//.泊地・寝室
ジャンヌと金剛。二人はジャンヌにあてがわれた寝室へ。ジャンヌはベッドに、金剛は椅子に向かい合って腰を下ろす。
その理由、
「それで、話とは何ですか?」
二人で話をしたい。金剛の言葉にジャンヌは頷いた。話を聞く事、声を聞く事、それは、とても大切な事だと知っているから。
「ちょっと、長くなるかもしれない、デスケド、いいデスカ?」
「もちろんです。聞きましょう」
即答に、金剛は一息。
「人は、信じて、いいんでしょうカ?」
問いに、ジャンヌは即答できない。そんな事、わかるわけがないのだから。
金剛も答えはあまり期待していなかったらしい。苦笑して口を開く。
「ワタシ、……いえ、金剛型一番艦、金剛の艦娘は、テイトクに好意を抱きやすいデス。
詳しくは解らない、デスケド。おそらくオリジナルの戦艦、金剛は軍人、乗員に大切にされていた、と思いマス。
艦齢は三十年以上、戦歴もかなりあって、軍船の中でも相当戦い続けた、と思ってマス。……なぜ、と思いマスカ?」
問われて、ジャンヌは即答。
「それだけ、大切にされていたのでしょう」
機械類に疎いとはいえ、ジャンヌも戦場に立ち戦った。だから、わかる。
武器は、手入れを怠ればすぐに壊れる。逆に、丁寧に手入れをすれば想定以上の耐久を持つこともある。
幸運はない。日頃の手入れが確実な形で現れる。長く戦えた、という事は、それだけ、丁寧に整備されていたという事。そして、
「だから、ですか?
貴女が、提督に好感を持つというのは?」
「そう、だと思いマス。
ケド、」
金剛は視線を落とす。ぽつり、と。
「裏切られまシタ」
忘れない、自分たちを、何もかも投げ捨てて脱出用の避難艇で海に出た後姿を。
長く、長く、自分を大切に扱ってくれたかつての軍人たち。自分に、文字通り命を預けてくれた彼らを知っていて、だから、期待していた。
新しい提督も、自分たちとともに戦ってくれるのだと。自分たちを、大切にしてくれる、と。……けど、
「兵器扱い、は、別にいいネ。
もともと、兵器だったんデス。全然かまいまセン。……けど、それなら、せめて、」
それならそれでいい。自分たちを兵器として扱うなら、兵器として戦力を期待してくれるなら、最高戦果で応じる。女性としての好意は果たせなくても、軍人としての誇りはそれで果たせる。
だから、せめて兵器として、敵を撃ち砕くと信じて欲しかった。と、金剛はぽつりとつぶやいた。
けど、それも、なかった。
「それが、寂しい、デス」
大切にされることもなく、期待されることもなく、打ち捨てられた。
それが寂しい、と金剛は小さく呟く。だから、
「人って、こんなもの、デスカ?」
寂しそうに呟く金剛を見て、ジャンヌは、まったく別な感想を持った。
優しい女性、と。おそらく、ずっと失望を抱えていたのかもしれない。けど、そんな様子は見た事なかった。
ほかの艦娘から慕われているのは見ていればわかる。だから、弱音は吐けなかったのかもしれない。
自分が支えないといけない、と思っていたのかもしれない。
「そうかもしれませんね」
おそらく、ここにいたという提督は、ジャンヌや金剛の思う軍人とは違うのだろう。
ジャンヌが生前ともに戦った戦士も、戦艦金剛に乗船して戦った軍人も、文字通り、命を懸けて戦っていた。
最前線で戦う以上、いつ殺されるかわからない。軍人たちもそうだ。乗船する戦艦の轟沈は寄る辺なき海に放り出されることを意味する。もし発見されなければ、死は確実。
それを現実として認識し、それでも、戦う事を選んだ。命を懸けてでも、勝利する意志があった。
けど、ここにいたという提督は、違う。
直接戦う事はない。敗北が、直接、命を失う事に繋がらない。
だからこそ、深海凄艦が直近まで攻め込むという命を脅かされる状況に恐怖し、取り乱し、逃げ出したのだろう。
ジャンヌからすればどうしてそんな人を提督に任じたのかが不明だが。
ぽつり、金剛は口を開く。
「けど、ジャンヌも、ジークも、逃げなかった。デス」
覚えてる。忘れない。
ここに帰る場所がある、と。純白の旗を翻した聖女の姿を、
自分たちを待っていてくれる。ここに、いてくれる。それが、
「…………ホントに、嬉しかった、デス。
だから、余計にわからない、デス。ジャンヌや、ジークは特別なのデスカ? それとも、」
ジャンヌやジークが特別なのか、人は、提督のように逃げ出してしまうのか。
それとも、提督が臆病なのか。
「そうですね。……シェイクスピアがどういったかは知りませんが。
確かに、私は、元々は、田舎の小娘です。そして、ジーク君は、生きる事さえ出来ない、本来なら、生きる意志さえ持てない、脆弱な人形でした」
それでも、
「私は、神の嘆きを聞きました。ジーク君は仲間の嘆きを聞きました。……そして、私たちは、その声に耳を背ける事が、出来ませんでした」
だから、旗を手に取り戦った。だから、自由を捨てて戦場に戻った。
そして、今回も、
「私たちは、暁の、たすけて、と、声を聞きました。
