あいつ絶対耳年増だけだと思う。鯰尾藤四郎の方が無邪気に物理セクハラをかましそう。
にっかり青江がこの本丸に来たのは、わりと遅い。なんと石切丸よりも遅い。これについては、たまたまだろうと、彼は思っている。
ともかくも、他の短刀脇差辺りは大抵揃っていたから、大人びた容姿の青江はそのくくりの中では浮いて見えた。
初陣の時など、刀装を渡したへし切長谷部に向かって、女とも見紛うかんばせで
「ふぅん……君色に染めようって言うのかい?」
と色々と問い質したくなる返事を抜かした為に、とにかく沸点の低い長谷部が斬りかかり、周りにいた愛染国俊や今剣などが長谷部に飛びかかって抑えたのだ。長谷部は「気色の悪いことを抜かすな! 怖気が走る!」としか言わなかったので、どの点が怒りに触れたのか、詳しい動機は不明である。
一事が万事その調子で、多分に漏れず、発言の悉くが、心の汚れた者には不適切か不健全のどちらかに振り分けられるような刀であった。
ただ、お屋形様はそれを聞いても、
「聞いてはいたけれど、青江にも困ったね。まあ、そういう発言は私が聞いてやるから、言いたくなったら執務室へおいで」
程度しか言わないので、長谷部や歌仙、青江のすぐ後に来た加州清光が陰で手拭いを噛んでいたとの複数の目撃証言がある。
これも偶然見ていた短刀の証言だが、清光より早く来ていた大和守安定が、「部屋がじめじめするんだよ。お屋形様からも何とか言ってよ」と清光の襟首を摑んで執務室まで引きずって来た時には、さしものお屋形様も一瞬戸惑った顔になったが、「清光だっていつ来てもいいんだよ、おいで」と呼びかけたら「あるじぃ」と一声叫んで飛びついた。
のまではいいが、安定まで「おいで」と言われて飛びついてしまったという落ちまでついている。二人して顔から出る全ての液体と桜の花びらを振りまいていたらしい。
「兄様も、お屋形様に構ってほしいなら、ちゃんと言えばいいんですよ……」
目撃していた短刀が厨で手伝いをしていた時の何気ない一言で、三振りの刀が「心が重傷」と言ってその日の夕餉に出てこなかったという。
それを聞いた青江の言葉が、
「やれやれ、僕よりも歳長けた姿の割に、皆うぶだよねえ。……まあ、二人は少なくとも
「宗三はともかく、やっさだやきよみっさんは、おんしと同じぐらいか、おんしより若う見えるぜよ」
まだ青江の話についてこれる陸奥守吉行が、専ら相手をしている。
「実際、君も含めて幕末の刀は僕よりもはるかに若いからねぇ。経験の差は、あるだろうね」
「ほやきに、わしらは殆ど合戦の経験がないちゃ、まだまだよう解らんことがたんとあるきに、いろいろ教えとうせ」
吉行は相手を立てるあしらいが巧い。青江のぐい飲みに酒を注ぎながらそんなことを言うと、脇息代わりに卓袱台に肘を掛けていた青江は口の端を上げた。前髪で顔が半分隠れているからか、宗三左文字とは別の、変な色気がある。
「ああ。手取り足取り、一から十まで何もかも教えてあげるよ」
……よく、噴き出さなかった、自分を褒めたいと、当時
「お、おん、宜しゅう頼むきに」
――あん時は、まっこと、まっこと怖かったんじゃ。
泣き言はお屋形様と吉行だけの秘密である。
さて、いくさに出ている以上、刀剣男士も怪我をする。
「手酷いね」
出陣部隊を迎えに出たお屋形様が目を細めた。
「申し訳ございませんお屋形様。敵の本陣でやられました」
長谷部が今にも腹を切りそうな悲壮な顔つきで膝をつく。
「長ー谷ー部ー。あなたはまた。立ちなさい。石切丸お願い」
同じく砂埃と汗と返り血にまみれた石切丸が、
「自分が部隊長をしていたからといって、怪我人が出るとすぐ土下座するのは止めなさい。いくさに怪我はつきもの。誰も折れていなかったら、それでいい。それで、怪我の程度は」
「長谷部くんと鯰尾くんが軽傷。青江くんが中傷だよ。槍の攻撃に私が間に合わなかったんだ。青江くんには済まないことをしたよ」
恥ずかしいのか情けないのか、両方なのか、ちぎれそうなカソックの裾を顔に当てて首を振り続ける長谷部に代わって、石切丸が答える。
「仕方がない。適切に布陣はできても勝てないいくさだってあるさ。長谷部、こうしよう。あなたは後回しだ。しばらく痛みを堪えて反省でもして、後で反省文を提出しなさい。鯰尾と青江を先に手入れしよう」
お屋形様の声が聞こえたのだろう、長谷部がこくこくと頷く。なぜか長谷部の周りを桜の花びらが散り出した。石切丸も困った笑顔を浮かべて、長谷部を俵抱きにしたまま手入れ部屋に運ぶ。
――どうして、刀はこんな女々しいのが揃ってるんだろうね?
