―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~ 作:NEW WINDのN
城塞都市エ・ランテルの一角、スラム街と市街地との境目に綺麗なパールホワイトで塗装された、3階建ての建物がある。
王国3番目のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”は、この建物の3階に拠点を構えており、依頼のない日はここにいることが多い。
建物の1・2階は、
また併設されている
この二つの店は、実はアインズ・ウール・ゴウンが絶対的な支配者として君臨する“ナザリック”の直営店であるが、そのことは住民の誰もが知らない。
表向きは“漆黒”の信頼する友人である“オリバー・クイーン”なる青年がオーナーということになっているのだ。
このオリバーは、“漆黒”のメンバーの一人である“緑衣の弓矢神”アローの非戦闘形態であり、同一人物なのだが、それを知る者は、店の関係者の中には3人しかおらず、他の者は別人だと思っている。なお本当の正体は、アイテムで変身中のアインズ本人だ。
その
店の1階奥にはカウンターがあり、店の関係者がずらりと並んで座っている。
右から順にニニャ、ルクルット、ペテル、ブリタの元冒険者組。そして店長のルーイ、用心棒のクレア、レイの7人である。もちろんアルバイトスタッフは他にもいるが、基本的にこの7人が両店舗の中心メンバーであった。
今日は、新作メニューの試食会があるということを事前にオリバーより告げられており、今は、全員お腹を空かせている。
「今回はどんな料理だろうね?」
楽しみで堪らない! という顔をしているのは、赤毛の元女冒険者ブリタだ。現在は
「想像つかないよ。オーナーの考える料理って、俺たちが考えるものとはまったく違うからなあ」
「ペテルのいう通りだぜ。前回だって、“カレイとライス”とかいう、不思議な茶色のスパイシーなソースを、白くて、噛むと甘い不思議な穀物にかけて食うメニューだったし」
「違いますよ、ルクルット。“カレイとライス”ではなく、“カレーライス”っていうメニューですよ」
あやふやな記憶を持つルクルットをしっかりとしたニニャがフォローする。冒険者の時と変わらないコンビネーションを発揮する。
「お前はいつもそうなのである! ちゃんと覚えておかないと困ることになるのである!」
ペテルは、かつての仲間であったダインの口調を真似する。元漆黒の剣の面々は、(この場にダインがいたら、きっとこのタイミングでこのようなことを言っただろうな)と懐かしく思っていた。
ダインは、恋人とともにカルネ村へと移住し、今は村の復興を手助けしていると聞く。
「ダイン……元気ですかね?」
「だいじょぶだろーよ。あいつは死にそうな目にあっても死にやしねーし」
「……それは我々もですけどね……」
ペテルとニニャ、そしてブリタは苦笑する。3人とも死の恐怖もしくは、死の誘いから生還した側の人間だから。
「お待たせー! 新メニューを考えたぞー。あれ、どうしたみんな? もしかして待たせすぎてしまったかな?」
オーナーのオリバーは、場の雰囲気がしんみりしているのを察知して、おどけてみせる。
「そんなことないですよ。どんなメニューだろうって想像していただけですよ」
こういう時一番気が回るのは、元リーダーのペテル。ルクルットのフォロー慣れしているだけのことはあった。
「さ、これが新メニューだ」
オーナー自らが考案し、試作した新作メニューが、ワゴンに乗せられて運ばれてきた。
「うわー、毎回のことながら、オーナーの作った料理、目茶苦茶うまそー!」
バーテンのルクルットが、歓喜の声をあげている。
「もう、みっともないですよ、ルクルット。よだれ拭いてくださいよ」
右隣に座っていた元チームメイトのニニャが、慌ててナプキンを差し出す。
「そんなこと言ったってよー。見ろよ、このアッツアツで、肉汁たっぷりの肉の塊。かかっているソースが、いい匂いだぜ。食欲そそりすぎて、もう早くかぶりつきたいぜ」
渡されたナプキンで口元を拭いながらも、ルクルットは目の前の料理にくぎ付けだ。
「なんとなく下品な表現するのやめてもらえません?」
ニニャは呆れて、溜息をついた。
目の前の白い皿に置かれているのは、黒に近い褐色のソースがかけられた、いわゆるチーズインハンバーグと呼ばれる食べ物だが、この世界では皆初めてみる料理だ。それに温野菜の付け合せが添えられている。
「デミグラスソースと二種類のチーズの“ダブルインパクト”ハンバーグだ。さあ、食べてくれ!」
「せっ!」
