IS‐インフィニット・ストラトス‐ 蒼の軌跡 作:FULCRUM
50kmを走破した翌日。ISの体調管理システムのおかげで足が少し重い程度まで疲労を軽減した俺は、いつも通り教室に入った。
途端に賑やかだった場が静寂に包まれるが、それも一瞬。すぐに元通りのガヤガヤした空気に戻る。どうやら俺の怒る境界線を皆さんわかってくれたようで。
明らかに浮いている現状に思うことがないわけではないが、学生生活における問題になってはいないのでスルー。
「おはよう志遠君」
「おう。おはよ、セイラ」
席に着くとセイラが話しかけてくる。
なお、セイラ以外で話した女子はほとんどいない。そっち方面では初日の一喝が響いているようだ。
もっとも、視線は消えていないから興味がなくなったわけではないのだろうが。
「昨日の子、2組に転入したらしいよ」
「へぇ……」
どこからそんな情報手に入れたんだか。相変わらず乙女ネットワークはどこに繋がっているのかわからんな。
「ほら、だから言っただろ。彼女は不審者じゃないって」
「………」
昨日、あのあと「彼女は誰なの!?」と鬼気迫る勢いで詰問されたのでいろいろと説明してやったのだが、結局最後まで納得してくれなかった。
TCに敵対する恐れがあるから各国の代表と後に表になる可能性の高い候補生を調べたから知ってる、って言っても聞いてくれないんだよね。
やっぱりアレかな。脅しの材料用に、名前・顔写真、家族構成と親の職業、携帯端末の番号と暗証番号、血液型と交友関係、現住所に出生地、あとついでにDNA配列パターンまで集めたのはやりすぎでキモくて引かれたとか、か。
だったら気にしなくていい。常識ではありえないが、俺にとっては決して特殊なことじゃない。俺の個性として認めてもらわないと。
「中国代表候補生、<ruby><rb>凰鈴音</rb><rt>ファン・リンイン</rt></ruby>。使用機体は中国製第二世代IS“猛龍”だったが、突然IS学園への転入が決定。それに伴って第三世代機“甲龍”が渡されている。転入理由は『適正年齢に達したため』」
驚くほど露骨なスパイである。大体、年齢を理由にするなら四月にきちんと入学させてるっつーの。
大方男子操縦者が出てきたからあわてて手配したってところだろう。
プロフィール(軍用)にも過去に日本に住んでいたことが書かれているし、土地勘もあるからちょうどよかったってか?
「(まぁ本当のスパイは随行してきた人員の中に混ぜてあるんだろうが)」
国家戦力で最新鋭の第三世代ISなんだから調整や改良の関係で本国の人間が着いてくるのは当たり前。そんな中にさりげなく混ぜ込んであるに違いない。
まぁ、コイツ個人にも一定の警戒は必要かな。完全にシロと断定できる証拠もないし。
「ふぅん……強いの?」
「俺の探した範囲じゃ訓練映像は見つからなかったからわからない。甲龍についても今情報をまとめてるところだから詳しいことはまだ」
「へぇ……」
随伴してきた人間の過去を優先して洗ってたから本人はまだなんだよ。
最近諜報部からIS部門に転任した、なんていう露骨な軍関係者も混ざってたし、逆にまるっきり怪しいところがない人間もいるしでめんどくさいことこの上ない。
中国の人口多すぎなんだよバカヤロー!
「ま、二組に転入したなら関係ないだろ。俺達はクラス代表でも代表候補生でもないからそうそう接点なんてできるわけが―――」
「その情報古いよ!」
突如、教室の入り口付近から聞いたことのある声が響いてきた。
…アレ、もしかしてフラグだった?
「二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単には優勝出来ないから」
声の方を振り向くと、さっきまで話題に上がっていた件(くだん)の中国代表候補生、凰鈴音が扉に寄りかかるように立っていた。
うん、昨日も思ったが綺麗より可愛いが似合いそうな美少女だ。ツインテールがツンデレの象徴であるのは抜きにしても、顔立ちがどこかツンの雰囲気を醸し出している。特に八重歯。
ツンそのものに萌える人間、もしくはM系列の男には理想的なキャラクターだろう。俺はバランスを取れてないとウザイだけだと思うが。
「鈴(りん)……?お前、鈴か?」
「そうよ。中国代表候補生、凰(ファン)鈴音(リンイン)。今日は宣戦布告に来たってわけ」
一夏の声に答えるように「ビシッ!」と指を突きつける凰(ファン)。
……まぁいいか。関わる気ないしここはギャラリーに徹しよう。
「何恰好付けてるんだ?すげえ似合わないぞ」
「んなっ……!?なんてこと言うのよ、アンタは!」
一夏の言葉で強気な外面がはがれ、わたわたしながら一夏を睨む凰。一夏もやるな、威圧的な態度(笑)を威圧的な態度(失笑)に格下げするとは。
それにこのやり取りから考えて一夏の知り合いっぽい。昔日本にいたときに知り合ったとかだろうか?
……一夏のフラグ建設力マジパネェ。
「――おい」
あ、この声は……
「なによ!?」
バシン!!
ここまで音が響く一撃が凰の頭部に振り下ろされた。やっぱり織斑鬼教官の登場ですね。
アレって結構後まで響くんだよなぁ……ヒリヒリじゃなくてズキズキだから性質が悪い。
「もうSHRの時間だ。教室に戻れ」
「ち、千冬さん………」
「織斑先生だ。さっさと戻れ、そして入り口を塞ぐな。邪魔だ」
「す、すいません――」
すごすごと扉からどいて廊下に出ていく凰。
流石のツンも織斑先生の前では型なしか。
「またあとで来るからね!逃げないでよ、一夏!」
「さっさと戻れ!」
「は、はい!」
脅かされた犬のようにダッシュで廊下に消えて行った。
…宣戦布告とか言ってたけど、結局何がしたかったんだろう。敵意を煽るには挑発のレベルが足りないし。
「余興は終わったな。セイラ、怒られる前に席に戻っといた方がいいぞ」
「……そうだね」
セイラと俺がジト目で見つめる先には、クラスメイトに詰め寄られ質問攻めにされている一夏の姿。
おいおい、そんなことしてたら――――
バシバシバン、バシン!!
