屋敷の奥に進むと、新八と近藤の背中が見えた。
さらにその前の襖に凭れかかるように、沖田と西野が倒れている。二人は気を失っているようだった。
近藤が沖田を抱き起こし、必死に呼びかけても、何の反応も示さない。
「………………許せねェ。絶対許せねェェェェ‼︎ここまでやる必要あんのかよォ‼︎皿割ったら終わりじゃねーのかよ!奴ら……人を痛ぶんのを楽しんでるとしか思えねェ!」
怒りのあまり、近藤が叫ぶ。
志乃もつい先程、南戸を倒してきたが、アレはどちらかといえば彼が弱過ぎただけだった。真選組の中でも最強と謳われる沖田が、こうもやられるとは思いもよらなかった。
ふと、志乃の爪先にコツンと何かが当たる。そこには、携帯が落ちていた。
それを拾い上げ、何か証拠が無いかと写真を見てみる。彼女の様子に気付いた新八も、志乃の背中越しに画面を見つめた。
北大路、西野、南戸が写った写真の次。血を流して倒れる西野と沖田を足蹴に、神楽が勝ち誇った笑みを浮かべていた。
新八と志乃は思わず絶句した。彼らの後ろで、近藤が未だに怒りを煮え立たせていた。
「チクショオオ一体誰なんだ、こんな酷い真似した奴はァァ‼︎」
新八は不意に志乃の手から携帯を奪い取ると、それをめちゃくちゃに踏んで粉砕した。
「総悟ォ、お前の仇は絶対俺がとってやる!なっ、新八君!志乃ちゃん!」
「チキショーー‼︎沖田さんやったの誰だコルァァァ‼︎皆目見当つかねーよ‼︎見つけたらマジブッ殺してやんよ‼︎」
「…………」
とても言えなかった。よもや沖田をやった犯人が、万事屋の看板娘だなんて。
志乃は頭を抱えて、必死に先程の写真を忘れようとした。
新八が叫んだ勢いで次々と奥の襖を近藤と共に開けていく。
ついに反対側の庭に繋がる部屋へ辿り着くと、そこでは土方と北大路が、何故か食事をしていた。
「あ、スイマセンお食事中」
「間違えました」
新八と近藤が襖を閉めようとするのを止め、志乃が力一杯襖を解放した。
「違ーだろ‼︎何やってんだてめーらァァァ‼︎」
敵と食事をする二人に、思いっきりツッコむ。
北大路はそんな彼女に見向きもせず言った。
「腹が減っては戦も出来ぬ。どうだ?貴様らも」
「丁重にお断りするよ」
「敵の作った料理なんて食えるかァ‼︎つーかお前さっきも何か食ってなかった⁉︎」
「土方さんアンタ何のんびりくつろいでんですか⁉︎三人でそいつやっちゃいましょうよ‼︎」
「オイてめーら、余計な手ェ出すなよ。コイツは俺のチャーハンだ」
「チャーハンかいィィ‼︎」
ツッコミ疲れた。
嘆息した志乃は呆れながら、目の前のまったりとした食事風景を見る。北大路にいたっては土方にケチャップを取ってもらっていた。緊張感などありゃしない。
北大路が、口を開く。
「凡人にはわかるまいよ。既に勝負は始まっているということに」
「勝負だァ?これのどこが勝負だよ。大食い勝負か?」
「武士とは飯の食べ方一つ、箸の持ち方一つでも自分の流儀でいくものだ。日常の行動、所作、全てが己を律する厳しい鎖。日常全てが己の精神を鍛える修行だ。そうして武士の強靭な鉄の魂は培われる。土方十四郎よ、貴様にはあるか?己を縛る鎖というものが」
北大路はケチャップのキャップを開け、容器から搾り出すようにケチャップをオムライスにかけていく。
その量といったら凄まじい。最早オムライスよりもケチャップを食べているようなものだ。
そしてそれを、何の躊躇もなく食べ始める。
「一つ言っておこう。俺は周囲からは生粋のケチャラーと思われているが、実はトマトの類が大の苦手。見るだけで吐き気がする。これが俺の鎖……嫌いなものを過度に食することにより折れない強靭な精神を作り上げる。今では苦手だったトマトも大好きになり、トマトにケチャップをかけて食すほど」
「それもう修行になってねーよ‼︎ただの不摂生じゃねーか‼︎」
なんだそのバカげた修行!ただケチャップ食いてェだけじゃねーかァァ‼︎てめーはケチャップ一本丸呑みしてろバーカ!
