外の雨はすっかり止み、敷地内のある庭で柳生一門と恒道館メンバーが対峙していた。
試合のルールはこうだ。
勝負は七対七のサバイバル戦。得物は木刀を使う。
柳生屋敷の敷地内であれば、どこに行っても構わず、その中で戦いを行う。
皿を各々自分の体のどこかに付け、それを割られた者は試合から抜ける。それぞれのグループの中で大将を一人決め、それが討ち取られたら負け、最後に大将が残っているグループが勝ちというものだ。
それ以外に、特にルールはない。
つまり複数で一人を囲んでも、逃げ回っても構わない。まるで喧嘩だ。
しかしこれは、柳生流に伝わる合戦演習だという。合戦の状況を模して戦うとは、柳生流はただの道場剣法ではないらしい。
ふと、志乃が気付いたことを口にする。
「ちょっと待って。アンタらさっき七対七っつったけど、あと二人いないじゃん」
「その心配は要らん。ここにいないだけで、人数はちゃんと足りている。ちなみに僕とこの柳生四天王、僕のパパ上は大将ではない。我等の大将は既にこの屋敷のどこかにいる。我々を相手にせず、そいつを探して倒せば勝てるぞ」
「ふーん、ハンデか何かのつもり?なめられたモンだねェ」
志乃の目の色が変わる。まるで獲物を狙うかのような、鋭い視線だ。
パン、と拳を掌に叩きつけ、挑発的に笑ってみせた。
「上等だコノヤロー。てめーらのそのスカした鼻、へし折ってやる」
しかし柳生一門の連中は彼女の挑発を間に受けず、去っていった。その背中に、舌打ちをする。
なめられるのは一番嫌いだ。拳を打ち付けた掌を握り、バキボキと指を鳴らす。完全に殺気立っていた。
「野郎ォォ……ツラ潰すだけじゃあ足りねーなァ。あいつら全員に複雑骨折負わせてやんよ……」
「志乃ちゃん落ち着いて!嫌な予感しかしないから落ち着いて!地獄絵図見そうな気がするから落ち着いて!」
新八のツッコミにより宥められた志乃は、仕方なく溜息を吐いて苛立ちを体の外に吐き出す。
近藤もイラついていたのは同じらしく、新八の皿を腰辺りに取り付けていた。
「もうムカつくからさァ、こっちも大将ムキ出していこうぜ!丸出しでいこうぜ、いつやられてもOKみたいなカンジで‼︎」
「OKじゃないっスよ‼︎一発KOですそんなトコ!ってか僕が大将⁉︎」
不服を述べる新八に、土方が諭すように言う。
「あたりめーだろ。不本意だが俺達ゃ一応、恒道館の門弟ってことになってんだ」
「んな事言ったって、もっと強い人が大将の方が……」
「何言ってんの新八。アンタ、姉ちゃん助けたくてここに来たんだろーが。自分から喧嘩売っといて、引くのはナシだぜ。
「志乃ちゃん……」
腕組みして叱咤する志乃の言葉を、噛み締める。その間に志乃は、皿を新八の心臓辺りに取り付けた。
「だからさァ、もうやられたら終わりってことでよくね?皿割られたら同時に死ぬってことでよくね?ホラ、決死の覚悟っつーか何つーか……」
「よくねーよ‼︎そんな覚悟いるかァァァ‼︎」
志乃の提案をシャウトで叩き落とした新八。その肩に近藤が手を置いた。
「心配要らんぞ、新八君は俺が命を張って護る!色々話したい事あるしな、ウチに住むか俺がそっちに住むか……」
「すいません、誰か他の人にしてください!」
本気でイヤそうだ。志乃は心の中でドンマイ、と呟き合掌した。
沖田が、話題を皿の位置に移す。
「んな事より、皆さんどこに皿付けるんでェ?嬢ちゃんの言う通り、これで結構生死が分かれるぜィ。土方さんは負けるつもり一切ないんで、眼球に付けるらしいでさァ」
「オイ、眼球抉り出されてーのかてめーは?」
ナチュラルに右目に皿を付けられた土方。それに呆れ、銀時が溜息を吐く。
