//.世界の裏側
――――星を巡る旅、どこに行こうか。
世界の裏側、そこにある、大聖杯。かつての願望機は聖人の願望をかなえ、第三魔法を形するための存在となった。
魂の物質化。……それを使い目指した不老不死には至らなくてもいい、その必要は、ない。
ただ、この世界を歩く足があればいい。この世界を見る目があればいい。……この世界を感じる、体があれば、それでいい。
だから、二人は顔を見合わせて、頷き、聖杯に手を伸ばす。もう片方の手を、二度と、離れる事がないように、強く握る。
「どこに、行こうか?」
不意の問いに、伸ばした手が止まる。どこに行くか、そもそも、どこに出るか、それは解らない。
ただ、出来るのなら。平和を愛し、救済を夢見た。彼の事を知りたい。そんな思いが零れ落ちる。
「日本に、……彼の故郷に、行きませんか?」
//.世界の裏側
「ここ、……は?」
世界の裏側から、自分たちのいた世界に、出る。ここはどこだ? と、まずそんな疑問。けど、それよりも、
「戦場? ……ですか? いえ、あれは?」
砲撃の音が響く。数は、一つや二つではない。
けど、何より、
「戦場は、…………海?」
ルーラーが傍らで眉根を寄せる。そう、ここは海岸。砲撃の音は海の向こうから響いている。
「海戦?」
呟いて、けど、違うとすぐに確信する。……違う、という事だけはわかる。
とはいえ、それがどういう戦いなのか、よくわからない。
海戦、……俺の知識では、それは、船同士が行う戦いだ。人と人が戦うにしても、そこには足場としての船がある。
けど、
「海に、……人、……それも、少女が立っていますね」
「男性は、いないようだな」
ざっと辺りを見渡す。服装の統一感はないが、そこにいるのは皆、女性。……いや、統一されていないのは服装だけではない。
年齢も、だ、ルーラーと同じ年程度から、”黒”のアサシンくらいの年齢の少女もいる。見ただけではどのような集団か、見当もつかない。
「なるほど、あれが、極東のNINJAですか」
「…………いや、違うような気がするが」
したり顔のルーラーにとりあえず言ってみる。ルーラーは首を傾げて「水面に立てる人はNINJAでは?」というが、違うと思う。
ただ、
「劣勢だな」
徐々にだが、海岸に押されている。必死になって抗戦しているが。
「まずい、ですね」
ぽつり、ルーラーが呟く。彼女は鎧をまとい、旗を掲げる。
まずい、その意味は解る。
劣勢であることはもちろんだが、攻めて来る黒服の少女たちの中央、全身、覆う黒い服を着て、仮面をかぶった女性が巨大な砲を向ける。
そこに宿るのは、光。くらい、くらい、光。その先にいるのは、黒髪の、少女。
「暁っ!」
少女を、彼女より年上の女性が突き飛ばす。砲撃の当たらないところに押しのけ、けど、彼女自身が逃げるには、間に合わない。
だから、命を懸けて守る。その意思で砲を向け、その意思を知り黒服の女性は、光を向ける。
「くっ」
そして、自分たちがいる場所は、戦場とは離れた陸。手を出せない、その歯がゆさにルーラーは表情を歪ませる。
けど、
「ルーラー」
俺は、ルーラーの手を取る。手を引いて、走り出す。
「あの砲撃を、真上に弾けるか?」
「え? ええ? 可能です。
けど、ここからでは、……遠い。宝具の範囲には、届きません」
悔しそうなその表情。けど、
「大丈夫だ。俺がいる」
「へ?」
ルーラーの手を引き、抱え上げる。
「ちょ、じ、ジーク君っ?」
「飛ぶ」
「へえっ?」
珍しい、ルーラーの驚きの声。そして、
とくん、と。鼓動が聞こえた。
足に紫電が弾ける。脚力強化。
足の使い方は解る。大英雄が長年にわたり培ってきた体の使い方は、彼を宿したこの身、この記憶に、確かに継がれている。
だから、
「ルーラー、準備を」
「は、……はい」
何をやるか、理解したルーラーは旗を握り、前を見据えて頷き、
炸裂した。
跳躍、炸裂した砂が弾け飛ぶ。爆発にも等しい音は高速での跳躍を叶えて、
「え?」
光を向けられていた女性の横を通り過ぎる。そして、声。
守護の奇蹟。ルーラーはその名を吼える。
「我が神はここにありて」
宝具の、真名解放にさえ見える極大の光を、ルーラーは受け止め、弾き飛ばす。
「へ?」
