ラブライブ!サンシャイン!!アンソロジー『夏――ついに来た』 作:鍵のすけ
お初の方は初めまして
香月あやかと申します
今回も参加させて頂きました
私が書く一風変わった「友情、努力、勝利」
是非お楽しみください!
『では、各地のお天気です。まだ7月も始まったばかりですが、非常に暑い日が続いていますね。特に山梨や静岡などの関東南部あたりでは、観測史上最高の気温を――――』
冷蔵庫に住みたい。
最大出力であるはずなのだが、長年使っているオンボロ扇風機から送られてくるのはなんとも頼りない微風。それを正面で受けながら、僕はそんな馬鹿なことを考えていた。
誰か前世で悪いことでもしたのかと思うほどの連日の猛暑。熱中症で担ぎ込まれる人はここ数年でも最多で、「節電なんてとりあえずいいから冷房をつけろ!」と国が言う始末。それっぽい言葉を使うのであれば、「未曾有の暑さ」ってやつになるのかもしれない。
もっとも、日々の生活費をバイト代でどうにかやりくりしている貧乏学生の僕には、エアコンなどというブルジョワな家電とは縁がないわけで、こうして熱風を浴びてどうにか我慢しているという次第だ。
ただ理由も無く垂れ流しているテレビからの音声をなんとなく拾ってみる。この暑さのおかげで、実に数年ぶりに飲食店の売り上げが上がったらしい。そりゃこんだけ暑かったらビールの一杯でも飲みたくなるだろう。僕はまだ未成年なのでお酒は飲めないけど、机の上に置いてあるグラスは、食べたアイスの棒で観葉植物みたいになっている。酷暑のおかげで、冷たいもの意外身体が受け付けないからだ。
「……あつい」
今日何度目になるのかわからない独り言。言って気温が下がるわけでもないのに、どうしても口を突いて出てしまう。「痛い」とか「眠い」とか「おなかすいた」とか、人はどうしてたまに無意味なことをつぶやいてしまうのだろうか。
にしても、本当に、
「あつい……」
カランと、さっき作ったカフェオレの氷が溶ける。ホットならブラック一択だけど、アイスコーヒーは砂糖と牛乳をしこたま入れてキンキンにしたのを飲みたい派だ。甘苦いなんともいえない感覚を楽しみながら、網戸の向こう、雲ひとつ無い紺碧の空をぼんやりと見上げる。
『お出かけの際は十分に注意して、また水分補給をこまめに行い、体調管理はしっかりと行ってくださいね!』
どこまでも続く深い青に、意識が吸い込まれそうになる。
夏、猛暑、青い空
こんな日にこんな景色を見たとき、決まってあの時のことを思い出す。
あの日も今日みたいに晴天で、溶けそうなくらい暑かった。
そして僕は、地上に堕ちた天使に出会った。
『真夏と堕天使』
その日は、僕が今まで経験したことが無いくらいの暑さだった。気持ちとしては、小さい頃親に連れて行ってもらった温泉に併設されていたサウナと同じくらいの気分だった。
中学生最後の夏休み、気分転換にと自転車で外へと駆り出したのはいいけれど、海沿いを漕ぎ出して10分で、家を出てきたことを早くも後悔した。Tシャツは汗を吸って、服を着たままプールに入ったかのようだ。刻一刻と失われる水分と涼しさ欲しさに、僕はどこかに避難しようと考えた。
額の汗を腕で拭いながら、そうして更に漕ぐこと10分あまり、商業施設が集まった建物にどうにかこうにか逃げ込んだ。自動ドアが開くと、心地良い冷気がふわりと迎えてくれた。それの大元を辿るかのように、僕は奥へ奥へと吸い込まれていった。
この建物は4階建てになっていて、それぞれの階にあるものが全く違っている。1階は飲食店やセレクトショップが立ち並ぶショッピングエリアだが、2階は丸々駐車場になっている。週末ともなると家族連れや若者グループでとても盛り上がる場所であるはずなのだが、夏休みであるはずの今日に限ってほとんど誰もいない状態だ。あまりにも暑いので、みんな出歩く気すらなくなってしまっているからだと思う。
この建物へはたまに友達と来る程度なのだが、それは4階のシネコンで映画を観るためだ。買い物に来たわけでもない、映画を観に来たわけでもない。そうして僕は、自然と3階へと脚が向いた。
クレーンゲーム、プリクラ、大きなメダルゲーム、賑やかなBGM。
