//.泊地・寝室
「金剛ーっ!」
「ど、どうしたんですカっ? ジャンヌっ?」
比叡、足柄とお茶会をしていた金剛は、唐突に開いた扉に目を見開く。
「ジャンヌさん?」
比叡にとって、最愛の姉との大切なお茶会に、唐突に姉が恋慕を向ける相手が突貫したことになる。けど、妙に切羽詰まった声に首を傾げた。
そして、吶喊したジャンヌは半泣きでおろおろしている。思わず、比叡が小さく「可愛い」と、口走り、
「さ、さあっ! 遠慮なく、来るデスっ!」
手を広げる。ジャンヌは抱き着く。期待していたとはいえ、予想外の展開に金剛硬直。
「あ、い、いいなっ」
反射的に声を上げ、それが最愛の姉である金剛に抱き着くジャンヌに対してなのか、半泣きのジャンヌを抱きしめた金剛に対してなのか、比叡も解らない。
彼女にはそれだけの破壊力があった。
「わ、私だって、私だってえ」
「か、……可愛い。…………お、お姉さま、わ、私にも」
ふらふらと手を伸ばす比叡。けど、金剛は妹に向けてはいけない類の視線で威嚇。
「えーと、どうしたの? ジャンヌ」
一緒にお茶会にいた足柄は首を傾げる。
「わ、私だって、ジーク君にいろいろ教えてあげたいです。お話ししたいです。
なのに、ジーク君、ライダーの冒険譚ばっかり聞いて、……確かに、月に行ったり巨人と戦ったりしたライダーに比べれば面白くないかもしれないですけどお」
「そりゃあ、そんなリアルファンタジーより面白い人生送ってたら驚くわよ」
確か、ジャンヌは十五世紀の女性。日本で言えば室町幕府の終わりの頃か。さすがに月に行ったとか無理がある。
ちなみに、日本で有名な月との交通の話は、十世紀の半ばらしい竹取物語か。
「うう、百年戦争って言っても、私が関わったのは二年程度ですし、その前まではただの村娘ですし。
そんなに面白い話はないかもしれませんけどお。確かに、私、勉強苦手だし、字だってあんまり書けないですけどお」
金剛に抱き着いてめそめそするジャンヌ。金剛が限界突破しそうだがどうすればいいのか、足柄には解らない。
「凄いデス、驚きデス。
勉強苦手とか、字があんまり書けないとか、どう聞いてもだめな娘要素なのに、それも可愛いって感じてしまう、デス」
「惚れたものの弱みじゃない? っていうか、比叡、いいの?」
「……………………」
めそめそするジャンヌに完全に見惚れているらしい。足柄は溜息をついて、
「ほらほら、ジャンヌ。落ち着きなさい」
ぽんぽん、とジャンヌの頭を軽く叩く。落ち着いたらしい。
「はっ? し、失礼しました。
すいません、取り乱していました」
「ぜ、ぜぜ、全然、だ、大歓迎、デス。す、すごく、幸せ、でシタ」
「ジャンヌさんっ、私にも、お願いしますっ!」
手を広げる比叡。ジャンヌはふるふると首を横に振って比叡は崩れ落ちた。
「お騒がせしました」
ぺこり、頭を下げる。足柄は比叡と金剛に目配せして、
「まあまあ、悪かったって思うのなら、少しお茶会に付き合いなさいな。
戻っても、月旅行の話しで盛り上がってて寂しい思いするわよ。きっと」
「む」
そうかもしれない、と一瞬思ってしまったジャンヌは動きを止める。比叡と金剛が仲良く頷く。
「ま、……まあ、驚かせてしまったお詫びもありますし、同席させていただきます」
「大歓迎ネっ! 比叡、お茶菓子追加デースっ!」
「はいっ! 気合っ、入れてっ! 作りますっ!」
「Noっ! 持ってくるだけにしてくだサイっ!」
拳を握る比叡に嫌な予感を感じた金剛は比叡を羽交い絞めに、足柄は苦笑して立ち上がる。
「ジャンヌのお茶、頼むわよ」
「了解デス」
「ありがとうございます」
「全然、気にしないでいいデスっ! 愛しのジャンヌのためならお安い御用デースっ」
にこにこと笑顔の金剛にジャンヌも笑みを返す。自分の想いは告げた。それでも好意を向けてくれるのは、嬉しい。
「それで、……ええと、ジャンヌさん、ですよね?」
改めて、比叡はジャンヌに視線を向け、ジャンヌは頷く。
「はい、旅の途中に立ち寄りました。
比叡は、ここの艦娘、というわけではないのですね?」
「はい、私は呉鎮守府直属の艦娘です。……ええと、まあ、…………本部、みたいなところです」
「横須賀鎮守府を大本営の本部として、呉、佐世保、舞鶴って四か所鎮守府がありマス。
つまり、比叡はすっごくいいところで働いているわけデスネ。姉として鼻が高いデスっ」
我が事のように誇らしそうに、嬉しそうに語る金剛に、比叡は照れたように微笑む。
「えーと、お姉さまにそういってもらえると、嬉しいです」
「はい、クッキーでいいわね?
