翌朝、目を覚ます。
どうしようか、と思い、ひとまず食堂に向かう事にする。朝食もあるだろし、誰かいるだろう。そう思って歩き出す。
食堂に到着、すでに誰かいたらしい。調理の音が聞こえる。……ふと、
手伝うべきか。
彼女たちは戦いに赴く者だ。対して、自分はそれが出来ない。
自分はNINJAではない、水面を走ることは出来ない。それでいい、と彼女たちは言ってくれるが。
ならば、そうでないところでは出来る限り力になろう。そう思い厨房へ。
「おはよう、大和」
「あ、おはようございます。ジーク君」
「何か、俺に手伝えることはあるか?」
「へ? いいんですか?」
心底、意外そうに大和。俺は頷く。
意外そうな表情から一転、大和は笑顔で「じゃあ、朝食の準備、お手伝いをお願いします」
「ああ、わかった」
「ジーク君は調理も出来るのですか?」
エプロンを渡されながら問いかけられた。一応、頷く。
「技能や知識はある。……が、俺一人ではできないだろう」
「どういう意味です?」
「味覚が、鈍いんだ。レシピ通りに作っても味の確認が出来なければ人に出せるようなものは作れない」
自分だけが食べるのなら問題はない。が、人に出すのなら相応の味でなければならない。ただ、その確認が自分にはできない。
「ああ、そういう事ですか。確かに、味見が出来ないのは難しいですね」
「まあ、そんな俺でよければ手伝おう」
「ふふ、ありがとうございます」
大和は嬉しそうに微笑み、早速、ニンジンやダイコン、キュウリを手渡す。言われた通りに切り始める。
「あの、ジーク君」
「ん?」
「じゃあ、……ええと、ジーク君の味付、変えましょうか?
鈍いっていうと、感じられないほどでもないでしょう?」
「いや、その必要はない」
おずおずと問いかける大和の提案を否定。
「ええと、いいんですか? 食事の楽しみとか」
「気遣いは嬉しいが、食事の楽しみは味だけではない。
大和の作ってくれた和食は彩もいいし、見た目も、食感も十分に楽しめる。それに、」
せっかくの好意だ。受け取るべきとは思う。けど、
「……以前、聖杯戦争の時に仲間と食事をとった事があって、味はよくわからなかったが、皆と同じものを皆で食べるのは、楽しかった。
たぶん、自分だけ違うものを食べると、少し、皆と一緒に、という意味がずれてしまうと思うんだ。……その、こんな曖昧な理由でせっかくの気遣いを拒否して申し訳ないのだが」
「い、いいええっ! そんな事はないですよっ!
そうですよねっ! みんな一緒が一番ですよねっ! 私こそ、変な提案をしてごめんなさいっ!」
手を振ってなぜか頭を下げる大和。首を傾げる。
「いや、謝る事はない。
大和の気遣いはとても嬉しいし、その優しさには好感が持てる。……むしろ俺の方が曖昧な理由でせっかくの好意を拒否したこと、謝るべきだ」
「あ、……え、えへへ、ジーク君が謝る事なんて、ないですよ」
ともかく、上機嫌に調理を再開する大和。
「大和は料理も上手なのだな」
「そう、……ですね」
首を傾げる。大和の言葉にどこか翳を感じた。なにか、あったのだろうか?
