「んー……ま、こんなもんでいいか」
自室で課題をやっていた俺は正直めんどくさくなってテキトーなところで投げ出した。正直明らかに間違ってるところが何問かあるんだけど、だからといってどこを正せばいいのかもわからない。出せば向こうで採点して訂正して返してくれるんだ、もういいだろう。
そんなどう考えてもダメな学生の思考をそのままにリビングへ向かう。まだ寝るにはちょっと早く、ついでに喉も乾いた。自室の小さいテレビよりはでかい画面で見たい。
「ん~?お、みっくんじゃん。どうしたの?寝れないの?」
「まだ寝るには若干早いし、喉も乾いたしでな。そう言う母さんはどうして?」
「お仕事がちょうど終わったからね~。たまの晩酌くらい見逃して?」
そう言う母さんの手には、でかい氷が入ったコップ。中身は琥珀色の液体。うん、つまりはウィスキーだな。ん?ウイスキー?ウヰスキー?……どうでもいいか。
「別に、よっぽどバカみたいに飲んだりツマミが体に悪すぎでもしなければ何も言わないよ」
「え~。前に言われた記憶、母さんにあるんだけどな~」
酒のおかげか若干普段と違う。少しイラッとする話し方なのだが、気にしたら負けな気がするのでそこはスルーすることに。
「あの時はウィスキーロックで一瓶開けたからだ。ツマミもジャーキーだのサラミだのばっかり食べやがってからに……」
「ありゃ、そうだったかな?お母さん忘れちゃった」
でへへへへ~、とかなんか照れたっぽい反応を返された。酔っ払いのこれはスルーして冷蔵庫に向かい、麦茶を取り出して飲む。
「それで?何で飲んでるの?そんなに疲れた?」
「んー、疲れたって言うのもあるんだけどね。ちょっと色々と思うこともあってさ」
「思うこと?」
「うん。覚えてない?あの人、これ好きだったじゃない」
そう言われて、ようやっと思い出した。ウィスキーは父さんが好きだった酒だ。
「だから、ね。再婚するんだなーって実感がわいてくると、なんだか飲みたくなっちゃって」
「新しい相手と夫婦になるのにそれでいいのかよ、母さんは」
「いいのよ。あの人のことは今でも好き。大好きよ。……でも、ヴィーちゃんのお父さんも大好きなんだもの」
こうやってはっきり言えてしまう母さんは、正直眩しい。
二人の人が同じくらい好き。だから、問題ない、か。全くもって驚かされる発言だね。
「だから、あの人に報告してるのよ。新しい旦那になるかもしれない人は、ちゃんといい人ですよ。私が胸を張ってあなたと同じくらい好きだって言えますよ。って」
「それで、ウィスキー?それにしたって唐突な気がしてならないんだけど」
「仕方ないじゃない。みっくんとヴィーちゃんが一緒に楽しそうにおしゃべりしながらご飯食べてるの見て、そう思っちゃったんだから」
おっと、原因は今日のあれでしたか。
「外食でもなくて、普通の家で、すっごく庶民的で日常的なものを、楽しそうにおしゃべりしながら食べてる。気が早いかもだけど、兄妹に見えたのよ?」
「ホントに気が早いよ……でもまあ、仲良くやってけそう、とは俺も思うよ」
「お、危惧していた事態にはなりそうにないと?」
「少なくともヴィキについては、な。向こうがどうなのかはわからないけど、俺は苦手にも感じなかった」
