃は思わず目を見開いた。八郎を取り押さえた机の前に、母ちゃんが立っていたのだ。
「なっ……ちょ、母ちゃん……」
「血だらけじゃないのちょっとォォォ!どうしたのコレェェ!!」
「何や?このオバはん」
「ちょっとォォォ!コレっ……あのっ……ちょっとォォォ!!」
「何回言うねん」
「確かに柿ピーはお酒と合うけれどもォォ!食べ過ぎちゃダメって……」
「ピーナッツの食い過ぎでこない血ィ出るワケないやろ!!」
「柿とピーナッツは6:4の割合でイケと言ったじゃないのォォ!!」
「母ちゃん、ワケわかんないから。もう下がって面倒だから」
志乃が呆れて母ちゃんの肩に手を置くが、彼らに勝男が立ち上がって詰め寄る。
「オイ、オバはんええ加減にしいや。どっからわいて出たんか知らんけど、ワシら遊びに来たんちゃうねん。ナメとったらアカンど……」
何やら不穏な雰囲気に、サッと母ちゃんの前に出るが、勝男は自慢の七三ヘアーに手を添えて叫んだ。
「柿とピーナッツの割合は7:3に決まっとるやろーがァァ!!世の中の事は全てコレ7:3でピッチリ上手く分けられるよーなっとんじゃ!!7:3が宇宙万物根元の黄金比じゃボケコラカスぅ!!」
「7:3って、それ柿ピーじゃなくて柿の種食いたいだけじゃろーが!!テメーは一生猿カニ合戦読んでろボケコラクズぅ!!」
「アホか!!この比率が柿とピーナッツ双方を引き立たせる黄金比なんじゃボケコラブスゥ!!」
「テメーはその黄金比という言葉に酔ってるだけで考える事を放棄し、ただ明日を死んだように生きていけボケコラナスぅ!!」
「あのさ、私を挟んで口喧嘩はやめてくんない?唾飛んでんだけど」
志乃はジトッとした目で勝男と母ちゃんを順番に見て言う。
確かに、志乃は母ちゃんを守ろうと勝男との間に入ったが、当の母ちゃんは、ヤクザ相手に柿ピーの割合というなんともくだらない話題で議論を展開している。
もうこいつ最強か。母ちゃんは最強か。なんだか、体がグッと疲れてきたような気がした。
ヒートアップしていたのか、勝男も彼女に気がつかなかったらしい。
「ん?ああ、すまんのォ嬢ちゃん」
「討論ならこっちでやって」
そう言って、先程まで勝男が座っていた席を指さした。
「上等やオバはん、今夜は朝まで柿ピー生討論や」
「白黒ハッキリつけようじゃないのさ」
「アンタ何しに来たんだよ」
どうしてこうなった?志乃は思わず心の中でツッコミを入れた。
ソファに座った勝男は、机を蹴り飛ばす。
「酒持ってこんかい!!なんやこの店、ホストクラブのくせに接客もようせんのか?」
ホスト達が慄いて、情けない声を上げる。その時、聞き慣れた声が耳に入ってきた。
「今宵はホストクラブ高天原へようこそいらっしゃいました。当クラブトップ3ホストの一人、シンです」
「ギンです、ジャストドゥーイット」
「グラだぜフゥー」
ーー何やってんの。
喉まで出かかった言葉をなんとか呑み込み、ホストに扮した銀時達を見る。
「度胸あるやないか、こっち来い。ホンマはキレーなネェちゃんはべらしたいトコやけどな」
一度切ってから、勝男は思い出したように志乃に視線を移す。
「せや、お前もこっち来い嬢ちゃん。嬢ちゃんもなかなかキレーやさかいのォ」
「褒め言葉?私で我慢してやるってか?」
若干イラついた志乃だったが、腹いせにどかっとデカい態度で座ってやる。
一方、向かいに座る母ちゃんも銀時らに気付いていたが、すぐさま神楽にボディーブローを入れられた。
「アレ?お客さん。アララ〜もう潰れちゃったぜフゥー」
「いや、オバはんまだ飲んでへんで」
「勝男のおっちゃん、細かい事ァ気にしちゃあ負けだぜ」
勝男のツッコミを一蹴する。銀時は、母ちゃんを新八に預けた。
「オイ、シン。ババ……お客さんをあちらに寝かせてジャストドゥーイット」
「オッケェイ、我が命にかえても」
「何や、ウザイんやけど」
