亡き王女と青髪の吸血鬼   作:根本

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死せる悪魔のためのパヴァーヌ

 妖霧ただよう湖に浮かぶ小さな島。

 およそ人外の空間にたたずむ窓の少ない紅色の館。

 悪魔の住処。

 昼も夜もないこの館の地下で、スカーレットデビルは自身の背丈の倍以上ある重厚な扉の前に立っていた。

 その瞳に光はなく、扉の先にある儚い幻想を見ているかのようだった。

 どれほどの時がたったか、少女の両手ではとうてい収まらないような大きな大きな鍵をそっと取り出す。

 六曜の術式が発動し紅い光とともにガチャリと施錠音が響く。

 

"誰とてこの扉を開くこと能わず"

 

 空間に青色の文字が静かに浮かびあがり、やがて薄れて消えた。

 

--------------------

 

 不毛の荒野で二体の吸血鬼が銃を構え対峙している。

 あらゆる生命、餓鬼やイタズラ妖精の類に至るまでが、巻き込まれまいと尻尾を巻いて逃げ出していた。

 

 レミリアはニタリと笑うフランを見て、青髪をかきあげながら考えていた。

 考えも趣向も同じだったはずのなのに今や運命を違え対峙している。

 これは誰が望んだ結末なのだろう。

 私ではないはずだ。

 屋敷の地下の棺で静かに眠り時を過ごす。

 力を誇示せず、誰の運命にも世界の運命にも不干渉を貫く。

 ただただ静かに暮らす。

 それだけを望んでいたはずなのに。

 忌々しいずれたサングラスをはずし、グッと力を込めて頭にのせた。

 

 フランの楽しそうなソプラノ声が闇夜に響く。

 

「レミリア、あなたは人間の世界に出てきて何人食べたの?

 私達は吸血鬼の正統。

 形あるものないもの全てを統べる頂きよ。

 力で抑えつけ、破壊して、食い尽くす。

 私達にはその力と権利がある。

 そういう運命にあるのよ」

 

 レミリアはコントラルトドラマティコの声で静かに言葉を返す。

 

「不必要な殺生、干渉は調和を乱し運命が乱れるわ。

 私達は強い。

 しかし人間は群れて知恵をつければ十分な脅威となる」

 

 レミリアは右手の銃をチラリと見やった。

 銃は非力な人間でも怪物と対峙でき得る武器となりうる。

 そう確信していた。

 人間を無闇に刺激するのは愚策だ。

 

「運命が乱れる? あなたは怖いだけよ、レミリア。

 あなたは何人食べたの?

 食べてないんでしょ?

 運命を口実にしてつまらない安寧にあぐらをかいて‥

 あなたは何かが変わるが怖いのよ。

 だから私を押さえつけてその言い訳にしてる。

 本当はあなたが閉じこもっていたいだけでしょ。

 一人で好きなだけ閉じこもってなさいよ!

 頂点に立つ王は常に一体。

 私を壊したければ力を使いなさい、レミリア」

 

 フランの怒気が周囲の空気をピリッと弾いた。

 

「力の行使によってどれだけ世界が歪むのか身をもって知るべきよ、フランドール」

 

 レミリアは震える腕を鎮め、未知の運命と向き合う覚悟を決める。

 呼吸を整え、フランに狙いを定めた銃の引き金を力をこめて引いた。

 同時に能力を発動。

 フランドールの力も体も存在しない運命にする。

 レミリアの瞳孔が閉じ、その瞳は紅く染まっていく。

 美しい青髪が逆立ち、爪が針のように尖り、牙は鋭さを増していく。

 場の空気が収縮し空間が、そして運命が歪む。

 

 フランは左手一つでそれらを軽く払いのけた。

 あまりにもあっさりといなされて、さすがのレミリアもとまどい次の動作が遅れた。

 フランは好機とみるや、体を捻り右手の砲をレミリアにむけ、最大限の力を込めてぶっ放した。

 レミリアの全てを破壊しつくす。

 その肉体も、存在も、運命とやらも。

 今までで使ったことがないくらいのめいいっぱいの力を込めた。

 フランの瞳は一瞬で紅に染まり、恐ろしい能力の反動で体ごと後ろに吹っ飛んだ。

 放たれた砲弾は空気を切り裂き、時空も運命も切り裂きレミリアを襲う。

 自然の摂理を逸脱した一撃は、風と雷と氷をまといほとばしる。

 

 回避不能!