「席に着け、馬鹿ども」
「…アホどもが」
打撃音を超えて炸裂音になった織斑先生の連撃によって、騒いでいた生徒が鎮圧される。
入って来てたのわかってるはずなのに……何でコイツら学習しないんだろうか。
「ああ、そうそう。気付いていると思うが、箕鏡が復帰した。休んでいる間のノートなどを見せてやるように。では、SHRを終了する」
SHRの最後、思い出したかのように織斑先生が付けくわえたのは箕鏡の復帰。
今日の連絡事項は大して重要なのがなかったし、あんまり興味がなかったから流し聞きしてたんだが、この情報だけは何故か耳が拾った。
そうなのか、居たことに気付かなかった。
……謝りに行くか。予想外とはいえ意識不明になったのは俺のせいだし。
というわけでさっさと行こう。
「箕鏡、悪かったな。最後の一撃そこまで威力があるとは思ってなかったんだ」
「……いいって。俺が弱かっただけだし」
うん、そう言ってくれるのはありがたい。
けどな箕鏡君、ならその引き攣った顔を少しは隠せるようにしようか。納得してないのが丸わかりだぞ。
「そういってもらえると助かるよ」
それだけ言って、俺は席に戻る。
……箕鏡の眼が『お前とはもう話したくない』って言ってたんだよ。
敵意も感じたし、あんまり話しかけないほうがよさそうだ。
「1限目の授業を始めるぞ。全員席に着け」
その後の授業、箒とセシリアの様子がおかしかった。
注意散漫というか集中を欠いていた感じだったが……うーむ、何が理由だったんだろう?
時間が経過して昼休み。いつも通りガヤガヤと騒がしい食堂だが、その中でも注目を浴びているのが一夏とその取り巻き+1だ。
復帰した箕鏡の方にも人が集まっているが、それほど人数は多くない。
……俺?俺は相変わらずだよ。遠くから見てる奴はたくさんいるけど、半径1m以内に自分から寄ってくる人はほとんどいない。
「動物園の珍獣になった気分だ。もしくは猛獣」
「ま、まあそんなこと言わないで。ね?」
うなだれた俺の隣で慰めてくれているのはその“ほとんど”に含まれる数少ない友人のセイラだ。
やっぱりセイラはいい子だ……お世話になりっぱなしで申し訳ないぐらいだよ。
「で、こんな友達の少ない俺の隣に座った2年生のあなた。どういったご用件ですかな?」
そう、俺が席に座った後違和感なく隣に滑り込んできたのがこの青髪の女子。その余りの違和感の無さに、俺もセイラもツッコミを忘れてしまうほどだ。
何故かトレーに乗っている扇子が妙に気になるが、それを抜いてもイタズラっぽい笑顔の中に妖艶さというか目を離せない何かを感じるから、いまいちキャラがわからない。
ちなみに2年生とわかった理由はリボンの色だ。1年が青、2年が黄、3年が赤で統一されているので見ればわかる。
「用っていうほどのものはないよ。ただ話してみたかっただけ(はーと)」
「そうですか。では自己紹介から始めましょうか。俺の名前は弥代志遠。一年一組の所属です。あなたは?」
「……私は更識(さらしき)楯無(たてなし)。2年生。この学園の―――」
「生徒会長、ですよね?」
なんか一瞬態度が変わったが、あえて気にせずにスルー。
ほんの少ししか話してないけど、この人なんかヤバい。
TC運営という経験の蓄積と、何度か命のやり取りをしたときに勝ち得た勘が、目の前の人が“逸”般人であることを痛烈に伝えてくる。
「へぇー、知ってたんだ。まだ挨拶もしてないのに」
「ちょっと調べればわかることですから」
他にも色々興味深い情報が手に入ったしな。生徒会長の任命方式とか。
……現生徒会長に勝った奴が次の生徒会長、ってそれでいいのか生徒会。もし今の在校生が再来年になっても生徒会長を倒せなければ『生徒会長決定戦』とかで全校生徒のバトルロワイヤルでもやるのか?