夕ご飯も近いし、ほどほどね」
「of Course、大和の作ってくれたご飯を残すわけにはいかないネ」
「もちろんです」
ジャンヌも頷く。せっかく作ってくれた料理、残すのは申し訳ない。
早速紅茶を一口。ほう、と一息。
「美味しい」
「ふふ、喜んでくれて嬉しいデス」
軽く目を見開くジャンヌに金剛は胸を張って応じる。
「ええ、とても素敵な味です。ありがとうございます。金剛」
「えへへ、どういたしまして、デス」
ジャンヌの言葉に嬉しそうに微笑む金剛。
「ええと、ジャンヌさん」
「はい?」
「金剛姉さまから、ジャンヌさんの事は聞きました」
「あれ、ほとんどのろけだったわよねー」
「あ、あははは」
クッキーをつまみながら告げる足柄に比叡は苦笑。実際、ほとんどのろけだった。足柄がいなければ碌な情報は得られなかっただろう。
「あの、……ここを出た後なのですが。一度呉鎮守府に来ていただくことは、出来ますか?」
「鎮守府に?」
呟く。横須賀鎮守府を大本営の本部として、その下に位置づけられる呉鎮守府。
つまり、一国の海軍、その次席に位置する場所かもしれない。横須賀鎮守府以外に序列があるかは不明だが、どちらにせよ五指に入る重要拠点だろう。
そして、深海凄艦の存在があれば国に対する海軍の地位は必然として高くなる。海軍の長が国政の長を超える権力をもつ、と言われても、この情勢なら納得できる。
国としても指折りの重要拠点に招待された。ジャンヌはそう認識する。
「用件は?」
「上がお話ししたいって言ってるんです。
あ、無理にとは言いませんけどっ」
「上、……ですか。つまり、軍人ですね?」
ジャンヌの問いに比叡は頷く。
軍人が総じて清廉潔白とは思っていないが、ジャンヌの知る軍人と、今、この日本にいる軍人はかけ離れているだろう。
自ら、血を流すことなく、指揮のみを行う軍人。…………その状況がどういう軍人を形成するか、解らない。
とはいえ、日本という国の状況、そして、深海凄艦についても、気になる。何か情報が得られればいい。ひょうすべの、あまり国に関わるな、という言葉も気になるが。
溜息。
「いいでしょう。とはいえ、私達は旅を続けます。
そのまま軍人になれ、と言われても困りますけどね」
「旅、か」
「足柄?」
ぽつり、呟いたのは足柄。彼女はジャンヌに苦笑を返して、
「ね、金剛。貴女はジャンヌに、大本営に来て提督になってほしい?」
「いえ、そんな事はないデスヨ」
あっさりと、金剛は応じた。
「え?」
比叡は意外そうに呟く。金剛がジャンヌに惚れているのは解っている。だから、このまま残ってほしいというかと思った。
ジャンヌも首を傾げて金剛に視線を向ける。注目に、金剛は首を傾げて「なんデス?」
「いや、あっさりしてるなって思って」
足柄の問いに金剛は「ああ」と頷いて、
「確かにジャンヌの事、好きデスヨ。ジャンヌがテイトクになってずっとずっと一緒にいてくれるなら、凄く嬉しい、デス。
けど、旅に行きたいジャンヌを引き留めたくないデス。好きなように生きて、笑ってくれている方が、ずっと、ずっと魅力的ネ」
思わず、拍手する足柄、「す、素敵ですお姉さま」と感涙の比叡。ジャンヌも感心する。自分の好意一辺倒だけではなく、その思い人の意志も尊重できるのは、大切な事だから。
とはいえ、金剛としては特別な事を言ったつもりはない。
例えば、ジークは、金剛にとって恋敵。けど、彼の傍にいるジャンヌは嬉しそうで、とても魅力的で、そんな表情を見せてくれるジークには、感謝もしているのだから。
