翌日。実質真選組から追い出された志乃は、暇だったので久々に銀時の家に転がり込んだ。昨日伊東に結ってもらった紐は、自分では結べないため、そのままになっている。
「おーっす、お久」
「志乃ちゃァァん‼︎」
「ぐふっ⁉︎」
ガラッと扉を開けた瞬間、神楽が弾丸のごとく飛び込んで抱きついてくる。鳩尾にジャストミート。両足の筋肉を総動員して、なんとか踏みとどまる。
「ひ、久しぶり、神楽……」
「久しぶりネ!最近私の出番無かったから、本当に久しぶりヨ」
「何気にメタ発言だよね、うん」
神楽からなんとか逃れ、ソファに座り、ボーッとテレビを眺める銀時を見る。
「やっほ。ほら、今日は米持ってってやったよ」
「おー、そこ置いといてくれ」
こちらに見向きもせず、鼻をほじりながら答える。相変わらずの彼に、志乃は肩を竦めた。
米の入った袋を部屋の隅に置いてから、ソファに座る。しかし、ここでふともう一人いないことに気付いた。
「アレ?師匠は?」
そう。いつも部屋に入ると手土産を受け取ってくれる新八がいない。いないどころか気配もない。
銀時を振り返ると、黙ってテレビを指さした。すかさず新聞のテレビ欄に目を通すと、この時間は「オタクサミット 朝まで生討論」がやっていた。
『大体ね、オタクって一口で全て一緒にするのはおかしい‼︎僕等はアイドルっていう一応現実にいる存在を応援しているけれど、意味がわからないのがアニメとかゲーム、二次元の女の子に恋している人達ですよね。結局二次元の女の子に恋焦がれてても成就しないでしょ、時間の無駄でしょ』
「……何やってんのアイツ」
「奇遇だな、俺もそれ思った」
ポツリと志乃が呟いたのを受けて、銀時も同意する。テレビの中では、あの親衛隊隊長・新八がいた。
うわァ……スゴイよコイツ。なんかスゴイ境地に辿り着いちゃってるよ。日本全国に愛という名の恥を晒しちゃってるよ。
生温かい目で新八を見ていると、画面がグラサンをかけた肩出し革ジャンの男に切り替わった。
『あっ、ちょっと異議があるんだけどもいいかな?あのォ〜、つまり53番は三次元オタクは僕等二次元オタクより現実を見てるって言いたいんだろうけども。じゃあ訊きたいんだけども、君はアイドルを応援していれば、いつか結婚出来るとでも思っているのかな』
『‼︎……それは』
言い淀んだ新八に、肩出し革ジャン男・トッシーが一気に畳み掛ける。
『出来ないよね?つまり君ら三次元オタクと二次元オタクは叶わない恋をしているってことにおいてさァ、同じ穴のムジナであって』
『いやいや、それは違うじゃん!いやそれは違うよ!確かにぶっちゃけアイドルと結婚なんて無理だよ。でも100%じゃないじゃん。君らは100%無理だけど』
『いや、ないよね確実に』
新八とトッシーが討論が繰り広げていたが、最終的には二次元派と三次元派の間で会場全てを巻き込んだ乱闘に発展してしまった。
何やってんだよ。呆れた志乃は伸びをした。しかし。
「……ん?」
トッシーのグラサンが外れる。その素顔を凝視していると、銀時も違和感に気付いた。
「アレ?コイツ……どっかで見た顔だな……」
「…………ああああああ‼︎」
記憶を辿っていた志乃が、突如大声を出して画面を指さす。
「んだよ、うるせーな。どうした?」
「ア、アレ……トシ兄ィだ!トシ兄ィだよ‼︎」
「え?…………あああああ⁉︎……何やってんだアイツ?」
志乃のおかげで疑問が解消されたものの、次の瞬間には冷めて呆れる銀時であったーー。
********
その後、新八が何故かトッシー改め土方を引き連れて帰ってきた。志乃は銀時達の後ろに立ち、一緒に会話を聞いていた。
新八が、目の前に座る土方に頭を下げる。
「…………あのォ、すいませんでした。まさかあんな所に貴方がいると思わなかったもんで……」
「いや……いいんだよ。この限定モノのフィギュア『トモエ5000』が無事だっただけでも良しとするさ」
「…………ああ、ありがとうございます」
「……ねェ、アンタ本当にトシ兄ィだよね?土方十四郎だよね?」
今でも信じられない志乃は、訝しげな視線で土方に問う。明らかに疑い、警戒していた。
土方は警察手帳を見せる。
「何を言ってるんだよ〜霧島氏」
「霧島氏⁉︎」
「この通り、正真正銘土方十四郎でござる」
「ござる⁉︎」
喋り方もノリも、全くの別人のようだ。
おそらく土方本人であることには違いないだろうが、ものすごい変貌ぶりである。
まるで虎から兎に変わったようだ。たった一日会わなかっただけで、こんなにも人は変わるものなのか。
志乃が唖然とする中、新八が真選組のことを尋ねた。
「あの……土方さん」
「何だい志村氏」
「あの……仕事はどうしたんですか。昼間からこんな所プラついて」
「仕事?ああ、真選組なら、クビになったでござる」
「「え"え"え"え"え"⁉︎」」
新八と志乃が、驚きのあまり身を乗り出す。
「真選組を⁉︎真選組辞めたの⁉︎なななな、何でェ⁉︎」