俗に言う、「ゲームセンター」と呼ばれている場所だ。
ここも普段はカップルなどで賑わっているはずなのだが、1階同様がらんとしていて、筐体から流れて来る音声が無駄に店内に響いている。それらをものめずらしく眺めながら、僕はフロアの奥へと更に足を進めた。
ゲームセンターにはあまり行くほうではない。ゲームが得意というわけでもなく、沢山遊べるほどお金を持っているわけでもなく、なんとなく怖そうなイメージがあったからだ。
最新のアーケードゲームの迫力や美麗さに目を丸くしながら歩いていた僕は、あるコーナーの一角へと辿り着いた。
和太鼓やギター、ドラムセットを模した筐体。見た目が洗濯機のような筐体。たくさんのボタンがついた筐体など、そこにはとても個性的でユニークな形の機械が立ち並んでいる。
これは確か、いわゆる――
「音楽ゲーム、ってやつ?」
体感ゲームとも言われるそのゲーム群は、様々な形はあれど、全てにおいて「リズムに合わせてボタンを叩いたり、デバイスを操作したり、身体を動かしたりする」という軸がメインとなって作られている。
以前友達の家で太鼓を叩くゲームをしたとき、あまりのリズム感の無さに友達に笑われて以来、この手のゲームには若干の苦手意識があった。
箱が積み重なっているような形のゲームの画面を眺めながら、ちょっと面白そうだななんてことを考えていたら――
『――――』
前方――今見ている筐体の真後ろから、パチパチと何かを叩くような音が聞こえてきた。
誰かが、今まさにゲームをプレイしている。
どんな人がやっているのだろう。興味本位で、後ろに回りこんだ。
先程見ていたゲームよりも、遥かに大きな筐体。側面にはスピーカーがついており、大きな画面の下には放送室の機材のようなつまみが付いている。丁度机くらいの高さから伸びている地面と水平な天板には、鍵盤とターンテーブルのようなお皿が付いていた。それをピアノでも弾くかのように軽快に叩き、画面を一心に見つめていたのは――
僕と同じくらいの年の、とても可愛い女の子だった。
ゴスロリ調、とでも言うのだろうか。一昔前の西洋で着られていたかのようなレースが多くあしらわれたワンピース。ごつめのブーツは底がとても厚くて、10センチは身長が増えているんじゃないかと思う。
長い濡れ羽色の髪は頭の左側でシニョンに結い上げられていて、そこに刺してある黒い羽の髪飾りがとても印象的だ。
あまりにも現実とかけ離れすぎていて、僕は一瞬幻覚か何かでも見ているんじゃないかという気分になった。
こんな暑い日に、女の子が、ひとりで、こんな格好をして、ゲームセンターにいるだなんて。
彼女の容姿の可憐さもあって、暑さのせいでついにおかしくなってしまったのかと思ったくらいだ。
後ろで唖然としている僕のことなど露知らず、女の子は黙々と鍵盤を叩いている。画面の上から山のように降ってくる白と青と赤の棒。それを涼しい顔で、平然と、正確に捌いている。何をしているのか全くわからなかったが、素人目からしてみてもこの女の子がかなり上手いことは明らかだった。
曲が終わり、結果が画面に表示される。僕にはさっぱりわからなかったが、Aが3つ並んでいるあたり、いい結果であることに間違いはないだろう。
女の子は満足げに頷きながら画面を携帯で撮影した後、台から降りてくるりとこちらを向いた。
その瞬間、ずっと彼女を見つめていた僕と、ふっと目が合う。
透き通った、マゼンダ色の瞳。
1秒にも満たない時間だったはずだけれど、僕にはその一瞬が、永遠にも引き伸ばされたかのような感覚に襲われた。
女の子は、ふいと僕から視線を逸らし、別の場所へと行ってしまった。僕は彼女の背中を目で追いながら、しばらくそこから動くことができなかった。
真夏のゲームセンターで起きた、刹那の邂逅。
これが、僕と彼女の最初の出会いだった。
□ ■ □ ■ □ ■
その2日後、僕は再びあのゲームセンターへと足を運んでいた。
理由は自分でもよくわからない。単純に暇だったのもあるし、どこか遊びにいこうと思っていたからでもある。
でもそれ以上に――
あの日見たことが本当に幻ではなかったのだと確かめるためだ
