どこに出かけようか、翔鶴から借りた地図と顔を付け合わせていると。
「失礼します。呉鎮守府からお客様です」
不意に入ってきた翔鶴が、少し困ったように伝えてくれた。
「鎮守府から?」
「司令官が戻ってきたの? じゃあ、暁が行ってくるわ」
暁は立ち上がる。翔鶴はそれを見てこちらに視線を送る。
「ジークさんとジャンヌさんも、来て欲しいそうです」
「俺たちもか? 解った」
俺とジャンヌも立ち上がり、暁の後に続く。
翔鶴に案内された部屋に入る。室内には、健也と、もう一人の男性と、一人の艦娘。
「あっ、暁っ」
「雷っ?」
艦娘の少女が立ち上がった。
「知合いですか?」
「うんっ、雷っ、暁の妹よ」
「電、ではなくて?」
ジャンヌが首を傾げる。雷、と呼ばれた彼女は胸を張って、
「電は暁型の四番艦、で、雷は三番艦ね。
電は雷の妹でもあるのよっ」
笑顔でぱんっ、と手を打ち合わせる暁と雷。
「姉妹の出会いはいいものだねえ。……うんうん」
「それと、……ええと、貴方は、……提督、ですか?」
ジャンヌの問いの先には、健也と、もう一人の男性。
でっぷりとした体格の中年男性。思い出すのはゴルドだが、……なんというか、彼は肥満というよりは、丸い。
「そうだよお。……私は阿部貞義、中将なんだよお」
「そ、……そう、なの、です、か?」
のんびりと笑う貞義。……なんだろうか、なんとなく、おめでたい印象。……そうか。
「達磨は、縁起物か」
「なにいきなり言い出すんですか? ……だ、達磨っ?」
ジャンヌは慌てて口元を抑えて顔を背けた。背中が震えている。
「はっはっはっはっはっ、……ふう」
一通り笑って、疲れたように溜息。
「ええと、……中将?」
「ああ、すまないねえ。すぐに疲れてしまうんだよお」
「なんというか、……それでも軍人が務まるのだな」
失礼だとは思うが、正直意外だ。対して貞義は笑って、
「実働は艦娘のみんながしてくれるからねえ。
管理と統制、事務、深海凄艦の発生個所の推察と、気象、海流を考慮して、最速、最適な撃破方法の決定、必要な人材の選抜。
これが出来れば、何とでもなるなあ」
「そ、……そうか」
「それで、私たちの事は聞いているのですね?」
「いるよお。雪風大将代行からねえ。
英霊かあ、不思議だねえ」
「まあ、私たちにしてみれば艦娘も十分不思議ですが」
と、
「それで、貴方がジークねっ」
「あ、ああ」
「ふーん、…………ん、んん」
まじまじと、俺を見る雷。彼女は頷いて、
「ねえ、ジーク。雷のしれーかんになってくれる?」
「は?」
いきなり、何を言い出すんだ?
「ちょっと雷、何言いだすのよっ? ジークはそういうんじゃないのっ」
「いいじゃない、……じゃあ、しれーかんじゃなくていいわっ!
ねっ、しれーかん、しれーかんは人を雇っていいのよね? ジークを雇いましょうよっ!」
「ふむぅ、…………いやなあ。強制はできないんだよなあ」
「えーっ」雷は頬を膨らませて「じゃあ。ジークっ、来てくれる? 大丈夫っ、ジークは何もしなくていいのっ、ぜーんぶ雷が面倒を見てあげるからねっ」
「いや、…………それだと俺は何のために雇われるんだ?」
雇われるつもりはないが気になった。問いに雷は頷いて、
「何もしなくていいのっ、ぜーんぶ雷がやってあげるからっ、雷にどんどん頼っていいのよっ」
「…………何かおかしくないか?」
「全然ないわっ! 雷のしれーかんはあれなのよっ! 中年のおでぶさんなのよっ! 見た目すっごいだめなのよっ!