「んー、まァつまらない人間関係とか嫌になっちゃってね〜。危険な仕事だし。大体僕に向いてなかったんだよね〜。元々第一志望アニメ声優だったしね〜」
「そうなの⁉︎そうだったの⁉︎」
「まァ今は働かないで生きていける手段を探してるってカンジかな〜。働いたら負けだと思ってる」
「ニートだ‼︎ニートの考え方だよオイ!銀と同じ考え方だ!」
「誰がニートだ‼︎一緒にすんじゃねーよ‼︎」
志乃の失言に憤慨した銀時が、彼女の首に腕をまわして締め上げる。苦しくてバタバタと暴れる志乃を無視して、話は続けられる。
その間必死に抜け出そうとジタバタしていたが、なかなか解けない。
こうなったら最後の手段。志乃は口を開けて、思いっきり銀時の腕に噛み付いた。
「っでェェェェ‼︎」
「ぶはぁっ!はー、はーっ」
不意打ちで食らった噛み付きに耐えかねた銀時が、悲鳴を上げる。
その隙になんとか逃れ、志乃は呼吸を整えていた。
「てんめェェェ何しやがんだクソガキぃぃぃぃぃ‼︎」
「うるせー‼︎妹絞め殺そうとする兄貴がいるかバカヤロー‼︎」
「喧嘩しないでください二人共!行きますよ」
兄妹喧嘩を始めようとしていた銀時と志乃を、新八が咎めた。
行くってどこに?先程から自身の生存のために暴れていた志乃は、全く話が読めなかった。
********
やってきたのは、刀鍛冶の看板が目印の、鉄子の店。早速土方の刀を、鉄子がじっと見つめる。
「この表と裏揃った刃紋。間違いない、
「あれ?トシ兄ィの刀ってこんなだったっけ?」
鉄子の隣で、志乃も刀を眺めた。刃紋の形も違うし、いつも所々にあった傷がないし、鍔のデザインも違う。
そういえば真選組でも、新しい刀を買ったと話していたが……。
考えるのを一度片隅に置いて、鉄子に尋ねる。
「ねぇ、村麻紗って何?」
「室町時代の刀匠、千子村麻紗によって打たれた名刀だ。その斬れ味もさることながら、人の魂を食らう妖刀としても知られている」
「妖刀?」
志乃が再び村麻紗に目を移した瞬間、土方がグイッと鉄子に顔を近付けた。
「妖刀?ホントに妖刀でござるか‼︎中から美女が出てきたりするでござるか‼︎」
「そんなわけあるかァァァ‼︎」
すかさず、志乃が土方の顔面を蹴りつける。銀時に袋叩きにされるのを遠目に見ながら、鉄子を振り返った。
「妖刀って……どんな妖刀だっていうの」
「………………」
押し黙る鉄子。志乃は一気に不安になった。
まさか、土方が妖刀の呪いで死んでしまうのでは……。
鉄子が、口を開く。
「母親に村麻紗で斬られた、引きこもりの息子の怨念が宿っているらしい」
「……は?」
「つーかどんな妖刀ォォォォ⁉︎」
志乃は思わず耳を疑った。もちろん新八はツッコんだ。
動揺は皆同じらしく、一様にポカンとしていた。
「伝説では、普段は不登校でアニメばっか見てるくせに、修学旅行だけ行きたいと言い出したらしい。流石に母親もキレて……その時使われたのが村麻紗なんだ」
「どんだけ具体的な伝説⁉︎最近だよねそれ!ニュースでやってそうだよね、それ!」
「村麻紗を一度腰に帯びた者は引きこもりの息子の怨念に取り憑かれ、アニメ及び二次元メディアに対する興味が増幅され、それと反比例し働く意欲、戦う意志は薄弱になっていく。即ち、ヘタレたオタクになる」
そういえばこの間の見廻りで、土方は仕事中にも関わらず、アニメグッズショップに赴き買い物までしていた事を思い出した。さらにその以前には、様々な不可解な行動も多かったと聞く。
もし、もし本当に土方の刀が妖刀だとしたら。
「最早、その男の本来の魂は、残っていないかもしれない。妖刀に食い尽くされ、既に別人となっていても、何らおかしくない。もう本来のそいつは、戻ってくることはないかもしれない」
「……………………そんな…………」
土方が消える。身体は残っても、彼の魂が。まるで、頭を硬いもので殴られたような感覚に陥った。
ショック、という言葉が一番当てはまるだろう。しかも自分で思っているよりもそれは大きかったらしく、志乃はそのまま何も言葉に出来なかった。
その時、煙臭い匂いが鼻を掠める。まさか。勢いよく振り返ると、土方が煙草を持っていた。それに気付いた銀時達も、土方を見る。
「お前……ひょっとして………………」
「……トシ兄ィ」
「やれやれ。最後の一本吸いに来たら、目の前にいるのが……よりによっててめーらたァ。俺もヤキが回ったもんだ。まァいい……コイツで……最後だ……ワラだろうが何だろうが縋ってやらァ……」
「トシ兄ィ!」
村麻紗に侵食されるギリギリのところで抵抗しているらしい。不敵に笑ってみせているものの、その顔には汗が滲んでいた。
「いいかァ、時間がねェ。一度しか言わねェ……てめーらに……最初で最後の頼みがある」
そうして、土方は志乃達に向かって、頭を下げた。
「頼……む。真選組を……俺の……俺達の真選組を、護って……く……れ……」
そこには、プライドも何もなく。
ただ一人の男の、大切なもののために縋る姿が、そこにあった。
波乱。
八雲の占いは、やはり当たった。