「むぅ。難しい顔してる。折角美少女がお近づきになりたいって言ってるのに」
「そんなこと一言も言ってないでしょう。俺が聞いたのは、話してみたいって言葉だけです」
「じゃあ何かお話しようか。どんな話題がいい?私についてならある程度は話してあ・げ・る」
「そうですね………じゃあまず、俺の部屋の入り口を監視しているカメラの映像が何故あなたの個人端末にも送信されているのか聞かせていただきましょうか?」
「…そんなの、志遠君のことが知りたいからに決まってるじゃない」
それは理由にならないです。それが通ったらストーカーなんて単語が世界から消えてしまいます。
と、思ったけど突っ込まない。だってペース握られそうだもん。
……だが正直、こんな可愛い人に興味を持ってもらえるというのは男としてうれしい。本当の理由を知ったらきっと絶望するんだろうが。
「そうですか。では二つ目。IS学園における生徒会長の権限には何がありますか?」
「基本的に他の高校と変わらないよ。何か行事の時にアイデアを出すぐらいだし」
これも知ってたけどね。
活動記録とかも学園のサーバーにしっかり残ってたから。
まぁ、学園最強戦力ということで職員側からそれなりに頼られることもあるみたいだが。
「そうですか。では三つ目。昼休みが終わるまであとどのくらいあります?」
「えっと……12分42秒?」
「違います。2秒遅れてます」
「そ、そう……」
「では最後に。自由国籍権ってどうやったら手に入るんですか?」
「…何のことかな?」
ほう、さすがは更識家当主。不意を突かれても態度には出ませんか。
表向き公表されてる資料の国籍は黒塗りだったが、軍事系ネットワークから調べれば塗られる前のことぐらいすぐわかっちゃうんです。
でもびっくりしましたよ。
ロシアの国家代表が自由国籍権持ちの上でロシア籍を取った日本人で、IS学園で学生、しかも生徒会長やってるなんて。
ただまぁ、この話題のおかげで「ロシアの軍事ネットワークに侵入できる程度の能力がTCにある」ことが伝わっただろう。
これを機にセキュリティを強化してもう少し歯応えのある相手になってもらいたいものだ。
でも欲しいんだよなぁ…自由国籍権。俺って今無国籍だし。
「質問は以上です。ありがとうございました」
「どういたしましてー。でも、スリーサイズとかを聞いてこなかったのは意外かなー」
「そうですねー。で、そちらから質問はないですか?そろそろ時間が時間ですし」
さっき聞いたが、昼休みが終わるまではあと10分。教室に戻る時間を考えると結構危なかったりする。
暗にさっさとしてくれという意志を込めながら言葉を掛けると、急に耳元に顔を近づけてきた。
「――下手なごまかしは通用しないみたいだし、時間もないから単刀直入に言うわ。君の強さが知りたい。放課後、第4アリーナで待ってる」
「そう言うことでしたら最初から言ってくれれば応じたのに。先約があるので少し遅くなりますが、それでいいなら」
「構わない。……じゃあ、お先に失礼するね♪」
最後だけは普通の口調に戻し、ウインクを残して食器を持って洗い場へと向かう更識会長。
強さが見たい…ね。
「まあいいさ。成り代わる気はないが、弱いやつに従うのは気に食わん」
本当の理由は違うだろうが、こっちとしても本気で戦える相手は欲しいと思っていたところだ。気迫とかは感じなかったが、彼女は相当出来る。少なくとも箕鏡やオルコットよりは上だろう。
そうでもなければ各国の代表候補が集まるこのIS学園で最強の称号を持つなんてできないはずだ。
ああ、強者との試合。放課後が待ち遠しいなぁ。
「―――……ねぇ、さっき何を話してたの?」
「……あ、あの、セイラさん?なんでそんなに怒ってるんですか?」
…その前に目の前で怒っている四肢、もとい獅子を諌めなければいけないようだが。
「え?」
「ほう……」
事情説明で説得したものの納得されず、セイラに無視され続けたその日の放課後。約束したセシリアとの模擬戦(ついでに一夏の特訓)を行うべく、一夏ともども第3アリーナに集合したわけだが。
「おい!ついでってなんだよ!!?」
「黙らっしゃい」
「ちょ、おま――」
文句を垂れている一夏は置いといてとにかく集合したわけだが、そこに予想外の人物が一人。
「な、なんだその顔は……おかしいか?」
「いや、その、おかしいっていうか――」
「篠ノ之さん!?ど、どうしてここにいますの!?」
セシリアの言う通り、何故か専用機持ちじゃない箒がIS『打鉄』を展開して立っていた。
確かに事前に申請すれば学園に配備されている『打鉄』や『ラファールリヴァイヴ』をレンタルすることは可能ではあるが、その際に必要な書類や手続きがかなり面倒であることから少なくとも前日には申請をしておかなければならない。
今使っているということは昨日の授業のすぐ後申請しに行かないと無理だろう。それに年の功で二・三年生の申請が優先されるから、申請が通るかどうかも運の要素がある。
実機演習をはじめたばかりの一年生に許可が出ること事態が異例といってもいい。
扱い方を知らない奴に使わせて壊れたら、限られた機体を運用しているから後続の利用者
にも影響が出るからな。
こんな特例、考えられるのは篠ノ之のネームバリュー。本人は気にしなくても回りが気にする、ってか。
なお、セイラはその申請が遅かったために一緒に出たがっていたが不参加だ。おそらく申請していても通らなかっただろうとは思うが。
そんな予想外の事態だが
「丁度いいな。セシリア、先に模擬戦やろう。箒はその間一夏の特訓頼む」
「なっ!勝手に決めないでくださ―――」
「時間の有効活用だ。俺はこの後に用事がある。嫌だと言うなら帰っていいぞ?」
「くっ……!わかりましたわ」
お互いのISを装着して空へと上がった俺達は、空中で対峙していた。
地上では一夏と箒が近接ブレードで格闘戦を行い激しく火花を散らしているが、当然無視である。
「まぁそういうわけでいきなり模擬戦になったわけだが、狙いは予想がつく。機動兵器同士で戦ってみたい、そんなところだろ?」