きょとん、とする彼女。それは黒服の女性も同じ、けど、彼女は視線を鋭くし、
「全主砲薙ぎ払え!」
爆裂の音。彼女の左右にある、すべての砲から砲弾が放たれ、衝撃波が海面を揺らす。
そして、…………その成果を見届けることなく、俺たちは海に沈んだ。
「けほっ」
「じ、じじ、ジーク君っ! あ、ああ、貴方は、な、な、なにも考えていなかったのですかっ!」
砂浜に戻ったら怒鳴られた。……まあ、仕方ないが。
「すまない。咄嗟の事だった。ああする以外、彼女を守る方法が思いつかなかった」
あの選択に後悔はない。できる事をやったが、その結果ルーラーを海に沈めてしまったのは謝らなければならない。
そう、
「俺が、NINJAなら、こんな事にはならなかっただろう」
「…………いえ、それは違うと思います」
なぜか呆れられてしまった。……そうか、「空を飛ぶ事が出来ればよかったのか。……いや、竜告礼呪がないから、竜となって空を飛ぶ事は出来ない」
「ジーク君が言うと笑えないのでやめてください」
肩を落とされた。……は、いいのだが。
「ええと、NINJA、か?」
「違いますっ!」
「……ルーラー、彼女たちはNINJAではないらしい」
「そのようですね」
「なんで、そんな真面目な表情で変な事を言うんですか?」
変だったろうか? ルーラーと顔を見合わせる。
それと、視界の端、彼女たちを追い詰めていた者たちは撤退したらしい。静かな海が見える。
「と、ともかく、……助けていただき、ありがとうございました。
私は、大和型一番艦、大和です」
丁寧に頭を下げる彼女。「型?」
「家名のようなものではないでしょうか?」
なるほど、
「大和大和、俺の名はジークだ」
「ジャンヌ・ダルクと申します。大和大和さん」
「大和、と申します」
微かに引き攣った微笑で訂正された。これも違ったらしい。
彼女と、後ろには微かな猜疑の混じった表情の少女たち。その中には大和が助けた、黒髪の少女もいる。
「それで、お二人はどちら様でしょうか?」
「旅人です」
ルーラーの言葉に頷く。これからやろうとしている事を考えれば、それが一番正しいだろう。
けど、大和は溜息。
「何を考えてこんな孤島に立ち寄ったのかはわかりませんが、見ての通り、ここは深海凄艦に包囲されています。
先の交戦で一時撤退したようなので、今のうちに島を出る事を勧めます」
「そうか、……ここは孤島だったのか」
「あまり考えないで移動するのもよくないですね。
まあ、日本のようですし、それで良しとしましょう」
ルーラーと頷きあい、「それで、貴女たちは?」
「先の戦い、最後を見ただけだったが、俺の目から見ても明らかに劣勢だった。
この孤島を出る必要があるのは、貴女たちもではないか? 次に、あの規模で攻め込まれたら、退けられるのか?」
「それ、…………は、」
大和は、強く、歯を食いしばって、……一息。
「私たちは艦娘。
どうであれ、戦う、責務があります」
「たとえ、滅ぼされてもか?」
劣勢だったから。……ではなく、戦う、と告げた大和の、絶望的な表情を見て問う。
「たとえ、この身朽ちても、最後の一人となっても、です」
それは、間違いなく、この場にいる彼女たちの総意。悲壮な決意が、それを宿した表情が、それを告げる。
「…………わかった。その決意は、尊重しよう」
あの時に、己の意思に殉じて戦い続けた英雄たちを知っている。だから、たとえ無謀な戦いであっても、そこに挑む決意は蔑ろに出来ない。
だから、
「責任者、……いや、司令官か? 君たちを統率する者は? よければ話をしたい」
ルーラーと視線を交わし、頷きあう。なにか、助力できれば、と。
けど、
「テイトクは、逃げ出しマシタ」
俺の提案になぜか口ごもる大和の傍ら、白い服を着た、少し、特徴的な口調の彼女。
けど、
「逃げた?」
「金剛っ!」
大和の咎めるような、強い口調よりも、その言葉が気になった。
提督という言葉の、意味は解る。彼女たちを指揮する人間だろう。それが、
「どういう事ですかっ!」
思わず、その場にいる皆がひるむような、怒声。
「司令官が、己の部下の危難を前に、逃げ出した。……まさか、貴女たちの、あの迎撃は、時間稼ぎとでもいうのですかっ!」
「………………ワタシたちは、兵器デス。そして、テイトクは人デス。