 レミリアはその紅い瞳で、迫り来る砲弾を惚けた顔でただただ見ていた。

 人間の一瞬の時間で永遠を得るのが吸血鬼である。

 その吸血鬼の一瞬とは刹那の中の刹那。

 レミリアはまったく動けなかった。

 

 一瞬、時が停まった。

 

 フランの放った能力がレミリアを襲う。

 禍々しい悪魔のような光がレミリアを包みこみ、より強く光りだす。

 そして、レミリアの存在に対してフランの破壊の力が及ばんとするまさにその時、光がはじけて、その力ごと忽然と消え失せた。

 

 同じタイプの能力は対消滅する…

 この道理により、フランが発動した能力は消滅した。

 

 竜の顎のような砂煙が舞い、二体の悪魔を分かつ。

 静寂があたりを覆い、やがて荒野に吹く風がそれらを吹き流す。

 再び姿を現した二体の悪魔たち。

 極限の力を使い果たし膝をつくフラン。

 その呼吸は激しい。

 正眼に銃を構えフランを冷たく狙うレミリア。

 

 「コンティニューは出来ないわよ」

 

 そう言ってレミリアは静かに引き金を引いた。

 放たれた弾丸がフランの眉間を貫く…、いや、貫きはしない。

 鉄の弾では吸血鬼を傷つけることはできない。

 しかしその弾丸は、レミリアのがあらかじめ能力を込めておいた特別性。

 やがて悪魔の体に異変が起こった。

 スカーレットデビルは禍々しい光に包まれる。

 

 フランの人間界での行いとその報いを、レミリアが身代わりとなって全て受けいれ、フランドールには永遠の安寧をもたらすという運命の大変換。

 空間軸と時間軸が大きく歪んでいく。

 

 信じられないという驚きでめいいっぱい開かれたフランの瞳は、レミリアの後方彼方にたたずむ、銀髪の瀟洒な少女の姿を捉えていた。

 

--------------------

 

 記憶の中のレミリアが低い声で言う。

「もしも私がフランドールと対峙して彼女の力が先に発動した時は、あなたの力を使いなさい。

 我ら姉妹と同じタイプのその力を‥」

 

(本当にこれでよかったのですか、お嬢様‥)

 

 紅魔館の地下で感傷に浸っていた十六夜咲夜は、無意識に流れ出た涙にふと我に返った。

 

"誰とてこの扉を開くこと能わず"

 

 空間に青色の文字が静かに浮かびあがり、やがて薄れて消えた。

 

 咲夜は思う。

 「彼女」は「閉じ込めた」のか、それとも自ら「閉じこもった」のか。

 おそらく内と外の定義でどちらともなるだろう。

 そして私がお仕えしている「彼女」は、果たしてレミリア・スカーレットなのだろうか、それともフランドール・スカーレットなのだろうか。

 

「不定ね」

 

 咲夜の心の問いに答えたのは妙に高い声だった。

 咲夜は首を振って雑念を振り払い、メイド長としての職務を思い出す。

 踵を返し地上へと戻る主の後ろにつき従う。

 長く暗い石造りの階段の途中で、咲夜は一度だけ振り返った。

 

 地下通路に侍る妖精メイドたちの羽が、か細くたゆたうロウソクの火を受け紅く揺れていた。

 それは亡き王女のためのパヴァーヌが如く儚げであった。

 

 

 

Turn to the Embodiment of Scarlet Devil.

 

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