「う~ん…愛美ぃ…ゴメンね…」
「い、いえ、気にしないで…」
自分の額に氷嚢を乗せてくれた奥田に対し、寝ている櫻瀬が申し訳無さそうに呟く。
「皆、酷い熱だ。奥田さん、脳にダメージが行かない様、兎に角 頭だけは常に、冷やしておこう。」
「はい!」
烏間指揮の元、動ける生徒達が脅迫犯の待つ、山頂ホテルへ突入をしていた頃、海の傍の宿泊ホテルでは、竹林と奥田が、ウイルスで倒れた者達を看病していた。
風通しの良い、砂浜の直ぐ傍のベランダに、フロントから借りた毛布を丸めて枕代わりにして横になってる櫻瀬達を見ながら、奥田が竹林に問う。
「あの…これだけ強いウィルスなら、島中に広がったりは…?」
「犯人も『感染力は低い』と言っていたそうだから、多分、それは無いね。
恐らくは、食べ物か何かにウィルスを仕込まれたと考えるのが妥当だ。」
奥田の不安に対して、竹林は自分なりの見解を話す。
「だから、空気感染みたいに、無差別に彼方此方にウィルスが撒き散る心配は無いと思う。
…それは、アッチに行った皆にも伝えたんだけど…」
「………………。」
E組だけを狙って、盛られたウィルス…
一体 誰が? 何時? どうやって?
奥田は その顔から、不安の表情を消す事は無かった。
▼▼▼
「…さて、君等に なるべく普段着の儘で来て貰ったのにも、理由はある。」
非常階段を上り、ホテル2Fまで到達したE組チーム。
生徒達に烏間が説明を始める。
「入口の厳しいチェックを抜けさえするば、此処からは客のフリが出来る。」
「客っすか? 悪い奴等が泊まる様なホテルでしょ?」
「中学生の団体客なんて居るの?」
「ああ、聞いた限りじゃ結構いる。
芸能人や金持ち連中のボンボンがな。」
生徒達の質問に、烏間は渋い顔をしながら答える。
「金持ち…」
「ボンボン…」
烏間が言うには王様の様に甘やかされて育った子供達は、あどけない顔の内から、この様な場所で酒にタバコ、更にはドラッグ、果ては不純異性交遊等々等々…様々な悪い遊びを覚え、その手を染めると云う。
「その通り。だから君達も、そんな輩になりきり…世の中を舐めてる感じで歩いてみましょう。」
「ふ~ん、舐めてる感じ…ねぇ?」
「それって結構、難しくね?♪」
「お前等は普段の自然体で大丈夫だ!」
既に緑とオレンジの縞模様で舐めた顔をしている殺ボールのアドバイスで、
「ひゃっはー!」
「ケケケケ…」
「ニャガガー!」
「おぉーっほっほっほ!!」
…一部、
「そうです皆さん、その調子!」
「その調子…なのか?」
色々な意味で、不安そうな顔をする烏間。
「…いいか皆、俺達も敵の顔は知らない。
敵も、宿泊客の振りをして攻めてくるかも知れない。
舐めた様な態度も結構だが、警戒だけは怠るな。」
「「「「「「「…はい!」」」」」」」
烏間の言葉に、生徒達は一時的に顔を引き締める。
≫≫≫
一般宿泊フロアの廊下、如何にも訳アリ風な、緊張した感のある強面な男と、コレと云った事も無く、普通に すれ違うE組チーム。
「本当に只の客同士って感じだな。
…てか、向こうサンも何かにビビってる様な…そんな顔してたぜ。」
「ああ、視線も合わせようともしない。
関わりたくないトラブりたくないってのは、アッチも同じなんだろうな。」
烏間の指示で、
「ホテル内の全てが敵かと思ってたけど、この分なら最上階まで、すんなりと行けそうな気がするね。」
「仮に何かあっても、先頭には烏間先生が、後ろには磯貝と吉良っちが居るし、直ぐに知らせてくれるさ♪」
そう話しているのは、渚とカルマ。
≫≫≫
「へっ! 楽勝じゃねーかよ!」
「時間無いんだ、さっさと進もうぜ!!」
ホテル3Fの中広間に入った時、今迄 何事も無く慣れてきたのか嘗めたのか、寺坂と吉田が先頭の烏間を追い抜き、前に走り出た。