「あ、いえ、何でもないですよ? ええと、どういたしまして、です」
ぺこり、頭を下げる大和。
「そうか、……それならいい」
気のせい、だろうか。……「ジーク君」
「ん?」
「その、……愚痴みたいな話になっちゃいますけど、聞いてもらっていい、ですか?」
「もちろんだ。俺でよければいくらでも話を聞こう。…………いや、」
「あ、……すいません、迷惑ですよね」
不意に零れた否定の言葉に、大和は慌てて声を上げる。俺は首を横に振る。
「そうではない、聞かせて欲しい。
それが、俺の旅の目的にもつながる」
「旅の、目的?」
「それは、「それはワタシも聞きたいデス」」
ひょい、と顔を出したのは金剛。
「ジークたちの旅の目的、とても興味アリマス、ぜひ教えてクダサイ」
「そうか、……ああ、わかった」
頷く、と。金剛はウィンク一つ。
「時雨とか、ジークの事に興味津々な女の子もイマスっ! ジークの事、たくさん教えてクダサイっ」
がたんっ、と音。
「こ、ここ、金剛さんっ! い、いきなり何を言い出すんだいっ?」
時雨もいたのか。金剛は食堂の方に向かって「えー? 間違ってマスカ? 時雨もジークのこと、もっと知りたいって言ってたじゃないデスカー?」
「あ、…………ぅぅ、そ、それは、……その、」
小さな声。俺は首を傾げる。確かに、魔術師たちの間では、俺は非常に特異な存在だろう。ジャンヌも含めて多くの者がそういっていた。それはいい。
けど、そんな俺の特異性をここにいる彼女たちが知ることもない。……いや、
「確かに、魔術は珍しいか。
俺も何か協力できる事はあるだろうし、説明が巧くできるかはわからないが、ジャンヌに補足を頼めば問題はないと思う」
「…………壮絶な勘違いデス」
「ジャンヌさん、苦労してそうですねぇ」
「そうだな、俺は至らない事も多いし、ジャンヌには苦労を掛けているかもしれない」
「え? なにがですか?」
「おはようにゃー」
ここからは見えないが、ジャンヌと多摩も来たらしい。
「何でもないデース、ジークのトーヘンボクにジャンヌが苦労してるナー、って、だけデスヨー」
「ふ、ふふ、ふふふふ」
なんだろうか、この、ジャンヌの乾ききった笑い声は。
「ていうか、ジークはどこにゃ?」
「厨房デースっ! 大和と朝食準備中デースっ」
「おお、一緒に料理とは、まるで、新婚さんにゃっ!」
がんっ、と音。
「ど、どうした大和? なぜシンクに頭突きした?」
「どうしたの? 大和、額が赤いけど」
「いえ、ぶつけただけです。気にしないでください」
「はあ?」
ともかく、なぜかむくれるジャンヌと時雨、たまに挙動不審な大和を除けば、和やかな朝食。
「何かあったの?」
「ああ、俺がジャンヌに苦労を掛けているという話をしていた。
いろいろ至らないところがあるのは解っている。これからもともに歩む者として、しっかりしなくてはいけないな」
「ん? ジークとジャンヌは結婚してるにゃ? 大和、新婚さん残念にゃ」
「「へ?」」
多摩の言葉に、ジャンヌと大和が声を跳ね上げる。
そんなジャンヌを見て、多摩は首を傾げた。
「違ったにゃ? ともに歩むって、そういう事かと思ったにゃ」
がたっ、と音。「足柄?」
「な、なな、な、なんでも、なんでもないわよ」
「お、落ち着こうよ足柄っ! 大丈夫だよっ!」
「時雨もあんまり落ち着いてないにゃ」
慌てて立ち上がる足柄と、ふるふると首を横に振りながら宥めようとする時雨。そしてぽつりと多摩。
「そっかあ、……ジーク君、もう、結婚してたんだあ」
遠くを見てしんみりと呟く蒼龍と、なぜか、自分の頭をぽかぽかと叩く暁。大和は徐々に青くなり、ジャンヌは紅潮していく。
「多摩、意外ととんでもない爆弾デシタネー」
「お、驚きにゃ、効果は抜群にゃ」
ともかく、何か、口を開かなければ。これでは食事どころではない。
「ええ、……と、」
口を開く。視線が集中する。気圧される、が。
「その、……まあ、ええと、ジャンヌとともに、世界を巡り歩くと決めた。と、いう事だ。
ジャンヌの事を大切なパートナーと思っている事に違いはないが、その、結婚、とか、そういうのは、まだ、わからない」
「Oh、ジークはいう事が可愛いデスネっ」
金剛にわしわしと撫でられる。そんなものか。
「そ、そうよっ! ジークはまだ一人前のレディーじゃないんだからっ! け、結婚なんて早すぎるわよっ!」
「そ、そうですよっ! ジーク君はもっといろいろ勉強して一人前のレディーになってもらわなければ困りますっ!
