聖女とホムンクルスの艦隊これくしょん   作:林屋まつり

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三十四話

「はい、お酒ですー」

「おつまみも持ってきたよ」

 蒼龍と時雨が酒とつまみを持ってきてくれた。

 俺は酔った時に横になれるようにと、布団を敷きながら扉に視線を向ける。

「誰か、遊びに来るかな?」

「来るかもしれませんね。ジークさんもいる事だし」

 俺の視線を追ったらしい、時雨の問いに蒼龍が応じる。

「俺、か?」

「んー。ジャンヌちゃんとかアストルフォ君もですけど、ほら、せっかくの機会じゃないですか」

「ああ、……そう、だな」

 明後日の朝にはわかれる。だから、許される間は一緒にいたい、か。

 その気持ちは、解るな。

「ふふ、けど、ジャンヌさんとアストルフォさんは喧嘩してたみたいだよ。

 どっちも、ジーク君がいるこの部屋に行かせたくないみたいで」

「そうか。…………仲良くやってほしいのだが」

 ジャンヌとも、アストルフォとも、もう離れたくはない。叶うなら三人で旅を続けていきたい。

 けど、いがみ合ってばかりというのもいろいろ困る。

 ため息をつく俺に時雨は苦笑。

「いや、僕が見た感じ仲いいと思うよ。

 二人は仲いいけど、大切なものが噛み合ってるんだよ。一番欲しいものが同じなら、仕方ないよね」

「一番欲しいもの、か」

「そ、……二人が一番大好きな人。

 二人とも、ジーク君の一番になりたいから、その場所を取り合っちゃうんだよ」

「そうか」

「ち、ちなみに、ジークさんは、どっちが好きなんですかっ?」

 ずずい、と蒼龍が迫ってきた。

「どっちが、……といっても、俺は二人とも好きだが。……そうだな。

 恋人、と思っているのはジャンヌだ。一番の友達と問われればアストルフォだな」

「ふむふむ」

「蒼龍さんっ、そういう意地悪な事聞いてはだめだよっ!

 大切な人の順序なんて、つけられるわけないよ。ね、ジーク君っ」

 頬を膨らませて言う時雨に「そうだな」と俺は頷く。

「はーい、ごめんなさい」

 しゅんとする蒼龍。俺は御猪口を手に取り、

「では、飲もうか。……その、あまり俺の酒癖が悪かったら放り出してくれ」

「ふふ、わかったよ。

 けど、酔ったジーク君もちょっと見てみたいかも」

「勘弁してくれ」

 楽しそうに笑う時雨に俺は首を横に振る。ジャンヌみたいに抱き枕とか言い出したら、殺されても仕方ない。

 ともかく御猪口に清酒を注ぎ、三人で掲げる。

「「「乾杯」」」

 

 味覚が薄い俺にとって、清酒というのは驚嘆する飲み物だった。

「これは、……凄い、な」

「ええと、アルコール、だめ?」

 不安そうに問う時雨に俺は首を横に振る。今のところ、酩酊という感じはない。

 味は感じられない。これは思っていたとおりだ。

 けど、胃の中に落ちる微かな熱と、香りそのものを飲んだような、不思議な感覚。

「清酒って初めてですか?」

「ああ、……そうだが。…………こういう飲み物もあるのだな。

 正直言うと、驚いている」

「そうみたいだね」

 もう一口飲んでみる。やはり、この感覚は初めてだ。

「気に入ってもらえたみたいだね」

「そうだな。……これは好きになれそうだ」

「ふふ、けど、ジーク君、飲み過ぎちゃだめだよ?