そうした時、寺坂と吉田が走り向かう…此方から見たら、中広場の出口側から、チェック柄のシャツにハーフパンツという如何にも宿泊客然とした身形の、1人の中年男が歩いてきた。
「~♪」
片手をズボンのポケットに突っ込み、口笛を吹きながら やってくる男。
「…!」
何かを思い出したのか、その男の顔を見て、不破が叫ぶ。
「寺坂君、吉田君! そいつ、危ない!!」
「あ?」
…その後は一瞬だった。
ぐぃ…
「「おゎっ?!」」
不破の反応にダッシュした烏間が、前を走る寺坂と吉田に瞬時に追いつき、2人の上着の襟口を手に取り後方に投げる。
それと同時に、その前方の男はチェック柄のシャツの下に着ていたアンダーの首縁を、まるでマスクをする様に口元まで引き上げると、ズボンに忍ばせていた小型銃の様な武器を微笑みながら、烏間に向けた。
ボシュッ…
「…!?」
派手な銃声は鳴らない。
「ガスか!?」
男が手にしていた武器は実弾銃の類ではなく、何らかのガスを噴出するスプレーの様な物。
烏間は身体全身に、そのガスを浴びるも、素早く男の持つスプレーを狙って蹴りを放ち、見事その武器を弾き飛ばす。
「「チィッ…!」」
バッ…
互いにバックステップを踏み、距離を空ける両者。
「…何故、分かった?」
男は口と鼻を覆っていたマスクを下げ、ニヤリと嗤いながら、不破に話し掛ける。
「殺気を感じさせず、すれ違い様に殺る。…俺の
「…ボブだよ。」
『オカッパ』という単語に、地味に反論する不破。
「だって おじさん、昼間、ホテルでサービスドリンク配ってた人だよね?」
「「「「…あっ!」」」」
そして続け様に放った言葉に、数人の少年少女も、あの時の従業員が目の前の男だった事に気付き、驚きの声を上げる。
「おいおい? 断定するにゃ、まだまだ証拠が弱過ぎるぜ?
ドリンクでなくとも…ウィルスを盛る機会なんざ沢山ある筈だぜ?」
男は嗤いながら、自分が
「皆が感染したのは飲食物に入ったウィルスから…竹林君は そう言ってた。」
それに対してボブカットの少女は、まるで推理小説のクライマックスである謎解き場面の如く、人差し指を立ててコツコツと周囲を歩き出し、自分の推論を話し始める。
「クラス全員が同じ物を口にしたのは、あの時のドリンクと、船上でのディナーの時だけ…。
でも そのディナーを、映像編集をしていて、後から原さんからの差し入れという形で、約1時間遅れて食べてた三村君と岡島君も、同じタイミングでダウンしてる事から、感染源は昼間のドリンクに絞られる。
故に…」
そこまで話すと不破優月は、人差し指を一度、天井高く掲げた後、その手をゆっくりと降ろし、
ビシィッ!
「犯人は、お前だ!!」
某・大食い女子高生探偵の お得意のポーズを、「やりきったぜ!」と云う満足気な会心の笑顔と共に決めるのだった。
「ぅぬ…」
不破の その名推理?に男は一瞬、顔を歪める。
「不破ちゃん凄ぇ!」
「何だか本物の探偵みたい!」
「ふっふっふ…そこに痺れろっ! 憧れろぉっ!!」
響達が探偵少女を持ち上げる中、
ガクッ…
「「「「「!!」」」」」
「「「「「烏間先生!?」」」」」
烏間が険しい顔をして膝を着き、床に伏せた。
「毒物使い…そ、そうか…貴様が『スモッグ』だな…!!?」
烏間は倒れた儘、男を睨み付ける。
「くっくっくっく…」
「その嗤いは肯と判断しますよ?」
烏間の問い掛けに、肯定も否定もせず、含みを持たせて嗤うだけの男に、殺せんせーが断定。
「ふっ…ロヴロに依頼承諾の返事をする前に、今回のボスから、政府以上の報酬額を提示されたのでね…」
殺し屋スモッグ。
本来ならロヴロの仲介で、殺せんせー暗殺に着任する筈だった殺し屋の1人。
しかし、そのオファーを出した後、正式な答えを受け取る前に、突如として連絡が途絶えた1人であった。
「…もしや、『ガストロ』と『グリップ』も…か?」
「…さぁてね?
