銀狼 銀魂版   作:支倉貢

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ルールは破ってナンボ

翌日。最近庭にやってくる三毛の小猫と戯れていた志乃の耳にとんでもない話が入ってきた。

 

あの土方が、浪士達に囲まれて、土下座して助けてくれと泣きついたという。

 

もちろん、志乃は信じなかった。あの土方が、敵に対して命乞いなどするはずがないと。そんなことをするくらいなら、逆に浪士数人を叩き斬るのが彼だ。

しかし、それは見事に瓦解することとなった。

 

********

 

土方と見廻りに市中へ出ていた志乃は、彼と肩を並べて歩いていた。

街の中に攘夷浪士がいるかもしれない、と隣の土方が目を光らせて歩いていたのだが、ふとその土方が他方へ足を向ける。

 

「トシ兄ィ?そっちのルートは……」

 

普段の土方ならば、決まった道や場所をその通り歩いているのだが、今日は何やら違った。

別の方向に、しかも真っ直ぐに歩いていく。志乃が呼び止めても、足を止めない。

彼が足を踏み入れた先はーーアニメグッズ専門店だった。

 

「は?」

 

脳内をクエスチョンマークが埋め尽くし、ポカンとしてギャラリーを眺める土方の背中を見る。しかもギャラリーを見るだけでなく、店の中に入っていった。

 

「は?え、ちょっ……」

 

本来なら、見廻り中に店に立ち寄ることは許されていないはずだ。志乃も過去に団子屋に入ろうとして、土方に拳骨を食らって止められたことがある。

その土方が、あっさりと店の中に消えていった。

 

それから彼を待つこと数十分。ようやく、店の中から土方が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

両手に紙袋を、合わせて5個ほど持って。

 

「………………」

 

「…………………………」

 

志乃は呆然として、何も言えなかった。

これは夢か。ぎゅーっと頬を抓ってみると、痛みを感じる。どうやら夢ではないらしい。

そのままお互い無言を貫きながら、二人は屯所へ帰っていった。

 

********

 

またある時。拷問部屋の近くを歩いていると、数人の隊士らが部屋から出ていき、扉を閉めたのを見た。

そういえば、土方は拷問のプロだと聞いたことがある。どんなプロだよ、と思ったが、なんでもかなり(むご)いらしいのだ。

子供の怖いもの見たさとはまさにこのことで、志乃はこっそりと拷問部屋に近付き、扉をゆっくりと開けた。

 

「ちょっとォォォ⁉︎何やってんの嬢ちゃんんんんん‼︎」

 

「わっ」

 

しかし、そこを隊士らに見られ、すぐさま手で目隠しをされる。

 

「ちょっと何すんだよ!離せ!」

 

「ダメだ!嬢ちゃんは見ちゃダメだ!刺激が強すぎる!」

 

「見ちゃダメって言われたら見るのがお約束だろーが!」

 

隊士らを振り切り、扉を勢いよく開ける。そこでは、土方と浪士が布団を並べて、二人揃って横になっていた。

 

「何、好きな人とかいるの?」

 

「いや……別に……いないけど」

 

「なんだよ〜、俺も言ったんだからお前も言えよな〜。ズリー、ズリーよ!ハメたな!ハメたろ!お前も吐けよ〜‼︎」

 

「わかった!わかったって、吐くよ‼︎」

 

ーーそんなものを吐かせてどーする‼︎

 

志乃は呆れて、ゆっくりと扉を閉めた。

 

********

 

太陽が温かく輝く、昼下がり。

 

「にゃーにゃー。最近のトシ兄ィはどうしちゃったんだにゃー」

 

「みぃ?」

 

縁側で寝転がり、頬杖をついて小猫に尋ねてみる。しかし、もちろん猫にそんなことがわかるはずもなく、小猫は後ろ足で器用に頭を掻くだけだった。

ゴロンと仰向けになると、小猫がこちらへやってきて、ペロペロと鼻を舐めてくる。

 

「こら、くすぐったいって」

 

止めるよう言っても、小猫は構わず舐め回してくる。志乃は諦めて、されるがままになった。

天井を眺めながら、手首に巻いた赤い紐を解き、太陽に翳す。

まだ髪が長かった頃、ポニーテールに括っていた髪紐。あれからずっと、志乃はそれを手首に巻いていた。

 

気付いた時には、既にそれがあった。物心つく前から、自分を見守ってくれている。銀時からは、お守りだと教わった。

それからずっと、肌身離さず身につけているお守り。

 

「…………」

 

ぼんやりとそれを見ていた志乃はふと起き上がり、鏡を取り出す。それに続いて、小猫がすかさず志乃の膝に乗った。

鏡に映る自分を見ながら、髪紐を首の後ろにやり、頭の上で括ろうとするが。

 

するり

 

「あれェ?」

 

紐がスルリと抜けてしまって、上手く結べない。もう一度、と紐を頭の上にやるが、再びすり抜けた。

 

「むー……」

 

幾度となく挑戦しても、髪質のせいか否か、紐がずり落ちてしまう。腕が疲れて、志乃は嘆息しながら仰向けに倒れた。

 

「ダメだー……出来ない」

 

「何が出来ないんだい?」

 

「!」

 

部屋に入ってきた気配に気付いて、ガバッと勢いよく起き上がる。この気配は。

 

「鴨兄ィ……」

 

「こんにちは、志乃ちゃん」

 

にこり、と優しい微笑みを浮かべた伊東は、志乃の隣に腰掛けた。いつもの制服ではなく、私服に身を包む彼を見て、なんだか新鮮な気持ちになった。

猫達に餌をやると、そこに数匹の猫が群がってくる。志乃の膝の上に座っていた小猫も、餌の元に向かう。

 

