「ここが、……泊地、ですか。
なかなか、立派なところですね」
泊地にあった服を借りて着替え、まずは彼女たちの拠点、泊地を一通り案内してもらう。そして、ルーラーの感想。
「そうだな。あまり、魔術とは縁がなさそうだが」
魔術、というよりは科学の印象が強い。もっとも、彼女たちの装備を見れば案の定だが。
「魔術、デスカ?」
そして、俺たちを案内してくれた金剛が不思議そうに問い返す。
「二人は、魔術でも使うのデスカ? 確かに。物凄い跳躍してましたケド」
表情は不信。魔術は秘めたるもの。知られていないのが当然か。
「というか、二人とも、ほんと、何者デス?
旅人というのは解りましたケド、素性、ちゃんと話してほしいデス。……暁が助けを求めた手前、黙ってましたケド、ワタシはあんまり二人の事、信頼してない、デス」
「それはそうでしょう」
信頼していない、と言われてルーラーは当たり前のように頷く。……ただ、そうか、信頼されていないのも、驚く事ではない、か。
………………まあ、それもそうか。
とはいえ、さて、どう話せばいいか。
魔術は秘すべきもの。……が、これは魔術師としてのルールだ。あまり気にするつもりはない。
いや、彼女たちを助けると決めたんだ。明かせることはすべて明かして、信頼されないまでも不信は拭いたい。
問題なのは、どう話すべきか、か。
おそらく、ルーラーも似たようなことを考えているのか、難しい表情で黙り込む、と。
「むぎゅっ」
「まあ、信頼していないのは事実デスケド。
とはいえ。大和を助けてくれたことには感謝シテマス。実際、助けてくれるのは嬉しいデスカラネっ、仲良くやっていきまショウっ!」
ルーラーを抱きしめて、金剛は笑う。おそらくは、これが彼女の素なのだろう。
得体のしれない俺たちに警戒していたのか、あるいは、警戒を促していたのか。おそらくは後者で、
「金剛は、面倒見がいいな」
「なぜそんな言葉が出てくるか不思議デス」
「そうか? 暁たち、まだ警戒心の薄い、幼い少女に、得体のしれない俺たちを不用意に信用するな、と。態度で示していたのだろう?
幼子を態度で導く者は、面倒見がいいと思うが?」
「……むぅ、そう言われるとそんな気がシマス。
あんまり気にしてないデスケドネー」
金剛は、苦笑。
「ここではワタシが一番のお姉さんデス。
大和は、……まあ、何かと緩いのでワタシがちゃんと締めないとイケマセンネー」
だから、と金剛はウィンク一つ。
「油断大敵、デス」
俺たちへの警戒は続ける、か。……まあ、それでいい。
「…………それより、そろそろルーラーを離した方がいいと思う」
ぺちぺちと、力なく金剛の手を叩くルーラー。
「ルーラー? そういえば、変わった名前デス。
ジークならまだしも、……ルーラー? 裁定者? …………ううん、どこ出身デス?」
「フランス、だったな」
ぺちぺちと力なく金剛の手を叩くルーラーを見ながら応じる。「フランス?」と、首を傾げて、
「Ohっ! ワタシがいた国の同盟国デスっ!」
「国? 金剛は日本の出身ではないのか?」
口調が少し怪しかったが。名前からして日本の出身者だと思っていた。
対して、金剛はルーラーを開放して胸を張り、
「イギリス帰りの帰国子女、金剛、デスっ!」
「おのれイングランドっ!」
「落ち着けルーラーっ」
「な、何デスっ! なんで睨まれるデスっ?
フランスとイギリスは仲良しデス? 同盟を結んで枢軸国と戦った仲デスっ!」
「敵ですっ! 放してくださいジーク君っ!」
「時代が違う」
暴れだすルーラーを見て慄く金剛。……仕方ない。
「金剛、彼女はジャンヌ・ダルクだ。……その、百年戦争の事を引きずっているんだ」
「ジャンヌ・ダルク? ……あの、変な田舎の小娘? デス?