ビット兵器が出てきたガ○ダムシリーズでも、自機以外の端末を利用した兵器(ビッ○やファ○ネル、スーパード○グーンなど)は、圧倒的戦闘力の代償として常人とは違う素質・能力を要求される。
一部はシステムと機体性能で必要な素質レベルを下げてはいる(GNファ○グやGN○ット)が、その分性能の低下は避けられない。
こういう表現はあまり好きじゃないが、そういう意味では俺達は常人とは違う。希少価値や選民意識が芽生えても仕方がないといえる。
少なくとも、努力したって他人にできないことが自分には出来ることになるわけだから。
まぁそれもある程度までなら努力で何とかなる。さっきも言った通り、システムや機体側でリカバリーが可能だし。
今は技術が追い付いてないから操縦者の素質頼みになっているだけ。そしてそれゆえに機動兵器を扱える人間は少なく、お互いが機動兵器で撃ち合えるような場面はかなり珍しい。
珍しいけど、できるからやってみたい。それがあちらの思いだろうが、俺としてもありがたい。
テスターとして、極めて稀な事例というのには心惹かれる部分がある。
「……わかっていましたか。そう、わたくしはBT適正で最高のA判定を持っています。これは扱いづらいBTにおいては非常に珍しくて―――」
「能書きはいい、さっさと始めよう。正直焦らされるみたいで気が立ってくる」
「―――いいでしょう。ですが、あんまりにも急かすような忙しない男性は嫌われますわよ?」
「悪いが後にも約束があるんでな」
話しながらIMUを射出。一瞬遅れてセシリアもBTを射出して計8機のユニットが互いの死角を狙おうと空を舞う。
「では、先手は頂きますわ!」
言うが早いかBTが射撃を開始。IMUを優先的に狙ってきているのはやはり機動兵器の対決だからか。
「ふっ!」
独立兵器だからできるストップ&ゴー機動でIMUに向けられた射撃を回避しつつ、こちらもBTを狙う。
流石に適正には差があるようで、照準が追い付かず撃っても当たる気がしない。
だが―――
「本体が撃てなきゃダメでしょ」
飛び回るビットで相手を撹乱し、その隙に本命を撃ち込む。
それが俺のオールレンジ兵器理論。
事前に換装しておいた『アルケスト』(ペイント弾仕様)で周辺を飛び回るBTを狙う。
別に本体が武装を使ってはいけないルールはないしね
「制御しながらの同時射撃!?」
「……一機もらった」
機動兵器に対する適正では劣っていても、<ruby><rb>並列思考能力</rb><rt>マルチタスク</rt></ruby>では勝っている自信がある。
というか、BTの制御に集中して本体が動けなくなるなんてダメだろ。
と、俺からすれば普通なことだがセシリアにとってはびっくりだったようで。
一瞬BTの制御が乱れたので、その隙を逃さずアルケストをBTに撃ち込み、一機撃墜。
赤のペイント塗れになった青が力を失ったように落ちていく。
「なっ!」
「驚いてる暇はねぇぞ?」
動きの止まったBTをロックオン。IMUからBTユニットそれぞれに向けて射撃しつつアルケストで本体にもバーストショット。
気が抜けていたから何とかなるかと思ったが、やはりそう甘くはない。あっさりとすべてが回避されて空の彼方へ。
「……やっぱ手ごわいな」
「楽々と一機落としておいてそのようなこと言わないでくださいな!」
エネルギー切れに伴いすべてのBTとIMUが一度持ち主の元に戻る。
再充填完了まではおよそ3秒。BTは……げっ、もうかよ!
「あら?エネルギーの回復が遅いようですね!」
「その通りだよコンチクショウ!」
すぐさま後退。様々な方向から時間差で放たれる青いレーザーを盾で弾いたり、急制動・急加速、ときにアクロバットでかわしながら時間を稼ぐ。
あ、あと1秒!
「くっ………!ぬおぉっ!!」
「ちょこまかと………!」
本体を狙ったBTの一斉射に対して身体を捻りつつ水平移動でレーザーをかわし、ようやく充填が終わったIMUを射出。こちらを追ってきていたBTめがけてビームが放たれ、回避して散っていったBTを追いかけていく。
そして空を縦横無尽にビット達が飛び回る中で、空いた一機をセシリア(本体)にさし向ける。
「なっ!わたくしがBTを使用中に動けないことを知っていて!」
「相手の弱点を突かずして何が戦いか!」
機動兵器同士の運動性では俺が不利なんだ。
セシリアを追い掛け回すIMU。当然回避行動をとらざるを得なくなり、制御が単調になったBTをIMUが次々叩き落す。もちろん模擬戦仕様の低出力ビーム。
セシリアを追い掛け回してたまに降ってくるビームもそれだが、それを避ける表情は必至だ。
「し、しつこいですわ!!」
「回避機動ぐらい同時にやれなきゃ代表にはなれんぞ、代表候補性」
焚き付けるように挑発するが、いっぱいいっぱいのセシリアに反応できるだけの余裕はなく。一機、また一機とBTが減っていく中でセシリアに回るIMUが増えていく。
そして狙ってくる敵の数が増えて本体の回避が難しくなり、BTの動きが悪くなって撃墜されやすくなる。
負のスパイラルに陥ったセシリアだが、現状維持で精一杯の彼女にはどうしようもない。
最後のBTが本体を狙っているように見せかけたIMUのフェイントで撃ち抜かれて機能停止。同時に残りの三機がセシリアを完全包囲し、動きを止められた彼女の眉間をライトニングの銃口で狙い
「バン!」
「っ!!」
トリガーを引いて放たれたのは高温の粒子ビーム―――ではなくただの青色レーザー。
模擬戦だもん。攻撃力のあるものは使いません。そのためにアルケストのペイント弾仕様も準備したんだし。
まぁそれはともかく、
「……俺の勝ちでいいか?」
「……わたくしの負けですわ」
頭部への直撃弾、シールドがなければ当然即死、あっても大ダメージは免れないし衝撃などで脳震盪を起こす可能性もある。そしてなにより、ビットが全滅している以上どうしようもない。
ふぅ、楽しかった。かなり真面目にやったからいい稼働データも取れただろ。
次があればビットのビームが飛び交う中で近接機動戦をやってみたいもんだ。
