TASさんがキリトくんに憑依したようです。 作:ラビ@その他大勢
これは、昨日のことだ。
「……この、名前。あの、“動き”。……お前、本物、だな」
ギリースーツを纏った死銃は、確信を持ってキリトへと話し掛けてきた。一体彼が誰かはキリトには想像もつかなかった。そんな喋り方をする人物に心当たりが一切無かったのだ。
そして、シノンとの決勝戦。
キリトと戦ったシノンは戦いの後に額に手を当ててこう呟いたらしい。
――あの弾は確実に当たっていた。
――なのに外れた。そう、まるで“当たらないように調整されている”かのように。
その言葉を聞いた、BoB本戦に出場する予定のプレイヤー達の反応は様々であった。あるものは、そんなことがあるわけないと笑い飛ばし、またその決勝を見ていたものは、思わず頭を抱えてうずくまったのだった。そのプレイヤーが呟いて曰く、
『そんなの勝てるわけねーじゃん』と。
翌日――本戦が、始まった。
「ドゥエドゥエドゥエドゥエ」
「ぎゃぁぁぁああ!?」
一人。
「シャーロット!ジョナサン!シャーロット!ジョナサン!」
「ねぷぅ!?」
二人。
「ヤヤヤヤヤッフゥゥゥゥ!!!」
「にゅやーっ!?」
三人。
開始早々に近くにいた三人をいつものように変態的機動力で屠ったキリトが向かうのはシノンが知らないと言っていた三人のところ。ペイルライダー、スティーブン、銃士Xである。まず、最初に向かうのは一番近いペイルライダー。
でんぐり返りを目にも止まらぬ速度で繰り返し、例えるなら某ピンクの悪魔のホイールモードのごとき動きで森のなかを転がり抜ける。
「!?」
発見したペイルライダーを轢いてHPを削り取ったキリトは、一度動きを止めると、徐に懐から端末を取り出した。流石に死銃でなかったことは本人にとっても残念らしく、不満そうに唇を尖らせている。
高速のタップで一秒と経たずに全ての光点の名前を表示させたキリトは、思わず首を傾げた。
と言うのも、出場者の人数と光点の総数が合わないのだ。キリトが探しているうちの一人である、スティーブンが何処にも見当たらない。
キリトは眉を潜め、まさか見落としたのだろうかと舐めるように改めてもう一度端末を見回してみるが、やはり《スティーブン》の名前だけが無い。
――まあ他の奴を全員倒していけば何時かは出てくるだろう。
そう考えたキリトは、近くのプレイヤーへと突撃を敢行したのだった。
そしてまた、憐れな断末魔がフィールドに響き渡る。
何だかんだ一緒に行動することになったシノンと共に20人を余裕で越える人数を屠った辺りで、端末に映される光点の数は遂に3つにまで減っていた。
内訳としては闇風、キリト、シノンの三人である。未だスティーブンとは遭遇しておらず、端末上にすら一度も表示されていない辺り、もしかしたら参加していないのかもとすらキリトは考えてしまっていた。
「もう何か私がいる意味あるのかしら……」
隣のシノンが、深い溜め息をついた。
確かに、連携のために一緒に行動している筈であるのに、その連携の相手がシノンの援護が入る前に敵プレイヤーを倒してしまうキリトである以上、大して意味はないのかもしれない。シノンが変態機動が出来ない時点でキリトの移動に大幅なブレーキを掛けているため、寧ろ組まない方が早く終わるのでは、とすら考えてしまう。
いつの間にか闇風すら倒していたキリトは、キョロキョロと辺りを見回す。
――と、その時。一発の弾丸が、キリトの体を貫通した。
銃弾が飛んできた方向へ慌てて視線を向け、シノンは体を伏せた。キリトの事は微塵にも心配していない。これくらいで死ぬような奴ではないと身をもって知っているからだ。
……だって、ほら。
カサカサカサカサ、と。
聞くのもおぞましいような音を立てながら、驚くほどに洗練されたバックダッシュで撃たれた筈のキリトは狙撃手の元へと走り出した。
その姿を酒場で見ていた一人の観客が、何を思ったのか彼に1つの異名をつけた。台所などに出てくる黒いアレと、装備の殆どを黒で固めた彼のアバター名を合わせた異名は、“ゴキリト”。言い得て妙である。
そんな不本意な異名をつけられているとも知らず、キリトは伏射体勢から未だに立ち上がることの出来ていない死銃《ステルベン》の目の前に立つと、必殺の剣技を放つ。
「エターナルフォース次元断!」
結果、死銃は誰も殺すことが出来ないまま、BoBは幕を閉じた。優勝者が例の黒い奴だったことは――まぁ、言うほどのことでもないだろう。
なおリアルでアサダサンアサダサンにはならなかった模様。