思いはしているが、今まさに女々しくて面倒なのを抱えている以上、石切丸は発言は控えた。
「お屋形様、鯰の尾のところ、気を付けてくださいね」
「解っているよ。一番あなたらしいところだものね。一目であなただと判る。可愛らしくて勇ましい。気を付けて手入れするよ」
鯰尾藤四郎は手入れ部屋の上り
「俺もだいぶ統率取れてきたと思ってたんですけどねー。油断してしまいました」
「慣れてくると油断するのが鯰尾の悪い癖だね。あと、私の手入れを受けたいからって、定期的に怪我して帰ってくるのは止めなさい」
ばれてた、と鯰尾は呟いて決まり悪そうな顔をした。まだ一期一振のいない粟田口の兄刀としては、薬研藤四郎とは別の方向で鯰尾も責任感がある。同じ立場でありながらも、普段の生活がぼうっとしがちな骨喰藤四郎の世話も一手に引き受けている面がある鯰尾は、軽やかに兄を演じながら、その実甘える言い訳が無いと気を緩められないのだろう。
「俺、いち兄が来るまでは全員の兄貴みたいなもんですから。カッコ悪いところ、見せられないじゃないですか」
「馬糞を卒業できればもっとカッコいいと思うよ。人間だと、そういうのを人前で話すのは小学生……元服前と相場が決まっているんだ」
ええっ俺は子供ですか、そんなあ、鯰尾が情けない声を出す。鯰の鬚のように立った髪がしゅん、と項垂れた。
「人の姿になってまだ一年も経っていない刀剣男士が何を言っているんだか。あなたも人としてはよちよち歩きの子供なんだから、甘えたいときには甘えに来ていいんだよ」
「じゃあ……こっそり行きます」
ぼそっと言うと、お屋形様がぽんぽんと鯰尾の背中を叩いた。なんだか嬉しくなって、へへへ、と笑いが零れる。
手入れの小さな御霊が、玉鋼を両手に持ってわらわらと刀身に集まる。いつ見ても不思議な修復だ。
「さて、たんこぶが治るまでおとなしく寝てるんだよ。ほんのすぐだからね」
「はい」
布団に潜り込んだ鯰尾の額を優しく撫でて、お屋形様は衝立を隔てた隣へ行ってしまった。すぐそばにいてくれると判っていても、自分にずっとついていてくれるわけではないのを、鯰尾は残念に思う。寝込んでいる時は、心が弱るのだ。
せめて、お屋形様が隣にいてくれることを感じたくて、鯰尾は耳を澄ませた。
「……何をしているんだい、青江」
青江は本身を抱えて、手入れ部屋の隅に
「応挙の幽霊画みたいになっているぞ」
「…………」
「まあとりあえず傷を見せなさい。聞いた話だと、脇腹を手酷くやられたとか? ほら」
青江はお屋形様の指示とは逆に、白装束を握り締めてますます丸くなった。お屋形様はずかずかと近づいて、白装束を青江の頭の方向に引っ張る。ずぼっと抜けて、手だけが離されまいと装束を握り締めている、間抜けな格好になった。
「何するんだい」
「手入れ」
「放っておいてくれないか」
「放っておくと手入れができん。脱がないなら切るぞ」
驚いたのか、青江の手が緩んだ。すかさず、お屋形様が装束を取り払う。
「返してよ」
「手入れが終わったら、ね!」
お屋形様は白装束を丸めて素早く廊下に投げた。ひょい、と別の手が伸びて、掻っ攫っていく。
「手袋もあの調子だと、血まみれなんだろう? 堀川に洗ってもらうから出しなさい。それから、その詰襟も」