――なんて、建前を自分で作ったりしていた。
この間ほどではないにしろ今日もお日様はご機嫌で、その陽気さを惜しむことなく僕らに分け与えてくれている。お願いだから、少しは休んでもらいたいものだ。日本全国、ダムの水がもうほとんど残っていないらしい。いくらなんでも働きすぎだろう。
そんなことを考えているうちに、例の建物に到着していた。駐輪場に乗り付けて、鍵をかける。こんな暑い日に外出なんて、普通に考えれば進んで行きたくなるようなものではない。でもどういうわけか、その時の僕は妙に気分が高揚していた。
するすると3階に上がり、再びあの音楽ゲームが立ち並ぶエリアへとやってきた。
果たして――――
「……そりゃそうだよね」
誰も居ないコーナーを見ながら、自嘲気味に呟いた。
もしかしたら本当に幻の類だったのかもしれない。
「…………折角だし、1回やってみるか」
ここまでわざわざ足を運んでおいて、何もせずに帰るというのも味気ない。試しに僕も一度やってみることにした。
「……ここにお金を入れればいいのか」
1Pと2Pとでも言うのだろうか、鍵盤の塊が左右に分かれているその中心にコインの投入口がある。僕は財布から硬貨をつまむと、ドキドキしながら放り込んだ。
『――』
派手な効果音と共にゲームが始まった。僕は未知なる領域へと足を踏み入れたような心地で、心拍数が段々と上がっていくのがわかる。
チュートリアルと言うらしい、初めて遊ぶ人のための簡単な説明があった後、唐突に画面が切り替わった。実際に選曲して遊んでみろというわけらしい。
しかし――
「知ってる曲が、ひとつもない……」
後になってから知ったことなのだが、このゲームに限って、一般にアーティストやグループ等の曲、いわゆる「版権曲」と呼ばれる曲は全く入っていなかったのだ。ゲームを配給している大元の会社の楽曲製作チームが、書き下ろして収録しているらしい。
でも、そんなことを初めてやる僕が知っているはずもなく――
「…………なにこれ」
選曲時間ギリギリで苦し紛れに選んだ曲が、ありえないくらい難しかった。
目で追えない
指が追いつかない
わけがわからない――
『Stage Failed!!』
気が付いたら、曲は既に終わっていた。僕はただ、呆然と画面を見つめたまま動くことができなかった。
地を這ったままのグラフのようなものが、より一層物悲しさを覚えさせる。
……これが本当に楽しいのか?
ものの数分で100円が溶けたことに薄ら寒さを覚えながら、僕は未だに忘我の淵にあった。
「――――何やってるの?」
突然後ろから声をかけられたことにより、ようやく意識が現実に引き戻された。
「次やりたいんだけど、どいてくれない?連コはルール違反よ」
「……あ、はい。すみませ――」
聞きなれない単語に首をかしげつつ、いそいそと振り返ると、
そこには、一昨日の女の子が立っていた。
「……あら、あなたこないだも確か……」
「あ……」
あまりにも突然すぎる再会に、言葉が詰まる。
「……あなた、もしかして初心者?」
まさかあんな暑い日に自分以外でゲームセンターに行く人が居るとは思わなかったのだろう。どうやら覚えていてくれたらしい彼女が、髪をさらりと揺らして尋ねてきた。
「え!?あ、うん……」
「そうよね。チュートリアルからいきなり灰譜面なんておかしいと思ったもの。
……いいわ。私が少し教えてあげる」
謎の単語を口走りながら、目の前の少女がふふんと得意げにポーズを取る。
夢でも見ているのではないだろうか。
先日の幻さんと、どうやら今から一緒にゲームをすることになったらしい。
□ ■ □ ■ □
「ちゃんとカードは作った方がいいわ。これがないと、スコアやデータが保存されないの」
「ここを押しながらお皿回してみて。そうそう。これで、スクロールする速さを変えられるの」
「押す場所と指はある程度固定させた方がいいの。フリーでも出来る人はいるけど、そこはもう才能の世界ね」
「もっと上手になりたい?そうね……そしたら、この曲なんかがいいと思う。
……え?難しい?文句言わないのっ!」
「へぇ!アレをクリアできるようになったの!?すごいじゃない!
