一通り、話しをしていると入渠や補給も終わったらしい。暁たちは執務室へ。
そこで、
「みんな、……その、改めて謝罪させてほしい。
置き去りにして、すまなかった」
深く、頭を下げる。暁たちは困惑しているが。
「いきさつを話してもらいます」
そんな暁たちを横目に、切りこむようにジャンヌが口を開く。
「貴方も、軍人のはずです。そして、彼女たちの上官です。
上官を第一に、上官を命を賭して守る。というのは部下として解らなくもありませんが、上官が部下を捨てる、というのは決してやってはいけない事です。それ相応の理由があると思いますが?」
鋭い視線は告げる。もし、それがないというのなら。
もし、命惜しさに逃げ出したというのなら、
「…………怖かったんだ」
吐き出された言葉に、ジャンヌの視線が、さらに強く、冷たくなる。
「私には、娘がいてな。……深海凄艦に殺されたが。
怖かったんだ。……皆が、どうしても、娘に重なってしまって、…………また、目の前で娘を喪ってしまうんじゃないか、私が、娘を死なせてしまうのではないかと、そう思うと、怖くて」
「貴方は艦娘を兵器といっていたそうだが。それでもか?」
確か、金剛がそんな事を言っていた気がした。問いに、彼は自嘲。
「娘の仇を討ちたくて、私は、海軍の提督になった。娘を喪ったあの日に、もう、私も死んだようなものだ。一つでも多くの深海凄艦を沈められるなら、娘の仇を討てるのなら、この命は惜しくないと思ってた。……ああ、艦娘の事は知っていた。
けど、……知っていただけだったんだ」
ため息。
「彼女たちが交わす言葉を聞いていて、彼女たちの生きているところを見ていて、どうしても、娘と重なってしまって。
兵器だと、自分にずっと言い聞かせていた。仇討ちの道具だと、思い込もうとしていた。…………けど、だめだった」
だから、そんな彼女たちが死に直面したとき、娘を喪った過去と重なり、怖くなって逃げだした、と。
「それでも、また戻ったのね?」
「彼に、……アストルフォ君に怒られたよ。
艦娘は、そんなに、弱くないって、……兵器として使うんじゃない、家族として接するんじゃない、戦友として、ともに戦う者として、彼女たちの戦いを受け入れろ、とね。……ああ、そうだったんだよ。
結局、全部私の独りよがりだったんだ。艦娘、彼女たちが死んだら、それは指示を出した私の責任だ。……けど、私は、背負い、胸に刻み、嘆くだけだ。その死は、彼女たちのものだ。そんな事も、気付いていなかったんだ」
「それに気づいて、戻ってきたという事か?」
「そうだ。……いや、こんな私を、まだ提督と呼んでくれるかはわからない。
認められないのなら、それまでだ。持ってきた資材は好きに使っていい。私が自費で用意したものだ。これで償いになるとは思わないが、せめて、使ってほしい」
そう告げて、彼は返事を待つ。…………溜息。
暁たちは、仕方ないな、と。
「まあ、そういう事情なら仕方ない、……わけじゃないですけど」
大和は、苦笑。
「けど、私達が戦う、その結果を見守ってくれるのなら、お願いします」
「ああ、……それと、暁」
「ん? なによ、司令官、……っと」
何かを放り投げられ、暁は受け取る。「徽章?」
「もし、今回のような事があれば、それを大本営に送ってほしい。
そうすれば、私は、海軍を辞する事になる」
暁は、まじまじと徽章を見て、……頷く。
「ええ、わかったわ。
あ、けど、ジークとジャンヌ、二人はこのままいていいわよね?」
「わかった」
頷くと、暁たちはほっとした表情を浮かべ、「では」
鋭い声。ジャンヌだ。彼女は厳しい面持ちで司令官のところへ。
「ん?」
「彼女たちの意志は尊重しましょう。
なので、これからきっちりと、司令官としての心得を叩き込みます。一度とはいえ見せた脆弱な精神を叩き直してあげましょう」
「ああ、……わ、わかった」
凄まじい気迫で迫るジャンヌに、健也は両手を上げて応じた。
「まー、ボクは気持ち、わからなくもないんだけどね」
気合の入ったジャンヌの説教と、律儀にメモを取り頷く健也。護衛艦としてきた、雪風、というらしい白いワンピースの少女も興味深そうに彼女の話を聞いている。
真面目だな、と。その光景を横目に、ライダーの声を聞く。
「そうか?」
「ほら、……あの、空中庭園に行った時さ。
ボク、すっごく情けないところ見せちゃったじゃん」
「情けないところ? ……ああ、」
情けない、とは思っていない。
けど、ばつの悪そうな表情を見て思い出した。あの時、空港での事。
「自分のへまで、大切な人を死なせちゃうかもって、ほんと、怖いよね」
「そうだな」
頷く、……あるいは、自分が死んでしまう事より、怖いのだろう。
死んだ娘と重ねていた。彼はそういった。喪った悲しみ、それを知っているから、なおさら、怖くなった。
怖くて逃避した。それは、人の、弱い心。けど、
「それでも、彼は戻ってきたのか」
「まー、その辺はいいと思うけどね。ボクが最初会った時なんて本気でガタガタしてたし。あれ、なんだかんだでお人好しで罪悪感隠せないタイプだね。
ああいうのは一発ぶん殴ってやれば案外コロッと転ぶもんさ」
にっ、と笑うライダー。彼の事だから本気でそうしたのだろう。
「と、ええと、ジークさん、ですね?」
「ん、ああ、比叡か、金剛はいいのか?」
「よくありませんっ!