そんなことを思いながら地上に降り模擬戦の後片づけを始める俺達。
とはいえ、ペイント弾で汚れてしまっているBTを渡してもらい塗料を流していくだけだ。
「どうするんですの?これ、けっこうベッタリついてますが……」
「じゃじゃーん。はがし液~」
用意しておいたこの特殊な薬液(緑色)をぶちまけると化学反応で無害な液体になるので、あとは水で洗い流すだけ。
これ以外では、水をぶっかけようがアルコールに浸そうが油に漬込もうが絶対にはがれない。熱してみたり(2500℃)、急速冷凍してみたり(-200℃)もしたが、状態すら変化しないというトンデモさだ。
物は試しと赤外線に紫外線、ついでにX線とγ線に中性子線まで叩き込んでみたが一切劣化しなかった。というか、高エネルギー系粒子線および赤外線を撃ちこむと粒子を吸収して硬化するという異常事態。もはや物理的にありえない。
と、めっちゃ万能そうに見えるこの塗料だが、欠点が一つ。
固形化させるまえに液体を混ぜると、その瞬間に気化する。しかもその気化熱で周辺空気の温度がおよそ800℃まで加熱、空気そのものの体積が膨張し結果的に爆発する。
塗料の色がもとから目に刺さるドギツイ赤色なので、爆発すると辺り一面が真っ赤にそまって目がおかしくなるのは間違いない。最悪、爆発して飛んできた塗料が目に入って眼球の水分と反応し頭が消し飛ぶ。
出来た当初はこれがもっと過敏で、空気中の水分だけで炸裂する始末。安定化させるまでに実験室が10個ぐらい真っ赤になったし、同じぐらいの数が消し飛んだ。
今も改良は続いていて、電波を吸収できるようになるのが最終目標。完成すればほとんどメンテナンスの必要がないステルス塗料の誕生だ。ただし赤色。
……色の改良も含めてめどは立ってないがな。まぁ操縦者が日本人なら『赤の三倍速理論』が適用されそうで怖いが。
おっと、話が脱線した。
ま、そんなすごい塗料だが今この状況ではただの汚れ。命中後大気中の赤外線を吸って固形化した塗料にはがし液をぶっかけ、水と一緒に洗い流す。
色々やったのだろうが結局はがれなかった塗料が一瞬で透明に変わって流れていく様子に驚くセシリアを横目に、濡れてしまったBTをタオルで拭き、艶出し剤と錆の発生を抑える成分を配合したTC製ワックスでコート。
終わった一機を渡して背中のバインダーに格納してもらう。すると
「……あらら…」
「…………つ、艶が違うのですが……」
無加工のBT三機と比べて、明らかにテカリ方が違うという結果に。
兵器としては艶消しのほうがいいんだろうが、女性が使う装備なのでファッション性もかなり重要なのがIS。
そして何より、一機だけ違うというのは気に食わなかったのか。
「ぜひ残りの三機も!!」
「いや、次の予定が……」
「そういわずに!!」
目をキラキラさせながら「さぁさぁ…!」と強引に引っ張り込まれる俺。
俺としても中途半端で嫌だったが、予定が押しているのも事実。
仕方なくワックスを一瓶渡し、それを恍惚とした表情で見つめているセシリアを放置して俺はその場を後にした。
「――お待たせしました、更識会長」
「レディーは待たせるもんじゃありません。次から気を付けるように」
「…さっそく手厳しいッスね」
後でもいいって言ったのはそっちだろ!と心の中で愚痴りつつ。せめてもの抵抗で謝罪はしない。
この人に話術で勝てる気はしないし、この場において遅れた云々は有象無象と同じくだらない事柄に過ぎない。
「あと、そんな他人行儀に呼ばないで。一緒に食事をした仲じゃないの」
「食堂で相席になっただけじゃないですか。しかもそちらから」
「それでも食事をしたのは事実でしょう?親しみを込めてたっちゃんとでも呼んでちょうだいな」
唇に指を当ててこちらを見上げてウインク。これに親しみのある呼び名の許可だ、普通の男なら陥ちる。
だが、疑ってかかっている俺はそれをなんでもなく受け流す―――のは無理だった。表情筋が緩むのが自分で分かる。
だってしょうがないじゃない。俺だって男なんだもの。
まぁ感情制御には自信があるから平常心に戻すのはたやすい。緩んだ筋肉も無意識のうちに元に戻った。
「じゃあ、楯無会長と呼ばせて頂きましょう。それではお待たせしてしまったかわりに急いで始め――――いや、少し話をしてからにしましょうか」
「あら、そこは急いで始めようって言うと思ってたんだけど、どうかしたの?」
「これから武器を交えるとはいえ、あなたは生徒会長だ。そう沢山会う機会もないでしょうし、話す機会はもっと少ない。なら、その人となりを知ろうとしてもいいじゃないですか」
「フフフ、そんなにおねーさんのことが知りたいんだ。でもだーめ。わたしは自分のことを教えないの。聞かれたことには答えるけどね」
「……それって、悲しくないですか?」
自分のことは自分から教えない。それはつまり、自分から他人とかかわることがないということに他ならない。
知らないことを他人に聞くには、まずそのことを知らないということ自体を知らないといけないのだから。
……今の説明聞いて何を知らなきゃいけないかわからなかった人は正直に手を上げなさい。怒らないから。
「秘密は女性の特権。誰かが言ってたでしょ?『女は秘密を着飾って美しくなる』って」
「そうですか……なら、あなたの秘密の下に隠れた本心、聞かせてもらうとしましょう」
言い切ると同時に蒼聖を起動。今回は最初から左手にもアルケストを展開しておく。
装填されている弾丸はすべて実弾だ。―――模擬弾が通じる相手じゃない。
「フフフッ、お話の時間は終わりかしら。強引な男性は嫌われるわよ?」
「弱い男性はもっと嫌われますよね?」
「――確かに、ね。本能の部分でメスはより強いオスを求めるものだから」
俺がISを展開するのを見ても、楯無会長はISの展開もせずに笑みを浮かべて軽口を叩いている。
そうするだけの余裕と実力があるのだ。それは認めざるを得ない。この学園で最強を名乗るだけの実力を持っていることはすでに調べがついているし。
