大志君からの依頼を受けて、俺達は不良化したらしい大志君の姉――クラスメイトの川崎さんについて調べる事にした。事前に大志君から聞いた話だと、不良化したのはここ最近のこと。特に朝帰りする事が多くなったらしい。朝帰りと言っても、考えられるケースは色々ある。悪い友達が出来たのか、あるいは大志君も知らない事情から非行に走っているのか…。
その原因を突き止めない限り、問題を解決するのは難しい。
「けど…じゃあどうやって調べればいいんだろ?」
結衣の言う通り、当面の課題はそこだな。
情けない話だけど、俺も結衣も川崎さんとはクラスメイトなだけで、全然接点がない。
そして川崎さん自身も誰かと交流があるようには見えない。
そんな状況からどうやって調べるか…。なんか素行調査みたいだな、これ。
「まず、幾つか考えられる方法を試してみようか」
ともかく、まずは俺達が川崎さんの事を知るのが先決だ。
………そうは言ったものの、事はそう上手くいかない。
川崎さんの事を知ろうと思っても、これがまた難しい。
まずは結衣が帰りにカラオケに誘ってみたけど、結果は素っ気ない態度で断られた…だけならまだしも、間が悪い事に近くに居合わせた優美子がその時の川崎さんの態度に腹を立てて、危うく喧嘩になりかけた。結衣としては自分の為に怒ってくれた優美子に強く出るわけにもいかず、俺も優美子を宥めるのに苦労した。
そして俺も、帰宅する川崎さんにそれとなく悩み事があれば相談に乗ると告げてみたけど、あっさりと断られておしまい。……まぁ、殆ど話した事も無い相手から急にそんな事を言われても説得力はないよな。
「……それで、二人とも悉く失敗したのね」
「う…ゴメン、ゆきのん…」
「あ…べ、別に貴女達を責めているわけではないのよ?」
放課後、いつもの部室で経過報告。
依頼を受けて3日目になるけど、未だ川崎さんと接点がないのは不味い。
「………ん?」
そう思っていると、携帯にメッセージが届いた。
その内容は……――どうやら、今の状況を打開するには充分な内容だった。
こういった所には何度か来た事はあるけど、この時間に来るのは初めてだな。
ホテルのロビーには、ちょうど夕食を終えたと思わしき人達がフロントで鍵を受け取っている。そのまま部屋へ戻るか、あるいは……――。
「……あ、隼人君!遅れてゴメン!!」
「由比ヶ浜さん、少し声が大きいわよ」
隅の椅子に座っていると、ヒールの踵を鳴らしながら結衣と雪乃ちゃんがやって来た。場所が場所なだけに、二人ともフォーマルなドレス姿だ。
「いや。俺もさっき来たばかりだから」
「…そっか。ところでこの服、ゆきのんから借りたんだけど、ど、どうかな…//」
「ん?あぁ、似合ってると思うよ」
心の底からそう思う。下手に飾らない質素なデザインが、逆に結衣の魅力を引き出している。多分、雪乃ちゃんがコーディネイトしたんだろうな。
「そ、そう?……えへへ//」
「……―――それで、このビルで間違いないのね」
「ああ。先輩からのメールだと、ここの最上階らしい」
最上階へ続くエレベーターに目を向けながら、俺はこれまでの経緯を反芻する。
一般的に、朝帰りするほど夜遊びをするなら深夜営業のクラブに出入りしている可能性が高い。だけど、高校生の俺達では探せる範囲や時間に限界がある。そこで、サッカー部OBの先輩達にも協力を依頼した。大学生の先輩達なら深夜営業の店に入っても問題ないからな。
川崎さんの特徴を伝えて、それらしい人を見掛けたら報せてくれるようお願いした。そして今日の放課後、それらしい人を見掛けたと連絡があった。
場所は今、俺達がいるホテルの最上階にあるバー『エンジェル・ラダー』。
俺達が態々こんな恰好でいるのも、其処へ入るまでのドレスコードをクリアする為だ。
「でも…川崎さん、何でそんな所にいるんだろう…」
「それは分からないけれど、実際に会ってみれば分かるかもしれないわ」
雪乃ちゃんの言う通り、こればかりは実際に会ってみないと分からない。エレベーターで最上階へ向かう中、これまでの情報を整理する。考えられるパターンは幾つかあるけど、そうだと決めつけるのは時期尚早だ。
結局、俺達は川崎さんの事を知らないままここまで来た。断片的な情報は、あくまで参考程度に留めておいた方がいい。
そして、目的の最上階へ着いた。エレベーターのドアが開いて踏み込んだ先は、シックな雰囲気のバーだった。ホップスソングのBGMも、店の雰囲気といい具合に調和している。
先輩は社会人の先輩に連れてこられたと言っていたけど…確かに、気持ちは分かる。見れば、結衣は目を輝かせながら辺りを見渡している。一方、雪乃ちゃんはとある一点を見つめると、その整った顎をしゃくった。