け、結婚は早いですっ! もっと段階を踏まなければなりません、いいですねっ?」
「落ち着けジャンヌ。俺はレディーにはなれない」
「というか、ジークがレディーになったら困るのはジャンヌじゃないデスカ?」
ひらひらと手を振りながら金剛。「はっ?」と、ジャンヌ。
「んー」
ひょい、と足柄が俺を覗き込む。
「どうした?」
「ジーク、童顔だし、中性的だし。
女装にあ「断固拒否する」」
即答する。残念だが、そういう趣味はない。
「むぅ」
「ジーク君」
肩を叩かれた。なぜか、真面目な表情のジャンヌ。
「異性の服を着る事に、躊躇ってはいけません」
「…………ああ、そうだな。ジャンヌが言うと説得力があるな。
だが断る」
「さて、……旅の目的か」
賑やかで楽しい食事も一段落。俺は口を開く。
騒いでいた彼女たちも口を噤み、こちらに視線を向ける。
旅の目的、……それは、実は、大した事ではないかもしれない。
「いろいろ知るためだ」
「…………ジーク君、ちょっと、ざっくりしすぎかな」
時雨に苦笑されてしまった。とはいえ、そのままなのだ。何せ、
「俺はホムンクルス。人ではない。
だから、多くの事を知らない。知識ではあっても、実感はない。
人の善悪、人とはどういうものか、この世界とは、どういうところなのか? ……それを、俺は知りたい」
「そう、……なんか、難しい旅なんだね」
ほう、と一息つく時雨。彼女の隣で暁が頭を抱えている。
「いや、大したことではない。
多くの者と関わり、言葉を交わしていきたいと思っている。……おそらく、突き詰めればそれだけなのだろう」
「そして、それが一番大切な事ですね。ジーク君。
出会いは、確かにあなたに刻まれていますし、これからも刻まれていくでしょう。そうして貴方の知る世界は鮮やかになっていくのですから」
ジャンヌの言葉に頷く。そう、自らの足で歩き、考えなければならない。それが、大賢者の教えだ。
「そうだな」
「そう? じゃあ、災難だった?
せっかくの旅路に、こんな面倒なところに来ちゃって?」
足柄が意地悪く問い、暁は不安そうに俺を見る。
暁は気にしている。ここに巻き込んだのは、自分である、と。
もし、災難だといえば、その災難に引きずり込んだのは自分だと、そう、思うだろう。
だから、
「いや、そんな事はない。
皆に出会えたことは嬉しい。それだけでも十分だ」
ほう、と暁は胸をなでおろした。ジャンヌは微笑んで暁を撫でた。
「そうですよ。それに、友のために涙を流してまで助力を請うた貴女の意志は尊いと思います。
将に捨てられても戦おうとする貴女たちも、英傑にふさわしい意志を持っています。そんな貴女たちに出会えたことは、幸運な事です」
ジャンヌに撫でられ、暁は心地よさそうにしている。
「旅にゃ、……んー、暁、今日の予定はどうするにゃ?」
多摩が首を傾げる。暁は「資材確保よ、まだ鋼材とか足りないもの」と、応じる。
「どこに行くか決めないといけないですね」
「そっかー、……ジークとジャンヌが見て来たの、聞きたかったにゃ」
「…………暁、僕、資材確保に参加しなくていいかな?」
「いきなりさぼりの宣言なのっ? だめよっ、さぼりはレディーのやる事じゃないわっ」
「……あはは、……うん、そうだよね」
残念そうに肩を落とす時雨。ただ、そうか。
話を聞きたい、と時雨は言ってくれた。
やるべき事があるならそれをやるべきだろう。資材の確保は必要な事だ。
けど、
「時間があれば話をしよう。日の出ているうちに動くのなら、夜は休むべきだ。
その時でよければ」
「え? い、いいのかいっ? …………いいのかい?」
「ん?」
同じ言葉を、異なるトーンで繰り返す時雨。その視線の先には、なぜか、ふるふるしているジャンヌ。
「ジャンヌ?」
「わ、……私だって、ジーク君とお話ししたい事、たくさん、あるのに」
「そうか、ならみん、だっ?」
皆で、と言おうと思ったらなぜか金剛に叩かれた。
「ジークはほんとーにトーヘンボクネー」
「むぅ」
「女心を少し学んだほうがよさそうね。ジークは」
そして、足柄にも呆れられた。
「じゃあ、ええと、こういうのは?」
蒼龍が挙手。
「午前中のうちに向かう場所を決めて、早めに昼食、すぐに資材確保に出発。
で、帰って来たら、皆でお話しして、」
ちら、と蒼龍はジャンヌに視線を向ける。ジャンヌは顔を赤くして動かない。
「夜は、ジークさんとジャンヌちゃん、二人きりっ! ですっ!」
なぜか立ち上がり指を突きつける蒼龍。多摩が拍手した。
「ふふ。けど、節度を持った時間過ごさなくちゃだめよー?」
にやにやと笑う足柄。暁が顔を真っ赤にして「はわわわわ」と変な声を上げている。
「大丈夫だ。ジャンヌに心配はない」
「そ、そうですよっ! 何を言っていますかっ?