イギリスの偉大な作家、シェイクスピアがそんな風に書いてマシタ」
「キャスターっ!」
「ルーラー、あれは時代背景がそうさせたんだ。…………たぶん」
とりあえず、暴れるルーラーを宥め、慄く金剛を宥め、一息。
「で、ジャンヌ・ダルクデス? なんていうか、………………まあ、いいデス」
「いいのか?」
「あとで、で、いいデス。
すぐに終わる話とも思えませんからネ」
確かに、そうだ。そもそも、どこから説明したらいいのかさえ、わからない。
ともかく、泊地の案内が終わり、司令官の執務室へ。
「あ、ジーク、……それと、ルーラー、よね」
「暁か」
「え、ええ」
少し、気まずそうな表情。けど、暁は視線を合わせて、
「ええと、巻き込んで、ごめんなさい。
ほんとなら、暁たちがちゃんとやらなくちゃいけないのに」
深く、頭を下げた。ふがいない、と思っているのかもしれない。
だから、俺は腰を落として、彼女の髪に触れる。
「あ、」
「戦力を考え、仲間を守るために自ら責を負ってでも助けを請う事は、勇気ある決断だと思う。
だから、謝る事はない。暁、君の勇敢な行動を裏切らないよう、俺は、俺にできる事に全力を尽くそう」
頭を撫でる。暁は、意外そうに顔を上げ、嬉しそうに目を細めて、
「な、撫でないでよっ! 暁は一人前のレディーなのっ! 子供じゃないのよっ!」
「……あ、っと。そうか。すまない。
年下にこんな扱いをされたら不愉快か」
「「へ?」」
「何か変な事を言ったか?」
「…………ジーク君、君は、暁よりも年下ですか?」
首を傾げた。
「ルーラーなら知っているはずだが? 俺の活動期間は、まだ一月に満たない」
世界の裏側で彼女を待っていた時間は、活動期間に含まれないだろう。そうなれば、俺が活動していたのは鋳造されてから、聖杯戦争が終わるまでの間だけだ。
「いや、そうです。知ってます。知ってますけど」
頭を抱えるルーラーは、ぽかんとしている暁と金剛を示した。…………そうか。
「年上だし、暁さんと呼ぶべきか」
「そこなのっ?」
「あ、……暁、さん? …………暁さんっ、デス。……ぷふふ、暁さん」
「やめてっ、なんかそれやめてっ!
ジークも変なこと言わないのっ! 暁でいいわよっ! 一人前のレディーはそんな細かい事を気にしないんだからっ!」
「そうか、それはすまなかった」
些事にこだわりすぎていたか。レディー、というつもりはないが、一人前には遠いな。
「うう、……なんか、調子狂うわ。
と、ともかくっ! ジーク、ルーラー、二人の部屋は用意したわっ! 客室二つよっ、お、同じ部屋なんて絶対にダメなんだからねっ!」
なぜか顔を真っ赤にして怒鳴られた。
「いや、俺は構わない。同じベッドで寝た経験もある。一部屋で十分だ」
セルジュ殿に部屋を借りたことを思い出して言う。……いや、少し窮屈だった。先にベッドは確認した方がいいかもしれない。
やはり先に部屋を見せてもらおう。そう思って顔を上げる、と。
「ど、どうした?」
顔を真っ赤にして俯くルーラーと、目がきらきらしている金剛。そして、
「じ、じじ、ジークっ!」
「な、なんだ?」
暁は顔を真っ赤にして、なぜか手を振り回す。
「そ、そんな事をしたらだめなのよっ! だめっ! だめだめっ! ぜーったいだめなんだからっ!
そういう事は、い、一人前のレディーにならなくちゃだめなのっ!」
「いや、俺は、レディーになる事はない、と思う」
「揚げ足取らないのっ! ちっちゃい事ばっかり気にしてるからジークはだめなのよっ!」
「そうか?」
気をつけなければならないな。
「ともかくっ! 客室用意したから、さっさと準備しなさいっ!」
「じゃあ、このままワタシが案内するデス、同じ部屋、デス?」
「違う部屋っ! 金剛さんもからかわないでよっ! ぷんすかっ!」
「……その、ぷんすか、とは怒りの表現か?」
「さっさと出てけーっ!」
暁に追い出されてしまった。
「広い部屋だな」
金剛に案内された部屋、広いベッドと文机がある。……さて、
特にやる事も思い浮かばない。一通り、部屋の中を見て回り、内装を確認する。
さて、どうするか。
彼女たちに、協力すると決めた。だから、そのためにやる事は、……と、戸を叩く音。
「ジーク君、いいですか?」
「ルーラーか、構わない」
戸が開く。ルーラーと、あの時、暁の傍らにいた、黒髪の少女。
「こんにちわ、ええと、改めて、はじめまして、かな。
僕は時雨だよ。……ええと、ジーク君、でいいかな?」
「ああ、それでいい」
時雨は手に抱えた書類を文机に置く。
「これ、僕たち艦娘と、あと、あの時敵対した、深海凄艦についての資料だよ。
僕たちの事を手伝ってくれるなら、まずは、僕たちや敵の事を知ってほしい。それと、今の日本についてもね」