救いを求める声を聞いて、それを打ち捨てる事は出来ません。……特別な存在ではない、ただの田舎の小娘であった私や、生きる事さえできなかったジーク君の根幹は、それだけです」
「それだけ、デスカ?」
「ええ、それだけです。あとは、出来る事をしているだけです」
だから、と。私は金剛を撫でて、
「特別な事ではありません。
金剛、きっと、提督が逃げ出したのは、貴女たちの、見守っていてほしいという声が届かなかったのでしょう。
だから、金剛、」
丁寧に、優しく、髪を梳いて、
「弱音でも構いません。愚痴でもいい。嘆いてもいい。
声を聞かせてください。声を出してください。人に、本当に失望するのは、誰一人あなたの声を聞き届けなかった。その時です」
「ん、…………そう、デスネ。
ありがとう、ございマス」
今までとは違う。少し不格好で、あまり明るくない。けど、穏かな微笑。ジャンヌも、つられるように微笑を返す。
「いえ、話を聞くのは昔から好きだったんですよ。
まあ、田舎の小娘なんで気の利いた言葉なんて、滅多に返せませんけどね」
//.泊地・寝室
昼食後、皆の休憩時間中に俺は改めて、装備に手をかざす。
解析は終わっている。これは、燃料、弾薬、鋼材、それとボーキサイトで作られている。
必要なものは鋼材。故に、燃料、弾薬、ボーキサイトは不要。
三種類の資材を砕く。…………正直、安心した。
破壊する対象が三種類なら、何とかなりそうだ。
コンセントに視線を向ける。そこから零れる青の光。回復する魔力と、魔術に使用する魔力を慎重に調整。
「まずは、ボーキサイトか」
小さく呟き、手に意識を集中する。ただ、全部破壊すればいいわけではない。
解析して確認できた組成のみを、慎重に破壊していく。
「……………………ふう」
一息。案の定だが、時間がかかるな。
魔力に関しては、思ったより問題はなかった。魔術行使で零れた魔力と、周囲を漂う木気の変換。これで十分だ。
とはいえ、集中力を要する作業だし、時間がかかる。一息。ついたところで、
「お疲れさまっ!」
「ん、……ああ、暁か」
お盆に、……「ココアか」
微かな甘いにおいを頼りに呟いてみる。暁は頷く。
「そうよ、はい」
ココアとお菓子を持ってきてくれたらしい。
「ありがとう、暁」
「ふっふーん、いい、ジーク。
こういう風に気を効かせることが、一人前のレディーの証なのよっ!」
胸を張る暁。……なるほど、
「気遣いも一人前の証か」
「そうよっ、そのあたりジークは鈍いんだからねっ」
「ああ、そうだな。勉強になる。それじゃあ、いただこう」
ココアを一口。ほう、と一息。
相変わらず、味はよくわからないが、……どうも、疲れはしていたらしい。
少し、重くなった頭が軽くなるのを感じる。こういうのもいいものだな、と一息。
「そわそわ、そわそわ」
「…………何か言ったか?」
「な、なんでもないわよっ! べ、別に、暁とお話もしないで急に黙っちゃったことなんて、気にしてないんだからっ」
「そうか、ならばいいが」
「よ、よくないわよっ! ジークのばかっ」
「う、む?」
怒られてしまった。ただ、そうだな。せっかく持ってきてもらったのに、沈黙というのもよくない。
こく、とココアを一口。相変わらず、味はよくわからないが。
「暁は、ココアが好きなのか?」
「へっ? ……あ、…………す、好き、だけど。
か、勘違いしないでよっ! お、大人のレディーだってココアくらい飲むんだからねっ」
「そうか、いや、集中して少し疲れていたところだ。
正直、甘いものは助かる」
「そうでしょっ! ジーク、きっと頑張ってるから、疲れた時に美味しいのを持ってきたのよ」
「凄いな、そういう気遣いが出来るのは。
なるほど、一人前、か」
まだまだ、一人前には遠いな、と。暁を見て思う。……苦笑。
「どう、かしらね」
「暁?」
「んー、……一人前のレディー、……なんて思ってるけど。
結局、自分だけじゃちゃんとできないで、ジークたちを頼っちゃったわ。やっぱり、だめ、半人前ね」
自嘲の笑みを浮かべる暁。「一人前、という事は、何でも自分でこなせることか?」
「え? ……ええ、そうだと思う、けど?」
困惑したように返す暁。……けど、
もし、それで一人前だというのなら。
完全な人間が、一人前だというのなら。
「なら、俺は、半人前の暁の方が好きかもしれない」
「はえっ?」
そう、あの時、彼が目指した存在が、一人前なのだろう。
完璧な、完全な、……ただ、個である存在。
それは、寂しいと思うから。
「う、…………うー」
「暁?」
「…………じ、ジークは」
「ん?」
「は、半人前でも、いいの?」
「半人前であっても、足りないところがあっても、仲間と支え合い、一人前を目指そうとしているのなら。
俺は、そうした意志を持つ者を、好きになれると思う」
「そ、……そう」
暁は頷いて黙り込む、視線を下に落とす。
特に、かける言葉は思いつかなかった。だから俺はココアを一口。
相変わらず、味はよくわからないが。……それでも、おいしい、と。そんな事を思った。