「何かしていたのか?志乃ちゃん」

 

「ん?あー……いや、実はさ。これ頭に巻こうとしてたんだけど、上手くいかなくて」

 

志乃が赤い髪紐を差し出すと、伊東が不思議そうな眼差しでそれを見つめた。

 

「それは?」

 

「私のお守り」

 

「お守り……」

 

「昔は髪が長かったからさ。コイツで結んでたんだよ」

 

志乃はぐーっと両手を挙げて伸びをする。もちろん欠伸付きだ。

その時、ふと伊東が手を差し出した。

 

「貸してくれ。僕がやってあげよう」

 

志乃は若干驚いたものの、伊東に紐を手渡す。それを受け取り、伊東は志乃の髪に紐を通した。

 

「ちょっと失礼」

 

一言詫びてから、志乃の首の後ろに手をまわした。紐をくぐらせ、再び頭の上に持っていく。

紐を少し引っ張り、右側で蝶々結びにした。

 

「ハイ、出来たよ」

 

それまでちゃんと大人しくしていた志乃は、鏡を手にしてそれを覗き込む。

細長い紐は右側に蝶々結びで飾られ、カチューシャのようになっていた。銀髪に赤い紐が映えて、とても可愛く見える。

嬉しくて、じわじわと胸の奥が温かくなり、頬が熱くなる。

 

「カワイイっ!」

 

「喜んでもらえてよかった」

 

「すごいすごい!ありがとう鴨兄ィ‼︎」

 

「っ⁉︎」

 

満面の笑みを浮かべて、志乃は嬉しさのあまり伊東に抱きついた。不意に彼女の両腕に捕まった伊東は、咄嗟に彼女の肩を掴んで、引き剥がす。

初めてだった。誰かに抱きしめられるなど。

 

「……鴨兄ィ?」

 

どうしたのかと視線を向けてくる志乃に気付き、ハッとする。

 

「……ダメだよ志乃ちゃん。女の子が、軽々しく男に抱きついちゃ」

 

なんとか平静を装って、笑顔を取り繕う。志乃も悪いことをしたと感じ、「ごめんなさい」と謝った。

動揺しなかったわけではない。確実に彼の心は乱されていた。突然の少女の抱擁によって。

 

「みぃ」

 

志乃の足を登って、ちょこんと小猫が縁側でおすわりをする。

 

「見て見てコレ!カワイイでしょにゃー」

 

語尾がおかしいような気もするが。

そんなツッコミを心の中で入れながら、伊東は寝転ぶ彼女を見やる。志乃は、伊東に結んでもらった紐を嬉しそうに指さし、小猫相手に自慢していた。

やはり、ただの子供か。一息吐いた伊東は、本題を話し始めた。

 

「そういえば志乃ちゃん。明日みんなで武州に行くんだが、知らないか?」

 

「武州に?」

 

頬杖をついたまま、伊東を見上げる。

 

「武州って確か、近藤さん達の故郷だよね。何で?帰省?」

 

「いや、本来の目的は真選組の隊士募集なんだがね。遠征というよりかはちょっとした旅行みたいなものなんだ」

 

「へー、楽しそうだね!」

 

床に手をついて上体を起こし、足を前に出して座る。すかさず膝に乗った小猫を撫でつつ、志乃は青空を見上げた。

 

「いいな、帰る所があって」

 

「志乃ちゃんは江戸生まれじゃないのか?」

 

「うん。ま、つっても故郷のことなんて何も覚えてないけどね。ガキの頃に出て行っちゃったから」

 

切なげに青空を眺める志乃の横顔に、伊東が提案する。

 

「僕達と一緒に行くかい?遠征に」

 

「え?」

 

志乃の大きな赤眼が見開かれ、伊東に向けられる。志乃はジッと彼を見つめた。

彼女の脳裏に、八雲の占いが過る。

近い内に、真選組内で引き起こされる波乱。それが何を意味するのか、まだ彼女にはわからない。しかし、おそらくそれは確実に起こる。

 

ーーもしかして、これが波乱の正体……?

 

では、この遠征に参加しないのが正解か。それとも、参加するのが正解か。

前者は自分への被害は無くなるが、真選組に対する被害は免れない。それ自体に波乱が起きるのだから、当たり前だが。

では、後者はどうか。参加して、動き方によっては真選組を護ることが出来るかもしれない。

ならば。志乃の考えが固まるのは、早かった。

 

「じゃあ……」

 

「おーい嬢ちゃん」

 

志乃が口を開いた瞬間、第三者の声が入ってくる。

沖田が部屋の壁に凭れて、こちらを見ていた。気配を消していたらしく、流石の志乃でも気付けなかった。

 

「総兄ィ……?」

 

「嬢ちゃん、明日から休みだぜィ。俺達が帰ってくるまで、ここに来んな」

 

「は?」

 

沖田は懐からピラッと一枚紙を取り出し、こちらへ歩み寄ってきた志乃に突きつける。

紙を見てみると、『霧島志乃 休暇命令』と書かれてあった。

 

「え、何コレ」

 

「近藤さんが渡してくれって。最近嬢ちゃん働きすぎだし、やっぱガキにゃ働くより遊ぶ時間のが大切でさァ。だから、俺らが帰ってくるまで屯所に立ち入り禁止な」

 

「いや、あの……意味わかんないんだけど」

 

「ま、そーいうことだ。ってことで明日から来なくていいぜィ。遠征にも来んなよ」

 

「ちょっと⁉︎総兄ィ!」

 

沖田はくるりと踵を返すと、イヤホンをつけて去っていく。その背中を見つめて、志乃は立ち尽くした。

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