「はい、お酒ですー」
「おつまみも持ってきたよ」
蒼龍と時雨が酒とつまみを持ってきてくれた。
俺は酔った時に横になれるようにと、布団を敷きながら扉に視線を向ける。
「誰か、遊びに来るかな?」
「来るかもしれませんね。ジークさんもいる事だし」
俺の視線を追ったらしい、時雨の問いに蒼龍が応じる。
「俺、か?」
「んー。ジャンヌちゃんとかアストルフォ君もですけど、ほら、せっかくの機会じゃないですか」
「ああ、……そう、だな」
明後日の朝にはわかれる。だから、許される間は一緒にいたい、か。
その気持ちは、解るな。
「ふふ、けど、ジャンヌさんとアストルフォさんは喧嘩してたみたいだよ。
どっちも、ジーク君がいるこの部屋に行かせたくないみたいで」
「そうか。…………仲良くやってほしいのだが」
ジャンヌとも、アストルフォとも、もう離れたくはない。叶うなら三人で旅を続けていきたい。
けど、いがみ合ってばかりというのもいろいろ困る。
ため息をつく俺に時雨は苦笑。
「いや、僕が見た感じ仲いいと思うよ。
二人は仲いいけど、大切なものが噛み合ってるんだよ。一番欲しいものが同じなら、仕方ないよね」
「一番欲しいもの、か」
「そ、……二人が一番大好きな人。
二人とも、ジーク君の一番になりたいから、その場所を取り合っちゃうんだよ」
「そうか」
「ち、ちなみに、ジークさんは、どっちが好きなんですかっ?」
ずずい、と蒼龍が迫ってきた。
「どっちが、……といっても、俺は二人とも好きだが。……そうだな。
恋人、と思っているのはジャンヌだ。一番の友達と問われればアストルフォだな」
「ふむふむ」
「蒼龍さんっ、そういう意地悪な事聞いてはだめだよっ!
大切な人の順序なんて、つけられるわけないよ。ね、ジーク君っ」
頬を膨らませて言う時雨に「そうだな」と俺は頷く。
「はーい、ごめんなさい」
しゅんとする蒼龍。俺は御猪口を手に取り、
「では、飲もうか。……その、あまり俺の酒癖が悪かったら放り出してくれ」
「ふふ、わかったよ。
けど、酔ったジーク君もちょっと見てみたいかも」
「勘弁してくれ」
楽しそうに笑う時雨に俺は首を横に振る。ジャンヌみたいに抱き枕とか言い出したら、殺されても仕方ない。
ともかく御猪口に清酒を注ぎ、三人で掲げる。
「「「乾杯」」」
味覚が薄い俺にとって、清酒というのは驚嘆する飲み物だった。
「これは、……凄い、な」
「ええと、アルコール、だめ?」
不安そうに問う時雨に俺は首を横に振る。今のところ、酩酊という感じはない。
味は感じられない。これは思っていたとおりだ。
けど、胃の中に落ちる微かな熱と、香りそのものを飲んだような、不思議な感覚。
「清酒って初めてですか?」
「ああ、……そうだが。…………こういう飲み物もあるのだな。
正直言うと、驚いている」
「そうみたいだね」
もう一口飲んでみる。やはり、この感覚は初めてだ。
「気に入ってもらえたみたいだね」
「そうだな。……これは好きになれそうだ」
「ふふ、けど、ジーク君、飲み過ぎちゃだめだよ?