「だから言ってるだろ。気にしちゃあ負けだぜ」
再び志乃に一蹴された勝男だったが、話を元に戻そうと狂死郎を見る。
「まァ、エエわ。狂死郎はん、話を元に戻……」
「何飲みますか?」
「焼酎水割り、7:3で。話を元に戻……」
「焼酎3ですか?水3ですか?」
「焼酎や。話を元に戻……」
「焼酎3ですか?」
「せやから焼酎3やて!話を元に戻……」
「焼酎さん何飲みますか?」
「焼酎さんちゃうわァァ!!いや、焼酎3やけれども!この『3』は『さん』やのーてスリーや!焼酎スリー水セブン、オッケー?」
「オッケェー、我が命にかえても」
「流行んねーからそれ!さっきから何か押してるけども!イラッとくるからそれ!!」
長ったらしくて無駄なやり取りに疲れ、シャウトする。
ーーま、銀に口喧嘩売ったところで、大抵の人の負けは確定だからね。口じゃなくても強いけど。
勝男の隣に座る志乃は、銀時を見つめてフッと笑った。
ようやく少し落ち着いたところで、話を元に戻す。
「狂死郎はん、もう面倒やからぶっちゃけて話さしてもらうけどな。オタクのツレ、ケガさしとーないんやったらワシらの要求呑めっちゅー話や。悪い話やないやろ、簡単や。いつものように、甘いトークで女共誑かして、金落とさせたらエエねん。クスリ買わせてな。それでワシらこの店の用心棒代わりしたるし、儲けもキッチリ7:3で分けたろーゆーてんねん。もうこないな事も無くなるし万々歳やないの」
勝男は隣に座る神楽に、煙草の火をつけさせようとする。神楽は何故か、両手に火打ち石を持っていた。カンカンと甲高い音が鳴る中、話は続く。
「前にも言ったはずです。僕らは貴方達のような人達の力を借りるつもりはない。僕らは自分達の力だけでこの街で生きてきた。これからも変わるつもりはない」
煙草の前で打ち鳴らされていた火打ち石が、勝男の顔に当たる。
「ほぅ。ほなツレがどーなっても……いっ!ちょっともう痛い!痛いしうるさい!何で火打ち石?さっきからガツンガツン当たっとんねん」
頬を押さえながら、勝男は神楽にライターを差し出した。
「ライター無いんか。ほなコレ使って」
「いや、いいですプレゼントとか……重たい。なんか付き合ってみたいな」
「お前にあげたんちゃうちゅーねん!ソレ使って火ィつけて言うてんの!!」
「マジか!まさか身近にそーいうのがあったとは……」
「そーいうのって何や!お前何想像しとんねん!」
男が男にプレゼントを贈る。衆道好きの彼女にとっては、何よりも堪らないものであった。涎を垂らして想像する志乃に、勝男の一喝が入った。
神楽はライターを火打ち石で挟んで、粉々に壊してしまう。
「火打ち石とコラボレーションすな!!お前何さらしてくれとんねん。高かったんやでコレ」
「一丁前に高いモン持ってっからそーなるんだよ。私を見てみろ、質素だぞ。質素が過ぎて最早素朴だぞコノヤロー」
「金属バット高かった言うとったやんけ。どこが質素で素朴やねん」
その時、ヤクザに取り押さえられている八郎が叫んだ。
「狂死郎さん!!オラに構うことはない!こんな奴らの言いなりになるな!!泥水啜って顔まで変えて、それでもオラ達自分達の足で歩いていこうって、この街で生きていこうって決めたじゃないか!!」
志乃が八郎を見上げたその瞬間、彼女の隣に座っていた勝男が八郎のアフロを掴んで床に投げ飛ばした。
「ええ度胸やないかァ。ほなこの街で生きてくゆーのがどんだけ恐いか教えたるで」
勝男は八郎の右手を足で踏み付け、抜刀する。
「エンコヅメゆーの知っとるか?ワシらヤクザはケジメつける時、指落とすんや。とりわけ
「やめろっ!!」
止めようとした狂死郎をヤクザが押さえる中、勝男は刀を振り上げた。
「今更遅いで。お前らとワシらじゃ覚悟がちゃうちゅーこと、思い知れやァァ!!」
刀が、八郎の手に振り下ろされたその時。
ーーバキィィン!
