私の間違ったダンジョン攻略 作:にゃー
読み流していってください。
「うわあああああああ!?」
すぐ後ろから聞こえる破壊音に、真横を並走していた相棒が大きな叫び声を上げました。
牛の頭を持った人型のモンスター…ミノタウロスは、黒く光沢を発する蹄を持ち上げて、粉砕した地面を大きくえぐります。
「ぐがあああああああああああ!!!」
空気を打ち付けるごとく放たれた咆哮に鞭打たれる様に、また私たちは走り出したのです。
ーーーー
オラリオーーーダンジョンと呼ばれる魔物の巣窟を足元に、天高く積まれた巨大な塔、『バベル』を中心に栄えた『迷宮都市』。
神様が本当に存在しているこの世界では、神々がそれぞれのグループーーーファミリアを作り、人々に神の恩恵(ファルナ)を授けて力を与えたらしいのです。そして、彼らの多くは冒険者と呼ばれ、日々ダンジョンに潜って冒険を続けていらっしゃるのだそうです。
ありがたいお名前を神ヘスティアから無事頂くことが出来た私は、はてこれからどうしようかと頭を悩ませました。
私はただのしがない中年おやじでただの会社員。その様な私が、この中世ヨーロッパ程の雰囲気漂う世界で一体どうして食べていけというのでしょうか。
「ほうほう、そうかいそうかい。な、る、ほ、ど、ねえ?」
その旨をある程度情報を隠しながら神ヘスティアにさらけ出してみました。すると、帰ってきたのは嬉しそうな微笑みと意地悪そうな声色だったのです。
「まあまあ、安心してくれていいんだぜ?ここに、そう!ここに!こんなに頼れる神様がいるじゃあないか!」
「な、なんと!?」
「君!」
がっと肩を掴まれ、ずいっと顔を近づけてきた神ヘスティアに、私は目を白黒させて身を固まらせました。
「君、僕のファミリアに入るつもりはないかい!?」
こうして私は冒険者の世界へと足を踏み込んだのでした。
ーーーそして数週間後。
「く、クロくーん!魔法でなんとかできないのかなあ!?」
飛んできた焦りの声に、私は息も絶え絶えに口を開きました。
「ひゅー…!ひゅー…!……っ!?」
「クロくーん!?」
声が出せなかった私に、相棒であるところの真っ白な少年ーーベルさんが目を白黒させます。
「なん…で…!!こんなとこっに…ミノタウロスが…!」
ミノタウロスーーー上層に居るはずもない、正真正銘の化け物。lv1の私やベルさんでは、逆立ちしても勝てないであろう圧倒的な差を持つモンスター。
ダンジョンは上層、中層、下層と分けることができます。上層は地表に一番近い、初心者の冒険者でも油断しなければ安心して赴くことができる場所。そしてもちろん数週間前にただの会社員から冒険者へと転職したばかりの私は、もちろん上層から下に行くことなどあり得ない事なのです。
ダンジョンは下に行けば行くほど危険度が上がっていく。出てくるモンスターはもちろんの事、ダンジョンそのものが脅威となって殺到してくるのだ…とは、ベルさんのアドバイザーであるエイナさんの言です。
ミノタウロスは中層に出現するモンスター…のはずでした。
それが、どういった因果なのか、今私たちの後ろまで迫ってきている…冒険者になってまだ数週間しか経っていないというのに、とんだ災難です。
「フゴァ!!オォォ!!!」
「っ!?危ない!!!」
曲がり角で、すぐ後ろまで殺到したミノタウロスは、確実に体力が減っているであろう私に向けて蹄を振り下ろしますーーーが、ベルさんに押し倒されて危うく死から逃れます。
だが。
「…いき…どまり…!!!」
ベルさんの苦い声に、私は息を整えながらゆっくり立ち上がりました。
「…ベル…さん」
「クロ君!だ、大丈夫!?」
「…はは、肺が死にそうです。元々体力がないもので」
「し、仕方ないよ…クロ君は後衛だから」
前を睨みながらそう言ってくれる仲間に、私は大きく息を吸って答えます。
「ベルさん…私が、敵の動きを魔法で一瞬止めます。その一瞬をついて逃げましょう」
「…で、でも…」
見ると、ベルさんの顔は完全に恐怖に飲まれたものとなっていました。私ももちろん怖いですが、だからといって動きを止めたらそこでジエンドなのです。
「ベルさん、大丈夫です。何とかなりますって…多分」
「…クロ君…最後のは必要なかったんじゃ…」
大人は責任のとれない発言はしないものなのです。
と、ここでミノタウロスが動き始めました。相手はもちろん油断しています。そりゃ、ネズミ2匹を狭い行き止まりに追い込んだんだから、もう殺したも同然という事なのでしょうが…。
