「……‼︎」
背後から、抜き身の気配を感じる。反射的に金属バットを背中にまわし、刀を受け止めた。
志乃は刀を弾いてから、万斉と鍔迫り合いに持ち込む。
「晋助は伊東を看破していたでござる。自尊心だけ人一倍強い、己の器も知らぬ自己顕示欲の塊。それを刺激し、利用するのは容易なことでござる。思惑通り、真選組同士争い、戦力を削ってくれたわ」
万斉が語りながらも徐々に力を加え、志乃を押し込もうと仕掛ける。
しかし銀狼の尋常ならざるパワーを有する志乃が、それに負けるはずもなく、膠着状態が続いた。
「なるほどな……ハナから真選組潰すつもりだったか。だがよォ、お兄さん」
志乃が強く、一歩踏み込み、顔を近付ける。
「……それだけが、目的じゃねェだろう?」
「!」
バッキィィン‼︎
万斉の刃を流し、金属バットを振り回す。かわした万斉はバックステップで一旦距離を置き、志乃と対峙した。
「……なるほど、晋助から聞いていた通り、一筋縄ではいかぬ
「フン。私の勘はよく当たるもんでね」
「千里眼でござるか?それはなかなか面白い」
「さぁ、どうだかね!」
ニヤリと笑った志乃は、懐から「んまい棒」を取り出した。袋を破き、地面に叩きつける。
奴と戦っている暇はない。とにかく、爆破された列車に乗っていた新八と神楽、近藤や土方、沖田を救わねば。
煙幕を巻いて逃げ出したその時。
「ーーっ‼︎」
ガクッと、体が引き止められ動かない。右手に、目に見えないほど細い糸が絡まっていた。
「逃がしはせぬぞ」
「くっ‼︎」
糸は、万斉の三味線から伸びていた。いや、これは糸ではなく弦だ。
いくら引っ張っても切れない。それどころか肌に食い込み、痛みを伴う。
「おぬしは晋助の花嫁、あまり傷付けたくないでござる。大人しくしてもらおう」
「誰が、あんな奴の花嫁になんざっ……あっ!」
突然足にも絡まり、自由を失った志乃は倒れてしまう。そのまま、万斉が近付いてくる。
どうする。どうする。頭の中で自問自答が駆け巡る。その時、自分と同じ銀色が飛び込んできた。
「‼︎」
ザンッ!
何も斬れるはずのない木刀が、志乃を縛っていた弦を切る。
上体を起こした志乃は、黒い制服を纏った大きな背中を見上げた。
「あ……
ーーーー銀ッ‼︎」
「志乃、アイツらのとこに行け‼︎」
志乃を肩越しに一瞥し、銀時が叫ぶ。襲いかかってきた万斉の刀を受け止めつつ、再び檄を飛ばした。
「コイツは俺が相手する‼︎急げ‼︎」
「っ……わかった‼︎」
金属バットを拾い上げ、背を向けて立ち上がり、走り出す。
ふと目の前の空に、キラキラした糸のようなものが光って見えた。
ーーコイツは、さっきの弦‼︎
志乃はグッと前屈みになり、クラウチングスタートの姿勢になる。地面を強く蹴りつけ、爆発的な加速で弦をかわした。
こんな所で捕まるわけにはいかないのだ。早く、みんなを助けなければ。志乃はそれだけを考えていた。
その時、上空に気配を感じる。また弦かと思ったが、おかしい。バラバラと大きな音がする。
振り仰いでみると、すぐ上空をヘリコプターが飛んでいた。
「ええええええ‼︎」
ーーちょ、ウソでしょ?普通そこまでやるかァァァ⁉︎
驚きのあまり、思わず志乃は口でも心でも叫ぶ。しかもヘリコプターから、マシンガンがこちらへ向けられていた。
「え……ちょっと待て。マジかよ、え?撃つの?え、ウソ、撃つの?」
ダダダダダダッ‼︎
「ぎゃああああああああ‼︎」
嫌な予感が的中し、銃弾の雨が降ってきた。走る足を止めず、とにかく逃げまくる。
ーーあんの野郎ォォォ‼︎今度会ったら絶対ェぶっ飛ばしてやらァァ‼︎
高杉への報復を心に誓い、必死に走った。脇目も振らず、一心不乱に。
しかしマシンガンの嵐に巻き込まれては、無事ではいられない。頬や腕に銃弾が掠め、血が流れてくる。それでも足の回転は止めない。
しかし。
ーーブシュッ!
