IS‐インフィニット・ストラトス‐ 蒼の軌跡 作:FULCRUM
俺がアリーナに飛び出すと、オルコットは箕鏡と同じように上空で待っていた。
……箕鏡もだけど、こいつら準備するの早すぎじゃないか?
というか俺より上で待っているとか、他人を見下したい思考があるんじゃないの?って深読みしたくなるじゃん。
…いや、自称貴族(笑)だから選民思考に染まって当然なのか。
「……先ほどの試合、見させていただきましたわ」
「ほう。で、リタイアする気にでもなったのか?」
よく見れば、ブルー・ティアーズのBTユニットがそのプラットフォームこと取り外されているので機体が一回り小さく見える。
流石にさっきの今で修復は間に合わないか。
「そんなわけないでしょう。あなたは確かに、口にするだけの実力をお持ちのようでした。猿といったことは訂正いたしますわ。ですが、だからといってあなたがわたくしより強いなどとは思っていません。それに一度決めた勝負ですもの、引くわけにはまいりませんわ」
「そうかい。……ところで、背中のBTはどうした?」
手痛い部分を指摘され、オルコットの表情が少しだけ歪む。
「…まだ修復が終わっていませんの。ですが、丁度いいハンデでしょう?」
「残念ながら、俺はそうは思わない。だから替わりと言っては何だが―――」
右手で指パッチン。
同時に俺が出てきた側のピットからコンテナが射出され、豪快に砂煙をあげて地面へと落ちた。
パカッ――シュババババ!!
「な、なにを―――」
「こちらでBTモドキを用意させてもらった」
落ちてきたコンテナの上部が開き、中から四機のBTモドキとそれを格納するためのプラットフォームが射出されてブルー・ティアーズへと飛翔。その背に収まる。
「丁度TCでも独立行動型の機動兵器を開発してたからな。まあぶっちゃけ実動データが取りたいだけだが、使いたければ使うといい」
「……正気ですの?」
実動データが欲しいのは万国共通。しかし、その実物を見ず知らずの相手に提供するのは常識的にあり得ない。
企業活動の一環などのモニタリングはともかく、準軍事戦力であるISの装備。軍事機密の入ったHDDを仮想敵国の軍事関係者に手渡しするようなものだ。
普通に考えて正気じゃない。
ただ残念ながら、狂気のような行動を正気でやってるのがTCである。
「もちろん正気だ。それに一週間前に言っただろう、『そうでもしないとすぐに終わってつまらない』と。その言葉を撤回するつもりはない」
言い切ると同時にライトニングのセーフティを解除。
数瞬遅れてあちらのライフル『スターライトmkⅢ』のセーフティが外れ、発射態勢に移行したことを蒼聖が表示する。
よし、それでいい。
「……いいでしょう。敵の情けを受けるようで癪ですけれど、本気で叩きつぶしてあげますわ」
「へっ。やるもんならやってみろ!」
俺がトリガーを引いたのとオルコットのビームが飛んできたのとは、奇しくも同じタイミングだった。
「もうっ!いい加減に落ちてくれませんこと!?」
その言葉と同時に射出されるBTモドキ。これで何回目だろうか、大分前に数えるのは諦めた。
四方に飛ぶ四機をハイパーセンサーで追いながら、俺は一人ごちる。
このBTモドキ、提供した俺が言うのもなんだが一夏戦の時より動きが早い。
が、仮にも一度見ているから避けるのはそれほど難しくない。
―――はずだった。
「他人にお願いする前に自分が落ちたらどうだ?」
軽口でごまかしてはいるが、実は結構ヤバい。
開始から早30分。初期設定にしたことによる各部スラスターの推力減少と、それに伴う機動性能の低下が予想以上で、弾が来ていることはわかるものの機体に指示を出してから実際に回避行動が行われるまでのラグがきつい。
隙をついてのカウンター射撃でちまちまとシールドを削ってはいるものの、それも命中弾はなく掠める程度が関の山。これといった有効打を与えられていない。
くそっ、さすが代表候補生。成り立ての箕鏡みたいにスパッとは終わらないか!!