青江は渋々といった顔で手袋を外し、同じく外に放り投げたが、それ以上はなかなか脱ごうとしなかった。
「手負いのネコか、あなたは」
お屋形様は溜息をつき、手入れ部屋の箪笥の引き出しから裁ち鋏を取り出した。色白なところに血を流した所為でもっと白くなった青江が、蒼白になる。
「な、何をするつもりなんだ」
「あなたが脱がないから、切るんだよ、服を」
「いやだ! 解ったから、やめてよ!」
青江の頬が、怒鳴った所為なのか何なのか、わずかに赤くなっているのを見て、お屋形様は口の端を上げた。
青江はまだお屋形様に背を向けて、もぞもぞとしている。
「……前を開ければいいだろう?」
「駄目。見たところ、あなた腕も怪我しているだろう。上半身だけでいいから脱ぎなさい」
「……僕を脱がせて、どうする気だい?」
「修復する気だい?」
ごく自然にさらりと返ってくる答えにああ、と青江は目を覆った。
「食いついてきてくれてるのか、ないのか、君は解りにくいなあ」
フフ、と笑うと、お屋形様から「他にも手入れ対象が控えてるんだから、さっさとしなさい」という冷たい声が飛んだ。
意を決して、袖から腕を抜く。
「ほら、脱いだよ」
「最初からそうしなさい。馬鹿なことやってるから傷が開いてるだろう」
応急で脇腹に巻いてもらった晒しに、血が滲んでいる。淡々と血で汚れた晒しを取り、熟れた
僕はこんなに恥ずかしいのに、
「君はどうして平然としているんだい」
「この程度なら見慣れたからね」
そうじゃない、と青江は心の中で悶絶する。
たとえこの身を形作った審神者だろうと、女性に肌を見られるのが、恥ずかしい。相手が平然としているのが、悔しい。
お屋形様は脱脂綿に酒精を含ませ、腕の怪我をひとつひとつ拭き取っている。大きな創傷は医療用シールで固定し、ガーゼを当て、丁寧に固定していく。
恥ずかしいのに、治療されているところから目が離せない。なのに、お屋形様の顔が見られない。
「はい、できた」
ばしりと裸の背を叩かれて、青江は我に返る。
「ああ、すっかり体が冷えてしまったよ」
まだお屋形様の顔を見られなくて、そっぽを向いて青江はシャツに腕を通した。
声だけでも、僕は平常心だと思ってもらえるだろうか。
「次は本身」
言われるままに、横を向いたまま、本身を渡す。
白布の上に本身を横たえたお屋形様の視線が、ふと青江を向いたように思った。
「青江もうぶだねえ」
むっ、として青江は反論する。
「
「そういう意味じゃなくて、初々しいってことさ」
いや、実に可愛らしい、そう言っては笑いを堪えきれずに肩が震えるお屋形様を見て、いくさの経験はあっても人としての経験は始めたばかりの脇差は口を尖らせた。
そうして、お屋形様が出て行ってから、衝立の陰で一部始終を聞いていた鯰尾に、「青江、か~わいいところあるじゃん」と言われて、真っ赤になって布団を引き上げてしまった。
その後、青江がしばらくの間、食事の際にお屋形様から離れてはいるけど、ごく自然にお屋形様が目に入る席に座ったり、皆で広間でテレビを見ている時に、一時間に数寸ぐらいの速度でお屋形様ににじり寄ったりしていたのを乱藤四郎に見つかり、「いつもあんなこと言ってるのに、オクテなんだぁ~」と囃されてキレた話はまた別の機会に譲ることとしよう。