「やあ、アストルフォ君。来てたんだね」
「あーっ!」
寝室に戻ると、そこにはひょうすべがいた。
「ひょうすべ?」
「ここの提督も無事に戻ったみたいだね。
うん、何よりだね」
「ってか、なんでひょーすべがこんなところにいるのっ?」
「僕は僕がいようと思ったところにいるよ」
「……ちょうどいい。
ひょうすべ、貴方に聞いておきたい事がありました」
不意に、ジャンヌは武装して聖旗を向ける。
「貴方は何者ですか? 海は深海凄艦が跋扈しています。
普通の人は、近寄れないはずでしょう?」
「僕が何者か、……君たちを害する存在じゃなければそれでいいと思うんだけどな?
ねえ、アストルフォ君?」
「まあ、ひょーすべがそういうやつには見えないけどさあ。
なーんか、胡散臭いんだよね」
不審の視線を向けるアストルフォも、ひょうすべはけらけら笑うだけで答えない。
「まあ、あまり深く追求しないで欲しいな。…………僕にも、この国にも、深く関わられても困るしね」
「何か問題でもあるのですか?
例えば、……深海凄艦の発生に関わる、何かがあるとか?」
ジャンヌの鋭い視線に、ひょうすべは応えない。
「本当に勘弁してほしいなあ」
「それが答えですか?」
「そう、これが答えだよ。……さてと、異国の英雄相手に、僕がどこまでもつかな」
今にも攻撃態勢に入りそうなジャンヌと、彼女に、変わらない微笑を向けるひょうすべ。
「意地でも答えないつもりですね」
「ごめんね、君たちには感謝しているけど。こればかりは答えるわけにはいかないんだ。
僕も答えたくないし、答えると不都合が生じる娘たちがいる。鬱陶しい厄介者がまた動き出すし、いい事なしでね」
「…………いいでしょう。
ただ、深海凄艦の存在は害にしかなりません。あなたが口を割らなくても、原因が見つかればそれを破壊します」
「ん、いいよ。
それも結果の一つだしね。単に、僕が、干渉したくないだけなんだ」
「傍観に撤するという事か? たとえ、それが誰かの不幸になったとしても」
「分を弁える、という事だよ。
それとも、ジーク君。君は、サーヴァントが表立って動き歴史を作る事を、是とするのかな? 残念ながらね。人の世を、人でないものが動かしていいと、僕は思っていない。だから、僕は人の世に干渉をしたくない。それがどんな形であれ、ね」
「…………そうか」
それは、つまり、そういう事かもしれないが。
「つまり、ひょうすべ。
貴方は、人ではない存在、という事か?」
それが、どういう存在かはわからない。サーヴァントに近い存在なのか、あるいは、ホムンクルスである自分同様、造られた存在なのか。
「そうだね。それくらいはいいかな。
そうだよ。人の世の裏側にいるべき、人ではない存在。それが人の世にちょっかいを出すのは好ましくない。解ってほしいな? サーヴァント」
ジャンヌの視線が、さらに鋭くなる。
「つまり、深海凄艦の発生は、………………いえ、」
突きつけていた聖旗を降ろす。一息。武装を解除。
「いいでしょう。貴方の存在も含め、下手な口外は好ましくない事は解りました。
お互い、守秘としましょう」
「そうだね。……で、納得してくれるかい? アストルフォ君」
「煙に巻きやがって、やーなやつ。あとでとっちめてやる」
「納得してないみたいだね。ただ、優先順位を護れるのはいいことだと思うよ」
ひょうすべは笑う。
「うるさいなー、面倒なのは後々、今は、今ここにいる彼女たちの事を考えないとね」
「そういう事だよ。
それにしても、アストルフォ君から来ちゃったかあ」
「そうだな」
「ん?」
頷き合う俺とひょうすべにアストルフォは首を傾げる。
「いや、ほら、ジーク君にはアストルフォ君が日本にいる事は伝えたんだけどね。
やっぱり、大冒険の末に感動の再会がいいんじゃないかって言ってみた」
「ああ、その方がいいのだろう」
頷く。アスフォルトに肘打ちされた。
「…………なにする?」
「いいわけあるかばかっ! そりゃあさ、頑張って会いに来てくれるのは嬉しいさっ!
