「おーい」
この日も、志乃は朝から銀時の家に遊びに行った。
居間の扉を開けると、いつも通り掲げてある「糖分」の文字。その前にあるソファで、銀時がぐーすか寝ていた。
「銀?」
ソファの背凭れからひょこっと銀時を覗き見る。テーブルの上に置かれている瓶やら缶を見る限り、昨日も飲んでいたのだろう。
涎を垂らして眠るだらしない彼を見て、志乃は肩を竦めた。
「ったく、布団も被らないで」
銀時を起こさないようにタオルケットをそっと被せる。
このまま起きるまで待ってやるか。志乃は反対側のソファの背凭れに座った。
その時、玄関のインターホンが鳴る。直後に機械的な声が聞こえてきた。
「おはようございます。銀時様、家賃の回収に参りました」
またコイツは家賃払ってないのか。バーさんの堪忍袋の緒が切れるぞ。
志乃は呆れて、呑気に眠りこける銀時を見やった。
しかし、聞いたことない声だ。それが再び聞こえる。
「今から私が歌を歌い終わる前に出てこなければ、実力行使に移らせて頂きます。幸せなら手を叩こう」
ああ、あの可愛らしい童謡ね。
仕方なく銀時を起こそうとした次の瞬間、大きな爆発と共に扉が吹っ飛ばされた。
爆風が凄まじく、座っていたソファまで浮かび、志乃は頭から床へ落ちてしまった。
「幸せなら手を……」
「待て待て待て待てちょっと待てェェェェェェ‼︎」
煙の中から、緑色の髪の美人が歩いてくる。手にしているモップからは、銃口が見えた。
ーー何かスゴく恐ろしい人が来たァ‼︎
突如家を爆破した女性を見ながら、志乃は内心ワクワクしていた。
********
「ねぇ、あの人誰?」
開口一番、志乃はお登勢に問いかけた。
銀時から回収した家の修理費と三か月分の家賃を袖にしまい、志乃を見る。
「なんだい、アンタまだ会ってなかったのかィ?」
「うん」
「珍しいねェ。アンタいつも銀時と一緒だから、てっきり知ってるかと」
お登勢は彼女を手招きして呼び寄せ、志乃に紹介した。
「この娘は銀時の妹だよ。志乃っていうんだ。挨拶しな」
「初めまして志乃様。私は
「私は霧島志乃。よろしくね、たまさん」
ぺこりと頭を下げたたまは、再び志乃に会釈してテーブルの掃除を始める。志乃はお瀧から出されたジュースを飲みながらたまを見ていた。
「機械家政婦って、確か一斉処分されたんじゃなかったっけ?」
「どっからかルートは知らんが、銀時が拾ってきてん」
「へー」
キャサリンがたまに煙草の火を要求したところ、炎が煙草の先でなく顔面を襲った。そのおかげでキャサリンの髪はアフロになる。それを見てお瀧は大爆笑していた。
彼女らを見つめて、お登勢が煙草の煙を吐いた。
「ただねェ、よく働いてくれるのは嬉しいんだけどさァ。あの娘ときたら、人のために働くばかりで全く自分を顧みないだろ」
「機械だからね」
「いやわかってんだけどさァ、見てたらかわいそうになっちゃって、辛いとかホントは思ってんじゃないかって」
「機械だからね」
「関係ないさ。機械でも泥棒猫でも忍者でも。あたしゃ娘だと思ってるからね。……楽しく暮らしていってほしいもんだよ」
「いや、機械だからね」
銀時と共に後ろを振り返って、たまを見る。
機械だからか、たまは相変わらず無表情だった。
********
銀時の家から帰ろうと、志乃は家の階段を下りていた。
ふと、階段に誰かが座ってるのが見えた。たまだ。
「何してんのたまさん?」
「お登勢様にたまには息抜きしろと三日程お休みを頂いたのですが、機械家政婦は人のために働くのが役目。志乃様、休むとは一体何をすればよろしいんでしょうか。私はお登勢様に捨てられたのでしょうか」
機械であるたまは、休みの過ごし方がわからないようだ。
無表情ながら膝を抱えて座るその姿は、少し寂しそうに見えた。
「バーさんはアンタにハメ外して自分の時間過ごしてほしいんだって。ま、機械にゃ酷な話かもだけど」
「ハメを外すとは何をすればよろしいんですか」
「……ま、とにかく休めってことだよ」
「休むとは何をすればよろしいのですか」
これでは本末転倒だ。
志乃はスクーターのエンジンをかけて跨り、シートに座る。
「したいことがないなら探しに行く?」
「探す?」
顔を上げてこちらを見たたまに、志乃はニッと笑ってみせた。
「ホラ、乗りなよ」
********
志乃がたまを連れてきたのは、江戸の中でも有数の大通り。駅前で、毎日多くの人で賑わう商店街である。
「たまさん、バーさんから貰った給料使ってる?今日はパーッと使って欲しいもんでも買いなよ」
「欲しいもん?」
「そーだよ。ホラ、たとえばこーいう着物とか」
志乃が指さしたのは、梅の花があしらわれた綺麗な着物。
毎日同じ服ではつまらないだろうと、毎日同じ種類の浴衣を着回している自分を棚に上げる。
「ねっ、どうたまさん……アレ?」
振り返るが、隣を歩いていたはずのたまが見当たらない。
人混みの中から、金具店の前でしゃがんでいる彼女を見つけた。
「どーしたのたまさん?なんか欲しいもんでも見つかっ……」
たまがジーッと見つめている箱の中には、大量のネジが入っていた。しかもどれも全部同じ型の。
ーーえ、欲しいものって……。
呆然とする志乃の視線に気付いたたまは、何故か弁明しようとしていた。
