『え…?』
2人の身を穿いた
死神は兎も角、脇腹を射貫かれた あぐりの方は致命傷だった。
暗殺技術の一環として、医学を極めた死神には、それが直ぐに解った。
『あぐり!』
何時の頃からか?
『雪村さん』から『あぐりサン』、そして今では『あぐり』として下の名を呼ぶ様になっていた死神は、その彼女の名を叫ぶ。
『くっ!』
倒れた あぐりに体内で治癒の液体を分泌して彼女に投与するが、既に それも焼石に水とは理解している。
しかし、それでも死神は、治療を止めようとしない。
「…ぇへ♪ やっちゃいました。
まさか、あんなのが ぴゅーって飛んで来るなんて…
でも、声を掛けた位じゃ…死神さんは止まってくれませんでしたよね?」
『あぐり…』
あぐりの言う通りだった。
あぐりが身を挺して この破壊生物を止めなかったら…
その儘で もし外の世界に飛び出していれば、やがて触手に歪められた異形の感情に従い、
それを止める事が出来た…身体は兎も角、その魂を正邪は どう在れ人間の側に呼び還したのは、彼女の感触に他ならなかった。
『くっ…?!』
此処で漸く、死神は過ちを自覚する。
0.07秒早く、彼女の動きに気付く事が出来れば…
いや、この触手をもっと深く理解…
医療面に使う訓練をしていれば…その術を得ていれば、彼女は死なせずに済んだ…!
この世に生を受けて以来、死神にとって世界は憎むべき対象でしか無かった。
それ故 得た
そういう物だと考えていた。
科学知識、戦闘技術、対人術。…そして、触手。
『…違う。』
漸く気付いた。
活かす事。創る事。自分で無く他の誰かに。
身に得た
そして それに気付く自覚は、余る程に有った事に。
『何故だ…?!』
それは生まれて初めての感情だったのだろう。
絶望、或いは後悔に覆われた表情で死神は膝を着き、わなわなと両手で頭を抱え込む。
「死神…さん…」
『あぐり…もう喋るな。』
「大丈夫ですよぉ…大丈夫じゃないっぽいですけど。」
そんな死神に、あぐりが笑顔で話し掛けた。
施されている治癒液により痛みは感じていないが、それでも今の…もう長くない彼女には、大きな負担だ。
『すまない…キミは、私が殺したのも同じだ。』
「違いますよぉ。これは、私がドジしちゃったからです。
それに、貴方になら、私は殺されても平気。
それ位、私は貴方を大切に思っているから。
あはは…婚約者が居るのに、他の男の人に こんな事 言っちゃ駄目ですよね…って、私ついさっき、婚約解消されたんでした。」
『あぐり…』
「…でも、本心。そして きっと貴方にも、何時か そんな相手に巡り会う事が出来ますよ。」
『…そうだね。丁度 今、私の目の前に居るよ。
しかし この先、そんな人物と また会えるとは とても思えないな。』
そんな あぐりに、死神は生まれて初めて心底からの謝罪をするが、あぐりは それを受け流す。
「ぁ…そうだ。」
『…?』
此処で あぐりが、何かを思い付いたかの表情を死神に向けた。
「もしも…貴方が今 罪悪感に囚われているのなら、私の我儘を聞いて、くれる?」
『勿論だ。私に出来る事なら…』
あぐりから どんな要求をされるのかは想像が着かない。
いや…どんな
「残された1年間…私に くれないかしら?
私の生徒達を教えてあげて頂戴…?
貴方なら、簡単でしょ?」
『あぁ。承知したよ。』
そして それは、予想通りのリクエスト。
普段から自分の教え子の事を話していた あぐり。
そんな彼女が、その彼等を気にしていない筈も無く。
「前にE組の事は話しましたよね?
この前 卒業した生徒達を、私は結局 救えなかった。
彼等の眼に、希望の光を灯す事が出来なかった。
そして新しくE組に来た子達も今、同じ眼をしている。
闇の中を彷徨っている。
貴方と同じ様に、ね…。」
『………………………。』
自身も闇の中。あぐりの言葉に、死神は何の否定も しない。
つい先程、自覚したばかりの事実だから。
「クラス委員の磯貝君と片岡さんは しっかり者。」
『…前原君はチャラ男で、中村さんはギャル…でしたよね?』
「くす…でも2人共、根は良い子ですよ?」
そして引き継ぎ…いや予習の様に、あぐりは自分の後任に今の生徒達の事を話していく。
「奥田さんや菅谷君には突出した才能が有って…」
『神崎さんは大和撫子で、野球少年の杉野君は そんな彼女が好きっぽい…と。』
「…それ、絶対に本人達の前で言っちゃ、駄目ですよ?」
そして死神も、以前 聞いていた生徒の事を、答え合わせの様に口にする。
≫≫≫
「それから…今 停学中の赤羽君と、こないだ某県から転校してきた吉良君。
多分この2人が、今年のE組一番の問題児ですよ?