 僕もジーク君と一緒にいたいし、放り出したくないからね?」

「ああ、解ってる」

 御猪口を置いて一息。まだ意識ははっきりしているが、飲み過ぎればどうなるかわからない。

「何かつまみますかあ?」

「ん、……もらう」

 翔鶴が用意してくれたらしい、つまみが並んでいる。つくねを一口。一息。

「ふふ、……う、ううん、ぽかぽか、しますね」

「は?」

 妙な声を聞いてみてみれば、蒼龍の顔が赤い。時雨も驚いている。

「蒼龍さん、まだ御猪口三杯目なんだけど」

「酔ってるな」「酔ってるね」

「もー、酔ってませんよお」

 そう言って御猪口からもう一口。「ふはあ」と、声。

「酔ってないですぅ~、もー、意地悪言うジークさんには、こうです」

 そう言って抱き着いてきた。

「ええと、蒼龍?」

 横目で固まる時雨を見る。蒼龍は猫のように目を細めてくっついている。

「ぬくぬくですー」

「そうか」

 少し困ったが、傍らにある蒼龍の頭を撫でる。

「多摩も膝枕が好きだったが、艦娘はこうなのか?」

「どうでしょうねえ~、えへへ、けど、私はジークさん以外の男性にはくっつこうとは思いませんよー」

「そうか」

 それなりに親しくなれた、という事か。……そうだな。誰かに好意を持ってもらえるのは、嬉しいな。

「んふふー」

 気が付けば、くっつくというか、しがみつくというか、そんな状況になっていた。

「まあ、ほどほどにな」

「ん、……みゅ?」

 すでに返事はほとんどなく、目も閉じている。仕方ない。俺は彼女を抱え上げて敷いていた布団に寝かせる。

「こんなに弱かったのか」

 意外だ。……「時雨?」

「あ、……ご、ごめんねっ」

「いや、いいが」

 じ、と俺を見ていた時雨が慌てて視線を逸らす。「どうかしたか?」

「…………いいな」

「ん?」

「ええと、ね。……その、ジーク君にお姫様抱っこしてもらった蒼龍さんが、羨ましいな、って。

 あの、ご、ごめんね。それだけ、なの」

「その程度なら構わないが。……そういえば、」

「ん? なぁに? 僕に気になる事があるの?」

「いや、……そうか、髪型が違うのか」

「あ、そうだね。

 寝る時まで編んではいないよ」

 三つ編みにしていた髪が解かれて後ろに流されている。まあ、入浴後だし当たり前か。

「ええと、変かな?」

「いや、似合う。いつもより大人っぽく見えるな」

「そ、そうかな。……僕もレディーに見える?」

「暁みたいなことを言うな」

 苦笑、と、時雨は軽く頬を膨らませて、

「暁の言う大人のレディーがどういうのかは解らないけど。

 けど、僕もジャンヌさんみたいな大人っぽい女性には憧れてるんだよ」

 大人っぽい、か? ……ただ、

「憧れの存在か」

「うんっ、……ジーク君にも、いるの?」

「もちろんだ」

 苦笑、覗き込む時雨を撫でて、

「俺はいろいろ足りていない。

 だから、自分の理想を躊躇なく言ってそこに進もうとする暁も、気遣いをしてくれる時雨の優しさも憧れる」

 憧れる人、と言われれば思い起こすのはジークフリート、ケイローンや、アストルフォ、カルナか。気高く、強い英雄たち。

 けど、強さだけではない。理想の姿を求めて進もうとする姿勢も、自分たちを気遣ってくれる優しさも、人として尊敬できる。こうありたいなと思う。

「そっか、……けど、僕はジーク君の意志の強さには憧れるな」

 一緒だね、と微笑む時雨。……けど、

 

 意志の強さ。……憧憬というよりは畏怖をもって、誰よりも強く、鮮烈に刻まれた聖人。

 

「俺は、強いか?」

「え? ……う、うん、そうだと思う、けど」

 口調に、何を感じ取ったのか時雨の声が沈む。

 ふと、自分の手に視線を落とした。…………「ああ、震えてる」

 小さな、震え。

「じ、ジーク君っ?」

「ああ、すまない。大丈夫だ。

 意志が強い、と聞いて、思い出した人がいた。……そうだな」

 思い出す。あの時は、憤怒に沸騰していた頭だったからこそ、戦えた。

 けど、今は、今、思い出せば?