けど、一秒でも早く再会したいに決まってるだろっ! ああもうっ、変な気遣いして、このばかっ!」
「まあ、仕方ないですね」
容赦のない言葉、そして、苦笑してアストルフォに同意するジャンヌ。
「そうだったか、すまない」
「でー、ひょーすべー?」
で、当然そんな提案をしたひょうすべをアストルフォは睨む。
「い、いやあ、……うん、素直なのはいいことだと思うよ。僕は」
「解ってたのか」
「どっちもありかな、程度には」
くつくつと笑うひょうすべを軽く睨む。アストルフォは駆け出して拳を振り上げるが回避された。
「いやいや、ごめんごめん、謝るよ」
「やっぱり、こいつ一発殴りたいっ!」
拳を握り構えるアストルフォ。ひょうすべは「怖いなあ」と笑って、
「それじゃあ、ジーク君、ジャンヌ君、アストルフォ君。
また、いつか会おうね」
そう言って、窓から外に落ちた。
「逃がしましたか」
ため息をつくジャンヌ。「どうする?」
「どうもなにも、情報が少ないですね。
実際、深海凄艦について知っているかは不明ですし、……本土に行ったら、もう少し見て回るのがいいでしょう。
お国の事情に首を突っ込むのも面倒ですけどね」
ジャンヌは仕方なさそうに溜息をついた。
ジャンヌとアストルフォと、近況について話をしていると、戸が叩かれた。
「えーと、大和です。
ジーク君、いますか?」
「ああ、どうぞ」
「失礼します」
戸が開いて、ジャンヌとアストルフォを見て固まった。
「あ、……ご、ごめんなさいっ」
「いや、いい。気にする必要はない」
「ジーク君にお話ですね。私達がいると邪魔なら退室しますが?」
「えー」
「ライダー?」
「はーい」
むくれたアストルフォもジャンヌの声に大人しくなる。けど、大和は首を横に振って、
「あ、いえ、そういうのではなくて、ですね。
アストルフォさんがいてくれるならちょうどよかった。御夕飯ですけど、アストルフォさん、苦手なものとかありますか?」
「全然ないない。ちょー期待してるよー
お昼もすっごく美味しかったしねっ」
「それはよかった。……けど、つまみ食いは控えてください」
「えー、つまみ食いはつまみ食いで美味しいのに」
「アストルフォさん? 御夕飯、なしにしますよ?」
「な、……ちょ、ちょっと待ってっ! それだめーっ!」
「いいじゃないですか、つまみ食いでお腹いっぱい食べれば、夕食をとる必要はなくなります」
強いて、淡々と告げるジャンヌ。口の端に笑みが浮かびそうだが。
「やだーっ! ボクはマスターと一緒にご飯食べるっ! 今度こそ、マスターにあーんって食べさせてもらうんだっ!」
「…………正直、面倒なのだが」
なぜそんな事をしなければならないのか?
「そんな羨ましい事させませんっ!」
「…………羨ましいのか?」
真面目な顔で睨みあうジャンヌとアストルフォ。はいいとして、大和に聞いてみた。
というか、お互いに面倒だとしか思えないのだが。
「え、……え、ええと、う、羨ましい、じゃなくて、……ほら、親愛の表現、じゃないですか?」
「そうか」
そういうのもあるのだな。
「大和は興味があるか?」
「ふぁいっ? ……あ、えーとお。な、なきにしも、あらず? え? お願いすればやってくれますか?」
「大した事ではないからな」
「でっ、では、…………………………考えさせてください。
あの、というか、ジャンヌさん、怖い、ほんと怖いです」
「大丈夫ですよ。大和。
たとえ、ジーク君がっ! 貴女にっ! あーんって食べさせてあげても、いいんですよ」
「口調といっていることがあっていませんよっ?」
満面の笑顔を浮かべるジャンヌに、大和は青い顔で首を横に振る。ちなみにアストルフォが隣でどん引き。
おろおろし始めた大和に、ジャンヌは苦笑。
「冗談ですよ。大和。
その場合はジーク君に八つ当たりをしますから」
「俺か?」
「まあ、そうですよね。ジーク君、ジャンヌさんの恋人だって事、ちゃんと自覚してください」
「……しているつもり、なのだが。
違うのか」
「違います」
即答されてしまった。難しいものだ。
「ちょっと、聞き捨てならないんだけど」
不意に、重い声。
「アストルフォ?」
「ねえ、なに? さっき、マスター、ルーラーの恋人って?」