けど、ちゃんとお仕事を済ませないと、……早く、お姉さまとお話ししたいですぅ」
しゅんと肩を落とす比叡。
その金剛を含めて、ここにいた艦娘たちはジャンヌの言葉を聞き、健也に言葉を投げている。まあ、少しぎこちなかったが。それでも、慣れていけるだろう。
戦場に送り出す少女を娘と重ねたくなかった。だから、兵器として扱っていた。
けど、ちゃんと、一人の軍人として相対するのなら。………………もしかしたら、性根は優しい人なのかもしれない。
逃げ出してしまうほど弱くても、……少し、彼とも話をしてみたい、そう思った。ともかく、
「それで、仕事の話だな」
「はい、……あ、ええと、暁ーっ」
「ん?」
「ちょっとこっちで確認したい事があります」
「ええ、わかったわ。
ええと、……それじゃあ、司令官」
「比叡はここを管轄する呉鎮守府からの直接派遣だ。
包み隠さず、正直に話すように」
「わかったわ」
謹直に返す健也に、暁は頷く。
「さて、と。」比叡は懐からメモ帳を取り出して「ええと、ジークさんと、ジャンヌさん、ですね?」
「ああ」
「二人は、どういういきさつでここに?」
「旅の途中に、立ち寄った」
「ふむふむ、……で、暁。二人はここにいて、何か問題とかありましたか?」
「全然ないわよ。ジャンヌにはたくさん感謝してるわっ!
それに、……ま、まあ、ジークも、まだ子供だけど頑張ってると思うわっ」
「それならよかった」
役に立てたようなら、何よりだ。
「そうですか。それなら問題ありません」
「「へ?」」
あっさりと比叡は言い切った。……いや、それでいいのか?
「ええと、比叡さん。
終わり?」
暁もきょとんとしているのだが。けど、比叡は頷く。
「形式なやり取り、といってなかったか?」
いろいろと、書類の作成などを考えていたのだが。
「終わりですよ。問題がなければそれで大丈夫です。大体見ればわかりますけど、口頭での確認は必要でしょう。……ええと、…………それじゃあ、お昼を挟んでから、今後の事をお話ししましょう」
昼食時、健也は暁、足柄と今後の方針について言葉を交わし、多摩と時雨は、雪風と楽しそうに言葉を交わしている。
ライダーと漣は大和、蒼龍と厨房に向かったが。つまみ食いでもしているのだろう。大和の楽しそうな悲鳴が聞こえた。食べ過ぎたらしい。
そして、
「お姉さまっ!」
「はっ、比叡っ!」
「ん、……ああ、知り合いですか?」
執務室で書類の作成をしていたらしい比叡が食堂に顔を出した。
「そうデス、私の妹、金剛型二番艦の比叡デス」
「金剛比叡」
「混ぜないでくだサイ。型名はSurnameじゃないデス」
「いいですねっ! お姉さまと夫婦になれたみたいで、比叡、感激ですっ!」
苦笑する金剛の傍ら、比叡が嬉しそうに応じる。……そうか。
「比叡は、金剛の夫婦になりたいのか」
「はいっ! 私は夫でも妻でも、どちらでも構いませんっ!