「がっ‼︎」
右足のふくらはぎを、3発の銃弾が貫く。志乃は思わず倒れ、どくどく血の流れる右足を押さえた。
「がっ……ぐ、ぅ……っ‼︎」
痛い。歯を食い縛り、額に脂汗が滲む。
しかし、もちろん敵は待ってくれない。金属バットを握りしめ、カッと目を見開く。
「何、しやがる」
ドクンッと心臓が跳ね上がるような、殺気を孕んだ目。
その瞬間、ヘリコプターの羽がへし折られ、バランスを失い、森へ落ちていった。
なんとか敵を倒した志乃は、肩で息をしつつ、立ち上がる。
「うぐっ……‼︎」
疼くような鋭い痛みが、右足を襲う。強く歯を噛み締め、それに耐えながら列車の中に入っていった。
********
車両にはもちろん、近藤らを討とうと浪士達が先頭車両へ向けて走っていく。その背中を追い、志乃も奥へ向かった。
時々自分に気付いた浪士を打ち倒しつつ、先を急ぐ。
「どけェェェ‼︎」
金属バットを振るい、叩き潰し。時には殴り蹴り。荒い呼吸ながらも、その剛力は全く衰えを見せない。
浪士二人が背中合わせになり、志乃と先頭車両から進んできた土方とに挟まれる。二人が同時に血を吹くと、ようやく対面した。
「トシ兄ィ、みんな!」
「志乃‼︎」
「よかった、無事……」
無事か、と尋ねようとしたその時、志乃の目に一人の男の姿が飛び込んできた。
その男とは、伊東だ。しかし眼鏡がなく、左腕もない。
「……アンタ」
「大丈夫だ、それより……」
伊東が微笑を浮かべて答える。そして、少し俯きがちに呟いた。
「すまない、志乃ちゃん。鬼兵隊と手を結ぶために……君を売ってしまって……」
「バカ言え。アンタは最初から高杉に利用されてただけだ、だから何も……」
「悪くない、と?」
突如割って入ってきた第三者の声。
志乃の背後から聞こえてきたその正体は、志乃との距離を縮め、刀を振る。志乃が振り返ってそれを受け止めると、男はすぐに後方に下がった。
「とんだお人好しだ。人斬りにそんな情は要らないよ、志乃」
「お前は……」
「杉浦⁉︎」
着流しを緩く着こなし、扉に寄りかかってこちらを見る男ーー杉浦は、人の良さそうな笑顔を向ける。
近藤は驚いていたものの、それ以外の者は警戒していた。
「お久しぶりです。近藤さん、土方さん、沖田さん」
「杉浦、お前……何でこんな所に……」
「たまたま通りかかって……なんて、信じてくれるわけねーか」
アッハッハッハッ、と笑う杉浦。
彼の鼻先に、志乃が金属バットを向けた。
「たりめーだろ。だったらくだらねーウソ吐くんじゃねェ。何しに来た?」
「何しにって、もうほぼわかってるでしょ?他の誰よりも勘のいい君なら」
「茶化すな。ウゼェんだよ」
飄々とした態度に苛立ち、舌打ちを立てる。
薄々状況を掴み始めた近藤が、土方に耳打ちした。
「トシ、まさか杉浦の奴……」
「そのまさかだ。コイツは、攘夷志士だ」
「攘夷志士だって?とんでもない!」
土方の言葉を聞きつけた杉浦は、大仰な仕草で両手を広げた。
「俺は、あんな
「……アンタ、高杉の部下じゃなかったのか?」