「貴方はジーク君のサーヴァントでしょう? 彼は貴方のマスターです。
そして、彼の、恋人、が。私、ですっ!」
顔を赤くして、少しつっかえながら胸を張るジャンヌ。愕然とした表情のアストルフォ。
「ま、…………」
「ま?」
「負けるかーっ! ボクは絶対にマスターをあきらめないからなっ!」
「ふ、ふんっ、上等ですっ!」
びしっ、と指を突きつけるアストルフォと、突き付けられて胸を張り応じるジャンヌ。なるほど。
「ジャンヌとアストルフォは仲がいいな」
「あ、私もそう思いますっ」
大和は満面の笑顔で頷いた。
「どうしてですかっ?」「どうしてそうなるのっ?」
ぐるんと、仲良くこちらを向く二人。俺は頷いて「鏡を見るといい。仲のいい姿が映る。それで、大和、用件はそんなところか?」
終わったら雑談もいいだろう。そう思って問うと、大和は眉尻を下げて、少し困った表情で、
「ええと、また、ジーク君に、お手伝いをお願いしたい、です」
「ああ、構わない。俺でよければ力になろう」
「えへへ、ありがとうございます」
「期待していますよ。大和。
ジーク君も、お料理の勉強をして美味しいご飯を作れるようになってください」
「ああ、……わかった」
たぶん、それは難しいだろう。
けど、期待されているのなら応えるようにしよう。……「そうか、大和に教えてもらうのも、いいのかもしれないな」
「そうですね。……もし、ジーク君が希望するならいつでも教えてあげます」
大和は、俺の味覚の事を知っている。それでも教えてくれるといってくれるのは、嬉しいな。
「教えて、か。……ならば、先生と呼ぶべきか」
「せ、……あ、あはは、なんかそこまで言われるとちょっと照れますね」
「そうか?」
俺の知る先生といえば、”黒”のアーチャーだが。彼はそうある事を誇っていたように見えたが。
「はい、そういう風に呼ばれたこともありませんし、……ええと、今まで通り、大和、でいいですよ」
「ん、解った」
「先生、…………先生、ですか。
ふふ、ジーク君からそう呼ばれるのも、いいですね」
「何を教えてくれるんだ?」
そう呼ぶことは構わないのだが。問いに、ジャンヌは固まった。
「ふ、フランスの歴史などはいかがでしょうかっ!」
「あ、じゃあ、ボク、フランク王国について教えてあげようか?」
ひょい、と手を上げるアストルフォ。
「フランク王国?」
「五世紀から九世紀、西ヨーロッパ大陸のほぼ全域に版図を広げた、巨大な国だ。
建国をしたシャルルマーニュはヨーロッパの父、とも呼ばれているようだな。……ああ、そうか。アストルフォはシャルルマーニュの十二勇士か。
そうだな。ヨーロッパ建国史には詳しいかもな」
「ふっふーん、ルーラーがいたフランスも、もとはボクたちフランク王国の一部だったんだよ。
フランスの首都、パリも元々はこのフランク王国の首都だったんだ。最初の方は、だけどね。ボクは、どっちかっていえばアーヘン、……今の、ドイツの隅っこの方が馴染みあるけどね」
「ちょっ? なんでライダーが歴史とか詳しいんですかっ? 理性が蒸発しちゃってるんでしょ?」
おろおろと手を伸ばすジャンヌに、アストルフォは唇を尖らせて、
「だからって知識まで消えちゃいないよ」
「宝具の真名、忘れていたじゃないですか」
「だってあんまり使わなかったんだもーん。
それに、歴史って言ってもボクが駆け抜けた時代だからね。忘れたって体に染みついてるさ。
あ、それじゃあ、月に行った時の話をしようか? 理性見つけるために行ったの。あとはあ、……巨人、カリゴランテとの戦いとか」
「そうだな。ライダーは冒険も多くしたな」
「月に、……か、かぐや姫とかいましたかっ?」
「誰それ?」
「大和、フランク王国にかぐや姫は登場しない。
月には、地上で失われたあらゆるものがあるらしい。理性を失ったのなら、それは月に存在する、という事だろう」
「月まで、…………アストルフォさん、凄いんですね。
あ、あの、ぜひ冒険譚を聞かせてくださいっ!」
「そうだな、ヨーロッパの基盤となる国か、……フランク王国の話しは興味深いな」
「よしよし、それじゃあ、ボクの冒険譚を聞かせてあげようっ」
胸を張って応じるアストルフォ。さて、どんな話が聞けるか、楽しみだ。