 震えの理由は、憧憬をはるかに通り超えた畏怖。ブラックホールと向き合うような、思い出すだけで恐怖し、動けなくなるような感情。

「あの、ご、ごめんね。僕、変なこと言っちゃったみたいで」

 申し訳なさそうに俯く時雨。

「あ、いや、いい。…………時雨」

「ん、あ、わっ?」

 手を伸ばす。時雨の髪を撫でる。いきなりの事で驚かせたらしい。

「すまない。……その、…………少し、話をしてもいいだろうか?」

「う、うん、もちろんだよ」

 時雨は頷く。……一息。

「聖杯戦争で、戦った男がいた。人類を救済しようとした、聖人だ」

「ええと、恒久的世界平和、だよね?」

 頷く。

「天草四郎時貞。六十年の時間、ずっと、ずっと、……己のすべてをかけて、全人類の救済という理想のために戦った聖人だ。

 時雨は俺の事を意志が強いといってくれた。けど、彼の前では、本当に儚い意志だと思う」

「そう、……なんだ」

 言葉に迷うように応じる時雨。……やはり、妙なことを話してしまったか。

 すまない、と謝ろうとして、手を握られた。

「あ、あの、ジーク君。……その、僕、なんて言っていいのかわからない、けど」

 困ったように、申し訳なさそうに、時雨が呟く。

「けど、僕たちは、ほんとに、ジーク君に救われたよ。……その、それだけは、解ってほしい、な」

 精一杯、言葉を紡ぐ時雨。……不意に、力が抜けたのを感じる。

「ああ、そうか、……そうだな。

 俺は、その意思も、強さも、彼には遠く及ばない。……けど、俺にも救えたものがあるのだな」

「う、……うんっ、もちろんだよっ」

「ありがとう。時雨」

 撫でようと思ったけど、俺の手は時雨に強く握られている。ふと、彼女もそれに気づいたのか、

「あ、……ご、ごめんねっ、ジーク君っ」

 慌てて放した。微笑。

「いや、…………謝る事はないし、感謝をしたい。

 時雨が手を握っていてくれたおかげで震えを止める事が出来た。ありがとう」

「え、……えへへ、どういたしまして」

 時雨ははにかみ応じ、御猪口から清酒を一口。ほう、と一息。

「時雨は、酒はよく飲むのか?」

「ん、……ん、そんな事はないよ。

 普段はあんまり飲まないかな」

「そうか、……酒は好きか?」

 問いに、時雨はばつが悪そうに笑う。

「へ、変かな? その、僕、こんな見た目だし」

「いや、変ではない。嗜好は尊重すべきだと思う。

 好きな食べ物とか、嗜好があまりない俺には羨ましい」

「そうなんだ。……ん。ジーク君、好きな食べ物とかないんだ」

「そんなに残念か?」

 なぜか、肩を落とす時雨。

「そうだね。……うん、ジーク君の好きな食べ物とかあったら、練習したかったな」

「わざわざ俺のために作らなくてもいいと思うが」

「もう、……そういうところでちゃんとわかってくれないから、ジーク君はとーへんぼくなんだよ」

 怒られてしまった。

 ともかく御猪口から清酒を一口。時雨も一口飲んで注ぐ。

「そういえば、ジーク君。足柄さんとか、ジーク君を弟みたいって言ってたよね」

「そうだな。……ジャンヌもそうだが、俺のどういうところが弟みたいなのか」

 そもそも、弟っぽさとはどういう事なのか。

「んー、けど、僕としてはお兄さんかな」

「うん?」

「お兄さん」時雨は俺のすぐ隣に身を寄せて「うん、僕はこっちの方がいいな」

「兄か」

 そういう憧れでもあるのだろうか? ……ともかく、時雨も結構酔っているらしい。

 俺の肩に頭を預ける時雨の顔は赤い。

「時雨、横になるか?」

「ん、……んん、そう?」

「酔っているように見える」

「そっか、……僕、酔ってるんだ。

 お酒も、いつもは少ししか飲まなかったから、こんなに飲んだのは初めてだな。……ふふ、お兄さんと一緒だから、お酒が進んじゃったのかな」

 その事が嬉しい、と時雨は微笑む。仕方ない。

「時雨、布団まで運ぶ」

「ん」

 時雨の腰と肩に手を回して、抱き上げる。

「あ、……お姫様抱っこ。…………ふふ、嬉しいな」

 そう言って時雨は俺の首に手を回して、

「ありがと、お兄さん」

 ちょんと、頬に、軽く触れるような口づけをした。

 

 天草四郎時貞。……聖杯戦争で、最後に戦った聖人。

 彼の強さは、英霊としては決して高いものではないだろう。少なくともカルナやジークフリート、”赤”のセイバーより強いとは思えない。

 ”黒”のアサシンのような奇襲に特化しているようにも見えない。ケイローンのような英知があるというわけでもないだろう。聖杯がなければ、”赤”のバーサーカーが放ったような破壊力を振るえるようにも見えない。

 ”黒”のキャスターや”赤”のアサシンのような、すさまじい宝具を持っているようにも見えない。アストルフォのように様々な宝具を持っているようにも見えない。……俺の知る中では、あの聖杯戦争にいた英霊の中でももっとも弱い部類にいるだろう。

 

 けど、誰よりも怖いのは彼だった。

 

「救えたもの、か」

 電気を消して布団に横になる。全人類を救済しようとした彼と比べれば、誤差にも満たないほどささやかな事だろう。

 けど、…………それでも、今だけは、

 