まぁ、私にはまだまだ遠く及ばないけどね!」
真夏の邂逅から数ヶ月、僕は暇を見つけてはゲームセンターへと足を運んでいた。
遊んでいると、必ずと言っていいほど彼女がいた。勉強は大丈夫なのかと聞いたところ、「成績は優秀である」とのことで、何ともうらやましい限りだ。かく言う僕も人のことを言える立場ではないのだけれど。
もともと何かに熱中するような性格ではなかった僕が、ここまで何かにのめり込むのは珍しかった。上達していくうちに、段々と楽しくなってきたからかもしれない。
……いや、もっと他に理由があるのかもしれないけど。
そしてこれもゲームを始めてから知ったことではあるのだが、この界隈、お互いのことを名前ではなく自分で付けた名前――通称「プレイヤーネーム」と呼ばれる名前で呼び合っているのだ。本名をもじったものをつけている人もいるが、中には数字や記号だけの人もいてかなりめちゃくちゃだったりする。
要は、あだ名しか知らないのだ。
今までそんな文化とは無縁の環境に居た僕にとってはかなりの衝撃だった。
そして、僕にゲームを教えてくれた女の子――「ヨハネ」もまた、本当の名前を知らずに友達になった。
ちなみに、僕の名前は内緒だ。
本格的に音楽ゲームをやり始めてからわかったことだが、やはり彼女はものすごく上手かった。僕が手も足も出ないような譜面を軽々とやってのけるし、僕が出来る曲のスコアも圧倒的に高い。
「そっちの学校はどう?」
「あ、あんな場所、この人を超越した存在である私には不要よ……ふっ」
プレー待ちの椅子に座り、近況を報告しあう僕とヨハネ。いつしか、僕らは高校生になっていた。
お互い受験を乗り越えて、入学式が終わって間もないこのごろ。僕も彼女も、ここへ来るのは結構久々だ。久々と言っても僕らの感覚で間が開いたなと思うだけで、大体一週間くらいなのだが。
何でも彼女は高校デビューを派手に失敗したらしく、学校に行きにくくなってしまっているらしい。
強がってはいるものの、内心はどうしたものかと思っているに違いない。
「幼馴染だっけ?も同じ学校にいたんでしょ?誰だっけ、あのお寺の……」
「よ、ヨハネが人間だった頃の話はいいのっ!」
手をパタパタさせて抗議するヨハネ。「堕天使」という設定なのだそうだが、これがまたなんともコメントに困るもので、みんなは生温い目で彼女を見守っている。
「あなたの癖に生意気よ!この人を超えた堕天使のヨハネに向かってよくもそんなプライベートなことを軽々しく……」
「まぁまぁ……」
そのあたりの話題は非常にデリケートであるらしい。何か別のことを話さないと……
「そ、そう言えば前からずっと思ってたんだけど、ヨハネのPN(プレイヤーネーム)って『JOHANE』じゃん?あれってたぶん普通に読むと『ヨハン』なんだけど……」
「――――っ、うるさーい!!
しょうがないじゃない6文字しか入らないんだから!仕様に文句言いなさいよ!
ヨハネはヨハネなのっ!」
そうなのだ。このゲーム、6文字までしか登録することができないのだ。ヨハネ、と書きたいのであれば本当は「JOHANNE」にならなくてはいけないのだ。そこは仕様上仕方なく、彼女の中でもかなり葛藤があったに違いない。
「――っ、に、人間風情が生意気なのよ!」
何で学業成績は優秀なのにこうなってしまったのだろうか。頭の良さをこじらせるとこうなってしまうのだろうか。
「と、ところで『ヨハネ』ってさ、どこから取ってきたの?」
ぴくっと、彼女の動きが止まった。
「よ、ヨハネは魂の名前で、由来も何も無くヨハネはヨハ――」
「本当は?」
「本当も嘘もないもん!ヨハネはヨハネなのっ!」
手足をバタバタさせて抗議する様は、まるで子供のようだ。とても同級生には見えない。
「そ、そしたら、ヨハネのスコアをどれかひとつでも抜いたら教えてくれる?」
「いいじゃない!人間風情が、このヨハネに適うと思ったら大間違いよ!」
よし、言質は取った。あとは自分との戦いだ。
いつものポーズを取り、ずびしと指を突きつけてくる彼女を見ながら、僕は心の中で静かに闘志を燃やしていた。
それからは、自分に出来る精一杯のことをやった。
動画を見漁ったり、自分が得意な譜面を研究したり、彼女のスコアと近いものはどれかと見比べてみたり、色々と手は尽くしてやった。
