―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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シーズン3第6話『涙のリクエスト』 

 

 たくさんの人間と握手を交わし、リクエストに応え、言葉を交わすというナーベにとっては苦行の一日が終わろうとしている。

「ありがとう」

 最後の一人を送り出し、ナーベはふう~っと息を吐き出した。ようやく終わりである。疲労しないアイテムを身に着けているはずなのにナーベは疲れてきっている。さきほどまでは、ピンと張っていたポニーテールがぺシャンと垂れ下がっており、彼女の精神的な疲労を表していた。

 

 

「あ、あの……」

「!?」

 突然後ろから聞こえた声に、ナーベはビクンと反応し、たちまちポニーテールがピンとなる。ナーベは声のした方を振り返ったが、そこには誰もいない。

「!?」

 おかしいなと思いながら、ナーベは気のせいだったかと考える。

「あ、あのーー」

 やっぱり気のせいではなかった。ナーベは誰かが不可視化しているのかと周りをキョロキョロする。実際彼女の姉妹の中には、そうやって人を脅かしたり、びっくりさせたりするのが趣味のものがいる。

「あのー、したです」

 ナーベが声に従い目線を下げると、身長1メートルくらいの小さな女の子……漆黒の髪をポニーテールにまとめ、きりっとした顔をしている。身にまとっているのは深い茶色のローブで、腰には一振りの剣――短剣というべきか――を下げている。その格好はナーベのコスプレのようだった。実際そういう格好で握手に来たものは10人以上おり、それだけであれば別段珍しくはない。

 

「!? ……私に似ている……?」

 そう、その子の顔立ちはナーベにソックリだった。ナーベをそのまんま幼くしたような感じである。

 ナーベは大人として創造されたが、もし子供時代があれば、きっとこんな感じであっただろう。

「ナーベの娘です」とか、「ナーベの妹なのですよ」と言われたら、きっと誰もが信じてしまうくらいにそっくりだった。

 そんなナーベにそっくりの小さな女の子は、その小さな瞳に大粒の涙をいっぱい浮かべている。

 

「どうしたの?」

 ナーベは、片膝をついて目線をその女の子に合わせ、可能な限り優しい声を出してみる。

(たしか、こうされていたはず……)

 いつもモモンとアローが小さな子供に対応するときは、このようにしていることを彼女は間近に見ていた。今までは気にしていなかったが、ここはそうすべきと判断し、二人の姿を思い出しながら真似をしたのだ。

「ふえ……あ、あのね……チケットどこかにおとしちゃったみたいなの……クスン」

 女の子の右手には、チケットが1枚だけ握られていた。ナーベとの握手イベントには5枚のチケットが必要である。

 

『これは興味深い展開ですね、アインズ様』

『うむ。予測がつかんな。ルーイに邪魔をさせないようにしろ』

 アインズとパンドラズ・アクターはいつものように伝言(メッセージ)を飛ばす。

 

「ルーイ、ちょっといいかな?」

「はい。モモンさん」

 モモンはルーイを呼び寄せ、なにごとか一言二言話しかけ、ルーイはそれにしたがってこの場を離れていった。これで、ナーベと少女の邪魔をするものはいない。

 

「……困ったわね。チケット5枚が必要だけど……貴女は1人でここに来たの?」

 ナーベはとにかく優しい声で言うように努めるが、5枚必要という言葉を聞いて少女はまた涙を流し始めた。

「たりない……ぐすん……うん、ひとり……」

 少女は何とか答えることができた。

(こんな小さな子が一人でこんなところへ? いくら我々がここにいるとはいえ、この辺りはまだまだ治安が悪いとアインズ様から聞いている。この子の親は何をしているの? だから下等生物(ゲジゲジ)なのよ)

 ナーベは心の中で毒づいたが、顔には出さない。奇跡的な対応である。

 

「そう。貴女、お名前は?」

「……ベラルです」

「そう。ベラル、もう泣かなくていいのよ。はい……」

 ナーベは、優しく右手を差し出した。

「……いいの?」

「もちろん。ありがとうね、来てくれて。一番最後が可愛いお客様でよかったわ」

 

(な、なんとっ! あ、あのナーベラルが!? このような対応をできるとは! 明日何か悪いことが起こるのではないだろうな?)

(おおっ! す、素晴らしい対応ですな。これぞ“神対応”という奴では!!)

 アインズとパンドラズ・アクターは同じように驚く。

 

「あ、ありがとうございます。ナーベさん」

 ベラルの小さな手が、ナーベの手に包まれる。

(守ってあげたくなるな……なんでだろう。下等生物(ケムシ)相手なのに……)

 ナーベの心に今までにない感情が湧きあがる。ナーベは気づかぬうちにベラルをぎゅっと抱きしめていた。

 