だが、世の中すべてがデータではない。対峙して、言葉をぶつけあって初めてわかった。
データ以上のものを、この人は持っている。
殺す気でないと勝負にすらならないだろう。なんの根拠もない直感が、目の前の相手を警戒している。
「…あらら、殺気を出せるんだ」
「……行きます!」
少しだけ表情が変わった。真剣な物へと。同時に場を覆う覇気が強くなる。
正直なところ切り札を切らないと勝てるとは思わない。けどこっちにだって意地はある。
「(勝敗に興味はないが、無様に負けるのは俺のプライドが許さない)」
楯無会長の眉間に向けられている右手のライトニングをトリガープル。威嚇も何もない殺意の一撃で試合が始まった。
Side 三人称
放たれたビームが更識の頭部を撃ち抜くのと同時、弥代は上空へと飛んでいた。次の瞬間、弥代がいた空間を通り過ぎる幾つもの銃弾。
それを認識してから撃ち抜いたはずの更識を見る。そこには腹部からランスを生やし、額に穴をあけた更識が立っていた。が、そのさらに後ろにISを装備したもう一人の更識が立っている。
先ほど飛来した弾丸はそのランスに内蔵されていた4連装ガトリングの弾丸だろう。ひし形に配置された4つの銃口から硝煙が立ち上っている。
「…驚いたわ。はじめて戦う人は大抵被弾するのに」
「あのタイミングで避けられる人間は普通いないでしょうね」
バシャッと水が弾ける音をたて、一人目の更識が霧散した。同時に弥代から放たれる幾筋ものビーム。更識はそれをかわし、時に防御しながら少しずつ後退していく。
回避行動を取りつつ距離を取った更識はランスを格納してアサルトライフル――アイス・ホワイト――を取り出し、上空の弥代目がけて射撃を始めた。
それをギリギリでかわした弥代はIMUを射出するが、更識の的確な射撃を前に回避に気を取られ満足な制御が出来ない。不利と判断した弥代がすぐさまIMUを呼び戻しライトニングで応射しようとするが、その間に空へと飛びあがった更識がいつの間にか換装していた蛇腹剣――ラスティー・ネイル――で斬りかかってくる。
やむなくライトニングを捨てシールドからビームブレード――レジスタ――を引き抜き、蛇腹剣を受け止める。
「――なかなかやるね、君。やっぱり私の見立てに間違いはなかったよ」
「俺なんてまだまだですよ。現に会長には一発も当たってないじゃないですか」
「それはこっちのセリフだ、よ!」
振り抜かれた蛇腹剣の勢いを利用し後方へと下がった弥代は、左手のアルケストを撃ちながらIMUを射出。本体も合わせて5方向からの同時射撃を行うが、それすらも危なげなくかわす更識。
回避行動中に武装をランスに戻し、弾幕が途切れた一瞬にガトリングを弥代目がけて一閃するように掃射。弥代はそれを左腕のシールドで受けるが、着弾の衝撃に押されバランスを崩す。
その隙に更識がランスを構え突進。これにギリギリで反応した弥代がモルダーも合わせたアルケストで応射するが、これも当たらずに虚空へ消える。
が、回避のために更識の軌道が乱れ突撃も失敗。両者は再び距離を取って対峙する。
「……やはり、ね」
「………どうしたの?」
「良くも悪くも、その強すぎる力ゆえにISはスポーツの道具としての面が誇張されて世間に受け入れられている。あの千冬さんだってそうだ。戦うための道具とは認識していても殺し合いの道具だとは思っていないでしょう」
「………」
まあ、聞いたわけでもないので本当は違うかもしれませんが。と苦笑しながら話を続ける弥代。
「だが、あなたは違う。対暗部用暗部、日本唯一と言ってもいいカウンターテロ組織の更識家。その当主たる楯無を名乗っているあなたは少なからず人の死に触れてきたはずだ。そのISだって何人もの血を吸っている」
「……知ってたんだ」
「その気になって調べれば、情報なんていくらでも手に入るんです」
「……で、何が言いたいの?」
「あなた、まだ本気じゃないでしょう?」
「………」
「俺の実力に考慮してじゃない。俺が最初に殺意をもったとき、あなたは一瞬だけ反射的に殺気を向けてきた。正直気圧されましたよ。デジタル派の俺には信じれらませんでした」
「………」
「だけど、いざ撃ち合いを始めてみればそのプレッシャーは全くない。だから俺のような技術しかないガキでも避けられる」
「………」
「そしてこの学園には無垢な奴がほとんどだ。あなたのような、殺気を持った人間はほとんどいない」
「………」
「だからじゃないんですか?あなたがそんな風に仮面を被っているのは?」
「………っ」
ピクリ、と、構えられたランスの穂先が僅かに揺れた。
「普段の飄々とした掴みどころのない言動。ネガティブという言葉を知らないような活発な性格。それらはすべて、本来のあなたを隠すための上辺の存在」
「………」
「人の死に触れ、世界の闇と人間の醜悪さを知るあなたにこの学園の生徒は眩しすぎる。光があるから闇が際立つように、本来の自分を出していれば孤立してしまう。だから誰にでも慕われる外見を作るために光しか知らない仮面を被っているのではないのですか?」
「………」
「更識楯無という名前だって仮面の一部ではないのですか?更識家の特性上、当主の任命には出生順よりも強さが優先されるはず。それでも当主になるまでの名前があったはずです。それこそ楯無なんていう無粋な名前じゃなくて、可愛らしい名前が」
「………っ」
弥代が名前を知ったときに最初に思ったのは、『女の子には似合わない名前』だった。
楯無、楯など必要無し。つまりは守りに回ることなし。
最近は崩れているが、昔の日本で言われてきた『女性は家庭を守るものだ』ということとは相反する。
そして更識家はかなりの旧家。昔から代々続いてきているからこそ、そういうことには細かいはずだ。だが、現実は女性が一族の顔たる当主になるなど、180度異なっている。
言わずもがなISの登場で男女の勢力図が一変したからだろうが、それでもISがなければ今ここでランスを構えている人が楯無を名乗ることはなかった。
そうなれば、生まれた時には別の名前を持っていたはずだ。