経験値には圧倒的な差がある。しかも、僕にはさほどゲームのセンスもない。使えるお金も限られている。そんな中、どうしてここまで必死だったのか、自分でもよくわからない。
ほんと、どうしてこんなにムキになってるんだろう。
そして、あの約束から2ヶ月程、ようやく運命の日が訪れた。
最初にゲームセンターに足を踏み入れてから実に9ヶ月あまり、長いようで短かった。
今日僕は、ここで、彼女を超える――
相変わらず、人が少ない音楽ゲームのコーナー。彼女はまだ来ていなかった。
といっても、ヨハネは最近はあまりゲームセンターに来なくなっていた。友達の助けで無事に学校に通えるようになり、部活のようなものに精を出しているのだそうだ。
でも、最後に会ったとき、今日来られたら行くという話をしていたのでもしかしたら目の前で抜かしてやれるかもしれない。
筐体の前で、大きく深呼吸をする。財布の中のカードをリーダーにかざし、暗証番号を入力してお金を入れる。
曲を選ぶのも、難易度を選ぶのも慣れたものだ。
人生初のプレーを思い出して、自分でも笑ってしまう。
滑らかな手つきで皿を回してカーソルを合わせ、一瞬の間の後ボタンを押した。
「――――」
練習もした。研究もした。イメージもした。
あとは、緊張と自分自身との戦いだ。
このゲームは、今のスコアがどれくらいか、このままのペースだと最後はどのくらいになるのか、プレー中にリアルタイムで表示される。
今の僕のベストスコアは、彼女のそれに肉薄しつつある。中盤の難所を越えれば、僕の勝ちだ。
曲が始まる。最初は稼ぎどころだ。ここを落としてしまっては後半に取り返すことができない。
リズミカルに、素早く、性格に、鍵盤を叩く。
曲が進むにつれて、画面中央のスコアがゆっくりと上昇していく。自分の中ではまずまずの出来、だがこのままでは、彼女のベストには追いつけない。
集中しろ、大事なのは――
「(平常心、だ)」
音楽ゲームにおいて最も重要なことは、「心を常に落ち着かせておくこと」だったりする。
良いスコアが出そうになったとき、初めてクリアできそうになったとき、人はわけもなく緊張して力がこもってしまい、実力を発揮することができなくなる。
考えるな。意識するな。落ちてくるものをただ叩け。
普段はあがり症ですぐ跳ねる僕の心臓も、今日は水を打ったように落ち着いていた。
無心で指を動かしながら、謎の全能感が身体を支配する。
いける、このままならいける。
だが意識はするな――
中盤の密度が濃い部分をどうにかやり過ごし、アウトロの部分へと突入する。
グラフの伸びは同じくらい。ここで詰めなければ、もう追いつくことはできない。
追いつけるか?
いや、追うんじゃない。抜くんだ。
いつでも僕の目標だった、彼女から――
『Stage Cleared!!
Full Combo!!
Target Score+4』
「――――っ、っしゃぁ!!」
生まれて始めて、ゲームでガッツポーズなんてしてしまった。
スコアはほんの僅差で勝った。
そして意識していなかったが、なんと一度のミスもなくクリアしてしまっていた。
ヨハネも、この曲はフルコンボはしていない。
勝った。間違いない。僕の完全勝利だ。
結果画面をしっかりと写真におさめ、意気揚々と待ち椅子に座る。
これを見たら、彼女はどんな顔をするだろうか。
「人間のくせに!」と、悔しそうな顔をするのが目に浮かぶ。音楽ゲームプレイヤーは、自分のスコアが抜かれることを何よりもモチベーションとしているのだ。
そわそわと我ながら落ち着きの無い様子で彼女を待つ。
これでやっとヨハネの由来を知ることができる。
これでまた一歩、彼女へと近付ける。
しかし、
いくら待っても、その日彼女がゲームセンターに現れることはなかった。
今日だけではない。
あれから何度も足を運んでも、ヨハネがあの場所に来ることはもうなかったのだ。
□ ■ □ ■ □ ■
「この映画あんまり面白くなかったな……期待していただけに少し残念だったなー」
「そうか?俺は結構好きだったけどな。お前は?」
「僕もあんまり……前が良かっただけに残念だったな」
この日、僕は学校の友達と一緒に映画を観に来ていた。賛否両論な映画の感想について意見を交わしながら、ご飯を食べようと吟味中だ。
結局、あの日から僕もゲームセンターにはほとんど行かなくなってしまっていた。月に一度や二度、時折思い出したかのように足を向ける。今日は映画を観に来たので、この建物には4階に用があり、今はこうして1階のフードコートで料理を待っている。
