「志乃ちゃんみーっけ!」
ドラム缶の影に隠れていた志乃は、その声にハッとする。そしてすぐさまドラム缶を飛び越えて小さなアルミ缶に向かって猛進した。
やられる前に、何としてもやらなければ。
「缶踏んー……」
「ぅおらァァァァ‼︎」
「だぱん‼︎」
缶を今まさに蹴ろうとした鬼ごと、蹴っ飛ばす。鬼はゴロゴロと地面を転がり倒れた。
よっしゃ!私の勝ち!
一人ガッツポーズをする志乃など目もくれず、鼻血を出して悶える鬼のよっちゃんに他の子供達が駆け寄る。
「よっちゃーん‼︎」
「しっかりしろォォよっちゃん‼︎」
「てめっこの
「あん?缶蹴りにんなルールあるかよ」
「もうヤダァ〜コイツ手加減ってもん知らねーんだもん‼︎」
戦いにおいて手加減とは負けと同義。師匠である新八から教わったことを完全に間に受けている志乃に、手加減など無理な話だった。
「缶蹴りごときでムキになりやがって、バーカ‼︎」
「お前なんかもう遊んでやんねーからな、バーカバーカ‼︎」
怒りのままに、子供達が帰っていった。背中を見送りつつ、志乃は腕組みをして独りごちる。
「……フン、何言ってんだか。遊びはムキになってやるから面白いんだろ」
「ムッフッフッフッ。よう言った、その通りじゃ」
突如背後から聞こえてきた、老人の声。志乃は声の元を振り返った。杖をついた眼鏡の老人が、木材の上に腰掛けていたのだ。
「ムキになればこそ、人は力量以上の力を出せる。何でも必死にやれば、つまらぬ事も面白き事となろうて。世の事これ全て遊びと同じよ。嬢ちゃん。どうじゃ、俺と缶蹴りやってみんか?」
老人と目が合った志乃は、プイとそっぽを向く。
「知らないおっさんと遊ぶなって言われてるの」
「知らないジジイならエエじゃろ?」
「ダメだよ。男はみんな獣だよ」
「若いのにガードが固いのう。ならば保護者同伴ならどうじゃ?」
「あん?ガキ扱いしてんじゃねーぞクソジジイ」
舌打ちを一つ立てて、ドスのきいた声で老人に迫る。
その時、遠くから時雪の声が聞こえてきた。
「志乃ー」
呼びかけた時雪が、こちらへ近付いてくる。彼の後ろには小春達も来ていた。
志乃の後ろに立つ老人を見て、小春が志乃に状況を訊く。
「……誰よあの人」
「あのジジイがね、缶蹴りやろうって」
「缶蹴り?」
八雲が思いっきり顔を顰めて、老人を見やる。
「みんなでやろうよ」
「何言ってるのよ貴女は。知らないおっさんと遊ぶなと耳にタコが出来る程言ったでしょう。貴女攫われたいの?」
「おっさんじゃない、ジジイじゃぞ。エエじゃろ?」
「お黙り、男はみんな獣よ」
「やめろ、小春」
橘は喧嘩腰になる小春を宥め、志乃の首根っこを引く。
「今日は久々にみんなで焼き肉食べに行くんだ。ホラ行くぞ」
「おーい、俺が鬼やってやるからやろーぜ。缶蹴ってくれよ缶!」
しかし、老人は諦めない。何が何でも缶蹴りに引き込もうとしてくる。それに、八雲がキレた。
「しつこいですねクソジジイ」
「オイ八雲!ほっときィ!」
「そんなに蹴ってほしいなら蹴ってやりますよ‼︎」
全力で足を振り抜き、缶を蹴っ飛ばす。体術を得意とする白狐の蹴りは凄まじく、缶は建物のさらに奥まで飛んでいってしまった。
「アレ20秒以内に拾ってきなさい。そしたら遊んでやってもいいですよ」
ニタリとこの世の邪悪の権化のような微笑を浮かべ、八雲は老人を見下ろす。
