「さて、……では、まずは私たちのことを話しましょう。
それから、これからどうするか、皆で考えていきたいと思います」
会議室、と書かれた部屋。そこでルーラーは口を開く。
「まず、金剛が言って回ったようですが、私の名はジャンヌ・ダルクです。
英仏百年戦争で、」
ルーラーは金剛に視線を向ける。金剛は笑顔でピース。
「イギリスと戦った。事で有名でしょう」
「あの聖女さま、にゃ?」
多摩、だったか。彼女は首を傾げ、ルーラーは苦笑。
「私は聖女ではありません。…………まあ、そう伝わっているのは事実ですね」
「なんでずっとずっと昔の人が今ここにいるか、それはちゃんと言ってほしいにゃ」
「もちろんです。
少し長く、難しい話になります」
「了解にゃ。……まあ、難しい所は聞き流すにゃ」
「…………そ、そうですね。細かいところまで突っ込まれると、こちらも対応しきれないでしょう」
「あれは、いろいろと話したかった顔にゃ」
多摩が小さく呟く、小さかったが、ルーラーには聞こえたらしい。軽く頬がひきつった。
「それで、ですが。ルーマニアという国で、聖杯戦争、という魔術師たちの儀式が行われたのです。
願いを叶える聖遺物、聖杯、それを英霊、……まあ、過去の英雄や偉人とともに奪い合う儀式です」
また、ずいぶんと省略したな。……まあ、間違えていない、か。
「先生、質問っ!」
「はい、なんですか?」
挙手する蒼龍に、どこか嬉しそうに応じるルーラー。…………ルーラーは、先生と言われるのが嬉しいのだろうか?
「それで、ジャンヌさんも呼ばれたんですか?」
「まあ、そんなところです。
正確には、聖杯戦争が円滑に、無用な被害を出さないようにするための監督役として呼ばれました。
英霊の力は絶大です。……そう、あの時、大和に向けられた砲撃、それに匹敵する破壊力をばらまきます。それが、地上、場合によっては、市街で振るわれます。それも、その担い手は数は十四。
最悪の場合、一つの町が消し飛ぶことさえ、考えられます」
「……うわー、それは、怖いね」
その光景を想像したのか、蒼龍は眉根を寄せる。
「とすると、ジークがジャンヌの事をルーラー、って呼ぶのも、それ?」
「そうですね。監督役、という役割の名前が、ルーラーです」
暁の問いに、ルーラーは応じる。…………「暁?」
なぜか、むすっ、とした表情で睨まれた。
「ジークっ、女の子は役割じゃなくて、ちゃんと名前で呼んであげなくちゃだめよっ!
ジークは解ってないわねっ」
「む?」
そんなものだろうか? …………足柄が真面目に頷いた。
「え? え?」
なぜかおろおろするジャンヌ。……そうか。
「そうか、すまない。ジャンヌ」
「ひゃいっ? は、はいっ! え、ええっ、ジャンヌですっ」
「…………どうした?」
「い、いえ、…………なんでもありません」
胸に手を当てて深く呼吸するルーラー、……もとい、ジャンヌ。そして、なぜか満足気に頷く暁。
「ジーク」
「ああ」
「よくやったわねっ」
足柄が親指を立てた。よく意味は解らないが、とりあえず頷いておく。……なにがやったのだろうか?
「こほん、それで「顔が真っ赤デースっ」それで、聖杯戦争「照れ照れデースっ」うるさいですよっ!」
怒鳴るジャンヌに笑顔で親指を立てる金剛。ジャンヌはうなだれた。
「と、も、か、くっ!