「その名前があなたの本当の名前、そう思っているのではありませんか?」
「…何を根拠に……―――」
「根拠なんてないです。すべては俺の推論。ですが、それにあなたが反論しないことこそがその証明ではないのですか?」
「それは………」
夕陽の染める空に目を泳がせる更識。動揺しているのが良くわかる。
いくら更識家当主と言えど10代の女子、精神的な揺らぎには弱いのだろう。
「ですが、そんなことはどうでもいいです」
「………え?」
「仮面なんて誰でも薄かれ厚かれ被っているものです。問題なのは仮面を脱いだときのことを知っている人がいるかどうか」
仮面をずっと被り続けていることはできない。分厚くなればなるほど重さは増していき、圧迫されるようになる。定期的に外して素の自分にならなければつらくなるばかりだ。
だが更識の場合、生徒会長という仮面を被っているとするなら全寮制のこの学園において気を許せる場所や人などあろうはずもない。
「あるならいいんです。仮面なしで居られる場所が。ですが、今まで話した限りではあるように見えない」
「……なに?じゃあ、あなたがその居場所にでもなってくれるのかしら?」
「なるって言ってもあなたはまた別の仮面を被って俺の前に現れるだけでしょう?だからそんなことは言いません」
「………」
「だから、俺の前では素顔しか出せないようにしてあげます」
「――…え?」
キョトンとした表情の更識。
一方の弥代は真剣な表情を崩さない。
「もっと簡単に言いましょう。俺に惚れさせてあげますよ」
「な、何をいきなり―――」
「もっとも、今は無理でしょうけどね」
俺は、まだまだ弱いですから。
言い捨てるように零す弥代だが、その顔はすでに真剣な物ではなく苦笑を浮かべている。
「さて、言葉をかわすのはこの辺にして、そろそろ再開しましょう。この戦闘の目的は学校にとって俺が危険対象となった場合に際してのデータ収集でしょう?」
「………」
「……どうしたんですか?」
俯いてそっぽを向く更識。僅かに覗く頬が朱に染まっているのは気のせいではないだろう。
だが、夕陽のおかげで辺り一面オレンジなことも手伝い弥代がそれに気付く様子はない。
「―っ…そう、だね。そろそろ始めようか」
が、そんな乙女な一面は一瞬で消え去り顔を上げたときにはいつものイタズラっぽい笑顔が浮かぶ。
穂先が下がっていたランスを持ち直し、笑みはそのまま。目だけが鋭く弥代を見つめる。
「……では俺も本気になりましょうか。……対電磁干渉フィールド解除」
「…?…っ!……いいの?」
弥代のIS『蒼聖』に展開されていたあらゆる電子機器からのスキャンを妨害する対電磁干渉フィールドの解除。
それはつまり、これまで学校にも明かさなかった蒼聖の詳細なデータを得ることが可能になるということだ。同時に、フィールドを展開するために使用されていたエネルギーなどが自由になるため全体的な性能アップを得ることになるのだが、その上がった性能が知られてしまうことになるので本末転倒。
それでも情報を隠すことに全力を注いでいる彼からすれば有益なシステム。
「後で言い訳出来る理由を残しておきたくないんですよ。認めたくない事実と向きあってこそ成長することが出来ます。けど、俺は弱いから安易な逃げを選ぼうとしてしまう。なら逃げを選ばないにはどうすればいいか。選択肢から逃げを消せばいい」
「間違ってはいないね。けど、その方法を選べる時点で私には君は強いと思えるんだけどな」
「本当に強い人間とは、選択肢に逃げがあっても選ばない人のことを言うんですよ。……また話になってしまいましたね。では、こちらから行かせていただきます」
瞬間、爆発的に加速した弥代が更識へと突撃。左手に持っていたアルケストはその僅かな時間の間に格納され、右手のブレードは腰だめに構えられている。
それらを一瞬で読み取った更識は右手のランスを同じく腰だめに構え、向かってくる弥代に真正面から突っ込んだ。
ガギンッ!
「―――――嘘だろ」
振り抜かれたビームの刃は更識に届くことなく空中で静止していた。
その刃の先端、貫通力を高めるためビームではなく実体で構成されている長さ8cmにも満たない切っ先。丁度そこにランスの切っ先が触れることによって勢いが完全に止められている。
更識のランスが一点を的確に捉え、その力のすべてを食い止めていた。
「これぐらい出来ないと―――」
「くっ………!」
「――学園最強なんて、名乗れないんだよね」
後ろに下がって距離を取ろうとする弥代だが、逃がさないとばかりに更識が追いかけ距離を開けさせない。
距離を詰めては繰り出されるランスの突きが弥代のシールドを少しずつ、けれど確実に削りとっていく。
弥代も攻撃の隙間にカウンターを挟みこんでいくが、その命中率と与えるダメージは更識の与えるものとは比較にすらならない。
「くっ!流石ですね。これが会長の本気ですか!」
「弥代君だって、全部急所狙っているのにうまくかわしてるじゃない。ここまで耐えた人はモンドグロッソの時以来だね」
「そう言えばロシアの代表でしたっけ――ぐっ!」
代表候補ではなく代表。それは少なくともその国の最強を意味する。それを考えれば代表である楯無と戦えていた弥代も相当な実力を持っていることになるのだろう。
だがそんなことは関係ないとばかりに何とも衝突する二人。お互いに減っていくシールドエネルギー。
先に限界が来たのは――――
『ピーッ!シールド残量ゼロ。戦闘続行不能』
「………参りました」
――――弥代のほうだった。
Side 弥代志遠
負けたか………やっぱり強いね生徒会長。
「ふふん、まだまだ私を惚れさせるには足りないね」
「………」
「次の挑戦待ってるよん♪。じゃあ、お・さ・き」
言うだけ言ってから背を向けてアリーナを去っていく更識会長。
……相変わらずの人だなぁ。
「……俺も帰るか」
戦っている間は夢中で気付かなかったが、もうすっかり日が落ちてアリーナの各所にも吸い込まれそうな闇が点在している。
…どうでもいいけど、吸い込まれそうな闇って表現かっこよくね?
