最初の目的は資材の確保。暁、時雨、多摩、足柄、夜に近くにある、資材があると思われる場所に様子を見に行く、となった。
それにしても、資材か。
鋼材が特に足りていない、と聞いている。「大和」
「なんですか?」
「一応、まだ鋼材は残っていると資料にはあったが。
どこにあるかわかるか? 実物を見てみたいのだが」
「あ。はい。解ります。案内しますね」
頷き、大和と俺は歩き出す。そして、自分の手に視線を落とした。
ホムンクルスとして、自分が使える魔術。組成を把握し、魔力をそれに合わせて、目的に応じた最適な形に変質、解き放つ。
今までは、その破壊に使っていただけだが。艦娘が必要とする鋼材がどのようなものか、その組成を把握すれば、……ただ、問題もある。
魔術を使う、それはつまり、当たり前のように、魔力を消費する。
現状、魔力を補給する当てはない。ここは大気中の魔力などない。
魔術を使えば魔力は大気中に漏れる。それを回収することは出来る。……が、それも完全ではない。やり続ければいずれ、魔力は尽き果てる。
けど、何もやらないよりは、ましだ。
死ぬつもりはない。けど、彼女たちを助けると決めた。だから、足掻けるところまで、足掻く。
「それにしても、驚きました。解体するのなら、心臓を抉りだすとか」
資材庫に案内してもらう傍ら、不意に大和が呟いた。……確かに、そうだな。
「いや、……あの時は、落ち着いていなかったのだと思う。さすがに脈絡のない発言だった。
混乱させてしまった」
「あ、……いえ、そいうわけ、…………まあ、混乱しましたけど」
冷静ではなかった。そう、だ。
誰かの、死の上で成り立つ生など、願い下げだ。
”黒”のアサシンが見せたあの地獄、あの、生きる事を許さぬシステムがその果てなら、絶対に、許容できない。
「強いのですね」
「うん?」
不意に聞こえた言葉に、俺は首を傾げた。
強い、と言われた。けど、
「そんな事はない。大和、貴方の方が俺よりもはるかに強い」
軍船としての力を振るう艦娘。ホムンクルスでしかない俺とどちらが強いかと問われれば、間違いなく彼女だ。
「……ええと、ジーク君、何か、勘違いしていますか?」
「いや? 軍船級の装甲と砲撃力を持つ貴女には、どうあっても勝てるとは思えない。
故に、貴方の方が強いと判断した」
「…………あ、あははは」
なぜか苦笑いされた。
「そういうわけじゃなくて、ですね。……ええと、芯の強さ、というか。
なんていうか、私も、格好悪いところを見せてしまいましたし、それで余計、貴方が強い、なあと」
「格好悪い? そんなところを見た覚えはないが?」
何かあっただろうか? 自分が来たとき、大和は暁を守ろうとあの砲撃の前に立ちはだかった。その後は料理をふるまってくれ、悪戦苦闘するジャンヌに気を効かせてくれた。…………解らない。
自分と大和はまだ出会って間もない。忘れた、という事はないはずだが。
「ええと、……ほら、解体を提案して、…………そのあとに、私、泣いちゃったりして、ですね」
気まずそうに視線を背ける大和。けど、俺は首を傾げる。
「解体の提案は許容できない。が、それはあくまでも、友を救うための提案だ。解体への恐怖がありながら、そんな提案をした貴女の意思は気高いものだと思う。
確かにその後、涙を流したが、友と別れずに済んだ安堵はそれだけ友を大切に思っているという事だろう。美しいとは思うが、格好悪いことは、断じてない」
不意に、大和は足を止める。
「大和?」
無言、…………じわじわと、彼女の顔が赤くなる。
無言、…………不意に、彼女は自分の頬に手を当てる。
そのまま、ふるふると、震えて、
「ひゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
どこかで見たことがあるような反応だった。
「こ、ここです」
「ああ」
あれから、顔を真っ赤にして俯いたまま歩く大和、彼女になん声をかけていいのかわからず、沈黙したまま資材庫に到着した。
中には、いくつかの鋼材や燃料、弾薬と思しきものがある。資料にあった通り、特に鋼材が少ない。
「え、ええと、ジーク君。それで、ここにどんな用事があるのですか?」
「少し、試したい事がある」
いくつかの鋼材を手に取る。触れる。
「――理導」
魔力回路を励起、解析、実行。
「ジーク君?」
「ん、……ああ、」
手を放す。一息。この程度なら大した魔力は使わない、が。
「ちょっとした魔術だ。この鋼材の組成を解析してみた。
ただの鉄鋼で済むなら、最悪この泊地の一部を切り取って使えばいいと思ったが、そううまくはいかないようだ」