聖杯戦争は終わりました。……正確には、聖杯は戦争中に喪失しました。
それで、私はルーラーとしての役割は終わり、戦争中に出会ったジーク君と、世界を巡礼する旅をしている、というわけです」
「そう、……それで、…………ええと、ジーク君。
きっと、いやな事を思い出させる、と思うのだけど、」
時雨は、少し言い難そうに口を開く。
「君も、その聖杯戦争、に参加したんだよね?」
「そうだ。……正確には、英霊の魔力を供給する目的で、鋳造された」
「なに、……それ、」
小さく、暁が呟く。なに、か。
「英霊はそこに存在するために魔力、……他者の生命力が必要になる。
ルーラーであるジャンヌは別としてだが、……その、生命力を供給するために俺は鋳造された、という事だ。…………まあ、逃げ出してしまったわけだが」
「逃げ、た?」
時雨の呟きに頷く。
「あのまま死ぬのが、いやだった。
なにもなさず、……いや、なにもなす事が出来ないという事が確定しているのが、いやだった。生きていたかった。生きて、何かをやりたかった。だから、俺は自分が鋳造された理由を放り出して、逃げ出したんだ」
「なら、僕たちを助けたいと、そう言ったのは、ジーク君。君の境遇と似ていた僕たちへの同情かい?」
「…………そうだな、……ああ、そうかもしれない」
俺は、自分の胸、……心臓に、手を当てる。
「役割を放棄し、ただ、生きたいというだけだった俺に、手を出し述べてくれた英雄がいた。
その在り方に憧れた。だから、俺は、ただ、役割に殉じて死ぬしかない誰かがいたら、それ以外にも道がある事を示したい。ただ、そのためだけに生きて、選択さえできないまま死ぬしかないなんて、思ってほしくないんだ」
「……そう、なんだ」
時雨は一息。微笑む。
「うん、そう言ってくれると嬉しいよ。
僕も、ここで絶望的な戦いに身を投じて死ぬだけなんて、ごめんだからね」
「ま、そういうわけだにゃあ」
多摩は、少しやる気のなさそうな表情で、暁に視線を向ける。
「そういうわけだから、一人で責任を負ってみんな無罪放免、なんてごめんだにゃあ。
暁、ジークとジャンヌの手を取ったのは、多摩たち、ここにいるみんなだにゃ」
「そうそう、一人で責任取るなんて、格好いいこと言うんじゃないわよ。お子様」
「お、……お子様って言わないでよっ!」
反射的に怒鳴る。……けど、
暁は、顔を赤くして俯いた。
「…………もう、みんな、ばかなんだから」
「一番ばかに言われたくないにゃ。ばーか」
「ばかねえ」「ばかだね」「ばかよね」「ばか、デスっ!」
「ば、ばかっていうなーっ! ぷんすかっ!」
怒れる暁。
「そうだな。こうありたい、こうして生きていきたい。という譲りたくない在り方がある。
その結果が、この決断だった。俺たちが助力を申し出たのは、この程度の理由だ」
「なるほど、うん、了解」
時雨が笑顔で頷く。多摩が「つまり、一番ばかはこの二人にゃ」と呟くが。
「ああ、そうだな。否定できないな」
何せ、いきなり現れて勝手に危険に首を突っ込んだのだ。そういわれて否定する言葉はない。
「ジークは、……なんていうか、ずいぶんと素直ね」
苦笑する足柄。俺は首を傾げる。
「そうだろうか? 特にリターンを求めず、リスクを背負う事は、賢しいとは言えない。
多摩の言葉を否定する事は出来ない。……そして、そうとわかっていても、変えられないんだ。だからなおさらだ」
告げる。と、足柄は言葉に詰まり、……まじまじと俺を見て、溜息。
「……ええと、ジャンヌ?
きっと、彼と一緒にいると苦労するわよ?」
「大丈夫、慣れていますから」
仕方なさそうに苦笑を返すジャンヌ。
「む、……いや、そうかもしれない。
ジャンヌ、こんな俺だが、これからも一緒にいてほしい」
彼女と一緒に歩いていこうと決めたのだから。……………………どうしたのだろうか?