それでも、金剛も女の子で、
「……あ、けど、…………た、たまにでいいから、会いに来てほしい、会うのがダメなら、……お話しして欲しい、大好きな人の声、聞きたい、デス」
と、そんな我が侭。好意と期待の混ざった視線を受け、ジャンヌな微笑む。
「ええ、いいですよ。……とすると、連絡手段も考えておきたいですね。
旅の途中、金剛も驚くような出会いがあるかもしれませんから」
優しく微笑むジャンヌ。我が侭が聞いてもらえて、自然、金剛の頬も緩む。
「えへへ、……嬉しい、期待してマス」
柔らかい微笑とはにかんだ笑顔。比叡は重々しく頷いた。
「楽園は、ここにあったのですね」
「そうねえ」
特にその気のない足柄も思わず同意した。
//.泊地・寝室
「ところでさ、そろそろ夕ご飯作らなくて大丈夫?」
「「あ」」
「今日は遅かったんだね」
「時雨? と、健也?」
大和と慌てて厨房に向かうと、健也と時雨がいた。
彼は一つ頷き、
「夕食にと、カレーを作ってる。
時雨には手伝ってもらっているところだ」
「え? ちょ、提督っ! なにも提督がご自身でやらなくてもっ、私達がやる事ですっ!」
大和が慌てて駆け寄る。けど、首を横に振る。
「いや、君たち艦娘は戦う事が本義の軍人だ。体調管理や精神面での安定で食事にこだわるのはいいが、わざわざ作ることまでやらなくていい」
「精神面の安定?」
健也の言葉が気になり繰り返す、健也は首を傾げた。
「経験は、ないか? 落ち着く味とか」
「ああ、俺は味覚が鈍いんだ。ほとんど、味も解らない」
「そうか」「そう、なの?」
意外そうに応じる健也と、困ったような時雨。
俺はそんな時雨を軽く撫でて「作ってもらう相手には申し訳ないのだがな」
「ああ、いや、気にしなくていい。
けど、ジーク君のために味付けを変えるのも、……その、難しい。すまないな」
「そちらこそ、気にしないでほしい。
皆で食べる食事というのはそれだけでいいものだ」
「そうか」
俺の言葉に健也は安堵したように微笑んだ。
「それにしても、時雨も料理できたんですね」
大和の言葉に時雨は困ったような表情。
「あ、いや、……その、初めてなんだ。
提督が作るっていうから、お手伝い」
「二人は何か話をしていたのか?」
おそらく一緒にいたのだろう。俺の問いに健也は頷いて「あと、多摩と暁に砲雷撃戦のレクチャーをしてもらっていた」
「健也は砲雷撃戦をするのか?」
驚いた。そうは見えないのだが。
「いや、知っていれば艦隊指揮の判断の足しになるだろうと思ってな。……まあ、素人の私が口を挟む事じゃないのは重々承知しているが」
「そんな事はないよ。状況を見て、熱くなりがちな僕たち艦娘に一声入れてくれるだけでも十分だよ」
「そうか、……それで、大和たちは?」
「ああ、アストルフォから冒険譚を聞いていた。
月に行った話とかは面白かったな」
応じる、ほう、と健也は頷く。興味がわいたらしい。
「え、……えーとお」
で、なぜかきょろきょろする大和。そして、
「ごめんなさい」
謝った。健也は首を傾げ、ふと、苦笑。
「そうだな。大和、時雨と交代だ。食事を作るのを手伝ってもらおう。
ジーク君、すまないが時雨と休んでいてくれ」
「ん? ああ、わかった」
頷く、だから、
「そう膨れるな、時雨」
「ふ、膨れてなんてないよっ」
苦笑する健也の指摘に、時雨は慌てたように声を上げた。
「そりゃあ、さ、僕だってジーク君と、その、月に行った時のお話とか聞いてみたかったけど。
