「……よし」
起きる、という決心があったからだろうか。目覚ましが鳴り出すと同時に止め、眠気は消し飛んでいた。なんとなくの癖で一つ伸びをして、耳をすませる。一昨日、昨日の二日間でヴィキの起きる時間帯は何となく分かっている。そこから逆算すると、任務を果たして帰宅するまでの間、ヴィキは寝ているはずだ。そう考えながら制服ではなく、いかにも『近所のコンビに行ってきます』って感じのジャージに着替える。そして、本の束をもって静かに部屋を出る。リビングに光なし。そのまま玄関まで歩き、死角になるところに束を置く。万一の可能性も全力で避けなければならない。
そして同時に、心配されてしまう展開も避けなければならない。再び音を立てずにリビングまで移動して、『ちょっとコンビニまで行ってきます』というあらかじめ書いておいたメモを机に置く。これで完璧。
「では、行ってきまーす」
自分ですらいったかどうか自信がわかない声で言って、俺は家を出た。まだ人がいない早朝の時間帯、手の中にある束を家から離れた資源ごみに出すために。
いやまあぶっちゃけてしまえばただエロ本捨てに来てるだけなんだけど。
♢
「ただいまー」
片手に袋をぶら下げながら帰宅しそう少しだけ声を出す。まだ問題ないはずの時間帯なので抑えめなのだが、まあ誰か聞いてるわけもないだろうし問題ないだろう。
「あ、お帰りなさい兄さん」
あれ、起きてるぞ?おかしいな……あ、平日だから普段より早めです、ってことか?危なかった……
「おはよう、ヴィキ。俺が言えたことでもないけど早いな」
「ヤー、私より早く起きていた兄さんのセリフではないです。何かあったんですか?」
「や、ちょいと朝飯でも、って思って起きたんだけど卵がなかったから買いに行ってた」
なお、今我が家の冷蔵庫には本当に卵がない。当然偶然ではなく、俺が昨日一日の食事をヴィキと作る中で卵を使う方向へ頑張って誘導しただけだ。お菓子とかも作って何とかした。で、実際今手の中にあるのも卵入りの袋だし。
「そうだったんですね。言われてみれば冷蔵庫の中に卵はありませんでした」
「ちょい張り切り過ぎて昨日、使っちまったからな。顔洗ったり着替えたりしてくるから、これ任せてもいいか?」
「ヤー、確かに受けとりました。スクランブルエッグですか?」
「そのつもり」
「では、そのように」
やー、マジでやばかった……しっかり隠せてたよな、今の。結構心配ですらあるんだけど……そこは自分を信じるとしよう。自室でジャージから制服に着替えつつそんなことを考え、手早く済ませてから手を洗いにいく。さて、早いとこ朝食造りに合流しないと全部終わっちまうな。
♢
「「「いただきます」」」
と、合計三人分の声。珍しく朝起きてきていた母さんを交えての朝食である。
「で、なんで母さんは起きてるの?何か仕事?」
「ねえみっくん、お母さんのことを仕事がなければ日長寝ているとでも思ってるの?」
さすがにそこまでは思ってない……デスヨ?
「はぁ……一応保護者としてヴィーちゃんの転校初日、職員室まで一緒に行かないといけないの。書類とか色々あるらしくって」
「珍しいな、わざわざ本人に直接渡すなんて」
「ねー。預けておいてくれればいいのに」
「ヤー、非効率的だと思います」
三人の心が一致した。うん、やっぱりどう考えても効率悪いよな。
「そう言うわけだからみっくん、私とヴィーちゃんは少し遅い時間帯になるから、遅刻しないように出てね?」
「ん、了解。初日だし案内した方がいいかなぁって思ってたけど、それなら大丈夫だしな」
そう言うことならと、俺は席を立ち食器だけ流しに入れる。そのまま紅茶を入れておいた水筒を取って鞄に入れ、そのまま出かけようと玄関に向かう。
「あ、待ってください兄さん」
「ん?どうした?」
と、靴を履いて玄関を出ようとしたところでヴィキに呼び止められた。何かあっただろうか?
「邪魔なのは分かりますが、さすがにネクタイを緩めすぎです」
「あ、っと……」
と、ヴィキが俺のネクタイを少しだけしめてくる。そのことはいいんだが、目の前に来るヴィキの顔が……
「……?どうかしましたか、兄さん?」
「や、何でもない。……じゃ、行ってきます」
「はい、行ってらっしゃいませ」
恥ずかしかったのを表に出さないよう努力しながら玄関を出て、そこで一つ深呼吸。イヤホンを耳に刺して歩き始める。
「あー……よし、大丈夫」
どうにか切り替えた。顔赤くして登校とか絶対したくねえし。
それにしても、昨日のあれが嘘みたいだな……顔合わせるたびに一瞬固まってたからなんかあったのかと心配したんだけど、俺の気のせいだったのかな?
ん?跳んだ日曜日に何があったのか?なんで日曜日気まずくなってたのか?
土曜の夜、お母さんと息子、娘のあれがあった次の日ですよ?そらそうもなりますって。ついでに文章にしてもツマランですって。