僕もジーク君と一緒にいたいし、放り出したくないからね?」
「ああ、解ってる」
御猪口を置いて一息。まだ意識ははっきりしているが、飲み過ぎればどうなるかわからない。
「何かつまみますかあ?」
「ん、……もらう」
翔鶴が用意してくれたらしい、つまみが並んでいる。つくねを一口。一息。
「ふふ、……う、ううん、ぽかぽか、しますね」
「は?」
妙な声を聞いてみてみれば、蒼龍の顔が赤い。時雨も驚いている。
「蒼龍さん、まだ御猪口三杯目なんだけど」
「酔ってるな」「酔ってるね」
「もー、酔ってませんよお」
そう言って御猪口からもう一口。「ふはあ」と、声。
「酔ってないですぅ~、もー、意地悪言うジークさんには、こうです」
そう言って抱き着いてきた。
「ええと、蒼龍?」
横目で固まる時雨を見る。蒼龍は猫のように目を細めてくっついている。
「ぬくぬくですー」
「そうか」
少し困ったが、傍らにある蒼龍の頭を撫でる。
「多摩も膝枕が好きだったが、艦娘はこうなのか?」
「どうでしょうねえ~、えへへ、けど、私はジークさん以外の男性にはくっつこうとは思いませんよー」
「そうか」
それなりに親しくなれた、という事か。……そうだな。誰かに好意を持ってもらえるのは、嬉しいな。
「んふふー」
気が付けば、くっつくというか、しがみつくというか、そんな状況になっていた。
「まあ、ほどほどにな」
「ん、……みゅ?」
すでに返事はほとんどなく、目も閉じている。仕方ない。俺は彼女を抱え上げて敷いていた布団に寝かせる。
「こんなに弱かったのか」
意外だ。……「時雨?」
「あ、……ご、ごめんねっ」
「いや、いいが」
じ、と俺を見ていた時雨が慌てて視線を逸らす。「どうかしたか?」
「…………いいな」
「ん?」
「ええと、ね。……その、ジーク君にお姫様抱っこしてもらった蒼龍さんが、羨ましいな、って。
あの、ご、ごめんね。それだけ、なの」
「その程度なら構わないが。……そういえば、」
「ん? なぁに? 僕に気になる事があるの?」
「いや、……そうか、髪型が違うのか」
「あ、そうだね。
寝る時まで編んではいないよ」
三つ編みにしていた髪が解かれて後ろに流されている。まあ、入浴後だし当たり前か。
「ええと、変かな?」
「いや、似合う。いつもより大人っぽく見えるな」
「そ、そうかな。……僕もレディーに見える?」
「暁みたいなことを言うな」
苦笑、と、時雨は軽く頬を膨らませて、
「暁の言う大人のレディーがどういうのかは解らないけど。
けど、僕もジャンヌさんみたいな大人っぽい女性には憧れてるんだよ」
大人っぽい、か? ……ただ、
「憧れの存在か」
「うんっ、……ジーク君にも、いるの?」
「もちろんだ」
苦笑、覗き込む時雨を撫でて、
「俺はいろいろ足りていない。
だから、自分の理想を躊躇なく言ってそこに進もうとする暁も、気遣いをしてくれる時雨の優しさも憧れる」
憧れる人、と言われれば思い起こすのはジークフリート、ケイローンや、アストルフォ、カルナか。気高く、強い英雄たち。
けど、強さだけではない。理想の姿を求めて進もうとする姿勢も、自分たちを気遣ってくれる優しさも、人として尊敬できる。こうありたいなと思う。
「そっか、……けど、僕はジーク君の意志の強さには憧れるな」
一緒だね、と微笑む時雨。……けど、
意志の強さ。……憧憬というよりは畏怖をもって、誰よりも強く、鮮烈に刻まれた聖人。
「俺は、強いか?」
「え? ……う、うん、そうだと思う、けど」
口調に、何を感じ取ったのか時雨の声が沈む。
ふと、自分の手に視線を落とした。…………「ああ、震えてる」
小さな、震え。
「じ、ジーク君っ?」
「ああ、すまない。大丈夫だ。
意志が強い、と聞いて、思い出した人がいた。……そうだな」
思い出す。あの時は、憤怒に沸騰していた頭だったからこそ、戦えた。
けど、今は、今、思い出せば?