その先にはカウンターが置かれていて、バーテンダーが一人…いや、目当ての人物がそこに居た。
「捜したわ。川崎さん」
「――ッ…あんた、J組の……雪ノ下か」
雪乃ちゃんの言葉に、川崎さんも俺達の事に気付いたみたいだ。
「由比ヶ浜に葉山か。一瞬、分からなかったよ」
「ど、どもー…」
「……そっか、ばれちゃったか。……何か飲む?」
県の条例で、高校生が深夜営業のバイトをするのは禁止されている。でも、川崎さんは特に気に留める様子もない。もっともこんな所に客として来てる以上、俺達もあまりとやかく言える立場じゃないんだけどな。
「――最近、帰りが遅いんだってね。弟さん、心配してたよ」
だから、率直に要点だけ伝える。ここで大志君の事を伝えていいかは迷ったけど、いつか分かる事だ。それに、大志君が言っていた――川崎さんは優しくていいお姉さんだったって。…どうやら、それは今でも変わっていないみたいだ。大志君の事を聞いた時、川崎さんはハッキリと動揺していた。
これは、ひょっとすると大志君に関係する事か?…いや、それだと少し可笑しい。
川崎さんが不良化したのは大志君が三年生になってからだ。でも大志君自身、何か変わった事があったわけじゃない。精々、総武への進学を決めたくらいで…ひょっとして、それが原因か?大志君の話では、川崎さんの家は大志君の他に二人の子供がいる。妹さんは、もう直ぐ小学生だ。
となると…――。
「――ねぇ、あたしもバイトしたりするけどさ、年齢ごまかしてまで働かないし…」
「別に…お金が必要なだけ」
……金銭的な問題。それも、大志君の受験と妹さんの進学を控えたこの時期に。一見すれば家族の問題に見えるけど、大志君の様子からしてそこまで逼迫してる様には見えない。それなら、やはり川崎さん本人か。
「……川崎さんさ――――スカラシップについて調べた事はある?」
自分で言うのもアレだけど、お金が掛るのは俺達も同じだしな……。
「やー、でもさ。隼人君、よくあんな…えぇと…スクラップなんて知ってたね」
「は、はは…スカラシップな」
気取った言い方の様に聞こえるけど、所謂奨学金の事だ。予備校によっては、成績優秀者は講座終了後に学費が返還される。勿論、それを掴むには相応の努力が必要だけど、川崎さんなら大丈夫だろう。
今回の依頼を通じて、俺達は少しだけ川崎さんの事を理解出来た気がする。
普段の態度から誤解されやすいけど、川崎さんは人付き合いが苦手なだけで、決して悪い人じゃない。むしろ家族に負担を掛けないよう、自分の学費を稼ごうとする意志の強さは見習いたいくらいだ。
俺もあの時、自分の意思を貫く事が出来ていれば、雪乃ちゃんを苦しめる事はなかった筈だ…。
「でもスカラシップくらい、ちゃんと調べればすぐに分かる事よ。それに気付かなかったのは、視野が狭いと言わざるを得ないわね」
「あ、あはは…。まぁ、予備校側もあまり大っぴらには告知しないし、仕方ないさ」
雪乃ちゃんの指摘も間違っていないけど…その辺にしてくれ。
あまり突っ込むと…ほら、知らなかった結衣の立場がさ…。
でも、川崎さんがスカラシップに挑戦する事は決して間違いなんかじゃない。後から聞いたけど、大志君もスカラシップに挑戦するらしい。流石に中学生は全額免除とはいかないけど、最高で半額の免除だ。
『俺、今までずっと姉ちゃんに頼ってばっかでした…。だから、これからは俺もしっかりします!隼人さん達にお願いして、ホント良かったっす!!』
長男として、妹や弟達にカッコいいところを見せたい――大志君は、そう言い切った。
初めて会った時はどこか覇気に欠けていたけど、今なら確信を持って言える。
きっと、大志君ならいいお兄さんになれるさ。
俺は一人っ子だけど、今だけは弟君達が羨ましい。
ドタドタ ドタ ガララッ!
「頼もう!!」
「―――うわぁ?!ビ、ビックリしたぁ…」
……と。突然、ドアを開けて誰かが入って来た。
と言っても、こんな入り方をするのは一人か心当たりがない。
「やぁ、材木座君。何か用かな?」
「うむ!実はお主達に火急の報せがある故、心して聞くがよい!!」
雪乃ちゃんと結衣は「また、どうせ下らない事だろうな」って顔をしてるけど、今日の材木座君はいつもと様子が違う。これは、ホントに何かあったのか…?
「実はな…―――この度、我の作品が正式に出版される事が決まったのだ!!」ドヤァッ!
…なん……だと……?
~続く~
※今週の八幡
「なん…だと…」orz
【スカラシップ対象者】
** ** ** **
** ** 川崎 沙希
以上4名
八幡、僅差でスカラシップ取得に至らず。