鉄子の店を出た銀時達は、帰路を歩いていた。志乃も彼らについていきながらも、ずっと下を見て歩いていた。
真選組内の異変。伊東が確かに怪しいような気もしていた。
伊東はかねてから土方の悪評を流していたし、彼に与している隊士も少なくない。
そうでなくても、彼は局長である近藤から「先生」と呼ばれていた。
隊内のトップである近藤が伊東を立てれば立てるほど、他の隊士もそれに追従せざるを得なくなる。それは自然と、伊東の地位を高めていることに繋がった。
そんな隊内でも発言力の強い彼が、様子のおかしい土方に対して罰を言い渡したら。通る可能性も否定出来ない。
では何故、土方を廃したのだろうか。彼らの不仲は隊内でも噂されるほどで有名なのだが、蹴落とすだけではいけないのだろうか。
副長である土方を、真選組内から廃する理由は……。
「……まさか」
最悪の結論に、思わず足を止める。
ーー伊東は、真選組を乗っ取ろうと……?
「わぶっ」
「!」
突然立ち止まった志乃にぶつかり、後ろを歩いていた土方は尻餅をついてしまう。
我に返った志乃は、すぐに土方に手を差し伸べた。
「ご、ごめんトシ兄ィ」
「大丈夫でござるよ、霧島氏」
そうだった。目の前のこの男は、もう自分の知っている男じゃない。
志乃に引っ張られ立ち上がった土方は、「あ、そうだ」と思い出したように志乃の肩を掴んだ。
「霧島氏、頼みがあるでござる。実は今日、レアモノの限定美少女フィギュアの販売会なんだけど、一人一個までしか売ってくれないんだ」
「?」
「しかし拙者としては保存用と観賞用、そして実用用に3個揃えておきたいところでね。そこで霧島氏……」
バキィッ
志乃の怒りのハイキックが、土方の顔面を捉える。それを皮切りに、銀時達も袋叩きに参加した。
「てめーは少しは恥や外聞を覚えろォォォ‼︎」
「実用って何に使うつもりだァ‼︎」
「心配してんのがアホらしくなってくんだろーが‼︎」
「返せ‼︎私らの心の平穏を返せバカヤロー‼︎」
何だか自分がバカらしくなってきた。その怒りを込めて、とにかく土方を踏み付けまくった。
するとその時、側にパトカーが止まる。中から隊士らが、何やら慌てた様子で降りてきた。
「大変なんです副長ォ‼︎スグに……スグに隊に戻ってください!」
「何かあったの?」
「山崎さんが……山崎さんが‼︎」
「……ザキ兄ィがどうしたの?」
山崎の名を出され、志乃は思わず一歩前に出た。
「何者かに……殺害されました!」
「‼︎」
「どういうことだ、それ‼︎」
声を荒げ、隊士らを問い詰める。彼女のプレッシャーに圧されつつも、隊士らは説明した。
「屯所の外れで血塗れで倒れている所を発見されたんですが、もうその時には……下手人はまだ見つかっておりません!」
「チッ、波乱ってこーいうことかよ……!」
隊士の一人が、土方の腕を掴んで引っ張る。パトカーに乗せようとしていた。
「とにかく!一度屯所に戻ってきてください」
「え……でも拙者クビになった身だし」
「そんな事言ってる場合じゃないでしょ‼︎」
「さっ、早く」
ーーゾッ‼︎
一瞬で、志乃の背筋を悪寒が駆け上がる。
この感じ、波乱を予感した時と同じ……!