思うところは多かったが、上げるとキリがないので心の内に留めておく。
しかし、ここまで見せられたら、負けず嫌いのあの男が黙っているはずがない。チラリと土方に視線をやると、彼もチャーハンにマヨネーズを搾り出すようにかけていた。
その量といったら凄まじい。最早チャーハンよりもマヨネーズを食べているようなものだ。
そしてそれを、何の躊躇もなく食べ始める。
「ちなみに一つ言っておこう。俺は周囲から生粋のマヨラーと思われているが、実はマヨの類が大嫌いで、あの赤いキャップを見るだけで吐き気がする」
「ウソ吐くんじゃねェェ‼︎てめーバカか?バカだろ⁉︎バカだよ‼︎」
何なんだコイツら!何でこんなくだらねーことで張り合ってんだ⁉︎お互い不摂生だよバカヤロー!
またしても思うところが多かったが、上げるとキリがないので、心の内に留めておく。
食事を終えた北大路は、手を合わせた。
「……フン、伊達に『鬼の副長』と呼ばれているわけではないという事か。……なかなかに面白い食事だった」
「煙草吸いてェな。灰皿あるか」
土方が尋ねた瞬間、二人は一斉に机に踏み込み、木刀を交える。その衝撃で、机が大破してしまった。
「煙草の前にごちそうさまはどうした」
「クソまずい飯ごちそーさんでした」
北大路が机の上から皿を取り、土方に投げつける。咄嗟にそれを受け取った隙をつき、さらに突きを繰り出した。
土方はそれを足の裏で受け止め、障子ごと吹っ飛ばされるが、見事着地した。
北大路は感嘆するように、彼の体さばきを見ていた。
「ほう、想像以上の反応だ。並外れた身体能力、反射神経。数多の死線を潜り抜け、培った勘と度胸。実戦剣術とはよく言ったもの。並大抵の剣客では及ぶまい。だが、そんな戦い方が通じるのは三流まで。達人同士の勝負においては通用せん」
「てめーが達人だって?虫も殺した事がねェようなツラしやがって、ボンボンが」
「殺し合いだけが剣術ではないぞ。かかってこい」
「ぬかしやがれ‼︎」
駆け出した土方が、大きく木刀を振るう。それを跳躍してかわした北大路は、空中で土方の背後をとった。
「貴様の手は読めているぞ。敢えて大技で隙を作り敵を誘い、打ち込んできたところを、その持ち前の勘で捉えて捌く」
「てめーの動きも読めてんだよ‼︎」
空中で振り被る北大路に向けて、木刀を振り回した。しかし、そこに彼は居らず、空振りに終わる。
「勘が良すぎるんだよ貴様は」
先程立っていた地点にいつの間にか戻っていた北大路の一撃が、土方を襲う。土方は咄嗟に体を捻り、大きな皿への直撃を防いだ。
「トシ兄ィ‼︎」
土方を案じて、志乃は縁側に駆け寄る。彼女の隣に立ち、同じく二人の戦いを見守っていた近藤が呟いた。
「まずい。あの男、トシの癖をあの短時間で見抜いた」
「癖?」
聞き止めた志乃が、どういうことかと問いかける。
「俺達真選組の得意とする真剣での立ち合いにおいて、相手の一太刀を受けることは即ち死を表す。たとえ命を拾っても、深手を負えばそれは死に直結する」
ゆえに、彼らに絶対的に求められるのは危機察知能力だと言う。
研ぎ澄まされた直感力で相手の気配を察知し、敵の攻めを制す。昔から最前線で戦ってきた土方は、誰よりもその能力に長ける。