ジークみたいな格好いい男の子にいて欲しいって思うのは当たり前じゃないっ! きっとみんな士気高揚になるわっ! すっごく格好いいものっ! ねっ、暁っ!」
「え? ……え? ええ?」
雷の問いに暁はおろおろし始める。俺に視線を向けて、顔を赤くして俯いた。
「はっはっはっ、すまないなあ。雷君。
しれーかん、最近生え際の後退が気になり始めてなあ」
そう言ってぺしぺしと額を叩く貞義。雷は近くにあったファイルを手に取り縦にして頭に振り下ろした。
がずんっ、と音。ごどんっ、と音。
「……………………い、雷、……あ、あの、中将、動かなくなっちゃった、わよ?」
怖いらしい、うっすらと涙目の暁。……確かに、机に顔面を叩きつけて、まったく動かない中将は、……その、不気味だ。
健也は強いて視線を逸らし、ジャンヌは慄いている。
「大丈夫よ。しれーかん、お腹にバルジ、……贅肉がいっぱいだものっ! 装甲マシマシよっ!」
「今、脳天でしたよね? 脳天と顔面でしたよね。ダメージ入ったの」
「そうだな」
「さて、それじゃあお話しするわね。
あ、ええと、……あんまり気にしなくていいけど、一応言っておくわ。今の雷は、中将代行っていう事でよろしくね」
「つまり、中将の言葉と等しい、という事か」
健也の言葉に雷は頷く。
「代行するも何も、中将はそこにいるのだが?」
「動かなくちゃ仕方ないわよっ!
大丈夫っ、雷に任せなさいっ」
ファイルでべしべしと頭を叩く雷。そして、まったく動かない貞義。
「……………その、ジャンヌ。暁を頼む」
「ええ、そうします」
ジャンヌは慄く暁を抱き上げて膝に乗せる。
「まず、春原代将の泊地だけど、周辺危険度の査察を兼ねて、雷のところに艦隊が一つ向かったわ。
今日一日はそこでもたせるわ。以後もそこの管理をお願いね。問題なく任期を終えたら准将になると思うから、暁、期待しているわよ」
「え、ええ、大丈夫よっ。暁は大人のレディーだもんっ、ばっちりやって司令官を昇進させちゃうんだからっ」
胸を張って応じる暁に健也は微笑。「頼むぞ」と、応じる。
「雪風大将代行の話だと、姫級の深海凄艦を追っ払ったらしいわね。
それでも十分なんだけど、今回の褒章は全部報奨金っていう事になったからお流れね。と言っても実績は実績だから、上はちゃんと評価しているわ」
「ああ、中将代行殿にそういってもらえれば幸いだ。
鋭意努力する、……が」
「ん?」
「深海凄艦長門を撃沈するか否か、その判断は現地の艦娘に一任する」
健也の言葉に、暁は息を飲んだ。
「もちろんいいわよ。撃沈すれば褒章は堅いけど、ま、姫級の深海凄艦が近くにいる泊地を維持管理出来たっていうのも十分だしね」
「そうか」
暁も、ほっとした表情。……けど、ジャンヌの視線は鋭い。雷は彼女を一瞥し、すぐに視線を逸らした。
「それで、ジークとジャンヌには春原代将からの雇用っていう事でお給料が支払われるわ。
金額に関しては雇用主に一任されているから、あとで春原代将から受け取ってね」
それで手打ちにしてほしい、か。
首を突っ込んだだけ、と。ごねれば軍令として暁たちに危機があるかもしれない。それは避けたい。
「了解した」
ジャンヌも仕方なさそうに頷く。
「それと、はい、これあげるわ」
「ん?」「なんですかこれ?」
「スマートフォン、それと電池式の充電器だ。……まあ、君たちには馴染みが薄いかもしれないが」
「すまーとふぉん?」
ジャンヌは首を傾げた。俺も、知識しか知らないが。
「…………まあ、……遠距離での通信、……念話のような事が出来る。使い方は後で調べてみよう」
「なるほど、礼装ですね。軍部でもこのようなものが使われているとは」
雷が首を傾げるが、俺は軽く首を横に振る。追及不要、と。その意図を察してくれたらしい。「頼むわよ」と、応じてくれた。
俺もよくは知らない。いろいろ試してみたいものだな。
「私が持っているスマートフォンの番号は登録されている。
連絡してくれたら暁たちに代わろう。…………まあ、その、」
健也は困ったように暁を撫でて、
「君たちの声を聞くだけでも、喜ぶ者はいる。だから、頼みたい」
「わかった」
金剛はジャンヌの声を聞けば喜ぶだろう。それに、
「そうだな。仲良く出来たと思うし、これからも繋がっていたい」
健也は安堵したように微笑み、ジャンヌは頷く。
「そうですね。せっかくつながった縁、断ち切るには惜しいです」
「へー、仲良くしてたんだ。こんな格好いい男の子を篭絡したなんて、暁もやるわねっ!」
笑顔で親指を立てる雷。ジャンヌの動きが止まる。
「ろー、らく?」
「男の子をばっちりとお世話する事よっ」
どういう意味? と、首を傾げていた暁は頷いて、
「もちろんっ、あのね、雷。ジークはね、見た目はともかくまだ子供なのっ!
