―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
ペテルとブリタが、
二人の正面……フロアの右奥には2F客室へと繋がる広い螺旋階段が見える。
(……酒をしこたま飲んだ後の螺旋階段は、目が回りそうだな)
ペテルは何度見てもそんなことを考えてしまう。
フロア中央奥には、洒落たバーカウンターが見える。20人が座れるようになっているが、今は金髪のバーテンダーの姿しか見えない。
「おっ! “勇者”てんちょーと、
バーテンダーのルクルット・ボルブは、二人を見つけニヤニヤとした笑顔を浮かべていた。明るい緑を基調にしたベストと蝶ネクタイが妙にマッチしている。
「だから“勇者”はよせよ、ルクルット!」
「なによ、その“お守り”って!」
二人は抗議の声を上げるが、ルクルットにはまったく響いていない。
「はいはい。わかったよ“勇者”様。で……
ルクルットはそんなことを言いながら、手際よくカウンターにお酒の入ったグラスを二つ置いた。
「私はブリタよ。お守りじゃないわ!」
「こまけえことは気にすんなって。嫁の貰い手がなくなるぜー。ま、とにかく飲めよ」
「サンキュー、ルクルット」
「細かいことじゃないわよ! 失礼ね!」
このルクルットとブリタのやりとりは、顔を合わせる度に形を変えて行われており、いわゆるお約束になりつつある。
(やれやれ、こんなに仲良いんだから付き合っちゃえばいいのに……)
などとペテルは思ったが、それを口にしても二人から一斉に攻撃されるだけなので、心の中に秘めておいた。
もっとも、そのペテル自身も、常連客からは”ブリタと良い仲”だと思われているらしいのだが、本人にその自覚はまったくなかった。
「……相変わらず賑やかだな」
ここで静かな声をかけてきたのは、坊主頭の
彼は凡庸な顔つきであり目立たない存在だ。たぶん人ごみにいたら埋もれてしまって探すのは難しいだろう。ブリタは“平凡な人”と思っているようだが、こう見えても”元スレイン法国特殊部隊陽光聖典のリーダー”を務めていた超エリートである。
「ルーイさん、こんばんはー」
「お疲れ様です」
ペテルとブリタが挨拶し、軽く頭を下げる。
「今日も順調だったのかね?」
ルーイは、答えのわかりきった質問を投げかける。
「ええ。おかげさまで。もっとも開店以来順調じゃない日なんてないですけどね」
「……それはなによりだ」
「そちらはどうですか?」
ペテルにとってもわかりきっていることだが、一応社交辞令として聞いてみる。
「……順調だな。さっきのペテル君の台詞ではないが、開店以来順調ではない日などないな」
その”漆黒”の人気に後押しされて、集客は順調である。今日はまだ開店直後であり、まだ客の数は少ないが、もう少しすれば客が集まり熱気に包まれるだろう。
「そうですか。やっぱり“漆黒”の人気が凄いんですね」
「そうだな。お互いこのまま順調にいきたいな」
ルーイはそれだけいうと、フロアの様子を見にいってしまった。
「……気にするなよ、ペテル。ルーイさん……いや、店長はいつもあんな感じだぜ。“静”の人だからな」
「気にしちゃいないさ。いつも冷静だなって思ってさ。そういう意味ではお前とは逆だな」
「俺が冷静じゃないのは、女の子、それも美人が絡んだ時だけだよ。……ま、あの人が冷静なのは認めるぜー。あの人はああ見えて切れ者だよ。視野がすげえ広いんだよ。俺達が気づかないようなこともしっかり見てくれているよ。俺からすれば“指揮官”って感じだな。前のことは聞かないけど、何をしていた人なんだろうな」
実際に彼がエリート部隊の指揮官であったことなど彼らに知る由もなかった。
「ねー、レイ。今日も平和だねー」
「そうだな。平和だな、クレア」
ブレインとクレマンティーヌは2階の中央の一角、吹き抜けに張り出した歓談スペースで、二人隣り合って1階フロアを見下ろしていた。ちなみに彼らはここから、見張りをしているのであって、別にのんびりと歓談をしているわけではない。