その八雲を、時雪と志乃が一斉に非難した。
「八雲さん!ご老人相手にそれはひどいですよ!」
「てめー、年寄りいじめてんじゃねーぞ!」
「黙りなさい。私はとっとと焼き肉を食べに行きたいんですよ」
周りの声など気に留めず、八雲が先頭に立って歩く。
その時、ガッと何かを蹴りつける音がした。
「よし、拾ってきたぜー‼︎缶蹴り開始ィィ‼︎」
「……ウソやろ?」
お瀧は呆然と老人を見つめた。
八雲が蹴った缶は、かなり遠くへ飛ばされてしまい、こんな短い時間に取りに行くのは不可能だったはず。こんな芸当、忍者でもなければ出来ない。
しかし、老人が缶を持ってきたので、兎にも角にも缶蹴りをすることになってしまった。
********
参加するのは、志乃、時雪、八雲。お瀧、小春、橘は木材に座って観戦である。
鬼を買って出た老人は、楽しげにぴょんぴょんその場で跳ねていた。
「ムッフッフッフッ、堪らんぞこの緊張感。まるでガキの頃に戻ったようじゃ。準備は出来たかーい、よい子のみんな‼︎じじい!いっきまーす‼︎」
志乃達は、ドラム缶に隠れて建物の隙間から様子を伺っていた。
「どこへですか?あの世ですか。……まったく、何故見ず知らずのジジイに付き合わなくてはならないんですか」
確かに八雲達からしてみれば、焼き肉食べに来たのに缶蹴りに付き合うなど腑に落ちないだろう。
時雪も、八雲と同じ気持ちだった。
「俺もうお腹ぺこぺこなんで、おじいさんには悪いけどさっさと捕まって切り上げません?」
「ふざけるなァァァ‼︎何の努力もせずに自ら負けを選ぶとは貴様それでも軍人か‼︎貴様のような奴を総じて負け犬と言うんだ‼︎」
「いや、俺軍人じゃないし」
「軍曹‼︎この負け犬を軍法会議に!」
志乃が時雪のツッコミをスルーして八雲を振り向くと、パンと頭を叩かれた。
「でかい声で鳴くんじゃありません、チワワ。何であれやるからには負けるつもりなどありません」
「負けて食うより勝って食う焼き肉の方が何倍も美味いであります、軍曹」
「その通りですチワワ一等兵」
いや、たかが缶蹴りですよ。
時雪は心の中でツッコみ、二人を見た。老人は三人を見つけようと、キョロキョロ辺りを見回している。
「所詮缶蹴りなど子供の遊びです。鬼に見つかる前に、缶を倒せば勝ち……ならば、鬼に見つからずに缶を倒す方法を考えればよいのです」
八雲と志乃は、石を拾って投げる構えをとった。
「ということで、発射用意」
「あいあいさー」
「それは缶蹴りと言うんですか軍曹ォォ‼︎」
もちろんコレには時雪のツッコミが入った。
そりゃそうだ。どこの世界に石を投げて缶を倒す缶蹴りがある。
「何を仰います、純然たる缶蹴りですよ。思い出してごらんなさい。風で缶が飛ばされて、せっかく捕まえた人質がパーになって泣いてる鬼がいたでしょう。アレがアリならこれも……」
「ナシに決まってんだろ!自然現象でもなんでもねーだろ!」
「貴様は甘いんだよォ!いいか、缶蹴りとはなァ、いかに憎たらしく缶を倒し鬼をいじめ泣かせるか、そーいう悪魔の遊びでもあるんだよ‼︎鬼になったらもう終わりなんだよ!何回も何回も缶倒されて、みんなが隠れるまで100数えるフリして何度泣いたことかッ‼︎」
あ、コレ実体験か。
力説する志乃に、時雪は同情の目を向けた。
「そんな苦くも甘酸っぱい遊び……」
「それが缶蹴りじゃァァァ‼︎」