そう思うが早いか、志乃は一歩踏み込んだ。
「副長も、山崎の所へ」
隊士らが抜刀した次の瞬間、銀時が土方の首根っこを掴み、新八と神楽と共にその場から脱し、路地に逃げ込んだ。
志乃は追いかけようとする隊士の足を引っ掛けて転ばせ、彼らを食い止める。
「オイオイ、味方同士で殺し合いか?そんなん局中法度で許されてたっけねェ」
相手は四人。もちろんこの程度、志乃にとっては楽勝だった。しかし、手は抜かない。
どんな相手でも、常に真剣に向き合って戦え。最近、師匠の新八から教わった言葉だ。
相棒の金属バットを抜いて、隊士らと対峙する。
「アイツ殺したきゃ、私を殺してからにしな。ここは通さねーよ」
「悪いが嬢ちゃんは、我々と共に来てもらう」
「へぇー、何で?私はアンタらの敵だよ?」
「たかが女一人だ‼︎かかれェェェ‼︎」
気合いの怒号と共に、一斉に斬りかかってくる。金属バットを構えた志乃の後ろから、こちらへ猛スピードでやってくる気配を感じた。
刹那、志乃は上空へ跳躍する。空振りに終わった隊士らが志乃を見上げた瞬間、止めておいた車が彼らに突進してきた。
路地からボロボロになったパトカーが、鮮やかなドリフトを見せる。その上に、志乃は着地を決めた。
「志乃ちゃん、こっち!」
後部座席から顔を出した新八が、天井にいる志乃に手を差し出す。彼の手を掴んで、そのまま後部座席に転がるように乗り込んだ。
「ありがと、師匠」
「ぇっ⁉︎あ、いや……どうも」
師匠と呼ばれるのに未だ慣れていない新八は、呼んだだけでいちいち照れる。もちろん今回も照れていた。
「ニヤニヤすんな、気持ちワリーんだヨ」
「してねーよ!照れてはいるけど百歩譲ってニヤニヤはしてねーよ!」
してたよ、思いっきり。横槍を入れたかったが、取り敢えず我慢する。
運転する銀時が、おもむろにマイクを手に取った。
「あーあー、こちら三番隊こちら三番隊。応答願いますどーぞ」
『土方は見つかったか?』
「見つかりましたが、超カワイクて強い味方がついていまして、敵いませんでした。どーぞアル」
『アル?』
銀時からマイクを奪った神楽が答えたが、語尾のせいで怪しまれてしまう。
銀時が神楽の頭を叩く横で、さらに志乃がマイクを奪い取った。
「すいません、マイクの調子がちょいとおかしいみたいです」
『まぁいい。どんな手段を使ってでも殺せ。近藤を消したとしても、土方がいたのでは意味がない。近藤暗殺を前に、不安要素は全て除く。近藤土方、両者が消えれば、真選組は残らず全て、伊東派に恭順するはず』
占いは当たっていた。やはり。
しかも、どうやらかなり物騒な波乱だ。
自分の勘の良さと、八雲の占いの的中率の高さに、思わず苦笑する。
『
「了解。で、近藤の方はどうなんですか?」
『近藤の方は半ば成功したようなものだ。伊東さんの仕込んだ通り、隊士募集の遠征につき、既に列車の中。付き従う隊士は、全て
そういえば昨日、伊東からその話を持ちかけられた。
遠征に志乃を参加させ、近藤諸共殺すつもりだったのだろうか。それとも、自分を彼の手中に収めるため?
ーーまさか総兄ィ、これを予測して……?
沖田は志乃を護るために、真選組から距離を置かせたのか。
土方の方は真選組から追放することが目的ではなく、おそらく最初から消すつもりだったのだろう。局中法度を犯した彼への罰として。
しかし、真選組結成当時からの仲間である近藤らが、それを許すはずがない。だから、謹慎処分となった。
真選組を我が物にしようとする伊東が、象徴でもある二人を消すのは納得がいく。
しかし、何故伊東が志乃までもを巻き込もうとしたのか。先程の隊士らとの戦闘でも、彼らは「我々と共に来てもらう」と言っていた。それの指す意味は?
その疑問に答えるように、スピーカーから声が聞こえてくる。
『それからあともう一人、あの娘を捕らえろ』
「娘?」
『忘れたのか?あの霧島志乃とかいう娘だ。真選組で監視目的の下、バイトとして来ている銀髪の娘だ。多少手荒なマネでも構わん。奴は"銀狼"で、少々怪我を負ってもすぐに治癒するというからな。
「了解」
短く答えた志乃は、マイクを元の位置に戻し、通信を切る。何故志乃の名前が出たのかわからなかった新八が、彼女を見る。
「……志乃ちゃん?え、何どういうこと?」
「いやー、マズイね。非常にマズイよ」
「マズイどころじゃねーだろ。激マズだろ」
「ハハッ、違いねー」
運転しながらバックミラー越しに志乃を一瞥する銀時に、乾いた笑い声でなんとか誤魔化そうとする。
何故伊東から狙われるのか。ようやくわかった。