大人のレディーでジークよりお姉さんの暁が、ちゃんとろーらくしてあげないとだめなんだからっ」
「……その外見で、年下、…………完璧じゃないっ!
いいなっ、雷も篭絡したいわっ」
「だめーっ! ジークは暁がろーらくするのっ!」
「えー、いいじゃない。暁のけちー」
「ケチって言われてもだめなものはだめなのっ! ぷんすかっ!」
手を伸ばす雷を徹底抗戦の構えで睨む暁。
「中将代行」
苦笑して健也が声を上げる。「おっと」と、雷は呟いて、
「ま、そういうわけね。私的な電話までどうこう言わないから、……っていうか、ジークには雷の電話番号も教えちゃうっ!
来てくれたらたーっくさんお世話してあげるから、今度遊びに来てねっ」
「あ、ああ」
「ちょっと雷っ! そういう事を言ったらだめっ!
それにねっ! ジークには恋人がいるのよっ、よ、横恋慕なんて、……れ、レディーのやる事じゃ、ないんだからっ!」
なぜか、言葉につっかえながら応じる暁。ジャンヌは困ったように微笑み、健也は溜息。
「健也?」
「いや、…………難儀なものだと思っただけだ。
私が立ち入る事ではない」
「そうか?」
けど、
「甘いっ! 甘いわよ暁っ!」
雷が立ち上がる。立ち上がって、ゆっくりと座り直した。
「あのね、暁。……雷たち艦娘は、人じゃないの。兵器、なのよ」
重々しく語り始めた。暁は表情を引き締めて頷く。
「私は、そうは思えません」
ジャンヌがきっぱり否定する、が。雷は首を横に振る。
「そういってくれるのは嬉しいわ。……けど、だめなの。
法律でそう決められているのよ。艦娘はいろいろ難しい存在だから、整備が間に合わない、っていうのもあったし、ね」
「そうですか」
「そう、だからね。暁っ!」
雷が雄々しく立ち上がる。
「艦娘は人の倫理とか道徳に縛られる必要はないのっ! だって人じゃないものっ!
だから横恋慕したっていいじゃないっ! 恋人がいる男の人を好きになってもいいじゃないっ! つまりねっ!」
きょとん、とする俺たち、雷は暁をびしっ! と指さして、
「恋人がいるからってあきらめる必要はないのよっ! 大丈夫っ! 夜戦カッコカリに突入しても問題ないわっ!」
夜戦カッコカリとは何だろうか?
「夜戦カッコカリとは何ですか?」
ジャンヌも知らないらしい。首を傾げて問いかける。
「夜這いよ。男の子が寝てるお布団に入ってえっちな事をするのっ!」
「ぴゃっ? な、……な、なな、なに言いだすのよっ! バカズチっ!
そ、そんな事しないんだからっ! あ、暁は大人のレディーなんだから、お淑やかに待ってる方なんだからっ!」
「……………………まあ、ほどほどにな」
健也がしんみりと微笑んだ。そちらから視線を背ける。
「よ、夜這いなんて、そんな事をしてはだめですっ! いいですね、ジーク君も、してはいけませんよっ!
そ、そういうのはちゃんと同意してからですっ! ね、寝てるところを襲うなんて、ぜーったいにだめですっ!」
「するつもりはない」
きっぱりと応じると、のっそりと貞義が起き上がる。
「ふむぅ、では、雷君、私とはどうかなあ」
「死んじゃえっ、しれーかんっ」
のっそりと起き上がった貞義をファイルを縦にして滅多打ちにする。途中でファイルに赤いものが付着していたが。
「そうなんだよお。春原代将」
「ええと、……というか、中将。お怪我は大丈夫ですか?」
健也は恐る恐る問いかける。貞義は血塗れだ。暁がそっちから視線をそむけて、血に濡れたファイルを掲げる妹を見て、泣きそうな表情でおろおろした後ジャンヌの胸に顔を埋めた。
「ふむん。大丈夫だよお。
ただまあ、春原代将。雷君の言う通りでなあ。艦娘に法的な拘束力はないから、仮に雷君が私を殺しても、兵器の暴発、整備不良で終わってしまうんだよなあ。
艦娘が何かやれば所持者である提督の責任、だからなあ」
「そうよっ、だから今しれーかんが血塗れなのはしれーかんのせいって事なのよっ」
「はっはっは、だから、春原代将も気をつけなさい」
「はい、……ええと、気をつけます」
「あ、しれーかん、長門さんに連絡しておいたわ。だから大丈夫よっ。しれーかんの事、ちゃんと回収してくれるわっ」
「そうかあ、ありがとうなあ。雷君」
「長門?」