「(幸いオルコットのほうも相当苛立ってBTの制御が甘くなってきてる。けどこの機を逃すとドンドン不利に追い込まれる………そうなると取るべき行動は―――)」
「はぁ、はぁ…………何時まで避けているつもりですの!?」
「申し訳ないな。けど、そろそろ飽きてきたんだ。勝負を決めようじゃないか」
「―――望むところですわ!!」
再度撃ち出される幾筋ものビーム。
一夏に言われて気付いたのか、ほぼ全方位からひっきりなしに撃ってくるこれも俺に不利な要素のひとつ。
だが…――それでもまだ欠点がある!
―――右上、左下、真後ろ、左後ろ!この配置ならまずは―――
「右上が射撃!」
右上のビットからの射撃を左腕のシールドで防ぎ、ライトニングで撃ち抜く。
続けて、
「そして真後ろ!」
180度反転し、目前に迫ってくるビーム目がけてライトニングを投擲。
ビームと衝突したライトニングが爆発するが、その爆発に巻き込まれてビットも爆発。さらにその爆発の衝撃を利用して後退し左後ろ――180度反転したから正面右下――からのビームをかわす。そして、
「左後ろ!」
目前を通過するように移動する左後ろのビットを斬り裂く。
そして爆発に巻き込まれないように後退しようとするが間に合わずに爆炎に巻かれ、弾き飛ばされる。
その先の、
「左下だぁ!」
呆然と浮かんでいた最後の一機の横をすり抜けざまに斬る。
「なっ!」
オルコットが驚いているようだが、コイツのBTによる攻撃にはある一定のパターンがある。それさえ把握してしまえば、次の攻撃がどこから来るかも大体わかってしまう。
某コードでギアスな主人公のようにな!
それはともかく、これであとは……!
「本体だけっ!!」
オルコットを振り返った瞬間、ハイパーセンサーが現状を表示した。
―――シールドエネルギー残量、97―――
―――実体ダメージ、レベル高―――
―――ライトニング、大破。使用不能―――
―――スラスター、3割破損。推力37.41%ダウン―――
―――姿勢制御翼、4割破損。機動性能45.02%ダウン―――
―――左腕シールド耐久力、残り12%―――
―――敵ISとの距離、84m―――
―――接近中のミサイル数、8―――
―――近接ブレード、問題なし―――
「突貫だああああっ!!」
スラスターを吹かせ、限界まで加速。
「あと八!」
右上の一発―――袈裟切り、撃破。
「あと七!」
右横の二発―――手首を返して左下で一閃、撃破。
「あと五!」
左上の二発―――もう一度手首を返し右から左へはね上げるように切り上げ、撃破。
「あと三!」
左と左下の一発―――左側で振り下ろし、撃破。
「あと一!」
正面の一発―――返しが間に合わない…!?
「ここまで来てッ!終われるかよおおぉぉぉっ!!」
俺は速度を維持したまま、正面のミサイルに―――突っ込んだ。
Side セシリア・オルコット
「はぁ、はぁ、はぁ……」
目の前で発生した爆炎を見ながら、わたくしは荒れた息を整える。
正直に言いますと、BTが全部無くなった状態であの男、弥代志遠の相手をするのは厳しいものがあると思っていたので、あちら側から偽物とはいえビットが贈られたのはありがたかったです。
しかしながら、偽物ゆえに性能など比べ物にならないと思っていました。
もちろん、あの偽物が我が祖国イギリスの作った純正品に負けるわけがありません。実際、最初に装着した時は命令に反応するのが遅くて困ったものでした。
ですが、あれは……開始5分後ぐらいでしたか。
【背部武装、独立機動ユニット名称『IMU Ver.BT』最適化(フィッティング)完了。出力リミッターを解除します】
「―――え?」
それからは、動きが格段に変わりました。移動速度・命令に対する反応速度・ビームの連射速度………他にもありますが、これらについては本物を凌駕する性能になったのです。
「(これが、ISの武装シェア40%を占めるTCの武器……)」
命令の先読みをされているような感覚に陥る反応速度には、恐怖も感じましたわ。
ですが、その今までより早いはずのBTの攻撃をもかわしていく弥代志遠。
第一試合の時よりも明らかに動きが遅くなっている上、こちらの装備の性能も(認めたくはないですが)上がっているのに、それでも当てられない。
『お前の弾なんか当たらねぇよ』と、馬鹿にされているような気がして、攻撃にもドンドン熱が入っていきました。
そして、
【ここまで来て!終われるかよおおおおおっ!!】
その絶叫を最後に、弥代志遠はわたくしの放ったミサイルの爆炎に呑みこまれた。
「ふふっ。一次移行(ファーストシフト)していればどうなるかわからなかったのに。意地を張るからそうなるのですわ」
これでわたくしの勝ち――――
【知ってるか?ホイッスルが鳴るまで試合は終わらないんだぜ?】
「なっ!!」
突然のオープンチャンネル、そこから先ほど爆炎に倒れたはずの彼の声が。
まさかまだっ!!