「マズイな。
「おそらくじゃねーだろ。ほぼ100%組んでるだろ」
「ハハッ、そーですね」
「えっ、何でそんなことがわかるんですか?」
未だ話の見えない新八が、どういうことかと尋ねる。
「何で鬼兵隊と組んでるなんて、そんなことまで?」
「勘だ。……と言いてェところだが、そーじゃねーんだ。私を条件に出してる時点で、もうほぼ決まりなんだよ。必ず
「それってもしかして、紅桜の時の……高杉さん?志乃ちゃんあの人とどういう関係なの?」
「どういうっつっても、ただの昔馴染みの兄貴分だよ」
「それがいつの間にか、コイツの婚約者ぶってんだよ」
「ええっ⁉︎」
志乃が頭を抱える前で、銀時が答える。神楽が面白そうに志乃を振り返った。
「それってアレアルか?昔フった男が未だに迫ってくる、昼ドラあるあるアルか?」
「いや、私昼ドラ見ないから。あるあるって言われてもよくわかんないテヘペロ」
「今そこどーでもいいだろ‼︎あとこの状況でテヘペロなんてよく出来たな⁉︎」
テキトーに流そうとしただけなのに、こうもズバッとツッコまれてはもう答えるしかない。せっかくテヘペロまでしたのに。
肩を竦めてから、話し始めた。
「フったっつーか何つーか……そもそも、ああなったのいつからだっけ?まぁいいや。とにかく嫌だっつってんのに、人の話これっぽっちも聞かねェ野郎だよ。何で私の周りにゃ人の話聞かねー奴ばっかなんだ……」
「それは志乃ちゃんも人の話を聞かないからだよ」
「あー、そっか」
納得してから、新八の脛を軽く蹴る。こういうのは、人に言われると余計に腹が立つというものだ。新八が痛みに悶えても、無視を決め込んだ。
新八の隣で目を背け、ガタガタ震えている男の姿を認める。土方だ。
「オイてめー」
「僕は知らない僕は知らない」
「いつまで他人ぶってやがる。てめーの
「ヒィッ‼︎」
胸倉を掴めば、情けない悲鳴を上げる始末だ。本当に村麻紗に魂を食われてしまったらしい。
今までずっと黙っていた銀時が、ふと口を開いた。
「神楽、無線を全車両から本部まで繋げろ」
「あいあいさ」
返事をした神楽は、ズゴッと手を機械に入れる。
え、今の壊してないのか?大丈夫なのか?
若干不安になったものの、何とか無事繋がったらしく、銀時がマイクを持った。
「あ〜あ、もしも〜し。聞こえますか〜。こちら税金泥棒。伊東派だかマヨネーズ派だか知らねーが、全ての税金泥棒共に告ぐ。今すぐ今の持ち場を離れ、近藤の乗った列車を追え。もたもたしてたらてめーらの大将首取られちゃうよ〜。こいつは命令だ。背いた奴には士道不覚悟で切腹してもらいまーす」
『イタズラかァ⁉︎てめェ誰だ‼︎』
「てめっ、誰に口きいてんだ。誰だと?真選組副長、土方十四郎だコノヤロー‼︎」
ガシャンと乱暴にマイクを投げつけ、元に戻す。
「腑抜けたツラは見飽きたぜ。ちょうどいい、真選組が消えるならてめーも一緒に消えればいい。墓場までは送ってやらァ」
「冗談じゃない、僕は行かな……」
銀時が土方の襟を掴み、引き寄せる。慌てて助手席に乗っていた神楽がハンドルを持ち、運転席に座った。
「てめーに言ってねーんだよ。オイ聞いてるかコラ、あん?勝手にケツまくって人様に厄介事押し付けてんじゃねーぞコラ。てめーが人にもの頼むタマか。てめーが真選組他人に押し付けてくたばるタマか」
さらに強く襟を握りしめ、銀時は叫ぶ。
「くたばるなら大事なもんの傍らで剣振り回してくたばりやがれ‼︎それが
「…………………………ってーな」
ボソッと、小さな声で呟く。土方が銀時の手首を掴んでいた。
「痛ェって、言ってんだろーがァァァ‼︎」
次の瞬間には、土方は銀時の頭を掴んでスピーカーにめちゃくちゃに押し込んでいた。おかげでスピーカーは大破、煙まで出ている。
その時、志乃の懐に入れた携帯が、ブルブル震える。それを取り出してみると、原田から着信が来ていた。
「はいもしもし、志乃ちゃんです」
『嬢ちゃん!今どこにいる⁉︎無事か?』
「平気平気。今ね、トシ兄ィと一緒にいるよ。さっきの連絡聞いたでしょ?急いで追え。波乱だ。真選組のな」
『波乱……?』
「……いや、波乱どころじゃねェ。動乱だよ」
言い直した志乃は、矢継ぎ早に指令を出す。
「とにかく、さっきのは本当だ。伊東が近藤及び、土方両名の暗殺を計画。おそらく列車の方でも、危機的な状況にあることは間違いないだろう。向こうについている隊士は皆
『わかった!』
ーー上等だ。この私に喧嘩売ったらどーなるか、思い知らせてやるよ高杉……‼︎
志乃は通話を切り、今度はメール画面を開いた。