だが、北大路の得意とする道場剣術は、敵を斬るよりも敵の意表を突き、一本取る術に長けるもの。
彼の前では土方の尋常ならざる勘の良さは仇になる。しかも、土方の的はとても大きい。いつもより過敏に反応せざるを得ないのだ。
北大路はそれを利用し、攻防自在に転じ、それに反応した土方の隙を突いている。
「攻めると見せて引き、引いたと見せて攻める。無数の擬餌を、無意識で反応してしまうギリギリのレベルで繰り出してくる」
近藤の言う通り、その弱点を見事突かれ、土方は防戦一方だった。擬餌に何度も反応してしまい、苦戦を強いられている。
ついに土方は北大路の突きに吹き飛ばされ、橋の上から池に落とされてしまった。
「トシ兄ィィィ‼︎」
木刀を抜き、加勢しようとした志乃を、近藤が引き止める。
「近藤さん⁉︎」
「志乃ちゃん、すまん。だが、ここは耐えてくれ。トシならきっと大丈夫だ」
「…………っ」
肩越しに見上げた近藤の横顔も、土方を案じていた。それにそれ以上何も言えず、ぐっと歯痒い気持ちを抑えつける。
しかし、そこまで長く我慢出来るほど、彼女は大人ではなかった。
「トシ兄ィッ‼︎」
「‼︎志乃ちゃん⁉︎」
近藤の腕の下をくぐり、庭へ下りる。橋の上に立つ北大路は、そんな彼女を見下ろした。
「次の相手は貴様か。無謀な事を考える娘だ。あの男の末路を見ていなかったのか?」
「無謀かどうかは私が決める。でも……アンタは一つ間違ってる」
ビッと北大路に木刀を向けて、キッパリと言い切る。
「アンタの相手は、私じゃない」
「……何だと?」
ピクッと北大路が顔をしかめたその時。
橋を突き破って、土方が池の中から躍り出た。木刀の一閃は北大路の上着を掠め、土方は再び彼と対峙した。
「まだやるのか」
「たりめーだ。てめーの相手はあのガキじゃねェ。俺だ」
そう言って、土方は不敵に笑い、煙草を咥える。
「腕一本捥げようが、足一本取られようが、首繋がってる限り戦わなきゃならねーのが真剣勝負ってもんだ」
北大路は嘆息して、呆れたように言う。
「これだから、野蛮な芋流派は嫌にな……」
「そーいや、灰皿借りたぜ。煙草吸わねーと調子出ねーんだ」
ピッと、皿を見せる土方。北大路が思わず目を見張り、自身の胸に付けていたはずの皿を見下ろした。
しかし、そこに皿はなかった。
ーーまさか。俺の……皿?
「貴様ァァあの時‼︎返っ……」
土方に駆け寄ったその時、布の紐に付けた皿が、上着からぶら下がる。
土方が見せた皿は、戦いの最初に北大路が投げつけた皿だったのだ。
「擬餌だか何だか知らねーが、騙くらかし合いなら負けねーよ」
焦った北大路の隙を突いて背後にまわった土方は、北大路をぶん殴り、橋の手すりごと破壊して池に落とし返した。
感嘆の声を上げ、志乃はパチパチと乾いた拍手を土方に送った。そんな彼女に、ジロリと鋭い視線を投げかける。
「邪魔すんなっつったろ、クソガキ」
「ハイハイ、無謀な事をしようとした志乃ちゃんが悪うございました〜」
肩を竦めて悪戯に笑う彼女に、土方は舌打ちをするだけだった。
この話を書いた日の昼食が、ちょうどチャーハンでした。
もちろん、マヨネーズは…………
かけませんでした。
変な冒険はしない主義なもんで。