刀身が折れ、刃先と柄とがそれぞれクルクルと飛んでいく。
「アンタさ、切腹って知ってる?私ら侍はケジメつける時、腹切んだよ」
勝男の眼下には、金属バットを振った後の志乃が立っていた。
彼女がこちらを見て、不敵に笑う。その赤い目は、何よりも鋭かった。
「なかなか痛いからやりたかねーんだがな」
「……お前、ホンマ誰やねん」
「なァに、しがないただの万事屋だよ。アンタらよりもっと重たい覚悟持って生きてる、ね」
ニタリとほくそ笑んだ志乃に、ヤクザ達が大勢襲いかかってくる。志乃は大声で、奥の方に注文した。
「お兄さん、ドンペリ三本よろしくゥ!」
「オッケェイ、我が命にかえても!」
銀時がサムズアップをしたのと同時に、叫んだ。
「ドンペルィィィニョ三本入りまぁーす!!」
「はーい!」
奥から新八が、ドンペリ三本を回転させながら投げる。銀時はその内の二本を手にし、ヤクザ二人に叩きつけた。
そして最後の一本を手にし、勝男に振り下ろそうとしたが、銀時の目前に、串が向けられた。
「そううまくはいかんで、世の中」
その時、勝男の懐から携帯のメールの着信音が鳴った。なんと、勝男の愛犬メルちゃんが無事出産したらしい。
それを聞いた瞬間、勝男は一目散に引き上げていった。
ーーお前仕事よりも愛犬か。
呆れて、溜息を吐く。しかし、兎にも角にも騒動は一時収まった。それに、一同がホッとした。
ボロボロになりながらも立ち上がった八郎が、礼を言う。
「あ……ありがとうございました。皆さん助かりましたァ」
「ったく、手間かけさせてくれるね」
「ま、母ちゃん目の前で息子死なせるワケにはいかねーからな」
「母ちゃん?」
八郎が、キョトンとした様子で銀時を見つめた。
「とぼけんじゃねーよ。どうして隠してたか知らねーがもういいだろ。名乗り出てやれやあのババアによー」
「いや、何を言っているのかよく……」
「いい加減にして下さい。お母さんがどれだけ貴方を心配したと思ってんですか」
「え?……いや、でもオラの母さんもう死んでるし」
「は?」
今度は志乃がキョトンとした様子で、顔を顰めた。
「死んでるって何?アンタの中では死んだってコト?」
「死にました、一年前に。ちなみにオラ息子じゃなくて、こう見えても元娘です。オナベですから、オラ。八郎は源氏名、本名は花子です」
え?じゃあこの人は探してた人とは別人?じゃあ私らのあの苦労は何だったワケ?
衝撃の事実に言葉を失った銀時と新八、志乃の背後から、神楽が駆け寄ってきた。
「おばちゃんが…………どこ探してもいないアル‼︎ひょっとして、連中に攫われてしまったのかも……!」
「!!母ちゃんが!!」
「えっ?」
志乃の視線が向けられた先には、かぶき町No. 1ホスト、本城狂死郎がいた。
つまり、依頼主の母ちゃんが探していた息子とは、狂死郎のことだったのだ。