気を付けて下さいね。
しかも あの2人、頭は凄く良いから。」
そして、生徒全員をあぐりは紹介し終えた。
『了解しました。
…成る程、そういう事か。』
「…?」
あぐりとの会話。
彼女の自分の生徒の話を聞いて、死神は理解した。
自分を裏切った、弟子の事を。
確かに私は、
いや…
しかし それは、自分の弟子、或いは仕事の
彼の成長も、自分が師事したのだから当然…褒める事も無く、それが当たり前で終わらせていた。
…確かに私は、彼を
『…あぐり。貴女は生徒達を、しっかりと見ているのですね。』
「当たり前です。先生ですから。」
『…私は それが、出来ていなかった。』
「…大丈夫。今の貴方なら きっと、あの子達を導ける。」
『あぁ、誓おう。
あぐり。貴女の教え子達は、貴女の代わりに私が きっと…』
「ありがとう…」
死神の応えに あぐりは、自分を支えている死神の
『あぐり?』
「なんて…素敵な触手…
この
『…………。』
「…素敵な…教師…に…」
そこまで言った処で、あぐりの手は死神から離れ、垂れ下がる。
…この言葉が、あぐりの最期の言葉だった。
『……………。』
その後、死神は彼女をその場に静かに寝かせる。
『……?』
その時 死神は、あぐりの上着の下…懐から、御馴染みとなっている個性的デザインのインナーとは違う、黒い布地を見付けた。
『……………。』
何も言わず、それを取り出してみると、
『…ダサい。』
それは幅広の黒無地のネクタイだった。
普段ならば このタイミングで「酷っ?!」という既に様式美な返しが来るのだが、それを言う彼女は もう、息をしていない。
『…しかし、今の私には、それが お似合いだ。』
シュル…
そう言うと、その何時如何なる場面で着用するのか思い付かない巨大ネクタイを、死神は已の首に締める。
今にしてみれば、その残念なセンスも、彼女の魅力の1つだったと理解しながら。
『あぐり。改めて、私は貴女に誓います。』
残された時間、教師として使いましょう。
貴女が見続けてきた生徒達を、私の眼で見続けましょう。
そして例え どんな事が有っても、絶対に この触手を放しません。
『……。』
びゅんっ!
そして死神は、その場から空の彼方へと飛び去って行った。
▼▼▼
「…………………………………。」
その死神と あぐりの一連の様を、1人の少女が瓦礫の陰から見ていた。
あぐりの実妹の、雪村あかりである。
本来なら この日、
あぐりにとって、久し振りに出来た時間的余裕。
だからこそ この日は、姉妹で会う予定を立てていた。
しかし其処に、予定外の
そして その事情を知らず、姉を迎えに研究所を訪ねた あかりの目に入ったのは、内側からの爆発により、崩れる建物。
警備員が右往左往する中、本来なら危険故に その場から避難するのが普通の判断の筈だが、彼女は違った。
姉の身を案じた少女は、逆に建物の中に飛び込んで行った。
小柄な彼女は、瓦礫の隙間を縫い、簡単に建物奥まで入り込めた。
「……………!!?」
そして その先で彼女が見た光景。
それは横たわる自分の姉と、それを凝視するかの…まるでアニメか特撮にでも登場しそうな、異形な触手の怪物。
距離が有る故に、両者が どの様な言葉を交わしているかは分からない。
しかし その様は どう見ても、怪物が姉を弄んでいる様にしか見えなかった。
「お姉ちゃんっ!!」
そして怪物が彼方へと去った後、少女は姉の元へと駆け寄った。
「嘘…」
其処には物言わぬ姉。
彼女は非情な現実を突き付けられる。
「お姉ちゃん? お姉ちゃん?? お姉ちゃんっ?!!」
顔を蒼白にし、姉の身体を揺さぶるが、何の反応も無い。
「…どうして…?………ん?」
大粒の涙を溢れ落とし、絶望に崩れ落ちる少女は、姉の傍らに落ちていた1枚の紙切れを見付けた。
関係者へ
私は逃げる。
しかし、椚ヶ丘中学校3年E組の担任なら引き受けても良い。
後日、交渉に伺う。
超破壊生物より
「椚ヶ丘中学校…3年E組…?」
怪物が残したのであろう書き置きを見て、彼女は確信する。
その椚ヶ丘中3−Eに行けば、あの姉の仇である怪物に会える…と。
「クソが! 何なんだよ、一体!?」
「まだ誰か残ってるかも知れないぞ! 重機、持って来い!」
「…!!」
そんな中に聞こえてきた、救助隊の声。
それを耳にした少女は逃げる様に また来た道を通り、その場を去る。
崩れた床に落ちていた、ノートパソコンと怪し気な薬品が入った鞄を手にして。
それが
…それを知り、少女が復讐の決意を固めるのは、数日後の事だった。
▼▼▼
『………………?!』
研究所から飛び去る死神の眼には、初めて見る光景が飛び込んでいた。
凄まじく高速飛行による、高速で映り変わる風景。
自身の出すスピードと云え、それを自分の眼で追えているのにも、最初の数分は戸惑った。
『…………。』
そして、已の身体の変化も改めて自覚。
お前は、どうなりたい?