「え? そんな事が出来るのですかっ?」
ずずい、と。大和が迫る。
「あ、ああ、」
軽く手で制する。「はっ」と、大和は不意に目を見開いて、
「ご、ごご、ごめんなさいっ!」
「いや、謝る事はない」
後ろに、跳ぶように下がる大和。は、ともかく、
「組成が特殊なようだ。鉄鋼を加工しなければ、この鋼材にはならない」
「ええと、魔術で、加工できるのですか?」
「やったことがないから断言はできないが、おそらく、可能、と思う。だが、難しい。魔力の補給が出来なければほとんど加工は出来ない」
やったことはないが、想像は出来る。組成の変質、再構築は破壊に比べて非常に複雑だ。必要な魔力もずっと大きいだろう。
「そうですか」
「まあ、必要なら「やらないでくださいね。無理して」…………わかった」
笑顔で念を押されれば仕方ない。……なにか、考えなければならないな。
「ん? あれは、兵器か?」
資材庫の一角、
「あ、……そうですね。艦娘の装備です。
この周辺に眠る資材が想定以上の場合、艦娘を追加派遣する予定だったらしいんです。それで、そのための装備です」
「そうか。……通常の兵器類か?」
「いえ。艦娘と同様、開発したり、あるいは、建造した艦娘が持っていたり、です」
「そうか」
不意に、大和が資材を得るために解体を申し出た事を思い出した。
「あ、ジーク君、そろそろ暁たちが出る時間です」
「そうか」
なら、あとでいいか、彼女たちの見送りが優先だ。
「それじゃあ、行ってくるわねっ」
夜、暁たちが手を振る。
「気をつけて」
ジャンヌと俺は手を振って出かける彼女たちを見送る。一息。
「……歯痒い、ですね」
「そうだろうな」
ジャンヌは溜息。
いつも、最前線で旗を振るってきた彼女にとって、待っている、というのは歯痒いだろう。
「けど、私達は、そっちの方が嬉しいです」
不意に、声。
「蒼龍?」
「暁たちは出撃しましたか」
「はい。……見送るだけ、というのも、複雑な気分です」
「まあ、複雑かもしれないですけど。
けど、私達はどちらかといえば、そっちの方が嬉しいんですよ?」
「そうですか? ともに前線で戦った方が、励みになると思いますが」
常に最前線で兵士を鼓舞してきたジャンヌの言葉に、蒼龍は苦笑。
「ええと、……その、かつての英雄にこんなこと言うと笑われるか、呆れられちゃうと思いますけど。
けど、私たちにとって、ジークさんも、ジャンヌさんも、護らないといけない人なんです」
「護らなければならない、か」
「変、かもしれませんけど。
けど、私達は軍人ですから、そうでない人、民を守る運命があるんです。だから、一緒に戦うっていうのは、ちょっと、……です」
「そうですか」
「守る、運命、か」
責務でも、義務でもなく。
運命、と彼女はそう言った。
「けど、やっぱり暗い海を行くのは心細いです。
だから、誰かが待っていてくれるってすごく心強いんです。待っててくれる人がいるから、その人がいるところに帰って来ようって、そう思えるんです。だから、」
蒼龍は、困ったように微笑む。
「広い、広い海を進む私たちが、帰る場所に、いてください」
真っ直ぐに、そう言われれば応えるしかない。
「解りました」「わかった」
ジャンヌと一緒に、頷く。……ほう、と蒼龍は一息。
「実は、ちょっと心配してました。
ジークさんも、ジャンヌさんも、飛び出して行っちゃうんじゃないかって」
「さすがに、海上は走れませんよ」
「解っています。けど、なんか二人はどうにかして海に出ていきそうで」
「…………」「…………」
「ほらー」
思わず、押し黙った。もちろんそんなことは出来ない。
けど、……ともに戦いたいと、思っていた。蒼龍の危惧は当たっている。
「解っています。貴女たちの信念を蔑ろにするつもりはありません。
ええ、解っていますっ、今、この場で私の掲げる旗は、皆の帰る標となりましょうっ」
仕方なさそうに拳を握るジャンヌ。そんな彼女を見て蒼龍は、楽しそうに笑った。
「はい、それでお願いします。それじゃあ、執務室に行きましょう」
「執務室?」
「はい、ええと、ジークさんとジャンヌさんには、暫定的にだけど提督の仕事をしてもらおうと思います。
来てくださいね」
「ぐっ」
蒼龍に案内された執務室。そこに鎮座するパソコンを見て、ジャンヌは動きを止める。
「ジャンヌさん?」
「………………い、いえ、私達は、こういうものは、……ほら、魔術とか、そっち方面の関係者、ですし」
おろおろするジャンヌ。蒼龍は「そんなものですか?」と、首を傾げる。
「いや、俺は使える」
「へ?」
なぜ、ジャンヌは俺を睨むのだろうか?