けど、別に膨れてないからね。ジーク君」
唇を尖らせながら言う時雨。
「ああ、解ってる。……いや。仕事をしている間アストルフォと遊んでいたのだから、それが面白くないという気持ちはわかるが」
「それも違うよっ! 提督のお勉強に付き合うのは嫌じゃないし。後々の事を考えれば大切だって思うよ。そうやって勉強してくれるのはありがたいと思うし。
けど、」
不意に、時雨はそっぽを向く。
「僕も、もっとジーク君とお話とか、したい、な」
「ん、ああ、わかった。
夕食までは付き合おう。それで、どんな話をしようか」
聖杯戦争の話は喜んでくれた。……また、その話をしようか。
「あ、あの、ジーク君」
「ん?」
不意に、時雨は俺の手を取る。けど、顔は背けている。……耳が赤いが。
「その、……ぼ、僕にも、膝枕、してくれる?」
「みんな好きだな」
そんなにいいものか。……されたことはないから解らないが。
「う、うん、……その、だめ?」
困ったような上目遣いで問う時雨。
「いや、構わない。健也、夕食は何時ごろになる?」
「1900、あと、一時間程度だ」
「わかった。では、時雨。
行こうか」
「うんっ」
「あ、あはは、これはちょっと、緊張するな」
近くの、時雨の部屋。そこのベッドに座ると、時雨が躊躇うように動きを止める。
「そうか? 多摩はそんな感じはしなかったが」
「そう、かもね。…………ええと、じゃ、じゃあ、失礼、します」
時雨は横になって、俺の太ももに頭をのせる。
「ふ、……あ」
「寝心地は、悪くないか?」
手を伸ばし、艶やかな黒髪を撫でる。
「う、……あ、」
「女性や優しく撫でると聞いているが、こんな感じか?」
「う、……ん、凄い、頭撫でられてるだけなのに、……心地いい、な」
「時雨は、撫でられるのが好きなんだな」
確か、そんなおねだりをされた気がする。
「うん、……ジーク君に、なでなでしてもらうの、……好き、凄く、いいよ」
とろん、とした眼で応じる時雨。
「そうか、それならよかった。……それで、何か話をしようか?
それとも、このままでいいか?」
「ん、……んん」
目を閉じて身を委ねていた時雨は、薄く目を開いて、
「ん、……このまま、がいいな。このまま、僕の事、なでなでして、欲しいな」
「わかった」
また手を動かす。丁寧に頭を撫でる。時雨はゆっくりと目を閉じた。
「ゆっくり、休んでほしい。また、明日から戦えるように」
「う、……ん、僕、頑張るね。…………ジーク君やジャンヌさんのために、頑張って、……戦う、から、ね」
「そうだな。けど、そのあとは、誰のためでもない、自分のために戦うんだ。
辛いと思う、苦しい事もある、と思う。だから、休めるときに、ゆっくり休むといい」
「自分の、……ため?」
不思議そうに首を傾げる。俺は苦笑。
「すまない、具体的にどうとか、そういうのは解らないが。
ただ、……自分が納得し、誇れるように、そんな生き方を見つけて、そこに向かって生きて欲しい。そのために、戦ってほしい。
そんな、俺の希望だ」
時雨に、だけではない、俺自身、そうしていかなければいけないと思っている。
そして、きっと、……あの、聖杯戦争で出会った英雄たちも、ジャンヌも、そうなのだろう。
「うん、僕、頑張るね。僕自身にも、ジーク君にだって、胸を張れるような、生き方、……探して、みるよ」
「ああ、頑張れ」
丁寧に時雨を撫でる。時雨は、変わらず心地よさそうに目を細め、…………そっと、目を閉じた。