 俺は、間違えていなかった。

 

 救われたよと、そう言って微笑んでくれた彼女がいる。ただ、その言葉だけで俺は安堵を感じ、目を閉じた。

 

「……ん、…………ん、あ」

「あ、おはようございます。ジークさん」

「あ、……蒼龍、か。

 ああ、おはよう。……で、」

 俺の枕は横に転がっていた。で、代わりに、

「やったっ、ジークさんを膝枕っ」

 蒼龍は嬉しそうに俺に膝枕をしていた。

「ん、……ああ、言ってたな。

 いいものか?」

「はいっ」

 蒼龍は笑顔で俺の頭を撫でる。

「ジークさんの可愛い寝顔も見れましたっ」

「そうか、……それはよかったな」

 可愛いか、よくわからない。

「可愛いですよ。ほら」

 つい、と示した先。俺の手を握り、すやすやと眠る時雨。

「ん、……いいよ。…………お兄さんになら、僕の事、もっと見て欲しい、な」

「お兄さん?」

 緩んだ寝顔で呟く時雨。お兄さん。「ああ、俺の事らしい」

「へー、ジークさんがお兄さん、か。……へー」

 にやー、と楽しそうに笑う蒼龍。で、そんなやり取りが聞こえたのか、時雨がゆっくりと目を開いた。

「あ、……………………えへへ、おはよ。おにーさん」

「ああ、おはよう時雨」

「ん」

 挨拶を返した。それが嬉しい、と。時雨は微笑む。…………微笑み。その笑顔が不意に固まった。

「…………蒼龍、さん?」

「ジークさんを膝枕、いただきましたっ! 寝顔もばっちりっ!」

「う、…………い、……いいなあ」

 羨ましそうに言う時雨。

「そうか、そんなに俺の寝顔は見たいものなのか」

 相変わらずよくわからないが。

「それは「ジークさん、時雨ちゃんの寝顔、どうでしたかっ?」え?」

 時雨が固まる。……彼女の、寝顔か。

「時雨はいつもはしっかりしている印象があるからか、無防備な寝顔はいつもより幼く見えたな。

 …………そうだな。俺も当てはまるとは思わないが、確かに寝顔は可愛らしいと思った」

「あ、……う、お、お兄さん、僕の寝顔も、みたん、だね?」

「隣で寝ていたからな」

「ついでに言えば、いまだにジークさんの手をぎゅって握ってますからね。

 見るな、っていうのも無理ですよ」

「…………ひゃっ、……あ、あ、ご、ごめんねっ、お兄さんっ」

 慌てて手を放す。俺は首を傾げて、

「不愉快と思っていない。だから、謝る事はない」

「う、……うう、そ、そうだけどお。……お兄さんと手を繋いでたり、寝顔を見られたり、……は、恥ずかしい、よ」

 顔を真っ赤にして俯く時雨。

「そんなものか?」

 恥ずかしいのか? 問いに、蒼龍はくすくすと笑って、

「ジークさんはとーへんぼく、です。

 いいですか?」

 ぴっ、と蒼龍は指を立てる。

「寝顔は無防備でしょ? 女の子がそういう姿を見せるのは恥ずかしいんです。

 相手がジークさんじゃなければ、時雨ちゃんに殴られても仕方ないですよ」

「そ、……そこまでなのか」

 驚いた。時雨もこくこくと頷いているから間違いないのだろう。

「ところで、時雨ちゃん。ジークさんをお兄さんって呼ぶのはいいです。

 で、……時雨ちゃんは、そのお兄さんと夢の中で、どんなことをしてたんですかー?」

「そういえば、見て欲しいといっていたが、何か見せたいものでもあったのか?」

「ひひゃっ? ふ、え? …………ゆ、……ぼ、僕が見た夢。……ふ、あ、…………」

 じわじわと、顔を真っ赤にする時雨。

「時雨?」

「だ、……だめだめだめだめっ! そ、その話は、……もう、しないで、よ」

「あ、ああ、すまない」

 座り込んで頭を抱えてしまった。……まあ、無理することもないか。

「ふふふ、時雨ちゃんのえっちー」

「ひゃうっ? そ、蒼龍さんっ! そんな事ないよっ!

 お兄さんもっ! 蒼龍さんのいう事を真に受けないでよっ! ぼ、僕はえっちじゃないからねっ!」

「あ、ああ、わかった。解ってる」

 必死に否定する時雨。……そこまで必死な理由はよくわからないが、ともかく頷いた。

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