私はジャンヌ・ダルクっ! 神に仕える身ですっ、じ、ジーク君と、ふ、ふふ、不埒な事なんて、絶対に、し、しませんっ! しないですっ!」
「あ、ああ、」
立ち上がり、わたわたと手を振るジャンヌ。足柄はそんな彼女を見て、頬に手を当てる。
「可愛いわあ」
「ですよねー、もう、ジャンヌちゃんでいいと思います」
「そうねっ」
「なんですか? なんでそんな優しい目なんですか? 撫でないでください。私だって子供じゃないんですよ」
足柄に撫でられて頬を膨らませるジャンヌ。
「ようこそ、にゃ。これで、ジャンヌちゃんも年少組の仲間入りにゃ」
で、多摩が優しく手招き。
「だからっ、なんで私が年少組なんですかっ!
むしろ私は年長組、お姉さんですっ! ねえっ、ジーク君っ」
「…………………………それでいくと、俺は年少組か」
「あの、ジーク君? ええと、わ、私は、お姉さんですよね?」
「…………すまない、考えさせてくれ」
「ジーク君?」
恨みがましい目で見られた。とはいえ、
「なんというか、空腹で行き倒れたり、数学ができなかったり、そんなイメージが離れてくれなくて」
ジャンヌは項垂れた。足柄と蒼龍の目が輝いている。
「ジャンヌちゃん、可愛い」「可愛いわ、ジャンヌちゃん」
「………………はは、はい、ありがとうございます」
睨まれても困るのだが。
「ねえ、ジーク」
「ん?」
「ジークは年少組ね」
「そうだ。おそらくは、だが、この中で一番活動していた時間が短いのは俺だろう。
そういう意味では年下、年少になる」
「ジーク」
ずい、と足柄が迫る。
「ん?」
「ちょっと、私の事、姉さんって呼んでみて」
「はあ?」
何を言い出すのだろうか? まあ、いいか。
「足柄姉さん」
「…………よしっ」
なぜだかわからないが、喜んでもらえて何よりだ。
姉というものに憧れがあるのか、あるいは、弟が欲しかったのか。
「足柄は、弟が欲しかったのか?」
「え? いや、そういうわけじゃないけど」
「そうか?」
「んー、けど、ジークが弟か、……ありねっ」
頷く足柄。けど、何がありなのだろうか? よくわからないが。
「俺が弟になる事に、何かメリットがあるのか?」
「あるわよね、ね、ジャンヌちゃん」
「私ですかっ?」
ぎょっとするジャンヌ。そして、金剛が彼女の肩を叩いた。
「Hey、ジークっ。悩めるジャンヌに救いの手を差し伸べるデス」
「いや、どうすればいい?」
「足柄にしたのと同じことをすればいいデス。具体的には、」
手招きする金剛。応じると彼女は耳に口元を寄せて、一言二言。……ふむ。
よくわからないが。ともかく、俺はジャンヌを真っ直ぐに見て、
「姉さん、これからも、俺の手を引いて、ともにいて欲しい」
で、いいのだろうか? 首を傾げながら金剛を見ると、金剛は笑顔で親指を立てた。
「…………ありですねっ!」
ジャンヌと足柄が手を取る。まあ、喜んでもらえたなら何よりだ。
「まあ、いいか。……とりあえず、俺はそんな目的で旅をしている。
だから、いろいろと話を聞かせて欲しい。相談してくれるなら、出来る範囲で答えるし、愚痴でも、聞くだけでいいなら聞こう」
「そう? それじゃあ、ジークさんとたくさんお話ししたいなっ」
蒼龍が嬉しそうに言う。もちろん「ジーク君」
「……な、なんだ?」
じと、とした眼で俺を見るジャンヌ。
「もちろん、私のお話も、ちゃんと、聞いてくれます、よね?」
「あ、ああ、もちろんだ」
ジャンヌは笑顔、なのだが。
なぜか、威圧感。少し、引く。
「それはよかったです。
では、じっくり、とお話し、しましょうね」
「Oh、ジャンヌが笑顔、デス」