「うおおおおおおっ!」
「くっ!」
振返ったその先、真っ直ぐ攻め込んでくる彼の姿。黒く煤けてはいるもののその姿はほとんど変わらず。
ただ、左腕にあったはずの盾がない。
「まさか、盾を―――」
「取ったああああああっ!!!」
ズバンッ!
「きゃああああっ!!」
一気に接近してきて、その手に握っていた近接ブレードが振り下ろされた。反射的にライフルを横にして受け止めるようにしたが、あっさりと真っ二つに。
ライフルを捨てて上昇したところで間を置かずに追いすがってくる彼と一瞬、目が合った。
「(っ、このわたくしが、気圧されるなんて――――)」
「これで終わりだ!」
腰だめに構えられた近接ブレード、そこから放たれた横薙ぎの一閃が胴に突きささる。
シールドバリアーを貫通し絶対防御を発動させたその一撃が、ブルー・ティアーズのシールドエネルギーを0へと近づけていく。
数値が残さず削り取られるのを、視界の隅で捉え―――――
【ビーッ!試合終了。勝者――弥代志遠】
Side 弥代志遠
最後の一撃、シールドを抜けた感触があった。
というより、抜けて絶対防御が発動していない限り俺に勝機はない。
【ビーッ!試合終了。勝者―――弥代志遠】
「……勝った、のか…?」
アナウンスを聞いても理解が追いつかない。
呆然と立ち尽くしていると、目の前を縦に横切る青い塊。
なんだ?と思考を寄せた瞬間、ハイパーセンサーが情報を表示した。
【情報検索――敵ISブルー・ティアーズです】
へぇ、ブルー・ティアーズ、そう………ん?
【操縦者セシリア・オルコットの意識喪失を確認。現在自由落下中です。このまま落下した場合、シールドエネルギー損失状態のため操縦者が負傷する可能性があります】
「………」
【負傷する可能性があります】
「……やばいっ!!?」
その文章の中身を理解するまでに少し時間がかかってしまった。だが、理解したなら救助しなければ。
すぐさま残っているスラスターを吹かして落下していくオルコットを追う。
が、損傷の影響か思うように速度が出ない。
「やばいやばいやばいっ!!」
【蒼聖!一次移行(ファーストシフト)!!】
光の粒子が舞い、損傷が一瞬で回復。同時にシールド・攻撃用問わずエネルギーがごっそり削られるが、そんなことはこの際どうでもいい。
搭載エネルギーを使用した損傷の応急修理。損傷部位の機能を一時的に修復する代わりにエネルギーをごっそり消費し、壊れた物に無理させるわけだから本修理するときにも余計な手間がかかる。
なお、スラスター一個修復するのに100ぐらいのシールドが消し飛ぶので実戦的ではない。
……え?お前どこにそんなエネルギーを取っておいたのかって?
その内、気が向いたら説明しよう。
そんな裏事情もあるが、いくらなんでも命には代えられない。
復活したスラスターで一気に加速し、地面までもうほとんど距離がないオルコットを追い掛ける。
「間に合えっ!!」
…ドガァァァァン!!
「ま、間に合った………」
限界まで加速した結果、地面に着く前になんとかオルコットを抱えることに成功。しかし、止まりきれずにアリーナの地面に30cm程めり込んでしまった。
…千冬さんにどやされそうだ。
「…………う…………」
「お、目が覚めたか?」
オルコットの瞼が震え、その透き通った碧眼が姿を見せる。
…こうやって見ると綺麗な色の目をしてるじゃないか。
「…わたくしは、負けたんですね」
「そうだな……」
負けたはずなのにどこか清々しい表情を浮かべるオルコット。
アレ?こういうタイプの人間は大抵突っかかってくるもんなんだけど……まぁいいや、うるさいより静かな方がいいし。
あ、さっき助けたのは「弥代がオルコットを見殺しにした」なんて噂を立てられたくなかったからです。もし仮に落ちて死んでたら俺に非がなくても問題になりそうだしな。
「立てるか?」
「え?……は、離してくださいッ!!!」
「うわ―わかった、わかったから暴れるな!!」
腕を離すと“びゅーん”と音が付きそうな速度で離れて行くオルコット。自分の体を抱くように両腕を回していた。
そんなに嫌だったのか…ってそりゃそうか。今までいがみ合ってた男に仕方ないとはいえ抱えられるのは嫌だよな。
イギリス貴族(笑)なわけだし、男に触れられたくないって思いは一般女性より強そうだし。
「悪かったな」
「……え?」
「大して仲良くもない男に抱えられるのは流石に嫌だろ?」
「え、えっと………その…」
「……?」
…え?なんでモジモジすんの?