ここに来ると、思い出すのはやはり彼女のこと。
どうして突然来なくなってしまったのだろうか。
……いや、もともとそんな挨拶をわざわざするような間柄でもなかったということだ。
たかがゲームセンターで知り合っただけのコミュニティ、僕にプライベートの都合を説明する義務がどこにあるだろう。
名前すら知らない希薄な関係、ただそれだけのことだったのだ。
「――――い、おい!あれって浦の星じゃね?」
思考の海に沈んでいた僕を、トレイを持った友人が肘で小突いて海底から引き上げる。顎で差した先には、大型のテレビがあった。
地元の数少ない憩いの場としても知られているこのスペースには、フードコートとショッピングの休憩所というふたつの顔がある。モニターにはケーブルテレビが引かれていて、地元の情報が一日中見られるようになっている。
画面の中では、複数の女の子が映っていた。
服装は全て鮮やかな色で、肌の露出がやや多く、これは服装というよりも衣装と言ったほうが正しいのかもしれない。
これはまるで――
「アイドルみたいだな」
「アイドルみたいじゃなくて、本当にアイドルなんだよ。
スクールアイドル、知らないの?」
僕が首を横に振ると、友人はやれやれと言った表情で教えてくれた。
「あのなぁ……今時スクールアイドルも知らないなんざ、隠居してる世捨て人くらいなもんだ。
いいか?スクールアイドルってのはな、その学校独自で結成したグループで、有志によって――」
申し訳ないが、友人の説明は後半から全く耳に入らなかった。
『はい、それでは次の方、自己紹介をお願いします!』
『……ふっ、人間諸君、御機嫌よう。
私はヨハネ。堕天使ヨハネ。
この度は私の美しさ、威光を地上の人間にも知らしめるために地に降り立ったの。
あなたも、私のリトルデーモンにな――』
『はい、1年の津島善子さんでしたー!
この子達9人が、浦の星女学院スクールアイドル「Aqours」です!
それでは、一曲歌って頂きましょう!』
「よしこ言うなぁ!私はヨハネ!ヨハネなんだってばぁー!」
何故なら、これが彼女との数ヶ月ぶりの再会になったのだから。
「――――んで、そのスクールアイドルブームの火付け役になったのが、音ノ木坂の……おい、聞いてんのか?何笑ってんだよ?」
隣で話している友人を尻目に、僕は思わず笑ってしまった。
なるほど、そんなことなら、教えたくないのもなんとなくわかった気がする。
「……約束、ちゃんと守ってくれたんだな」
まったく、堕天使様はやることが違うな。
偶然の産物なのかもしれないけど、こればっかりは何か特別なものを感じた。
たかがゲームセンター。されどゲームセンター。
「あだ名だけの関係」ってのも、案外悪くない。
□ ■ □ ■ □ ■
「ほら、起きて!起きてってば!
うわ、汗でドロドロじゃない!アイスの棒は捨ててないわ部屋は散らかってるわ、目を離すとすぐこれなんだから……」
「……うわ、いつのまにか寝てたのか……今何時?」
「18時!もう夕方よ!こんな暑いのによく扇風機だけで寝られるわね……」
「ごめんごめん。んで、何しに来たの?」
「生存確認!連絡しても繋がらないから何かあったんじゃないかって」
「心配してくれたんだ。ありがと」
「ばっ、別に……
ほら、夕飯作るからシャワー浴びてきなさい!」
「……一緒に入ってくれる?」
「………………それはまた今度ね」
「はは、照れちゃってさ」
「うるさいうるさーい!
さっさと入ってこい!」
「はいはい。
…………あのさ。
今度、久しぶりにゲームセンター行かない?」
如何でしたでしょうか?
善子ちゃんはゲームが得意とのことなので、私の音ゲー経験を元に今回の話を書かせて頂きました(ちなみに、私は作中の音ゲーは全くできませんwww)
わかる方にはわかる言い方をすると、善子ちゃんはSP9段くらいのイメージで書いています
たかがゲームで知り合った、と言われるかもしれませんが、私にもゲームセンターを通じて知り合った人が大勢います。未だにとても仲良くしてくれる友達もいます。
出会う場所は重要ではなく、大切なのはどんな付き合い方をするかです
みなさんにも、男女問わずいつか人生を豊かにする素敵な出会いがありますように…