震えの理由は、憧憬をはるかに通り超えた畏怖。ブラックホールと向き合うような、思い出すだけで恐怖し、動けなくなるような感情。
「あの、ご、ごめんね。僕、変なこと言っちゃったみたいで」
申し訳なさそうに俯く時雨。
「あ、いや、いい。…………時雨」
「ん、あ、わっ?」
手を伸ばす。時雨の髪を撫でる。いきなりの事で驚かせたらしい。
「すまない。……その、…………少し、話をしてもいいだろうか?」
「う、うん、もちろんだよ」
時雨は頷く。……一息。
「聖杯戦争で、戦った男がいた。人類を救済しようとした、聖人だ」
「ええと、恒久的世界平和、だよね?」
頷く。
「天草四郎時貞。六十年の時間、ずっと、ずっと、……己のすべてをかけて、全人類の救済という理想のために戦った聖人だ。
時雨は俺の事を意志が強いといってくれた。けど、彼の前では、本当に儚い意志だと思う」
「そう、……なんだ」
言葉に迷うように応じる時雨。……やはり、妙なことを話してしまったか。
すまない、と謝ろうとして、手を握られた。
「あ、あの、ジーク君。……その、僕、なんて言っていいのかわからない、けど」
困ったように、申し訳なさそうに、時雨が呟く。
「けど、僕たちは、ほんとに、ジーク君に救われたよ。……その、それだけは、解ってほしい、な」
精一杯、言葉を紡ぐ時雨。……不意に、力が抜けたのを感じる。
「ああ、そうか、……そうだな。
俺は、その意思も、強さも、彼には遠く及ばない。……けど、俺にも救えたものがあるのだな」
「う、……うんっ、もちろんだよっ」
「ありがとう。時雨」
撫でようと思ったけど、俺の手は時雨に強く握られている。ふと、彼女もそれに気づいたのか、
「あ、……ご、ごめんねっ、ジーク君っ」
慌てて放した。微笑。
「いや、…………謝る事はないし、感謝をしたい。
時雨が手を握っていてくれたおかげで震えを止める事が出来た。ありがとう」
「え、……えへへ、どういたしまして」
時雨ははにかみ応じ、御猪口から清酒を一口。ほう、と一息。
「時雨は、酒はよく飲むのか?」
「ん、……ん、そんな事はないよ。
普段はあんまり飲まないかな」
「そうか、……酒は好きか?」
問いに、時雨はばつが悪そうに笑う。
「へ、変かな? その、僕、こんな見た目だし」
「いや、変ではない。嗜好は尊重すべきだと思う。
好きな食べ物とか、嗜好があまりない俺には羨ましい」
「そうなんだ。……ん。ジーク君、好きな食べ物とかないんだ」
「そんなに残念か?」
なぜか、肩を落とす時雨。
「そうだね。……うん、ジーク君の好きな食べ物とかあったら、練習したかったな」
「わざわざ俺のために作らなくてもいいと思うが」
「もう、……そういうところでちゃんとわかってくれないから、ジーク君はとーへんぼくなんだよ」
怒られてしまった。
ともかく御猪口から清酒を一口。時雨も一口飲んで注ぐ。
「そういえば、ジーク君。足柄さんとか、ジーク君を弟みたいって言ってたよね」
「そうだな。……ジャンヌもそうだが、俺のどういうところが弟みたいなのか」
そもそも、弟っぽさとはどういう事なのか。
「んー、けど、僕としてはお兄さんかな」
「うん?」
「お兄さん」時雨は俺のすぐ隣に身を寄せて「うん、僕はこっちの方がいいな」
「兄か」
そういう憧れでもあるのだろうか? ……ともかく、時雨も結構酔っているらしい。
俺の肩に頭を預ける時雨の顔は赤い。
「時雨、横になるか?」
「ん、……んん、そう?」
「酔っているように見える」
「そっか、……僕、酔ってるんだ。
お酒も、いつもは少ししか飲まなかったから、こんなに飲んだのは初めてだな。……ふふ、お兄さんと一緒だから、お酒が進んじゃったのかな」
その事が嬉しい、と時雨は微笑む。仕方ない。
「時雨、布団まで運ぶ」
「ん」
時雨の腰と肩に手を回して、抱き上げる。
「あ、……お姫様抱っこ。…………ふふ、嬉しいな」
そう言って時雨は俺の首に手を回して、
「ありがと、お兄さん」
ちょんと、頬に、軽く触れるような口づけをした。
天草四郎時貞。……聖杯戦争で、最後に戦った聖人。
彼の強さは、英霊としては決して高いものではないだろう。少なくともカルナやジークフリート、”赤”のセイバーより強いとは思えない。
”黒”のアサシンのような奇襲に特化しているようにも見えない。ケイローンのような英知があるというわけでもないだろう。聖杯がなければ、”赤”のバーサーカーが放ったような破壊力を振るえるようにも見えない。