あれか?謝りたいけど素直になれないとかか?それこそどうでもいいけど。
【二人とも、アリーナの使用時間がキツい。見つめ合っているところ悪いが、さっさと戻れ】
「み、みみみ見つめ合ってなんて――――」
「わかりました。織斑先生。すぐに戻ります」
どこか苛立っている織斑先生の声が回線を通して聞こえてきた。
あ~あ、戻ったら出席簿か…
「―――」
「…なんだオルコット、まだ用があるのか?」
ジト目でこちらを睨んでいるオルコット。
勝手に抱きかかえた件は謝ったんだから許せよ。器が知れるぞ?
「……ふんっ!」
最後にキッ、と一睨みしてからそっぽを向いてピットに歩いていった。
……やっぱり貴族様タイプはよくわからん。
【何をやっている弥代、早く戻ってこい!】
「ただいま戻ります!!」
これ以上織斑先生を怒らせるとまずいじゃ済まなくなる。そう俺の勘が言っている。
すぐさまブースターを吹かして、俺はピットへ戻った。
「とりあえず、アリーナの穴は自分で埋めること。ISは使うなよ」
「はい……」
千冬さんからのありがたいお言葉により、俺の夕食は梨、じゃない、無しになることが決定した。
……なに?30cmめり込んだだけだからすぐ終わるだろうって?
違うんだよ。いちばん深いところが30cmの『クレーター』なんだよ。ちなみに半径は8mほど。土を持って来なくちゃならないし、一時間ぐらいはかかるだろう。
自業自得だけど言わせてもらいたい。
「不幸だ………ッ!」
Side セイラ・アンクライド
「………」
差し込む夕陽を背に、持ってきた土をシャベルでせっせとアリーナの穴に放り込んでいく志遠君を見ながら、私は言い様のない感覚を味わっていた。
「セシリアさんとの戦い……」
IS同士の戦いはビデオとかで何度も見たことがあるし、それと比べたら今回の試合はそれほど面白い試合だったわけじゃない。
「目が、離せなかった」
別に避け方が綺麗だったとか、太刀筋が澄んでいるとかの専門的な意味じゃない。
むしろ、そういう点で見たら見るに堪えない試合だったかもしれない。
なのに、吸いつけられて離せない。そんな何かがあった。
「弥代、志遠……」
最初は興味本位だった。
教室の一喝にクラッときた、って言ったけど、あのときだってまだ恋とか愛とかの言葉には程遠い何か……例えるならそう、憧れ。そんな感情でしかなかった。
一見した感じは特に何を思うでもない容姿。どちらかと言えばスラッとしているタイプで、どこにでもいそうな男子。
けれど箱を開けてみれば怒ると冷たい威圧感を出す怖い面を、でもそれ以外では無表情で、捻くれてはいても性格が悪いわけじゃない。
強いて言うならクールだけど何か違う。そんな男の子。
けど、さっきの試合で彼が見せたのはそのどれでもない一面。
彼らしくない、どこまでも食らいつく熱血漢のような。普段は出さないだろう大声で叫ぶ一面。
一体彼の本性はどれなのだろう。
「弥代、志遠……」
もう一度、彼の名を口ずさむ。
知りたい、彼のことが。
何が好きなのか。家族はいるのか。どうやってあそこまで強くなったのか。
――何故これほど、私の心を惹きつけるのか――
「…これが、恋、なのかな…」
徐々に暗くなっていくアリーナと伸びて行く影を見つめながら、私は自分にだけ聞こえる鼓動をただ聞いていた。
いつもより早く感じるそれはアリーナが元通りになっても、周りが真っ暗になっても元のリズムに戻ろうとしなくて、私のよくわからない感情に翻弄される心をわかりやすく表現しているような気がして。
―けれど、それを嫌とは感じなかった。