「助かる」
そう、ちょうど聞こうと思っていたことだ。資料を受け取り、時雨は、そのまま椅子を持ち出して座った。
「時雨?」
「二人に、話しておきたい事があるんだ」
「何ですか?」
「うん、……率直に言おう。僕は、君たちに助力してもらう事は反対なんだ」
「…………理由を聞いても、いいですか?」
ルーラーの問いに、時雨は苦笑。
「気を悪くしたらごめん。大和を助けてくれた二人には感謝をしているし、……その、会って間もないのにこんな風に言うのもどうかと思うけど、僕には二人が悪人には見えない。
ジーク君の話してくれたことは、信頼に値すると思ってるよ。素性が怪しいのはマイナスだけど、それについては後で話してくれると嬉しい。
けど、」
時雨は、軽く自分の髪に触れて、
「ねえ、ジーク君。僕の事、どう思う?」
問われて、時雨を見る。問いに答えるためだ、少し、不躾だが、あとで謝罪しよう。
「可愛らしいと思う」
「…………いや、ジーク君、たぶん、それ違います」
「……そうか?」
胡散臭そうに睨まれてしまった。
「あ、あはは、……さすがに、面と向かって言われると照れるな。
ええと、だね。ジーク君。……その、それで、見ての通り、女の子の姿をした僕たちが戦う事を、君は容認できるのかな?」
ふと、思い出したのは「兵器? と、金剛は言っていたが」
「ああ、そう、それだよ。
君たちが来る前にいた、僕たちの司令官は、僕たちをそう扱っていたんだ。……まあ、心情的に思う事はいろいろあるけど、僕には理解できなくもないんだ」
「なにが、理解できるのですか?
時雨、私には、貴女たちは普通の少女に見えます。それを、感情のない兵器などという言い方は、容認できません」
「容認しないと、辛いんだよ。司令官はね。
自分の命令で戦場に送り出した女の子が、その命令のために死んでしまう。……それは、とてもつらい事だと思うんだ」
「部下の死を背負えないのなら、そもそも、司令官を名乗る資格はありません。
時雨、それは仕えるべき人を間違えた、ただそれだけです」
きっぱりと言ってのけるルーラーに、時雨は鼻白む。……苦笑。
「それは、ジャンヌ・ダルクとしての経験からかい?」
「いえ、戦場に立つのなら、誰しも覚悟しなければならない事です。
兵士として立つなら、自分が守る国を、帰りを待つ人を、そして、奪う命を、そのすべてを背負う覚悟が必要です。ましてや司令官なら、部下の命、その部下の帰りを待つ人の思い、さえも、です。
その覚悟がないのなら、そもそも、戦場に立つ資格はありません」
「そう、だね」
困ったように言いよどむ時雨。……そして、微笑。
「ジーク君、君も、ジャンヌと同じかな?」
「俺に君たちを采配できるかはわからない。……その、偉そうなことを言ってしまったが、具体的にどういう形で助けになるか、俺自身、考えているところだ。
けど、」
一息。俺は真っ直ぐに時雨を見て、
「必要があれば、学び、指揮をとろう。
それが悲劇につながったのなら、俺は、その命も、思いも、すべて、刻み付けていく」
「僕たちが轟沈したら、その責も君自身が負うつもりかい?」
「当然だ。その結果、君たちが俺を憎んでも構わない」
そうだ。……この身は、聖人が作り上げようとした《この世すべての善》を奪い去った邪悪なる竜。
責も、咎も、背負い続ける事に、異存はない。
「…………敵わないな」
「時雨?」
困ったように微笑む時雨。問えば「なんでもないよ」と、応じられ、
「お互い、どんな事が出来るかわからないからね。
本音を言ってしまえば、ここで誰かが待っていてくれる、って思えるだけでも嬉しいんだけど。まあ、それはいいかな。それについては君たちの素性を改めて、聞いてから話し合いをさせて欲しい。
それと、もう一つ、二人にお願いしたい事があるんだ」
「なんだ?」
「あの時、暁は、民間人、……ああ、いや、軍属でない君たちを巻き込んだ責は自分が負う、と言っていた。
けど、あれは僕たちの総意だ、という事にしてほしい」
「彼女一人に背負わせられない、という事ですか?」
ルーラーの問いに、時雨は頷く。
「暁は強い娘だ。仮に、君たちの采配でこの島を脱出した後、その責を一人で背負い、厳罰を受け入れかねないほどね。
ただ、……僕は、そんな事を許さない。…………彼女一人に背負わせるなんて、そんな事、絶対に、僕は、僕自身に許したりしない」
強く、強い視線で時雨は俺たちを見据える。
「…………元より、彼女のような幼子にすべてを背負わせるつもりはありません。
かかわった以上、一蓮托生です」
その言葉を聞いて、時雨は、ほう、と一息。
「うん、それが聞けてよかったよ」
彼女は、安心したように微笑んだ。