八雲と志乃が、同時に缶めがけて石を投げつける。
しかし、石は缶ではなく老人の顔に当たり、老人は鼻血を出して倒れた。
「おいィィィ‼︎何やってんだお前らァァ‼︎」
「チワワぁぁ‼︎誰がジジイに当てろと言いましたかァァァ‼︎」
「お言葉ですが軍曹!アレは軍曹の投げた石であります‼︎軍法会議モノですよコレは!」
「フツーに裁判沙汰だよ人殺しがァ‼︎」
ギャーギャーと三人が喚き合っている間に、老人がムクリと起き上がる。
志乃はドラム缶を土台に拳銃を取り出した。
「チッ!くたばれェェジジイがァァ‼︎」
「だからそれ缶蹴りじゃねーって‼︎てゆーか何で志乃が
「ハルから借りた」
「なに物騒なモン借りてんだテメーは‼︎」
銃弾の雨が、老人と缶を襲う。老人は跳躍し、杖で缶に降りかかる全ての銃弾を防いだ。
「みーつけた‼︎そこじゃァァァ‼︎」
老人が、志乃達の隠れるドラム缶を狙って何かを投げつける。ドラム缶へ真っ直ぐ飛んできたのはクナイだった。
クナイはドラム缶を突き破り、志乃達を襲う。三人は咄嗟に伏せて、ドラム缶から離れた。
「ちょっ……何なのあのジジイ⁉︎缶蹴りでクナイなんて投げつけるバカがいるってわけ⁉︎」
「鬼に石投げた奴が言うな‼︎」
「まったくです。缶蹴りとは己の体一つで鬼に立ち向かい、缶を倒すものでしょうが」
「アンタも人のこと言えませんからね!」
逃げながらも律儀にツッコミを入れる時雪は、二人と別れてとにかく逃げた。狭い路地を抜けてひたすら走ると、上から視線を感じた。
「お嬢ちゃんみーっけ‼︎」
「誰がお嬢ちゃんだァァ‼︎てめっこのクソジジイ、その中途半端に残った髪引き千切ってやろうかァァァ‼︎」
時雪が老人に向かって吠えた瞬間、ドラム缶の蓋を開けて、中から八雲が現れた。
「フハハハ‼︎缶蹴りで一人の獲物を深追いするなど愚の骨頂‼︎缶がガラ空きですよ‼︎もらっ……」
ドラム缶の縁に足をかけたものの、八雲の体重を支えきれずドラム缶を傾き、建物の壁に顔面をぶつけ擦ってしまった。
「ぎぃやあああああああああ‼︎」
「ギャハハハハ!バーカ、白髪もみーっけ‼︎」
老人が倒れたドラム缶の上を跳んで、缶まで走り去る。八雲は痛む顔に手をやりながらも、時雪にアイコンタクトを送った。
時雪は走りながら跳躍し、倒れたドラム缶を蹴っ飛ばす。ドラム缶の中で一緒に転がりながら、八雲は缶を踏もうとする老人を追った。
「待てェェェェ‼︎」
しかし、ドラム缶の軌道は惜しくも老人には届かず、彼の傍らを虚しくゴロゴロ転がっていくだけとなった。
「ああああぁぁぁ……」
声がだんだんと小さくなる。憐れみを込めた視線を送り、老人は缶を踏んだ。
********
残るは、志乃ただ一人。壁の隙間から覗いた銀髪を見つけて、老人は杖を向けた。
「志乃ちゃんみーっけ」
鬼に見つかれば、やるべきことはただ一つ。缶を蹴るだけ。
志乃は全速力でダッシュし、それに追随するか並ぶかの速度で老人も走り出した。
まさにデッドヒート。その先に、獲物を見つけた。
「「うおおおおおおおお‼︎」」
缶を踏むか。缶を蹴るか。
二人の足が同時に出された。そしてーー。
カンッ
アルミ缶の乾いた音が、空き地に響く。凹んだ缶は、青空を舞っていた。
書き終わった感想。
何が書きたかったんだろ、私……。
次回、たまさんとようやく絡みます。