「んー……確かに今は、高杉さんとこにお世話になってるけど……」
顎に人差し指を当て、考えるポーズを取る。それから、ビシッと志乃を指さした。
「俺はね、君の不幸が見たいんだ」
「?」
「それ、どういう意味ネ!」
神楽が一歩前に出て、杉浦に問い詰める。しかし、杉浦の態度は変わらない。寧ろ楽しそうだった。
「志乃。君は"銀狼"だ。その誇りと意志は誰にも壊せず、屈せず、強く気高く、美しい……。だから俺は、君の壊れる姿を見てみたい。君を壊してみたい。君が不幸のどん底に突き落とされる時の、惨めな顔を……俺は見てみたいのさ」
「……悪趣味な野郎だな」
「自覚済みですよ、土方さん。だって……壊してみたいじゃないですか。あの霧島志乃が、敵に縋りつき、助けを求め、泣き叫ぶ……」
感情が高ぶるままに、杉浦は志乃を舐め回すような視線で見つめ、ペロリと舌舐めずりした。
「最高に興奮するじゃないですか」
ボッ‼︎
刹那、杉浦を一撃が襲う。杉浦は刀で受け止めようとするも、不意打ちで打ち込まれた半端でない力に押され、車両の壁にめり込んだ。
彼をぶっ飛ばしたのは、神楽でも土方でもない。
「気色ワリィんだよクソヤロー。そんなに壊したきゃ、
「そ……総兄ィ……」
沖田が壁に凭れかかる杉浦を冷たく見下ろし、吐き捨てる。志乃の前に出て、杉浦に斬りかかったのは沖田だった。
その時、遠くからバラバラと聴き覚えのある音が聞こえる。
志乃が割れた窓ガラスから外を覗くと、ヘリコプターに乗っている浪士が、マシンガンをこちらに向けていた。
「伏せろォォ‼︎」
「チッ!」
銃弾くらいなら、銀狼の力で打ち返せる。志乃は彼らの前に躍り出て、金属バットを握りしめた。
しかしその時。
不意に、誰かに突き飛ばされ、背中から倒れる。さらに背後から腕を引かれ、視界一杯に黒が広がった。
床に倒され、その上から土方が庇ってくる。
ダダダダダッ‼︎
「っ‼︎」
「わああっ‼︎」
ぎゅっと土方の服にしがみつくと、後頭部に手をまわされ、覆い隠すように抱きしめられる。銃弾が降り注ぐ中、志乃はずっと目を瞑っていた。
しばらくして、銃声が収まった。ゆっくりと目を開け、土方の腕の中から外を伺う。
近藤や土方、新八が伏せている前。一人の男が、腕を広げて立っていた。
広げてと言っても、片腕は既に無くて。
その背中を認めた時、志乃の目が大きく見開かれた。
「なっ…………」
「先生ェェェェェェ‼︎」
伊東が血を吹き、膝から崩れ落ちる。
「伊とっ……伊東ォォォォォ‼︎」
「鴨兄ィィィ‼︎」
倒れかけた伊東の体を、土方の下から抜け出した志乃が抱きとめる。そして、座席の下に寄りかからせ座らせた。
「しっかり‼︎しっかりしてッ‼︎」
「志乃‼︎」
土方の声にハッと顔を上げると、浪士が再びマシンガンを構えて、こちらに向けてくる。
あわや銃弾の雨が再び彼らを襲おうとしたその時。
ヘリコプターめがけて、影が飛んできた。
「うおらァァァァァァァァ‼︎」
気合いの怒号と共に、銀時の木刀がヘリコプターのフロントガラスごと万斉を穿った。