「…むかしむかし3人の兄弟が─」
何度目かになる物語の朗読をしようとして、冒頭部分を声に出したが、開始早々あえなく中断することとなった。
「兄さん、ゴブストーン投げるのやめてよ」
数打ちゃ当たると考えているのか、さっきから無数のおはじきを僕の方に投げつけてくる二つ上の兄──シリウスに向かってそう言った。
赤、黄、緑とカラフルなおはじきが、僕の周りに散らばる。
これ、当たると地味に痛いんだよ。
それに、このゴブストーンは、ゲームで失点をすると嫌な臭いのする液体が顔にかかる仕組みになっている。
もし何かの手違いで、僕の愛読書(バイブル)にかかったりでもしたらどうしてくれるのさ。
僕は開いていた本を閉じ、ゴブストーンの襲撃から守るため、本を両手で抱え込んだ。
「お前がうるさいのが悪い」
悪びれた様子もなく、かつ、どこか愉しそうに、兄さんは僕にそう告げた。
確かに、自分でもうるさかったのは自覚している。
手元にあるのは、『吟遊詩人ビードルの物語』。
イギリス魔法界に古くから伝わる寓話・童話を集めた作品集で、先月の誕生日に叔父から贈ってもらった大切な本である。
最近はめっきりこの物語を読むのが習慣になっており、毎日1回は朗読せずにはいられない。
それほど面白く、味わい深い作品なのだ。
「兄さんのわからずや。どうしてこの本の価値がわからないのかな」
「分かってたまるか。」
「今読んだのは吟遊詩人ビードルの、『三人兄弟の物語』の章だよ」
『豊かな幸運の泉』や『魔法使いとポンポン跳ぶポット』の章もお気に入りだ。
マグルと魔法使いが普通に生活をしている、|今では(・・・)考えられない夢物語だ。
でもやっぱり、
僕は『三人兄弟の物語』が一番好きだな。
なんたって、僕等と同じだからね。
シリウス兄さんがニワトコの杖で、レジーが賢者の石、そして僕が透明マントだね。
そう呟くと、
後ろから「嫌だよ。それになぞらえると、アルしか幸せになれないからね」と声がした。
僕のもう一人の兄──レギュラスが、いつの間にか部屋に入ってきていたようで、僕のすぐ後ろに立っていた。
兄、と言ったが
実は生まれた年も日も全く同じで、先月5歳の誕生日を一緒に祝った。
つまるところ、双子の兄、なのだ。
容姿も性格も違う二卵性双生児であるため、年子の兄弟に見られることの方が多いのだけれど。
「バレた?」
「おい!アルティス、卑怯だぞ。」
「兄さんは良い方ですよ。僕なんか『傲慢』だし、『自らの命を絶』ってしまうし、兄弟の中で一番不幸です」
やっぱりレギュラス──レジーは内容を知っているため、すぐに分かってしまう。
そうなのか?と頭にクエスチョンマークを浮かべるシリウス兄さんに、軽く説明してあげることにした。
この機会に、この物語の素晴らしさを分かってもらおう。
というか、兄さん…本当に僕の朗読を毎回聞いてなかったんだね。
僕が話している間に、レジーが僕の周りに散らばったおはじきを片付けておいてくれたようで、床は綺麗になっていた。
ニワトコの杖が最強の杖だと分かった兄さんの機嫌が良くなった所で、空間がパチンと揺れて、文字通り何も無いところから屋敷しもべ妖精のクリーチャーが現れた。
「シリウス坊っちゃま、レギュラス坊っちゃま、アルティス坊っちゃま。奥様がお呼びでございます。」
「分かった。ありがとう、クリーチャー」
「おやめください、レギュラス坊っちゃま。私めに、そのようなお言葉、滅相もないことでございます。」
相変わらずなレジー達のやりとりに、少し可笑しくなる。
毎回毎回よくやるなあと思いながら、シリウス兄さんの方を眺め見た。
兄さんはというと、先程までの雰囲気と一変して、眉間に皺を寄せ難しそうな表情をしていた。
『奥様』という言葉に反応したのだろうか。
最近の兄さんと母さんの仲の悪さには、少々参っている。前から考えが合わない部分もあったようだが、最近はそれが顕著になってきているのだ。
僕だって、言ってしまえば、母さんと考え方に関しては合わない。
兄さんと一緒だ。
しかし、兄さんは僕と違って激情型なので、こうだと決めたらもう本当に譲らない。
そこが兄さんの良いところでもあり、悪いところでもあるのだけど。
無言で扉から出ていく兄さんの背中を見て、今日は何も起こりませんように、と心の中で祈った。
「それでは、私めは戻ります。シリウス坊っちゃまにお続きください。」
そう言い残し、クリーチャーは現れた時と同じようにいなくなった。
静まり返った広い部屋。
レジーが僕の手を握り、僕達も急ごうと言った。
向かう先は、客間である。
我が家の広さは尋常じゃなく、正直、自分の家ながら部屋数もはっきりとはわからない。
昔はよく迷子になって、クリーチャーに助けられたこともある。
子供部屋から客間までは、かなり遠かったはずだ。
こういう時、クリーチャーの移動魔法が使えれば良いのにと思ってしまう。
歩きながら僕の左脇に抱えられている一冊の本を見たのか、
レジーが僕の顔を見て言った。
「それ、本当に好きだね」
「うん、レジーになら貸してあげるよ」
「ありがとう。でも遠慮しとく。だってそれ僕は|読めない(・・・・)からね」
「ははっ。叔父さんも、手違いで原書を注文してしまうなんて、おっちょこちょいだなあ」
「アルファード叔父さんだからね。でもね、本当のところを言うと…僕はそっちよりも、どうしてアルが|読める(・・・)のかという方が興味深いよ」
レギュラスの何か探究するような鋭い目が僕を射抜いた。
レジーのこういうところ、苦手だな、僕。
そう…─
僕は、『読める』のだ。
15世紀の魔法使い、吟遊詩人ビードルによる、『ルーン文字』で書かれた原書をね。
「叔父さんと会うときに教えて貰ってるからね。」
そう言って苦笑する。苦笑するしかない。
レジーは僕の顔をじっと見つめていたが、すぐにふっと笑って
「そっか。別にアルを責めているわけじゃないんだよ、ごめんね」と言って前を向いた。
僕の握る手が少し汗ばんでいることに、レジーは気づいているだろうか。
僕には、誰にも言えない秘密がある。
僕の半身であるレギュラスであっても、絶対に言うことはできない。
どうしてルーン文字が読めるのか。
それは、本能的に理解しているからだ。
生物が生まれてすぐ呼吸をするのと同じように、
ミツバチが教えられずにダンスをするのと同じように、
元から知っているのだ。
なんたって、
僕──ブラック家の三男、アルティス・ブラックには
前世の記憶があるのだから。
ただ、どうして僕だけなのか。
どうして僕には『記憶』があるのか。
それだけは、分からないんだ。
純血主義であるブラック家に生まれた男が、
まさか
グリフィンドールの生まれ変わりであるなんて──
口が裂けても言えないんだ。