若干言ってることが恥ずかしくて、俺は母さんのつまみを強奪する。久しぶりに食べるけど、ジャーキー美味いな。
「ほらほら、それを食べたところで一口いくと、美味しいぞ~」
「未成年の息子に飲酒を進めるんじゃありません」
「えへへ~」
と、母さんは今言った組み合わせを実践してさらに表情を崩す。幸せそうだよなぁ、この人。
「そうだそうだ。ヴィーちゃんと一緒に住んでて心配なこと、もう一個あったんだった」
「ん?まだ何かあるの?」
「うん。とーっても、重要なこと」
酔っ払いの重要って当てになるのだろうか?まあ、一応真剣に聞いてみる。
「あのね、みっくん……ヴィーちゃんに変なことしたら、ダメだよ?」
「麦茶ぶっかけるぞババア」
何言いだすんだ、この
「ぶー。じゃあみっくん、あの子を見てなんとも思わないの?」
「……それは、だな」
「あの大きな胸を見ても?しかもあの子、さすがは海外育ちなのか若干日本人に比べると無防備だよ?」
そう言われて思い出したのは、ヴィキのネグリジェ姿だ。あれに対して何も思わなかったかといわれると、マジで自信はない。
「意外かもだけど、仲良くなるとスキンシップも増すし」
次に思い出したのは、今朝の出来事だ。まさか本当に頬にキスをしてくるとは思っていなかった……ってか、あれより上が何かしらあるってのか……
「そんなわけでね、あの子に対して何も思わない、というのはさすがにおかしいとお母さん思うの。これが実の兄妹でしたーって言うんなら慣れってものもあるんだろうけど、身もふたもなく言えば他人なんだよ?」
「マジで身もふたもねえな」
「でも、事実だもの」
まあ、事実ではある。むしろこうして他人じゃなくなる機会が出てきたことの方が珍しいことなんだ。
そして、冗談っぽい口調で言ってはいるものの、マジらしい。そんな何かを感じ取ったので……正直に言うことに。一応開きっぱなしのドアを閉めて、ついでにヴィキがいないかをしっかり確認してから。
「はぁ……まあ確かに、何もないってことはない。初めて会った時無茶苦茶可愛い……ってよりは綺麗、か。そう思ったし、あの日にはネグリジェ姿まで見ちまってるしな」
「あー……そう言えばヴィキちゃん、ネグリジェだったっけ。止めるの忘れてたや」
息子のことを考えて止めておいてほしかった。
「けどまあ、何とか耐える方針で行くよ。母さんが言った通り新たにできた兄妹だから、この歳で慣れるってことはないだろうし」
「……そっか」
そう言うと、母さんは残っていた分を一気に飲み干す。止めようかとも思ったがテーブルの状況を見る限りのみ始めてから時間たってるし、氷も溶けて結構薄まってるはず。
「お母さん的には、そうしてくれるとうれしいかな。息子と娘のあれやこれやって、聞きたくはないしね」
「それはそう、だろうな……想像するだけでも嫌だ」
「けど、何度も言ってるように思春期真っただ中に出会ったんだもの。もしそうなっても仕方ないって、これは私とあの人の共通意見」
そんなことまで考えてたのかよ、ウチの親と向うの親は。
「だから、我慢もしなくていいわ。さすがに今の歳でヤられちゃうとかばえなくなっちゃうからやめてほしいけど」
「なあオイ、実はかなり飲んでるのか?テーブルの上の瓶がそこまで減ってないって言う俺の考えは慢心なのか?」
そして息子にそう言うことを言うかね!?