…痛い?
…………………
「…帰るか」
Side 三人称
第四アリーナ施設内にあるロッカールーム。シャワーなどの各種設備も充実していることから練習を終えた後の生徒達でそれなりに賑やかなはずの場所だが、今この場は静寂そのもの。
賑やかなのが通常の空間が一切の音を有さないというのは何とも言えない寂寥感を呼び起こさせるが、その部屋に近づくひとつの人影が。
「はぁ、はぁ……ッ!」
ついさっきまで行われていた模擬戦。その一方である更識楯無その人だった。
ISスーツのまま、アリーナの中に通じる通路から駆けてくる。
「はぁ、く……っ」
シュン
人影を感知して開いたスライドドアへ逃げるように飛び込む。
中に入ると最寄りのロッカーに凭れかかり、荒い息を整えようと長めの呼吸を数回。
呼吸でわずかに揺れる頭部に合わせ、ショートの青い髪が上下に揺れる。
「……誰もいない……よね?」
ひょこり。
そんな効果音がつきそうな柔らかい動きでロッカーの影から顔を出す楯無。もうすでに息は整っている。
そのままキョロキョロと左右を見て周りに誰もいないことを確認、すぐさま引っ込む。
そして―――
「―――――――ッ!!!」
瞬く間にその顔が朱に染まった。
「ぅ―――っ!ぅ―――――っ!!」
声にならない叫びを上げながら悶絶を続ける。
あっちにふらり、こっちにふらり。頬を手で押さえながら壊れたメトロノームの如く左右にフラフラ。
常の飄々とした態度とは別の意味で掴めそうにない。
「…あんなこと、初めて言われた……」
ほんの数分。ひとまず落ち着いた更識が自分の取ってしまった行動自体にも赤面しつつ、再びロッカーに背を預ける。
物心ついた時にはすでにIS適正の検査がされていて、楯無になることが決まっていた。
本人の意思など関係ない。すべては更識の、日本のため。
対暗部用暗部。敵国の諜報機関を相手取る諜報機関。それが更識。
諜報という言葉の意味通り諜報員の任務は情報収集活動であり、その諜報への対抗組織は諜報活動の阻止こそを主目的とする。
情報を知られる前に消去したり情報を秘匿することも仕事のうちだが、更識家はさらに一歩踏み込む。
知られてしまった情報の消去。つまりは―――諜報員やその情報に関連する存在の抹殺。
諜報組織を潰すのが目的ではない、情報の拡散を防ぐことこそが目的であり、組織壊滅や諜報員殺害は手段でしかない。
当然、人殺しは普通だ。褒められるでも怒られるでもなく、出来て当然のこと。
だが、潜入も伴うために上司・上官との連絡は必要最低限、むしろ指示などない自己判断での行動が基本。
自分で目標を探し、自分で目標に近づき、自分でプランを練り、自分で実行する。無表情・無感動の殺戮が得意な人形では出来ない。
普通の人間のように振る舞えるだけの感情・感性などを残しつつ、一瞬で目標の喉元を掻き切るだけの技術と躊躇わない精神を養う。
それはもはや人間の姿をした“ナニカ”。
そしてそれこそが、対暗部用暗部『更識楯無』に求められる能力。
「ふふっ――――」
彼女の仮面は、一般人と暗殺者を使い分けるための<ruby><rb>道具</rb><rt>ツール</rt></ruby>。普段見せている飄々とした雰囲気の生徒会長すら仮面のひとつ。
いかなる時でも外せない。外した瞬間に更識楯無は『更識楯無』でなくなる。
そんな彼女が彼女たるための仮面に気付いてくれた。この事実を否定出来なかったことは彼女『更識楯無』の存在そのものを根本から揺るがしかねない。
けど、内側の素顔――17歳の少女――はそれを望んでしまった。
「『素顔でしかいられないようにしてあげる』、か………」
これまでも自分を偽って他人の望む人形になったことはある。
でも、それとは正反対。偽らない本当の自分を求められるのは、初めての経験だった。
「弥代、志遠……」
艶のある真紅の唇が言葉を紡ぐ。
その名前を呼ぶだけで脈拍が上昇する。訓練で培った脈拍をコントロールする技が通じない。
「弥代志遠……」
その顔を思い出すだけで顔が熱くなる。仮面が剥がれそうになる。
「これが……恋…?」
これまで17年間生きてきた中で一番理解から遠かった感情。母親に相談しても苦笑と共に体験するしかないと言われて途方に暮れ、いつしか理解を諦めてしまったそれ。
――なるほど、この感覚は確かに説明できない。
外れかけている仮面が冷静な考察を送ってくるが、もう遅い。
甘くも切ない、心の奥が暖かくなるけれど同時に心が苦しくなるような感情が溢れてくる。
「……彼なら……私の楯になってくれるのかな………」
本人にも聞こえなかったカッコつけたような言葉。周りには誰もいないから聞いた人はいない。
だが、その表情はまるで恋する乙女。言葉には切ないほどの熱が籠っていた―――