「ふあ~あ」
クレマンティーヌは欠伸を噛み殺す。彼らはそれぞれ“レイ”と“クレア”と名乗ってこの
「開店してからずっと用心棒やっているけどさー、ほっとんど何にもないよねー」
「ああ、ないな」
同じ建物内に、あの“漆黒”がいるのだ。そうと知っていて暴れる奴などほとんどいなかった。せいぜい数回酔って暴れた奴がいたので、軽く打ん殴って放り出したくらいだろうか。
「たまには誰か暴れてくれないかなー」
「まったくだ」
「ま、“別のお仕事”でストレス発散してるいからいいけどー。どうせここじゃ殺せないし」
「まあここは
「そうだねー。もっともあの方達は強いからさー。下手するとフォローされるのはこっちだよねー」
ブレインは頷いて同意を示す。
「……そういえばお前さんも戦ったんだって?」
「うん。知らなかったとはいえ、無駄なことしたよねー。オタクもでしょ?」
「ああ。俺の必殺剣がまるで通じなかった。圧倒的だったな……」
「だろうねー。私もあの戦闘は思い出したくないなー。腕二本骨折られて、さらに足一本の靭帯ねじ切られたしー」
言葉とは裏腹にクレマンティーヌはニヤニヤしている。
「それは……確かに思い出したくないな……」
ブレインは、自分が幸運だったのだと知った。
(ところで此奴はなんでニヤニヤしているんだ? あまりにひどい目にあっておかしくなったのだろうか?)
当然の疑問であった。
「……来客だな」
「だね」
扉が開く音に反応し、二人はそちらに目をやった。入口からは10人を超える男たちがわらわらと入ってくる。
「レイ……目つきの悪い奴らが入って来たね」
「ああ。あれは間違いなく悪党だろうな」
彼らは知らないが、入ってきた連中は、公認ショップに潰された詐欺まがい商法の店を任されていた者たちだった。
「だれに許可を得て営業してやがるんだ!」
「ふざけんじゃねえぞー!」
人数は15人。装備はバラバラで、剣や棍棒・斧に短剣とまったく統一性がない。一点揃っているとすればそんなに質のよいものではないということぐらいか。
「都市長パナソレイ・グルーゼ・デイ・レッテンマイア様に営業のご許可をいただいておりますが」
静かな語り口で店長のルーイが応じる。
「そんなこと聞いてんじゃねーンだよ。都市長だあ? そんな奴の許可なんて、あってもなくても一緒だぜっ!」
「そうだ、そうだ!」
「ふざけんじゃねえーぞ」
口々に叫び、罵る。闖入者たち。
「……ペテル、こいつら……」
「ああ。詐欺まがい商店の奴らだな。……漆黒の店に乗り込んでくるとは思わなかったな」
カウンターでグラスを傾けていたペテルとブリタは、男たちの数人に見覚えがあった。
「あ、美しいお嬢さんたちは2階に上がっていてねー。すーぐ解決するからねー」
ルクルットは先程来てカウンターで飲んでいた女性たちに2階へと上がるように促す。
「こちらへ」
フロアを担当しているニニャが女性客を先導して2階へと上がってゆく。
「ふむ。この都市で一番の権限をお持ちの都市長のご許可以上のものがあると?」
ルーイは感情の見えない黒い瞳で、闖入者たちを見る。
「ふはははは! しらねーのか。都市長なぞ関係ねえ。八本指の後ろ盾がなければなあっ!」
男は手に持った剣でルーイに切りかかる。
「言質はとったな……開始!」
後方へ飛び退いて避けつつ、ルーイは簡潔な指示を出す。
「とおっ!」
「よっ!」
ルーイの合図とともに、2階からブレインとクレマンティーヌが、アダマンタイトでコーティングされた警棒を片手に飛び降りてきた。
「セイッ!」
ブレインの警棒が唸りを上げ、手近にいた男の左の肩口を横なぎに打ち払う――もっとも男たちには動きが速すぎてまったく見えていなかったが。
「ぐぎゃっ」
一撃で骨を粉々に砕かれた男は、あまりの痛みに意識を失ってしまう。
「やっほー! ひっさびさー!」