「な、ナーベさん……」

「!? あっ……」

 ナーベは自分の行為に驚きを隠せない。あわてて離れる。

「ありがとうナーベさん。あの、おねがいがあるのですが……」

 リクエスト券までは持っていなそうだったが、ナーベはすでにそこに関心はなかった。

「いいわよ。何かしら?」

 ナーベは自然と笑みを浮かべている。無理やりに作ったものではない本当の笑顔。彼女は確実に成長している。

「はい、ひとつだけ、みてもらいたいものが、あって……」

 ベラルは感激で、またウルウルしながらナーベをみつめる。もはや否とはいえないし、そんなことを言うつもりもなかった。ナーベは首肯し、続きを促す。

「まほうを……みてください」

「魔法?」

 ナーベは顔色を変えていないが、内心かなり驚いていた。こんな小さな子が魔法を使うのかと。

「はい。“こうげきまほう”です」

 小さな女の子には似つかわしくない言葉だ。

「……いいわ。見てあげる。そうね…………あの青いオジサンに向けて撃ってみて」

 ナーベはあたりを見回し、腕組みをしながら壁にもたれていたレイことブレインを発見すると、それを指差しながらベラルに指示を出す。

「おいおい、ナーベさんよ。俺は、まだまだカッコいいイケメンの“おにいさん”……なんだがな?」

 ブレインは憮然とした顔でナーベを見る。

「くぷぷー」

 その左隣で同じように壁にもたれかかっていた、クレアことクレマンティーヌが両手で口を押えてケラケラ笑っている。露出している腹筋がプルプルと震えていた。

 それを見たブレインの額に青筋がピキピキと浮かび上がり、殺気を放ち始めたのが周囲の人間には感じ取れた。

(うわー、レイさんマジで怒り始めているよー。クレアさんもよくあんなこと言えるよなー)

 ブリタはハラハラしながら様子を眺めている。

 

「……まあ、あっちの“オバサン”でもいいけどね。二人とも歳だけどそれなりに頑丈だし」

 ナーベはその隣を指差しながら毒を吐く。

「ああん? 私は、まだまだピッチピチの“おねーさん”だよー。ちょっと、いくらナーベちゃんでも、それは許されないよ。笑えないってー」

 クレマンティーヌは獰猛な笑みを浮かべながら、腰の警棒を即座に右手で抜き放ち、左手の掌をポンポンと叩いて威嚇してみせる。

 もっとも相手が相手なだけにこれはポーズである。

 

「ケッ……ビッチビチのビッチの間違いだろう……いてっ」

 ブレインの脇腹をクレマンティーヌが素早く小突いたようだ。武技“領域”を発動していなければこんなものなのだろう。

「ああん? なにか言ったか、レイ?」

 怒気をはらんだ顔でブレインを睨みつける。

 

「はあ……面倒だから、まとめてやってみて」

 ナーベはどうでもいい気分になっていた。

「う、うん。いいのかな……〈まほうのや(まじっくあろー)〉!」

 ベラルが放った二つの光の矢が、ブレインとクレマンティーヌを襲う。

「ゲッ!」

「マジっ?」

 冗談だと思っていたら本当に攻撃魔法が飛んできたので、二人はかなりびっくりしていた。

「くっ……“領域”」

 ブレインは武技を発動し、光の矢を警棒で叩き落とす。

 常人では難しい芸当だが、達人であるブレインであればこの程度の魔法なら何とかなる。これはかつてどこかの国で、が開発された“魔法を斬る”という技をブレインなりにアレンジしたものだ。

「――不落要塞」

 クレマンティーヌは警棒でガードし、あたる瞬間に武技を発動することでダメージをゼロにする。

 

「一部天才にしか使えないとされる、“不落要塞”を使いこなすなんて……」

 なりゆきを見守っていたペテルは自分では使えなかった武技を見て、同僚の凄さを改めて知ることになる。だが、同時に「クレアさんならあり得るか……」とも思っていた。ちなみにペテルは下位の技である“要塞”を使うことは可能だ。

「それよりもあの子ですよ……あの歳であれだけの威力の魔法の矢(マジックアロー)を打てるなんて……天才かも?」

 ニニャはびっくりしてもともと大きい目をさらに見開いていた。自分も魔法詠唱者(マジックキャスター)として恵まれた生まれながらの異能(タレント)を持っているが、目の前にいるこの小さな女の子は、それ以上の生まれながらの異能(タレント)持ちだと思われた。

 

「ど、どうかな?」

 ベラルはナーベの顔をじっと見る。

「素晴らしいわよ。ベラル」

 この瞬間、店内がざわついた。ナーベが名前を呼ぶのはかなり珍しいことだ。実際顔を合わせる機会の多いSCHWARZ(シュヴァルツ)VERDANT(ヴァーダント)のメンバーですら、名前で呼ばれた記憶はないのだから。

 

「あ、ありがとう」

「もっと努力を重ねていけば、凄い魔法詠唱者(マジックキャスター)になれると思うよ」

 ナーベはスッと右手を伸ばし、ベラルの漆黒の髪を優しく撫でた。

「ほんと? うれしいな……わたし、がんばる!」

 ベラルはにっこりと笑ってみせた。もはや先程までの涙はどこにもない。

「そうすることね」

 ナーベも最高の笑顔であった。そっくりな二人は、同じような笑みを浮かべ遠くへ沈んでゆく夕日を見つめていた。

 

 こうして、“漆黒の触れ合いイベント”は大盛況のうちに幕を閉じた。

 

 

 なお、モモンの方でも変わったことはあったらしいが、それはまた別の話である。 

 

 

 


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