―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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シーズン1第13話『依頼』

 

 夜の闇に包まれた城塞都市エ・ランテル。ごく一部の酒場などを除き人の姿はまばらであり、街は明るい時間帯とはまったく別の顔を見せている。

 エ・ランテル冒険者組合があるこの区画も、この時間になると人影は少なく、せいぜい数人の冒険者が報告に訪れている程度でしかない。

 

 だが今日はいつもとは違っていた。冒険者組合の建物を中心に人が集まり、気が付けば組合を半円状に囲んで人垣が十重二十重に囲み、人の声が重なりあってかなり騒々しくなっていた。

 

 冒険者組合の入り口前に、ど~ん! と座り込んでいるのは、背丈が人の2倍以上、幅はそれ以上の強大な体を持つ白毛の大魔獣であった。その姿はサイズを除けばジャンガリアンハムスターそのものと言えるが、ハムスターを知る者はこの場には存在しない。

 この魔獣の名はハムスケ。つい昨日までは”森の賢王”と呼ばれていた伝説級の魔獣である。現在はアインズの配下として新たな人生……いや獣生? を歩み始めていた。

 その傍らには漆黒の美しい髪をポニーテールにまとめ、深い茶色のローブをまとった絶世の美女、冒険者ナーベ――本来の名は、ナーベラル・ガンマ――が付き添っている。釣り合いのとれない二人……いや一人と一体。まさに、美女と魔獣とも呼べる組み合わせであった。

 

「んあーっ。ひまなのねー。ナーベ殿、殿はまだでござるか?」

 ハムスケは大あくびをしながら伸びをする。正直お疲れのおっさんじみた動きだ。

「まったく。これだから下等な獣は……」

 ナーベはため息をつき、ギッ! とハムスケを睨みつけた。

「うおおおっ! しゃべった!!」

「話すこともできるのかよっ!」

 群衆の誰かが言えば、それが連鎖してどよめきが広がっていく。

 

 ちょうどその時、ギイ~ッ!! という木が軋む音がして組合の扉が開き、漆黒の見事な全身鎧(フル・プレート)を着用した戦士が姿を現した。彼の名はモモン。演じているのはパンドラズ・アクターだ。

 

「ナーベ、ハムスケ、待たせたな。思った以上に時間がかかってしまった」

 使役している魔獣を都市に連れて入るには、冒険者組合で魔獣登録をする必要があった。モモンは先程までその手続きのため、ハムスケの絵を描いていたのだ。

 

「遅かったですね、モモン」

「おぉ、殿ぉ~それがし待ちくたびれたでござるよ」

「……すまんな。思った以上に絵を描くのに手間取ってしまった」

 モモンの中身は”アインズに変身しているパンドラズ・アクター”である。彼は至高の41人とナザリックで呼ばれているギルドメンバーの姿に変身し、その能力を八割程度にはなるが使用可能……という便利な特技を持っている。ただし、もう一度いうが”八割”程度でしかない。

 仮に本家が100レベルのモンスターを作成できるとしたら、80レベルのモンスターを作成するのが限度となる。絵を描くという場合もそれが適用されてしまうため、アインズが絵を描いた場合と比べ、パンドラズ・アクターが描いた絵の出来栄えは二割減となる。

 

 

【……漆黒の戦士は絵画にも興味があり、実際に筆をとってデッサンを行うこともあったという。もっともその絵は、下手の横好き……と評されている。大剣を振るう腕は超一流であったが、筆を振るう才には恵まれなかった……と言われている】

 このように後世の歴史家は記している。

 

 なお、ハムスケ達がかなり待たされた理由は、”描くスピードも二割減になる為、時間がかかった”という点にある。待たされる側からすればこの差は意外と大きい。

 