『………………??!』
そんな声が、聞こえた気がした。
お前は、何になりたい?
『……………………。』
それは まるで、触手が脳内に直接、尋ねている様な感覚だった。
触手が魂に直接、教えてくれたのだろうか?
人間を辞めた自身の
このチカラが有れば、何でも出来る。
如何なる存在になるかも、それは自分の思い通り。
『私は、弱くなりたい。』
…だからこそ、触手の問いに対して、迷わず彼は そう答えた。
『弱点だらけで、思わす殺したくなる程に親しみ易く。
この
そんな
…と。
≫≫≫
その後 死神だった生物は、近くの山に降り立った。
周囲の草木の繊維から糸を紡ぎ、教師らしい?学士帽と修士服を編み、身に纏う。
『…良い
そして夜空に浮かぶ、月を見上げての一言を呟くと、あぐりのプレゼントであるネクタイに、その三日月を見立てた刺繍を施した。
時に間違うかも知れない。
時に冷酷な素顔を見せるかも知れない。
しかし、精一杯やろう。
あぐり…貴女が やろうとした事を。
自分なりに、最も得意な方法で。
自分自身の、最も得意な殺り方で。
『ヌルf…ヌルフフフ…」
…こうして、超生物の新米教師が、産まれたのだった。
▼▼▼
「…と まぁ、私の過去の話は以上で終わりです。
誰か…何か、質問は有りますが?」
「「「「「「「「「「「……………………。」」」」」」」」」」」
殺せんせーが自身の過去を語り終えた。
しかし誰も それに対して、疑おうとする者は居ない。
「「…………。」」
それは烏間とイリーナも同じく。
烏間は殺せんせーが元は人間だった事だけは、自身がE組の生徒達を指導するという任務を渡された際に知らされていたが、その経緯や素性は聞かされていなかった。
イリーナも まさか、前に自分を捕らえた死神が、実は自称していただけの偽者だった事に先ずは驚き。
そして目の前のエロダコこそが、本物だった事に驚きを隠せず。
しかし、春から殺せんせーの規格外さを見てきた2人。
目の前の暗殺対象が、実は伝説の殺し屋だった事には、逆に納得してしまう。
〜優れた殺し屋は、萬に通ず〜
思考誘導も、その1つだったのだろう。
春に真実を聞いていた響以外は誰1人、其れを考えようとも しなかったのだから。
「「「「「「「「……………。」」」」」」」」
そして生徒達の脳裏に、殺せんせーと初めて顔を合わせた日の事が過ぎる。
今年4月初め、この超生物の暗殺を国から以来された時。
それから数日の暗殺失敗で、この超生物の理不尽な身体能力を見せ付けられた時、生徒達は思った。
「この先生を殺さないと ならないのか…?」
…と。
「どんな
…と。
そして今。
「「「「「「「……………………。」」」」」」」
全てを明かされても、あぐりの死…それについて殺せんせーを責める者は居なかった。
彼女の妹である、
「「「「「「「「「………………。」」」」」」」」」
そして この9ヶ月の、暗殺の日々。
色々な事が有った。
生徒達の脳裏に、4月からの暗殺生活が駆け巡る。
怖かった事。
楽しかった事。
ムカついた事。
楽しかった事。
キレた事。
楽しかった事。
嬉しかった事。
楽しかった事。
面白かった事。
楽しかった事…。
「「「「「「「「「………………!!?」」」」」」」」」
其れ等を思い出し、生徒達は自分達が成そうとしている事が、改めて無理難題だという事に気付く。
この先生を殺さないと ならないのか…?!
…と。
「「「「「「「「「………………。」」」」」」」」」
≫≫≫
そして翌日。
誰もが煮え切らぬ思いの儘、椚ヶ丘中2学期の終業式も終わり、冬休みに入った。