「どうしてですか? 魔術師には不要な知識でしょう?」
「ユグドミレニアの設定だが。生活面で必要な知識は、魔術師ではなくその時代の、正確には地元の市民に準じて行われる。
まあ、料理や買い出しの便宜だ」
故に、パソコンも、特殊なつくりの物には手を出せないが、世間一般程度には扱える。
「……なんか、便利というか、不思議というか」
蒼龍は困ったような表情で、ともかく、パソコンの電源を入れる。なぜか俺の後ろに隠れるジャンヌ。
「な、何も召喚されないですよね? 竜牙兵とか」
「…………パソコンの電源を入れて竜牙兵が召喚されたら、文明の後退は確実だな」
「その慄き方は、新鮮ですっ」
なぜか目がきらきらしている蒼龍。ともかく、竜牙兵が召喚されることもなく、デスクトップが表示される。
「このアイコンです。ええと、大丈夫ですよね?」
「ああ」
頷き、俺の後ろに隠れているジャンヌに少しでも見えるように、と移動したらなぜかジャンヌは俺の後ろから離れない。蒼龍は目がきらきらしている。
まあいいか、と。仕方ない、ジャンヌは無視をしてアイコンにカーソルを移動。「ジーク君」
「ん?」
決意を新たにした、重々しい表情のジャンヌ。彼女は頷いて、
「武装します。
蒼龍も、私の後ろに隠れてください。宝具を使えば、大抵の爆発は防げます」
「パソコンは爆発しない」
爆発には爆薬が必要だが、通常のパソコンに爆薬は搭載されていない。あるとすれば、それはテロだ。……もっとも、自分の知識ではアイコンクリックで爆発する方法など見当もつかないが。
ともかく、クリック。「どっかーんっ」
「ひゃああっ!」
蒼龍の大声でジャンヌは悲鳴を上げる。蒼龍はおっとりと微笑んで。
「ジャンヌさん、……いえ、ジャンヌちゃん、可愛いです」
「な、なな、なにをいいだすんですかあっぁあっ!」
『え? な、なに? なんでいきなり怒鳴り声』
そして、パソコンのスピーカーから暁の声が聞こえた。ジャンヌが錯乱する。
「暁か?」
『ジーク? え、…………ああ、モニターしてくれてるの?』
「そうだ。蒼龍に教えてもらいながらやっている」
『そうなんだ。うん、ジーク君が見ててくれるなら安心だね』
『ま、ただの資材確保だけどね』
『ああもうっ、雑談は禁止っ!
ほら、お仕事、お仕事っ!』
『多摩は、……丸くなりたいにゃあ』
『おーしーごーとーっ!』
「ええと、ジークさん。それで、」ずい、と蒼龍が画面を覗き込んで「ここ、クリックすると映像が見られます。旗艦の、暁の視点です」
「ん、ああ、ありがとう」
「……あ、…………」
映像を覗き込む。暗い、暗い、海。……そうか。
「暁」
『ん?』
「怖くないか?」
暗い、海。ほとんど明かりもない海。
窓から外を見る。夜闇。けど、ここには電灯が、灯りがある。
けど、暁たちがいる夜の海。灯などないそこは、どれだけ暗いのか、……想像もできない。
だから、思わず漏れた言葉に、微笑。
『ジークは優しいにゃ。
じゃあ、多摩は怖いから戻ったらなでなでして欲しいにゃあ』
「ん? む? …………まあ、その程度の事なら」
「なっ?」「えっ?」
振り返る、なぜか並んで驚愕の表情を浮かべるジャンヌと蒼龍。
『あら? 無事に戻ったらジークが我が侭聞いてくれるの?』
「そうだな。俺にできる事なら何でもやろう」
暗い闇を見たから、こんな事を思ってしまった。
「待つことしかできないのだから、せめて、苦労している皆のために、できる事はしてやりたい」
『あ、……あれ? あれ? なんか、いま、私、罪悪感が』
『足柄、僕は少し君を見損なったよ。
それと、ジーク君、気を遣わなくていいからね。…………あ、けど、』
「ん?」
『いや、僕も我が侭言いたくなったかな』
『ちょっ? 時雨っ! 何言いだすのよっ!』
『ふふ、さ、みんな。
さっさと仕事を済ませて、帰ろうよ。ジーク君たちが待っててくれてるんだ。無事な姿を見せて、褒めてもらおうよ』