なぜか、沈黙。ジャンヌも、顔を赤くして俯いた。
「さ、……さらりと、言った。言いましたよ。言っちゃいましたよっ」
「く、…………な、なに、なによぉ、ジーク、まだ子供なのにぃ。暁の方がお姉さんなのにぃ」
「僕は、君の事を少し見直した。……と、思うよ」
「どうした?」
「しかも、無自覚とか、……ひょっとして、かなり怖い子?」
なぜか、おいていかれたような気分で彼女たちがひそひそ話すのを聞く。
「暁、俺は変な事を言っただろうか?」
「そ、……」
「そ?」
「そういう事は、たくさん人がいる前で言ったらだめなのっ!
いいっ! ジークっ、ジャンヌだって女の子なんだから、気をつけなさいっ!」
「あ、ああ」
何を気をつければいいのだろうか? だが、ともかく、まずい事を言ったらしい。
「足柄、俺は何か、まずい事を言っただろうか?」
「こっち来たっ? えっ? ど、どう答えるのが正解なのっ?」
「餓えた狼的な回答、デスっ!」
「つまり、食っちまいな、って感じだにゃ」
「意味わからないわっ?」
「と、ともかくっ!」
おろおろする足柄は、ジャンヌの声に安堵の吐息。
「これが私たちの素性です。いささか突拍子もない話かもしれませんが?」
「いえ、信じます」
伺うようなジャンヌの視線に、大和は頷く。それは、他の皆も同様。
そうか、よかった。
「それじゃあ、これからどうしていこうか、だね」
時雨の言葉にジャンヌは頷く。
「時雨からいただいた資料に、一通り目を通しました。
ここは、本土、日本から離れた。資源採掘のための拠点ですね? 前線、というわけではなく」
ジャンヌの言葉に暁は頷く。
「ええ、そうよ。……だから、最初は深海凄艦も、そんなにいないはずだったの。
もともとは臨時の泊地で、大規模な採掘が終わったらすぐに撤収する予定だったのよ。だから、物資はたくさんある。けど、」
暁は、言い難そうに言葉を詰まらせる。けど、
「資材だな」
現在の、泊地にある物資についても時雨の用意してくれた資料にあった。
おそらく、最初は深海凄艦もほとんどいなかったのだろう。必要な物資をあらかじめ必要十分輸送しておいて、採掘を終わったらすぐに撤収する、と。
なので、水や食料などは豊富にある。けど、艦娘が活動するために必要な資材、それが妙に少ない。
海域確保のためには、艦娘の活動が必要不可欠だが、その活動のための資材を出し渋り、食料を豊富にそろえるというのは不自然だ。
「…………私の、せいです」
不意に、大和が口を開いた。
「私のような大型艦は、建造にも、大破時の修理にも、多くの資材を必要とします。
提督は、豊富な資材を見て、拠点防衛の切り札として、私を建造し出撃しました。……けど、それで、力及ばずで大破してしまい、…………「さらに大量の資材を使ってしまった、ですか」」
言葉に詰まる大和に、ジャンヌが応じる。大和は小さく、頷く。
「はい。……それで、再度、提督は本土に資材の追加要請を行いました。
けど、輸送部隊は急に増えた深海凄艦により壊滅。資材の補給も出来ないまま、深海凄艦はこちらに侵攻してきました」
「そして、その提督は強襲する深海凄艦を見て、逃げ出した。
資材がなければ、たとえこの場で勝ったとしても後に続きませんし、深海凄艦の規模が不明なら、第一波をしのいだとしてもすぐに第二波が来るかもしれない。勝ち目がない戦いと判断したという事ですね?」
ジャンヌの言葉に大和は「そうだと思います」と、頷く。
「その深海凄艦が、資材を目当てに襲撃をしているのなら、資材を輸送しているところを襲撃するのは道理でしょう。……まあ、不明な敵にを詮索しても切りはありませんが」
ジャンヌは溜息。そう、深海凄艦に対する資料は、驚くほど少なかった。