用心棒のレイことブレイン・アングラウスは目にも止まらぬスピードで、一瞬のうちにハンバーグを細かく切り裂く……いや切り分けた。もちろん得物は刀ではなく、普通の食事用ナイフである。
切り目から肉汁がジュワ~ッと溢れ出し、そして2種類のチーズがトロリと蕩けだし、いい香りが鼻腔をくすぐる。
「くうーっ! このデミグラスソースという、未知のソースと、2種類のチーズが織りなすハーモニー、さらに肉汁まで混ざって、まるで味の
真っ先に食べたルクルットが、感想を述べる。
「うーん、美味しいっ! モグモグ。 ……さすがオリバーさん! これは、絶対人気出ますよ。冒険者とか好きそうですね」
ニニャは、感想を早口で述べると、すぐに次のハンバーグを切って口へと運び、小さく「うまいっ!」と呟いていた。
「さすが、オーナー。これ、すっごくうまいっすね!」
「本当、ほろっと口の中で蕩けるこのハンバーグってのが、めちゃくちゃ美味いっ!」
ペテルとブリタが、ほぼ同時に感想を述べた。
「おー、ありがとう。牛と羊のチーズを使ってみたのだが、どうかな?」
「素晴らしい組み合わせです。オーナー」
ルーイは品よくゆっくりと味わっている。こういうところもやはりエリートというべきか。
「さっすがだね、オリー。見たこともない料理だけど、まず見た目のバランスがいいよね。付け合せも緑と赤い野菜を使っていて、見た目も色鮮やかだし。運ばれてきた時の湯気も迫力があったし、この香りも本当に、食欲そそるよね。……もちろん味もサイコーだよ」
クレアこと、クレマンティーヌは、綺麗な所作で食べている。ピンと張った背中、姿勢の美しさそして、洗練された動きでお淑やかにそして上品に口へとハンバーグを運んでゆく。
(ほう。クレマンティーヌの奴、きちんとした教育を受けていると見えるな)
一番意外に思っていたのは、かつてスレイン法国で一緒だったニグンである。
クレマンティーヌの普段の言動からすれば、肉にサーベルを突き刺し、舌でサーベルをなめあげながら、肉にガブリとかじりつく……というのが、彼の“クレマンティーヌの食事”のイメージだった。
わかりやすく表現するのであれば、リアルで昔いた悪役プロレスラー“狂える虎”タイガー・ジェット・シンがイメージに近い。きっと肉を食べ終えた後はサーベルを口に咥えているであろう。
(あのね、私、こう見えても一応超々エリートなのよね、ニグンちゃん)
目線で意味をルーイの持っているイメージをくみ取り、心の中で文句を言う。
気配や目線で相手の意図を読むとは、さすがは“狂える虎”もとい、エリート戦士だ。
彼女は“美しく食べることができる女性は、モテる”と聞いていたが、今のところ恋の話はない。それがクレマンティーヌには不満だった。
もし、これを聞いているものがいたら、きっと“そこじゃないから!”というツッコミを入れていたことだろう。
「よし、このメニューは採用決定のようだな。……ルーイ、あとでレシピを渡すから、ちゃんと作れるようにしておいてくれよ」
「かしこまりました、オーナー。……各員聞いたとおりだ、週明けから新メニューに加えるぞ!」
「おう! こりゃ、間違いなく人気メニューだな」
「だねー。どうしよう、また太っちゃう」
冒険者を辞めてから、体重の増加がブリタの悩みの一つである。
「食ってばっかいないで、ちゃんと運動しなきゃだめだぜー、“お守り”」
「だから、私は“お守り”じゃないってばさー!」
二人のやり取りに
なお、“アインズが作った料理を提供する”のは、ナザリックにおいては最高ランクのご褒美とみなされている。
そのため、毎回
このアインズの作るメニューに関しては、ナザリック内に置いて二つの呼び方があり、それぞれが対立しているという。
「これは至高の御方が作られた“至高のメニュー”なのよ!」
「いえ、至高の御方が作られた“究極のメニュー”で、ありんす!」
正妃争いをしている美女二人が中心になって争っているとのことだが、アインズは現場を知らない。
「もう、アインズ様のメニューでいいじゃないのよ」
「コマッタ奴ラダナ、デミウルゴス」
「まったくです。“アインズ様の至高かつ究極のメニュー”でよいと思うのですがね」
「でも、たぶんこうなりますよ。……“究極かつ至高のメニューでありんす!”って」
「不毛ダナ」
「まったくデス」
デミウルゴスの語尾が、コキュートスのようになっていることに、マーレは気づいたが、特に何もいうことはなかった。
「アインズ様の至高かつ究極のメニューなのよ!」
「そうではないでありんす。究極かつ至高のメニューでありんす!」
どうやら不毛な戦いは終わらないようである。