「グダグダ考えても割れる時は割れるんだよ。適当に貼っとけ適当に。よし、俺はココにしよう」
そう言って銀時の皿は、空いていた土方の左目に付けられた。
「だから何で俺だァァァ‼︎てめーの皿だろーがァァ‼︎」
「片眼だけだと向こうの九兵衛君とキャラがカブるだろーがァ!」
「そーだよ、そんな事もわかんねーのか⁉︎いや、お前ならわかるだろ!空気を読めェェ‼︎」
「読んでみろ土方‼︎お前なら読めるはずだ土方‼︎」
「黙っとけやドSトリオ!」
銀時に便乗して、志乃と沖田も土方をいじりまくる。
これも、数々の激戦を切り抜けてきた我らが成せる業……いや、違うか。
しかし、志乃も皿をどこに付けるか悩んでいた。
胸に付けるのは谷間が出来て不安定だし、腰に付けるのは屈んだ時に割れそうだし……。
うーむと腕組みしていた時、神楽が声を上げた。
「私スゴイ事考えたアル!足の裏、コレ歩いてたら見えなくね?スゴクネ?コレ。これなら絶対気付かれないアル!」
キャッホオオオオと興奮する神楽だったが、足を下ろした瞬間、皿を割ってしまった。
「痛っ〜。何か踏んだアル。切れたアル、足」
「誤魔化してんじゃねェェ‼︎お前何してんだァ‼︎勝負始まる前に皿粉砕って‼︎」
銀時にツッコミとビンタを食らっていた。しかし、予想外の事態に全員が焦る。
「どうすんだコレ⁉︎どうなるんだコレ‼︎」
「まだ勝負始まってないから取り替えてもいいんじゃないすか?」
「柳生の人に言って皿貰おう。まだ時間あるし。行こ、神楽」
「オイ待て」
皿を貰いに行こうとした志乃を、土方が咎める。
「敵の作戦がわからねー以上、単独行動は危険だ。近藤さんと志乃は大将の守備、こっち四人は二人づつ二手に分かれて別ルートで敵の大将を狙うぞ」
「じゃあ、私と銀ちゃんで決まりアルナ。汚職警官とタッグなんてご免こうむるネ。私と銀ちゃんさえいれば地球は回るネ」
「てめーらと組むつもりなんざサラサラねェよ。丁度ツラ見んのは嫌になってたトコだ。こっから別行動だ。行くぜ総悟」
土方が沖田を促すが、ついてくるどころか影も来ない。
「トシ兄ィ、あのドSコンビ勝手に行っちゃってるけど」
志乃は、自由気ままにあっちこっちに行く銀時と沖田を指さした。
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皿を貰いに行った土方と神楽の背中を見送ってからしばらくすると、開戦の狼煙が立ち昇った。それを見た志乃は焦る。
「あ、やべ。ちょっと待って。まだ皿付けてない」
「まだ付ける場所に悩んでたの⁉︎」
「いや、バレにくい箇所ってどこかな〜って……ま、いいや。面倒だから背中に付けよっと」
「オイぃぃ!そこはマズイだろ‼︎背中に不意打ち食らったら一発でアウトだよ!」
新八のツッコミも何もかも無視して、皿を背中に取り付ける。ぎゅっと腹の前で布の紐を結び、気合い十分だ。
「大丈夫だって。やられる前にやれって言うだろ」
木刀を腰に挿し、トントンとその場で軽く跳躍してから、志乃は土方らが向かった方向へ歩き出した。
「あっ!ちょ、志乃ちゃんどこ行くの⁉︎」
「なんかあっちで乱闘の予感。楽しそうだから見に行ってくる。後で合流しようぜ」
新八が止めるのも聞かず、志乃は楽しげな
その笑顔は、あどけなさを感じながらも狂気を垣間見せた。
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「おお〜、初っ端から派手にやってんなァオイ」
障子は粉砕され、所々に何故か岩の破片が転がっている。よく見ると廊下や障子があった所までボロボロだ。
ここはまさしく戦場。戦闘一族の彼女の血が騒ぐ。