「いえっ……あの、いいんです。別に欲しいとかそういうんじゃなくて。私お金忘れちゃいましたし」
「あ、そう。じゃあ行こう」
志乃がそう促すと、ますますたまはネジをジッと見つめた。涎まで垂らす始末だ。
なんなんだ、欲しいのか欲しくないのかハッキリしてほしい。
「どれ‼︎どのネジが欲しいの‼︎もーわかったから‼︎買ってあげるから‼︎っていうか何でネジ⁉︎」
「ああ、こっちの型も捨てがたい……。どちらが似合いますか?」
「どっちも同じじゃねーか‼︎」
全く同じ形のネジで悩むたまにツッコんだ。そこに、金具店の店長がやってくる。
「お嬢さん、ひょっとして友情の証ネジをお探しですか」
「友情の証ネジって何だよ‼︎聞いたことねーよ語呂ワリーな!」
何で休みの日にこんなツッコミで疲れなきゃならないんだ。どちらかといえば自分はボケ役なのに。
志乃は溜息を吐いた。
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それから志乃は、たまと共に色んな場所へ遊びに行った。先程連れていった居酒屋で、たまはオイルの飲み過ぎのため路上で吐く。
その背中をさすっていると、ようやく落ち着いたらしくたまがこちらを見上げた。
「申し訳ございません、ハメを外そうと頑張ったんですが。志乃様、私はハメを外せていたでしょうか?」
「頑張って外すもんじゃないから」
「しかし私は機械ですから、皆さんの役に立たねば存在する意味がないのです。お登勢様と志乃様がせっかく私のために骨を折ってくれたというのに、期待に応えなければ」
「いや……あのさ……」
喋れる機械とはここまで頑ななのか。確かに以前密かなブームになっていた「機械家政婦悦子ちゃん」も、人の役に立つという一心の元働いたと聞く。
たまも同種だからか。それともこれは、彼女の本心か。
「たまさん、家電製品なら頑張ってもらわなきゃ困る……でもね。ただそこにあるだけで、そこで笑ってるだけでも、充分事足りるものだってあるんだよ」
きっとたまは、そういう存在なのだ。お登勢や、拾ってきたという銀時にとって。
まぁ、機械の彼女にはわからないかもしれない。何しろコレは完全な感情論だ。人の感情は複雑で変わりやすく、奥底まで覗けない。機械の彼女に理解させるのは、なかなか難しい。
「無理やり付き合わせて悪かったね、たまさん。……帰ろっか」
手を差し伸べて促すも、たまは動かない。
「たまさん?」
たまはジッとある方向を見つめていた。そこにあるのは、モグラ叩きのゲーム機体。壊れてしまい、モグラが出てこなくなったという。
「……………………かわいそうに。まだ人の役に立ちたかったんでしょうね」
「たまさん、帰るよ!」
「お先にお帰りください」
再度促しても、手を引いてもたまは動かない。
何度説得しても無駄だと判断した志乃は、「早く帰りなよ」と一言残し、去っていった。
********
翌日。
銀時の家に遊びに来ていた志乃は、神楽とオセロ対決をしていた。負けたら酢昆布5箱を買うという条件付だ。もちろん試合は白熱していた。
その時、扉を蹴破ってお登勢が現れた。
「志乃ォォォ‼︎たまが……たまが昨日から帰らないんだけど、あんた何か知らないかい⁉︎」
お登勢の話によると、あれからたまが帰ってきていないという。
志乃は二階から飛び降りてスクーターに乗り、飛ばした。そして、昨日別れた辺りでスクーターを止める。そこにはたくさんの子供達が集まっていた。
「?」
子供達の後ろから覗き込むと、真ん中に大きなダンボール箱があった。上面には所々穴が開いており、そこからたまが顔を出す。
ピコピコハンマーで子供がたまの頭を叩くと、歓声と笑い声に包まれる。その中で、たまも幸せそうに笑っていた。
志乃は驚いてそれを見ていたが、子供達の楽しそうな笑い声に、フッと頬が緩んだ。
「機械でもあんな顔出来るんだ。……余計なお節介しちゃったかな。たまさんはああして笑顔に囲まれてる時が、一番みたい」
楽しげなたまの邪魔をしてはいけないと、スクーターのエンジンをかける。
「志乃様」
その背中に、たまが声をかけた。
「また休みを頂いた時は、ご一緒にハメ外させてくださいね」
「うん」
短く答えた志乃は、軽く手を挙げてエンジンを吹かした。走り去っていく志乃を、たまはその姿が見えなくなるまで見つめていた。
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夜。スナックお登勢が、一番繁盛する時間。
「オイ!生一つ」
「はいよ、今持ってくから」
客の注文を受けて、お登勢は棚からビール瓶を取ろうと後ろを振り返る。そこには、ビール瓶を手にしたたまが立っていた。
「……あんた。何やってんの、今日は店出なくていいって言ったのに」
「いいんです」
「オイ生‼︎」
「ハイ、今お持ちします」
「あっちょっと」
お盆にビール瓶とコップを乗せ、せかせかと席に急ぐ。カウンターの奥で頬杖をつき、お瀧はたまの背中を眺めた。
「相変わらず働き者ですねェ」
「………………しょうがない娘だね」
お登勢も笑顔を見せつつ、煙を吐く。歩く度に揺れる彼女の後ろ髪には、ネジの簪がさしてあった。
次回、橘が極道とやり合います。