「君たちと相対した、深海凄艦の、長門とは別、艦娘の、長門君だよお。
まあ、うちだとまだ新入りでなあ。いろいろ慣れてないんだよお」
「そうよっ、いい。
中将直轄の艦娘は凄いのよ。…………凄いのよっ!」
「そ、そうですね」
笑顔で血に濡れたファイルを掲げる雷に、ジャンヌは困ったように応じる。確かに、凄そうだ。
それはともかく、
「雷」
「なに? 雷にお願いしたい事があるの? いいわよっ、どんと頼りなさいっ」
「雷君はジーク君みたいな華奢な美青年が好みらしくてなあ。
私じゃあだめなんだよなあ」
ぺちぺちと腹を叩く貞義。雷は見向きもしないで彼の顔面にファイルを打ちこむ。悶絶する貞義。
「おでぶさんなんてだめに決まってるじゃない」
「…………雷。君に、人を殺める事に対する忌避はあるのか?」
「ないわよ。雷は兵器なのよ? 民を害する存在はそれが何であれ殺すわ。
今は深海凄艦が民を害しているから深海凄艦と戦ってるけど、もし提督が民を害するなら、雷は躊躇なく爆殺するわ。民の平穏を護る事、民安かれ、その祈りをかなえる事。
それこそが、艦娘の成すべき事なのよ。その祈りを邪魔するなら。誰だって容赦はしないわ」
当たり前のように、彼女は応じた。
「そう、か。……ああ、ありがとう、参考になった」
「そう? まあ、どういたしましてっ! ジークみたいな格好いい男の子だったらどんどん頼っていいからねっ」
「そうかあ。じゃあ、もっと頼ろうかなあ」
「おでぶさんはだめよっ!」
「提督っ、無事かっ」
扉が押し開かれる。……なるほど。
「長門、か」
「う、む? ああ、……そうか、君たちが、春原代将と、その協力者か」
確かに、映像で見た深海凄艦の長門と、似ているな。
「あっ、長門さん。それじゃあこっちお願いねっ」
血に染まったファイルで、のんびりと手を上げる血塗れの貞義を示す雷。長門はその凛々しい顔を蒼白にしてこくこくと頷いた。
「長門君は元々、面倒見がよくて、駆逐艦の幼い女の子が好きだったのだがなあ。
ここに来て、いろいろトラウマ抱えてなあ」
「もーっ、しれーかんのせいでしょっ! ねっ、長門さんっ! ぜーんぶしれーかんが悪いのよ、……ね?」
がくがく頷く長門。それを見て満足そうに雷が笑う。
「それじゃあ、こっちからのお話は以上っ! …………それとね、春原代将」
貞義を背負って部屋を出る長門。その後ろに続きながら、不意に雷が振り返った。
口が三日月のように、裂ける。
「お姉ちゃんの事、大切にしてあげてね。…………もし、変なことしたら、……殺す、から、ね」
「うう、……雷。なんか、印象が違うわ」
「中将の直轄艦娘となれば、いろいろな経験も積んでいるだろうし、……まあ、いろいろあったのだろう」
めそめそする暁に、健也は困ったように言う。
「なんというか、艦娘というのもいろいろいるのですね」
「そうだな。……けど、」
俺は腰を落として暁を撫で、
「雷は、暁の事を大切に思っていたようだ」
「中将の直轄艦娘か、……いろいろいそうだな」
「し、司令官っ、司令官が中将になっても、暁は今のままだからねっ」
「そうだな。……とりあえず、滅多打ちにはしないでほしい」
「しないわよっ」
「と、それと、ジーク君、ジャンヌ君。給料だ。
これから、旅に出るのならいろいろと入用だろうし、その準備に使ってほしい、それと、……」
健也は、言葉を探して視線を彷徨わせる。ジャンヌは微笑。
「ええ、解っていますよ。
彼女たちと一緒に遊ぶ資金にさせていただきます」
「ああ、頼む」
安堵したように頷き、健也は一息。
「私は、今日一日は呉鎮守府に缶詰めになる。
暁、明日、0700に港から出発になる。後悔しないようにな」
「え? ……あ」
弾かれたように、暁は俺たちを見る。
そう、その時間で、お別れだ。
連絡手段は受け取った。また、会う事も出来るだろう。けど、
それでも、ひとまずの、お別れ。
寂しそうに俯く暁。健也は溜息。
「さっきの、中将代行のいう事を全部真に受ける事はないが。
まあ、……いくらかは、甘えてもいい、と思う。……その、ジャンヌ君の気持ち次第が」
「私は「では、私も行くことにする」」
何か言いかけたジャンヌを遮るように、健也は歩き出した。