「ーーー光よ!『フォトン』!」
「!?グボァァ!!」
光のエネルギーの塊がミノタウロスの頭をすりつぶさんと出現しますーーが、流石にlv1の魔法なんぞでは傷一つつきはしない。
光の奔流が消え去り、かすり傷一つもない顔を覗かせたミノタウロスはお返しだと言わんばかりにーーーお返しとしてはあまりにもオーバーキルな剛腕をふるいます。
しかし、その蹄の切っ先は圧倒的質量を伴って私とベルさんのはるか頭上、つまり全くの見当違いな場所の壁を豪快にえぐって止まりました。
「ベルさん!」
「…っ!」
ベルさんは私を抱えていまだに目が眩んだままのミノタウロスの脇をすり抜けようと地面を蹴りーーーー
「フガ…!?」
ーーーその瞬間。目が見えないままで悶えていたミノタウロスの体に、一線が浮かび上がりました。
「へ?」
「おやおや…」
2線、3線…まるで豆腐を切り刻むかの如く瞬く間にミノタウロスの体は細切れに切断され、その内臓物をベルさんと私に向かってぶちまけました。
ぶしゅうっ、と音を立てて魔石を残して消え去ったミノタウロスーーその灰の向こうから、控えめな声が投げかけられました。
「…大丈夫?」
現れたのは、剣を片手に首をかしげる金髪の美少女。無表情な顔をそのまま、首をかしげて…心配、しているのでしょうか。近寄ってきました。
「…あ…あ…」
「…ベルさん?」
と、ここで私は相棒の異変に気が付きました。私を抱えたままぷるぷると固まって、顔を真っ赤にして少女の事を見つめています。
ーーーあらあら、若いですねえ。
「あ、ああああああああああああ!!!」
「ちょ」
ーーーなんて思っていたら、いきなり放り投げられて逃げてしまいました。少年よ、強くあれ。
「…」
「…」
そして訪れる静寂。気まずい雰囲気が私たちの間を濃厚に漂います。
ですが、こんなところで二の足を踏むほど日本社会の荒波に揉まれたわけではありません。すぐに立ち上がり、顔やら服やらにこびりついた血をできるだけ急いでとって彼女に腰を曲げました。
「先ほどはご助力感謝いたします。私はヘスティアファミリアに所属しているクロアと申します。失礼ですが、あなたのお名前と所属のファミリアをお伺いしてもよろしいでしょうか」
「私は…アイズ。アイズ・ヴァレンシュタイン。ロキファミリアに…所属してる」
抑揚のない声でそう告げるヴァレンシュタインさんに、私はそうですか、と相槌を打って続ける。
「先ほどは私の仲間が失礼を。どうか謝罪と、そして命を救っていただいたお礼の機会をいただきたいのですが…」
貸し借りは早めに解消しておかないと、後々面倒になりかねません。
「それは必要ない」
おや、強く否定されてしまいました。私がなんででしょうと聞く前に、ヴァレンシュタインさんは口を開きます。
「ミノタウロスを逃したのは…私たちの責任。怪我がなくてよかった」
「…おやおや、それはまた」
なるほど。そういう事でしたか。
オラリオに来て数週間しか立っていない私ですが、それでも有名どころのファミリアや冒険者の名前くらいは把握しています。
ロキファミリアの『剣姫』。アイズ・ヴァレンシュタインと言えば、ものすごいスピードでlv5まで上り詰めた本物の有名人です。
そんなロキファミリアがまさか獲物を逃してしまうとは。気まずそうにしているヴァレンシュタインさんの、その理由がやっとわかった気がします。
「お礼とか、謝罪とか、あなたからもらうのは違う。逆に、私たちが謝らなきゃいけない…から。さっきの彼にも、怖い思いをさせちゃった…」
「ああ、あれは…」
と、寸でのところで私は言葉を飲み込んで、はははと笑ってごまかしました。
「ベルさんはああ見えて結構図太いですから。怖がったりなんかしてませんよ」
「…そう。だったら、よかった」
そういってふわりと微笑みます。あーあ、ベルさんも逃げなければこの笑顔が見れただろうに。
「ですが、やはり助けていただいたご恩に礼を尽くすのは当然の道理でしょう。また後日、そちらの都合がよろしければお伺いしたいと思います。ですが、今は、今しがた飛び出していった相棒の後を追いたいと思いますので、今日はこの辺で失礼したいのですが」
「…そう。わかった。それじゃあ、待ってる」
「はい。それでは、また後日」
私はそういうと、ヴァレンシュタインさんに背を向けて走り出しました。