なら、それは当然の選択、デス」
「それは違う」
ルーラーが、さらに口を開く前に、俺は手を出して制する。
そうだ。俺は言わなければいけない。このできそこないの命のために、命を懸けてくれた彼らのためにも、
「貴女たちは確かにここにいる。なら、自分で選択をしなければならない。命を懸けるなら、そのためでなければならない」
「…………に、が」
ぎちり、と。音。
「偉そうなことを、言わないでクダサイ。
艦娘を、……ワタシ達を、戦うため、だけに産まれた、……建造された、それが、どういう意味かも知らないクセにっ!」
慟哭。怒声。……けど、「知っている」
応じる言葉、叩きつけられる視線と相対する事に、迷いは、ない。
迷う事はない。だって、
「俺もそうだった」
「へ?」
「ジーク、君?」
「俺は、魔力、……まあ、生命力を搾取されるだけの電池だった。
だから、戦うためのだけに造られたという、貴女と、同じだ」
「…………ほんと、デスカ?」
きょとんとする金剛。傍らの大和も、そして、他の少女たちも同じ、……なのだろう。
「そうだ、けど、俺は、そのまま死にたくなかった。……消費されるためだけに作られたなんて、思いたくなかった。
ただ、それだけだ。貴女たちのように、戦う事も、……いや、最初は立って歩く事さえままならなかった。
生きたい、死にたくない、と願うだけ、たすけて、と、口にすることしかできなかった。……それでも、」
そんな、たどたどしい願いを聞いてくれた英雄がいた。何も持っていない俺の、たすけて、と、その言葉に、
分かった。助けるよ。
力強く、胸を張って言ってくれた。
「助けてくれた人が、英雄がいたんだ」
…………ああ、そうか。
憧れ、……そうだな。俺は、あの英雄に憧れていた。
自分の事を弱いと言い、けど、あの場に集ったどの英雄にも決して劣らない強さを持った、真正の英雄。
自分に、あの英雄のような強さがあるとは思えないが、それでも、
「だから、もし、君達が、ただの兵器として、ここで戦い死ぬだけというのがいやなら、その願いを言ってほしい。……俺は、俺の手を取ってくれた英雄に恥じるような選択だけは、絶対にしない」
…………反応は、ない。か。
解っていた。提督、と呼称していたことや、戦闘に特化したホムンクルスにも勝る戦闘能力などから考えれば、彼女たちは、軍属なのだろう。
少女である外見はやや意外だが、金剛は戦うために建造された、と言っていた。おそらくは、ホムンクルスに近い存在かもしれない。なら、外見に大きな意味は持たない。少女が軍属であることも、あり得ない事ではない。
そして、俺やルーラーは彼女たちから見れば得体のしれない、異国からの旅人だ。容易く信頼するとは思えない。
けど、それでも、……見捨てるなんて選択は、出来ない。だから、彼女たちにせめて、選択して欲しい。
拒んだら、……それも選択した結果だ。ルーラーとここを出ればいい。
けど、
「…………け、て、」
小さな、声。そして、金剛と大和がぎょっとした表情で振り返る。その先、
「お願い、……暁の、友達を、助け、て」
必死に、言葉を紡ぐ少女。……暁、か。
視線を向ける。ルーラーは、仕方なさそうに溜息。それを肯定として受け取って、
「暁っ! 君は何を言っているのか、解っているのかいっ?」
彼女の隣にいた、黒髪を後ろで編んだ少女が声をかける。けど、
「わ、……解ってる。わよ。…………だから、これは、暁の、責任、だから」
責任、か。おそらくは、軍に属する者が、俺たちに助力を求めた事に対して。
そんな事、気にする必要はないが。
「だから、」
暁は、視線を向ける。その責任に対する不安か、あるいは、異邦人である俺たちに向けられる不安か。その瞳には、薄い、涙さえ浮かべて、……それでも、
「お願い、します。助けて、ください」
「分かった。助けよう」
ジャンヌ「NINJAですか? もちろん、知っていますよ」
ジャンヌ「彼女は水面を走れて、顔を覆面で隠して、聖剣をぶっぱ、……こほん、忍術を使いました。それに、日本人と一緒にいましたし」
ジャンヌ「自分と似ているとか、そんな理由で出会い頭に忍術を行使されましたね。なんでそんな理由で攻撃されたのかは理解できませんが、忍道というやつなのでしょう」