「とにかく早く行くでござるよ。ンフィーレア殿も待っているはずでござる」

 ハムスケは早く乗れと促す。

「……そうだな。では、行くとしよう!」

 モモンはバサァッ! という音をさせながら大げさに真紅のマントを靡かせる。

「オオッ!」

かなり芝居がかった動作ではあったが、群衆の目はすでに漆黒の戦士の一挙手一投足にくぎ付けになっており、それを気にする者はいない。

「……トオッ!!」

 無駄に気合の入った掛け声とともにモモンは宙高く飛び上がり、わざわざ膝を抱えて空中で前方にクルクルとニ回転してから、スタッ! という音とともに、ハムスケのまんまるい背中に見事に着地を決める。

 一瞬群衆は静まりかえったが、誰かが「うおおおおっ!」と叫んだ事をきっかけに大歓声があがった。

 

「うおおおおおっ!!」

「すっげええええええ!」

全身鎧(フル・プレート)を着ているとは思えないっ!」

「あれで(カッパー)? ありえないだろう」

「何かの間違いじゃないのか!」

「誰、誰?」

「戦士モモンだってよ!」

「ばっかやろ、モモン“様”だろ!」

「モモンさま~!」

「モモ~ン! モモ~ン!」 

 そして群衆の間から自然とモモンコールが沸き上がった。闇を切り裂くモモンコール。

 

 アインズがいたら精神が強制的に安定化させられていたと思われる光景だが、“役者”であるパンドラズ・アクターからすれば拍手や喝采は、喜びそのものである。

 

「…………」

 モモンは右手を胸に添え、大げさすぎるほど丁寧なお辞儀でそれに応えた。白き大魔獣を使役する漆黒の戦士モモンの名がエ・ランテルの歴史に記された記念すべき瞬間であった。

 

「おお、なんの騒ぎかと思っておったら、モモンさんじゃったか」

 人垣から現れたのは、しわくちゃの小さな老婆リイジー・バレアレである。相変わらずの薬草の染みがついた作業着姿だった。先日よりもさらに染みが増えている。

 

「おお。これはリイジーさん。ちょうどお宅へ伺うところでした」

「そうかえ。では一緒にいくとしようか。ところでこの強大な魔獣は?」

「それがしは、”森の賢王”……今はハムスケと名乗っているでござる。よろしくでござるよ」

 モモンの代わりにハムスケが答える。

 

「ひょえっ! しゃべった!!」

 突如魔獣が人語を話したため、まったく予期していなかったリイジーはかなり驚いたのだろう。小さな体はビクンと大きく跳ねていた。

「それに、この魔獣がかの有名な森の賢王……それほどの魔獣を支配下に置くとは……やはりお主らは只者じゃないようじゃのお……そういえばアローどのは一緒じゃないのかえ?」

「ええ。彼は別件で外しています。まあ、後で合流しますがね」

「そうかえ。まあよいじゃろう。では一緒に行くとするかの。それにしても立派な魔獣だのぉ」

 リイジーに褒められたハムスケは、わかりやすいくらいのどや顔になっていた。顔は見えないが、楽しそうに歩いているのが、馬上いやハムスター上? のパンドラズ・アクターに伝わってくる。

(調子に乗りやすい性格というところでしょうか。わるい奴ではないのですが)

 アインズが聞いていたら、「人の事は言えないだろう!」とツッコミを入れているところだろうが、ここにはいなかった。

 

 

 

 

◆◆◆ ◆◆◆

 

 

 

 エ・ランテル バレアレ薬品店前 

 

「……おかしい……明かりがついていない」

 不審に思ったモモンが店に入ろうとしたリイジーを手で制する。日が暮れてから大分たっているというのに、店内は真っ暗で、人の気配がしない。

「ふむ……確かに、そうじゃな」 

 リイジーも不自然さに気づく。

 