クレマンティーヌが嬉しそうに警棒を男の腹部へと突き立てる。
「うぐっ……うえ」
やられた男は、両手で腹部を押さえながらがっくりと両膝をついた。みるみるうちに男の顔色が青白くなり、胃の中のものが勢いよく逆流! 汚物を戻しそうになったが、その前に開いたままの扉から外へとクレマンティーヌが蹴り飛ばした。
「てめえの汚いもんで、この店を
「その通りっと!」
ペテルとブリタも素手で男たちと立ち合い、数人を店外へと投げ飛ばしてみせる。
「へー、やるじゃん、アンタら!」
クレマンティーヌが素直に讃辞を送る。
(私に一撃でやられたのにねー。この赤毛意外とできるじゃん)
「どうも。クレアさんほどじゃないですけどね」
ペテルはクレマティーヌの方へ顔を向ける。
「てめええらあああ!」
そのペテルの死角から男の一人が剣で斬りかかる。
「ペテル!」
「しまっ」
「ペテル、頭さげろや!」
ペテルはルクルットの声に反応して慌てて頭を下げた。その頭の上をシュルシュルと音を立てながらシルバートレイがフリスビーの要領で飛んでいく。
「ぐべっ……」
男の鼻に直撃! 男は涙目になりながら、鼻を両手で押さえる。どうやら折れたらしい。壊れた蛇口のように鼻血が噴き出し始めた。
「だから、この店を
この男もクレマンティーヌに蹴り出される運命だったようだ。
「てめええええっ!」
二人がかりでクレマンティーヌに襲い掛かる。
「魔法の矢《マジックアロー》!」
二階の張り出しから声がして、魔法の矢が男二人を弾き飛ばす。これは女性客を誘導し終えたニニャの援護だった。
「サンキュー、ニニャちゃん。いちおーお礼いっておくよー。別にいらなかったけどねー」
「あとはお願いします」
ニニャはぺこりと頭を下げた。
「あいよー」
「蹂躙を開始する」
リーダー格以外の残りは、ブレインとクレマンティーヌという強者に蹂躙され、あちこちの骨を折られて店の外へ叩き出されることになる。
「どうやら、残るはお前だけのようだな」
ルーイは表情をまったく変えず、静かな声で告げた。
「くっ……なんなんだここは」
「知らないのか? ここは
「それは知っているが、なんでこんな強い奴らがいるんだ」
「ははははっ……簡単さ。君が弱いからだ。なにしろ“弱者を作りだすのは強者だからな”……だったか」
「くそっ……てんめえ、ぶっ殺す!」
男はおちょくられたと判断して激昂する。
「ルーイさん、あとはレイさんに任せて!」
「いや、“私に挑んでくる相手を無下にはできんだろう”。相手をしてやる」
「しねえええええっ!」
鉄の棒で殴りかかったが、ルーイは表情を一切変えずに避けつつ殴り飛ばしてみせた。
「えっ?」
「うそっ……」
「やるう♪」
もう一度言おう。彼は……こう見えても”元スレイン法国特殊部隊陽光聖典のリーダー”を務めていた超エリートである。陽光聖典に入るには、
「なっ、なんなんだ、この店。……みんな強えええ……」
たまたま店で飲んでいた新人冒険者達は茫然としていた。
それはそうだろう。この店にいる従業員の戦闘力は、一般のレベルにはない。
最強はブレインで、50レベル強。次いでクレマンティーヌが40レベル前後。ルーイことニグンは、実は20レベルを超える。そしてルクルット達漆黒の剣も10レベル前後はある。
この中で一番弱いのが元
それに彼女は、先日死の淵から蘇ったことで戦闘力が大幅にアップした……などという夢物語があるわけもなく、今回はただ単に相手が弱すぎただけのことであった。
「予想通りに食いつきましたな」
「ああ。わかってはいても不快だがな」
パンドラズ・アクターの言葉に、アインズは不満げに答える。
ここはナザリックではないが、自分にとっては拠点の一つだ。そこを薄汚い連中に踏み込まれるというのは、やはりいい気分ではない。いくら自分たちが書いたシナリオ通りであったとしてもだ。
「これで”八本指”は
王国を牛耳る影の組織”八本指”とアインズ達の戦いが、今幕を開ける。