『なでなでにゃっ』
『いいわねえ。私もなでなでお願いしようかしら』
『うーっ、い、いいから、いいからお仕事するわよっ! さっさと帰るのっ!』
「…………賑やかだな」
暁の怒鳴り声、腕を振り回しているらしい、足柄や多摩が笑顔で逃げて回っている。
仲のいい彼女たちだ。陰鬱な雰囲気で作業をしているとは思っていなかったが。楽しそうで安心した。
「まったくです。いつ襲撃されるかもわからない状況で気が緩みすぎです。
戻ったら、……は、もう遅いですか、明日、お説教ですね」
はあ、とため息をつくジャンヌ。けど、
「あはは、あんなに楽しそうなの、はじめてみました」
「蒼龍?」
どこか、困ったような表情で蒼龍は口を開く。
「私、正規空母で、夜は出れないんです。
飛ばした艦載機が、戻れないから」
「そう言えば、そういう特性でしたね」
時雨にもらった資料にそんな事が書いてあったな。
「だから、よくここでオペレーターみたいな事をしていたんですけど。あんなふうに楽しそうなのは、はじめてみました」
「そうか? ……なにか、あるのだろうか?」
「いいませんでしたか? 帰りを待っていてくれる人がいる。それはとても嬉しい事ですよ」
「そう、……か」
蒼龍の言葉には微かな逡巡。
つまり、今までは、「…………まあ、頭を撫でる程度の事なら、いくらでもしよう」
それがそんなにいいものか解らないが。……いいものなのだろうか?
『がんばるにゃっ!』『あら、いいわね』『うん、僕も頑張るよっ』
「…………頭を撫でられるのは、そんなにいいものか?」
いや、……そういえば、ライダーには乱暴に撫でられたな。確かに、彼がいる。笑顔を見せて構ってくれる。それは、嬉しかった。
少し、嬉しく思う。
俺は、ライダーのような快活な人格ではない。あまり人好きされるようなタイプではないと思う。
けど、そんな俺でも、そうした触れ合い喜んでくれる娘がいるというのは、嬉しい。
「ジーク君?」
「ん?」
不意に、ジャンヌが覗き込む。
「いや、嬉しそうだったので、何かありましたか?」
「そうだな。……いや、俺のような面白くもない者からでも、撫でられるのは嬉しいのか。と思った。
少なくとも嫌悪感は抱かれていないようだ。それは、俺も嬉しい」
「あ」「ふあ」
「ん?」
「いえ、」ジャンヌはくすくすと、微笑み「ジーク君、笑っていました」
「あ、……ああ、そうだったか?」
あまり、自覚はなかったが。
『え? それちょっと見てみたいわっ』
『あーしーがーらーっ! 早く仕事してよーっ!
じゃないとジークにさぼったから褒めちゃだめって言っちゃうわよっ! ぷんすかっ!』
『それは困ったわね、しょうがないっ! 張り切ってやるわっ!』
『そうそう、頑張って仕事して、皆で褒めてもらおう。
暁も、撫でて欲しいよね?』
『ほ、欲しくないわよっ! 一人前のレディーはそんなお願いしないんだからっ!』
「そうか、……いや、嫌悪を感じるのなら、無理にするつもりはない」
そういう者もいるだろう。嫌がる事を無理矢理やる事は、出来ない。
『ち、違うわよっ! 嫌悪とか、そういうのじゃなくてっ!
え、ええと、………………暁は大人のレディーだから別の方法で褒めて欲しいのっ!』
『キスにゃ?』
『き、………………』
手を振り回していた暁が動きを止める。
「キス? 暁は魚が好物か、調理は、出来なくはないが」
「ジークさん、その呆けは珍しいです」
なぜか蒼龍に引かれた。
『ぴやぁっぁぁあああああああっ』
そして、耳を貫く変な声が聞こえた。
ジークがフランケンシュタインから受け継いだ第二種永久機関ですが、オリジナルではないので、永久機関までは再現しきれていない、という事になってもらいました。戦闘中のようにジーク以外の誰かの魔力も大気中にばら撒かれていなければそちらも回収できますが、個人で魔術を行使する分には完全に回復せず、使い続ければ少しずつ枯渇に向かうという独自設定です。