”黒”のキャスターや”赤”のアサシンのような、すさまじい宝具を持っているようにも見えない。アストルフォのように様々な宝具を持っているようにも見えない。……俺の知る中では、あの聖杯戦争にいた英霊の中でももっとも弱い部類にいるだろう。
けど、誰よりも怖いのは彼だった。
「救えたもの、か」
電気を消して布団に横になる。全人類を救済しようとした彼と比べれば、誤差にも満たないほどささやかな事だろう。
けど、…………それでも、今だけは、
俺は、間違えていなかった。
救われたよと、そう言って微笑んでくれた彼女がいる。ただ、その言葉だけで俺は安堵を感じ、目を閉じた。
「……ん、…………ん、あ」
「あ、おはようございます。ジークさん」
「あ、……蒼龍、か。
ああ、おはよう。……で、」
俺の枕は横に転がっていた。で、代わりに、
「やったっ、ジークさんを膝枕っ」
蒼龍は嬉しそうに俺に膝枕をしていた。
「ん、……ああ、言ってたな。
いいものか?」
「はいっ」
蒼龍は笑顔で俺の頭を撫でる。
「ジークさんの可愛い寝顔も見れましたっ」
「そうか、……それはよかったな」
可愛いか、よくわからない。
「可愛いですよ。ほら」
つい、と示した先。俺の手を握り、すやすやと眠る時雨。
「ん、……いいよ。…………お兄さんになら、僕の事、もっと見て欲しい、な」
「お兄さん?」
緩んだ寝顔で呟く時雨。お兄さん。「ああ、俺の事らしい」
「へー、ジークさんがお兄さん、か。……へー」
にやー、と楽しそうに笑う蒼龍。で、そんなやり取りが聞こえたのか、時雨がゆっくりと目を開いた。
「あ、……………………えへへ、おはよ。おにーさん」
「ああ、おはよう時雨」
「ん」
挨拶を返した。それが嬉しい、と。時雨は微笑む。…………微笑み。その笑顔が不意に固まった。
「…………蒼龍、さん?」
「ジークさんを膝枕、いただきましたっ! 寝顔もばっちりっ!」
「う、…………い、……いいなあ」
羨ましそうに言う時雨。
「そうか、そんなに俺の寝顔は見たいものなのか」
相変わらずよくわからないが。
「それは「ジークさん、時雨ちゃんの寝顔、どうでしたかっ?」え?」
時雨が固まる。……彼女の、寝顔か。
「時雨はいつもはしっかりしている印象があるからか、無防備な寝顔はいつもより幼く見えたな。
…………そうだな。俺も当てはまるとは思わないが、確かに寝顔は可愛らしいと思った」
「あ、……う、お、お兄さん、僕の寝顔も、みたん、だね?」
「隣で寝ていたからな」
「ついでに言えば、いまだにジークさんの手をぎゅって握ってますからね。
見るな、っていうのも無理ですよ」
「…………ひゃっ、……あ、あ、ご、ごめんねっ、お兄さんっ」
慌てて手を放す。俺は首を傾げて、
「不愉快と思っていない。だから、謝る事はない」
「う、……うう、そ、そうだけどお。……お兄さんと手を繋いでたり、寝顔を見られたり、……は、恥ずかしい、よ」
顔を真っ赤にして俯く時雨。
「そんなものか?」
恥ずかしいのか? 問いに、蒼龍はくすくすと笑って、
「ジークさんはとーへんぼく、です。
いいですか?」
ぴっ、と蒼龍は指を立てる。
「寝顔は無防備でしょ? 女の子がそういう姿を見せるのは恥ずかしいんです。
相手がジークさんじゃなければ、時雨ちゃんに殴られても仕方ないですよ」
「そ、……そこまでなのか」
驚いた。時雨もこくこくと頷いているから間違いないのだろう。
「ところで、時雨ちゃん。ジークさんをお兄さんって呼ぶのはいいです。
で、……時雨ちゃんは、そのお兄さんと夢の中で、どんなことをしてたんですかー?」
「そういえば、見て欲しいといっていたが、何か見せたいものでもあったのか?」
「ひひゃっ? ふ、え? …………ゆ、……ぼ、僕が見た夢。……ふ、あ、…………」
じわじわと、顔を真っ赤にする時雨。
「時雨?」
「だ、……だめだめだめだめっ! そ、その話は、……もう、しないで、よ」
「あ、ああ、すまない」
座り込んで頭を抱えてしまった。……まあ、無理することもないか。
「ふふふ、時雨ちゃんのえっちー」
「ひゃうっ? そ、蒼龍さんっ! そんな事ないよっ!
お兄さんもっ! 蒼龍さんのいう事を真に受けないでよっ! ぼ、僕はえっちじゃないからねっ!」
「あ、ああ、わかった。解ってる」
必死に否定する時雨。……そこまで必死な理由はよくわからないが、ともかく頷いた。