深海凄艦発生、それから結構な時間がたっている。だが、その生態や、何を目的として襲撃するのか、発生源など、すべて不明。
唯一、近くある存在をすべて破壊する事、今まで発見されていた深海凄艦の種類と、艦娘に倣った、駆逐艦、戦艦などの大雑把な分類が記されているだけだった。
敵の情報もろくに調査していないで戦争とは、と。ジャンヌが頭を抱えていたのを思い出す。
「とはいえ、資材が目的なら、以後も襲撃は続くでしょうし、補給は難しいでしょう。
例の、逃げ出した提督とやらが日本の、本部に状況を伝え、より万全の状況で輸送を行えば、話は別でしょうが」
「難しい、かなあ」
はあ、と蒼龍は溜息をついた。
「一応、敵前逃亡に任務放棄、大本営に戻っても厳罰は覚悟、……っていう以前に、無事に本土にたどり着いているかもわからないし」
「そうですね。深海凄艦は一方向から攻めてきて、私たちはそちらに布陣しました。が、提督が逃げた航路にも深海凄艦がいないとは限りません」
つまり、海上で襲撃されてそのまま没した可能性も、十分にある。
「本部への通信は可能なのか?」
「先の出撃前に、ワタシが連絡しまシタ。
ケド、大本営にとって、ワタシ達は兵器、管理者であるテイトクの要請でなければ通じないみたいデス。
現状を説明して、返事は状況確認が出来るまで、泊地を防衛せよ、の一点張りデシタ」
「そうですか。……とはいえ、状況確認とやらも、どの程度信頼できるか」
ため息をつくジャンヌ。
「最悪、見捨てられた可能性もあります。防衛ではなく、自力での脱出を視野に入れるべきでしょう。
そのための準備が必要ですね。……確か、このあたりには資材が眠っていましたが」
「…………いえ、もう一つ、方法があります」
採掘場所について、相談をしようとしていたジャンヌを遮り、大和が口を開く。
彼女は、自分の胸に手を当てて、
「私を解体すれば、資材は手に入ります」
毅然とした表情で告げる。ジャンヌは言葉に詰まり、他の艦娘は大和に視線を集め、口を開こうとして、
「そうか、……それをするのなら、俺は自分の心臓を抉り取らないとな」
「は?」
きょとん、とした声を上げる大和。
「え? ……どうして、艦娘を解体すると、ジークが心臓を抉り取る、にゃ?」
「心臓を破壊されて、死にかけた俺に、英雄が己の命と引き換えに与えてくれたのが、この心臓だ」
胸にあてた手に鼓動を感じる。思い出すのは、あの時、ゴルドの傍らでライダーを抑えていたセイバー。
なぜ、そんな事をしたのかはわからない。いくつか予想は出来るが、そんな事を思っても意味はない。
ただ、命を捨てて、俺を生かしてくれた英雄がいた。
彼の名は、
「英雄の名はジークフリート。
俺が、ジークと名乗り、そして、この心臓が鼓動を続けている限り、死んで活路を開くなんて、許さない。
死ぬまで生きて、生き抜いて、生き足掻いてほしい。誰かの死の上で生きるのなら、俺は、この鼓動に相応しくない事になる。不相応な命なら捨ててしまった方がいい」
「ジーク、……君」
唖然、と大和が口を開く。ジャンヌは微笑。仕方ないな、と。
「大丈夫だ。大和。
歩くことも、しゃべる事もろくに出来ない脆弱な俺でも、皆に支えられて、今まで生きている。
多くの友に囲まれている大和が生きられないはずがない。死ぬ必要なんて、どこにもない」
「あ、……う、…………うん」
つ、と。大和の瞳から涙が零れる。崩れ落ちる。
「大丈夫よ。大和」
椅子に座り、俯く大和を暁は丁寧に撫でて、
「みんながいるわっ! だから、大丈夫っ」
「…………はい。そうですね。暁」
大和は、まだ涙の残る瞳で、それでも、安堵したように微笑んだ。