それにしても先生、アンタ、本当に凄いねぇ…」
「何…?!」
「アンタが今 浴びたガスは、俺様特性の屋内専用麻酔ガス。
少しでも吸えば、象ですら瞬時に気絶し、外気に触れれば直ぐに分解して証拠も残らない優れ物だ。
それを正面からマトモに喰らい、未だ意識を保ってるとは、ねぇ…くっくく…」
苦笑しながら男…スモッグは話す。
「生徒達に盛ったウィルスの開発者も、あなたですね?
無駄に感染を広げない…実に取引向きで、実用的だ。」
「さぁ? ただ…お前等に取引の意志が無い事だけは、良ぉく解った。」
続く殺せんせーの質問もはぐらかすと、スモッグは踵を返し、
「交渉決裂…ボスに報告だな。」
その場を去ろうとする。
しかし…
ザザッ…
「!!?」
中広場の全ての出口を、生徒達が即座に塞ぐ。
広間に置いてあるテーブルを、花台を、壺を…そして壁に飾られている斧槍を手に取り、目の前の殺し屋に対して、必要ならば交戦と云った姿勢を見せる。
「へぇ…やるねぇ…!?」
その手際良さに、スモッグは純粋に感心。
その時、
「敵と遭遇した場合…速やかに退路を塞いで連絡を断つ…」
「!???」
「彼等には、そう指示していた…!」
フラ…
そう言いながら、フラフラとした足取りながら烏間は立ち上がり、
「貴様は…俺達を見た時に、攻撃せずに報告に戻るべきだった!」
生徒達の満点を与えても良い迅速な行動に笑みを見せた後、ファイティングポーズを構える。
「ふ~ん…まだ、動けるとは、驚いた。…だが!」
スモッグは再び、アンダーシャツの首縁を鼻先まで引き上げマスクにすると、
「所詮、他は御子様の群れ。
お前が死ねば、統制が取れずに逃げ出すだろうよ。」
今迄の嗤い顔から一変、冷酷な殺し屋の本性と云ったも良い、鋭く吊り上がった目付きとなり、烏間同様に、自己流なのだろう、戦闘…否、暗殺の構えを取る。
「「…………。」」
数秒間の睨み合い。
E組生徒が見守る中、麻酔ガスの影響なのだろう、目も虚ろな烏間が、微かに よろめく。
プロの殺し屋が その僅かな隙を見逃す筈が無く、ズボンのポケットに忍ばせていた、もう1つのガス噴出機を手にすると、ダッシュして間合いを詰める。
どうやら この麻酔ガスは、外気に触れたら直ぐに分解する性質上、飛び道具の様な遠距離での攻撃は不可能、近接距離で放たないと、効果を得られない様だ。
グワッシャアッ!!
だが、如何に手負いと云えど、烏間相手に接近戦を挑んだのは、結末からすれば悪手だった。
「「「「烏間先生!」」」」
「「「吉良君?!」」」
「「「吉良!」」」
そのガスを噴出するボタンを押すよりも速く、烏間の強烈過ぎる
因みに この時、響は
…ついでに言えば、その蹴りも死なない程度な手加減をしているが、
馬鹿な…
自分に攻撃を仕掛けた2人に目を向け、スモッグは失おうとしている意識の中、頭の中で呟いた。
ドサ…
「「「「「烏間先生!?」」」」」
そして烏間も、遂に其の場に崩れる様に倒れ込んだ。