ふと、屋敷に上がって逃げる神楽と沖田、それを追い障子をぶっ壊す西野が見えた。
神楽は右腕を押さえ、沖田は右足を引き摺っている。二人共、それが使えぬようだ。
「マズイな……助太刀した方がいいかな?いや……」
助けに行くべきかと悩んだ志乃だが、背後に立ち上がった気配を感じ、その必要はないかと割り切った。
「私もマズイみたいだしねェ、助けられねーや」
「よくわかってるじゃねーか、お嬢ちゃん」
振り返ると、頭から血を流した南戸がいた。
「何?アンタ開戦早々ケガとか。雑兵か何か?」
「雑兵?言ってくれるねェ、お嬢ちゃん。カワイイ顔してなかなか毒舌だな。そーいう女も好きだぜ」
「黙れキモいわ。男性器みてーなツラしやがって」
「何でお前がそれ知ってんだァァァ‼︎」
「ごちゃごちゃうるさい」
自分よりずっと年下の、しかも少女にまで顔を揶揄された南戸。さらにその上、彼女に一蹴された。
「で?アンタが私の相手してくれんの?」
「ま、出会ったからにはそーいうことになるな。しかし、俺の相手がこんなカワイイお嬢ちゃんとは」
「…………なめてんの?」
「オイオイ、そんな怒るなよ。大丈夫、ちゃんと手加減はしてや……」
ーードカァッ!
南戸が言い終わる前に、志乃が一足飛びで跳んで、距離を詰める。木刀を握り締め、力強く南戸を吹き飛ばした。
ドサッと地面に倒れた南戸を見下ろし、歩み寄ってくる。
「うるせえっつってんのが聞こえなかったのか。ツラツラ御託並べてるヒマあんなら、その手加減とやらで
木刀を肩に置き、冷たい視線で見下す。
地面に手をつき起き上がった南戸は、木刀を持ち直して立ち上がった。
「いっつぅ……やるじゃねーか、お嬢ちゃん」
「いちいち喋んな、ウゼェんだよ」
志乃は一歩踏み込み、再び南戸との距離を縮める。
突きを繰り出した木刀は南戸のそれに受け止められ、そのまま鍔迫り合いに持ち込まれる。
木刀をいなした志乃は、右足を上げて南戸の腹に打ち込んだ。
呻き声を上げて後退した南戸の隙を逃さず、志乃は下方から木刀を振り上げた。
「うるァァァァァァァ‼︎」
気合いの怒号と共に、南戸をカチ上げる。見事顎にクリーンヒットした。
しかし、南戸を気絶させても勝ちではない。皿を割らなければ。
宙に打ち上げられた南戸が、地面に叩きつけられる。しっかりと受け身をとったらしく、頭は強打しなかった。
しかし、志乃は違和感を感じた。
彼は頭を守るというよりかは、首の後ろを守ろうとしているように見えたのだ。
もしかして。
志乃は木刀を左手に持ち、居合い斬りの構えをとる。
頭を押さえて再び体を起こした南戸の首の後ろに狙いを定め、一気に加速した。
ヒュンッ
風を切る音が、二人の耳に入ってくる。
南戸は視線だけを、背後に立つ志乃に向ける。
「……オイ。何やってんだお嬢ちゃん?まさか、今ので俺を倒したつもりか?残念だが、お嬢ちゃんの一撃はどこにも当たってねェ」
志乃は南戸の声を無視して、木刀を腰に挿した。
彼女を振り返った南戸は、その小さな背中に皿が付いているのを見る。
「そこにあったか」
ペロリと舌舐めずりをした南戸は、木刀を振るい、志乃に襲いかかった。
しかし。
パカン
やけに乾いた音が、響く。
割れたのは、志乃の皿でなく、首の後ろに隠していた南戸の皿だった。
うなじにあった感覚が無くなり、南戸は呆然と目の前に立つ少女の背を見つめた。
「まさか……あの一瞬で⁉︎」
南戸を振り返り、ニィッと口角を上げてみせる。
「悪いね、私はこれでも最恐と畏れられた一族の末裔でね。剣と喧嘩じゃ、誰にも負けねーよ」
驚きを隠せない南戸を通り過ぎて、志乃は神楽と沖田の助太刀をすべく、屋敷の中に入っていった。