「でも、現実として義兄妹は結婚もできる相手なの。世間の目は当然あれだけど、それも合わせてそういう事実がある」
氷を捨ててからまた注ぎ、今度は舐めるように飲みだす。そこまで量を入れてないから見逃すことにした。若干ツマミも残ってるし。
「普通の兄妹は、目指してももうなれない。それらのことを合わせてしっかり覚えておいて、その上で兄妹になってほしいなー、なんて。お母さんからのおばさん臭いお小言でした」
と、そう締めくくられてしまうともう何とも言えなくなる。たまーにこうなるからなぁ、母さんは……
「分かってる、よ。さすがに、今から普通の兄妹になれない、ってのはわかってる」
「そう?」
「うん。でも、それでも兄妹になれたらなぁ、とも思わされた」
「うん?思わされた?」
そう、思わされた。
「ヴィキがさ、結構頑張って普通の、それも日本の兄妹になろうって、色々頑張ってくれてるっぽくてさ。まあ参考資料がずれてるからあれなんだけど、そこも正していきつつ、頑張りたいなー、って」
「……そっか。うん、お母さんはそう言うの大歓迎!こころほっこり!」
あ、元の酔っ払いに戻った。
あー、戻られると唐突に恥ずかしくなってくるな……なーに語ってるんだよ、俺は。一言『りょーかい』って言えば済む話じゃんか。
「あー、俺はもう寝る。明日はたぶん一日家でのんびりしてると思うけど……何かある?」
「んー、そうだなー。朝八時ごろに起こしてくれるとアルコール的にも体調的にもスケジュール的にもいいかな?」
「あいよ。それじゃ、お休み」
恥ずかしさをごまかすように普段を引き出して、速足気味にリビングを出た。あー……早いとこトイレにいって、寝るか。
♢
んー、成長してるなー。息子の成長ってうれしいけど悲しくなってくるのよね。ヨヨヨヨヨ。
「あ、そろそろいいわよー、ヴィーちゃん」
「ヤー」
そう声をかけてあげると、クローゼットの中からちょっと汗ばんで出てくる。中、暑かったかなー?そしてみっくんも、さすがにここには気付かなかったか。
「顔、赤いよ?お水飲む?それともこっち?」
と、言いながら私の飲んでるコップを上げる。ドイツでは14歳からお酒飲めるし。さすがにこの度数が高いのはヴィーちゃんの年だといつでも飲んでいいわけじゃないけど、親と一緒なら飲めるものね。
「……ナイン、日本ですし日本の決まりに合わせます」
「あらら、そっか。じゃあ仕方ないな~。おばさん寂しく一人酒~」
さて、どう切り出そうかしら。
「んー、ヴィーちゃん。聞いてた?」
「ヤー。だから、その……恥ずかしくて、ですね」
「あー、それで赤面しちゃったんだ。ごめんね、バカ息子が」
うん、あそこまではっきり言ってくれるとはお母さん思ってなかった。びっくり。
「なんにせよあんな子だから、今度ジャージでもいいからちょっと地味目な寝間着もお願いね?」
「ヤー。何か羽織れば、と思っていましたが、それでは足りなさそうですね」
分かってくれたようで何よりです。
「それで、どうする?あんな子だけど、気持ち悪かったら遠慮なしで言ってくれていいのよ?それならそれで仕方ないもの」
「…………ナイン、大丈夫です。はっきりいわれて、その、ちょっぴり恥ずかしいですけど、それだけでしたから」
「ん、そっか」
この子もこの子で、広い心を持ってるな~。年ごろの子供だしそれでダメになっちゃっても仕方ないなー、くらいには思ってたんだけど。ここまでくると奇跡よね。
「それでは、私も寝ますね。おやすみなさい、です」
「うん、おやすみ~」
そーっと出ていって、階段も音を立てずに上っていく。器用だなー、あの子。
「そして、いい子だな~」
いつの間にかコップの中身もおつまみもなくなっている。でも最後にちょっとだけ、冷蔵庫からチーズを取り出して、ほんの一口ずつ、口に入れる。あの人が大好きで、でも私は匂いが強いチーズばかりだったからどうしても出来なかった飲み方。死んじゃってから飲めるようになるなんて、ね。
「……ねえ、あなた」
あなたの息子は、こんなにいい子になってるわ。それに、新しい娘もとってもいい子。二人目の旦那様もあなたのことと同じくらい好きになった。あ、嫉妬しちゃやーよ?
だから、ね。
「もう、大丈夫よ。あなたも新しい人生で、いい人を見つけてね?」
なんでこうなった。お母さんに「ムラムラしないの?www」されるだけの話のはずだったのに!