「なにかあったのでござるかな?」

 モモン達がンフィーレア&ブリタと別れたのは約2時間前。もうその時には暗くなり始めていたのだから、明らかにおかしい状況といえる。

「では私が先頭で入ろう。その後に続いてください」

「わかった。そうしよう」

 モモンが慎重に扉を押しあける。

「ンフィーレアや~い。モモンさんがきたぞーい!」

 反応はない。

「むっ……」

 モモンは扉の陰に倒れている人に気づく。

「どうしたんじゃい? ひょえ~っ!」

 モモンの後ろから顔を覗かせたリイジーは、人が血だまりの中に倒れているのを見て悲鳴を上げた。

 

「……ブリタさん」

「知っているのかえ?」

「一緒にンフィーレアさんの護衛をした冒険者です」

 モモンはリイジーの方を見ずに応えゆっくりとブリタへと近づいていく。

「モモン、どうですか?」

 周囲を警戒しながらナーベが尋ねる。

「……かろうじて息がある。虫の息というところだが……」

「なにっ? その出血で、生きておるのか?!」

 リイジーは目を丸くする。

「ああ。……なるほど、“コレ”のおかげのようだな」

 うつ伏せに倒れていたブリタを仰向けにすると、割れたポーションの瓶が転がっている。どうやら倒れた衝撃で持っていたポーションが割れ、運よく回復の効果が発揮されたのだろう。刺された箇所が頭や心臓でなかったことが幸いしたとみえる。

「だが、このままでは……」

 このまま放置すれば手遅れになる。かなり深刻な状態だと判断する。

 

『アインズ様! 緊急事態発生です。赤毛が刺され、ンフィーレアが攫われたようです』

『……パンドラか。そうか、ンフィーレアが攫われたか。……赤毛は何か言っていたか?』

『残念ながら。かろうじて生きてはいますが、虫の息ですね』

『そうか。すぐに行くから待っていろ。場所は当然、バレアレ薬品店だな』

 〈伝言(メッセージ)〉を起動し、パンドラズ・アクターはアインズに急を知らせる。

 

 

「モモン!」

 直後、アローに変身したアインズが中へと飛び込んでくる。

「アロー!」

「これはいかん。治療するぞ」

 アインズは赤いポーションを浸しておいた布をブリタの傷口にあてる。

『アインズ様、これは赤のポーションですか?』

『ああ。たぶんリイジーなら何かを感じるだろうが、そのものをみせたわけじゃないからな』 

 アインズは自分たちの体でリイジーの視線を遮りながら、ブリタの治療に取り掛かる。

 

 このあとブリタは意識を取り戻し、女が犯人であることを告げた。

 

 

「かなりの凄腕だな。迷いがない犯行だ」

「ンフィーレアはどこじゃ???」

「リイジー・バレアレ。我々で少し探ってみよう。お前はブリタを頼む」

 体よく部外者を外へ出すことに成功したアインズ達は、作戦会議を開始する。

 

「犯人はわかっている。実行犯はクレマンティーヌという元スレイン法国漆黒聖典第九席次の女だな」

「叡者の額冠という秘法を盗んだという女ですな」

 このあたりの情報はすでに『ネットワーク』から掴んでいた。

「ああそうだ。影の悪魔(シャドウデーモン)からの報告では墓地へ消えたということだ」

「今からその現在の状況を映し出します」

 いくつかの魔法をかけてから〈水晶の鏡(クリスタル・モニター)〉を発動すると、アンデッドの大軍が衛兵たちを追い詰めているのが見える。

 

 

「急ぐとするか。あまり被害を出したくはないのでな」

「かしこまりました。して方針は……」

「首謀者の男を始末する。他の冒険者に邪魔をさせないようにしつつ、我々の名声を最大限に高めるように動く。ちょうど観客もそろっているしな」

「かしこまりました。アインズ様」

「かしこまりました」

 

 この後アインズ達は、リイジーに全てを差し出すことを代償に、ンフィーレア・バレアレの救出依頼を受けることにする。

 

 リイジーとブリタは状況報告の為に冒険者組合へ、アインズ達は事件解決の為墓地へと向かう。

 

 


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