気合っ! 入れてっ! 愛しますっ!」
拳を握る比叡に慄く金剛。
「えーと、……ひえー、……まずは整理が必要デス。
ワタシと比叡は、姉妹艦デス」
「はい、金剛お姉さまの妹分の比叡ですっ」
「ワタシは妹である比叡と出会えて嬉しい、デス」
「私もですっ、会える日を心待ちにしていましたっ!」
「なぜ夫婦?」
「愛しています」
「展開早過ぎネっ!」
「比叡」
ジャンヌは比叡を真っ直ぐ見る。重々しく口を開く。
「ここに来て、私はずいぶんと金剛になつかれていました。
それは、提督に見捨てられてしまった寂しさからの代償なのでしょう。けど、貴女がいてくれれば大丈夫です。
金剛を、よろしくお願いします」
「は、はいっ! お任せくださいっ!」
比叡はジャンヌの手を取る。
「ジャンヌ、同性で姉妹というのは、いいのか?」
「え? 当人がよければいいんじゃないですか?」
「そうか」
「Noっ! 比叡っ! 好意を向けられるのはいいのデスガ、ワタシには心に決めた人がイマスっ!」
「…………俺じゃない」
比叡が向ける凄絶な視線を手を振って流す。
そう、俺は彼女を示し、「ジャンヌだ」
「ジーク君っ?」
そっぽを向きつつあったジャンヌが慌ててこっちに視線を向けた。
「そうデスっ! ワタシはジャンヌにLoveネっ!」
「な、……そ、そんな。…………けど、私は、負けませんっ!」
「無条件降伏します」
金剛がジャンヌにしがみつき、比叡は金剛にしがみつき、と、複雑な状態になっている彼女たち。
それと、
「ちょっ? アストルフォさんっ、食べ過ぎっ! 食べすぎですっ!」
「だって仕方ないじゃーん、おいしーんだもーん」
「旦那様のつまみ食いを甘く見たら、ヤケドするぜ」
大和にはあとで謝っておこう。
「なんか、賑やかな事になっちゃったね」
時雨が食堂の椅子に座って微笑。
「そうだな。……その、少し安心した」
「ん?」
「あの深海凄艦だ。
長門、と呼んでいたな、艦娘、なのだろう? そんな彼女と相対して、辛くないのか?」
そして、彼女の突き付けた艦娘の末路は、
「…………そうだね。うん、……本音を言うとね、知りたくなかったな」
「それもそうだろうな。……深海凄艦、か」
「どんなものなのか、比叡さんたちは知ってるのかな。
ええと、呉鎮守府に所属している艦娘だし、そういった情報に触れる機会は多いと思うんだ」
「そうか」
呉鎮守府、……というのはよくわからないが、おそらく、大きな、拠点の一つなのかもしれない。
ならば、ここよりも情報が多いだろう。「けど、」
「時雨?」
「たとえ、あの深海凄艦が艦娘、……長門さんだったとしても、どんな戦う理由があるのだとしても、
僕は、戦うよ」
きっぱりと、告げる時雨。
「無理は、…………いや、」
しなくていい、なんて言葉、だめだな。
「ああ、頼りにしている。みんなで無事に本土に帰ろう」
「うんっ、期待しててっ、僕も頑張るからっ! ……あ、そうだ。ジーク君」
「ん?」
「ちゃんと本土に戻れたら、……また、我が侭言って、いいかな?」
「ああ、もちろんだ」
告げられた言葉が聞こえたらしい。健也が俺に小さく頭を下げて、
「ジーク君、だったか。
よければ聞いてやってほしい」
「あ、い、いいのかい? 提督」
おずおずと問いかける時雨に、健也は頷き、
「戻ったら、上に掛け合って時間に融通をつけよう。
姫種にあたる深海凄艦の確認とその情報提供だけでも、休暇に十分だ」
「あ、ありがとう」
「次のためには休暇も必要だ。…………まあ、それだけだ。
ジーク君、すまないが頼む。時雨は、……私の、部下、だ。何かあれば、上官として、出来る範囲で融通、しよう」
「ああ、わかった」
丁寧に頭を下げる健也に俺も頷く。
また背を向けて歩き出す健也を見て「まだ、ぎこちない感じもするな」
小さく呟く。けど、時雨は微笑。首を横に振る。
「そうかもしれないけど、前までは休憩だけだったからね。
休暇、なんて初めてだよ」
嬉しそうに時雨は言う。ふと、ライダーが言っていたことを思い出し、
「まあ、そうだな。軍務に抵触しない程度に、いろいろ言ってみるといい。
聞いてくれるかもしれない」
「そうだねっ、……うん、ちゃんと、僕たちの事も解ってくれているみたいだしね。
ええと、ライダー、だっけ? 彼に感謝しないとね」
時雨は、小さく笑って言った。