―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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シーズン3第10話『訪問者』

 

「ここが、VERDANT(ヴァーダント)……“漆黒”の拠点ね」

 白銀の鎧を身にまとった金髪の女性が、VERDANT(ヴァーダント)の入り口前で足をとめ、綺麗なパールホワイトの建物を値踏みするように緑色の瞳で観察する。

 

「……けっこうしっかりした造りをしているのね。悪くないわ。それにしても、わざわざ自分たちの拠点を持つなんて、珍しい話よね。冒険者だっていうのに……」

 ピンク色の美しい唇を動かし、一人呟く。実際冒険者は決まった宿はとるが、拠点を持つものは少ない。もっとも拠点を持つほどの資金があるのは上級の冒険者に限られるし、彼らもそんな資金があれば、どちらかといえば装備品の方にお金をかけてより強くなろうとするものだ。

「普通は、そうするはずなんだけどな……私達もそうだし」

 彼女の名は、ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ。その首元にプレートがあることからもわかるように冒険者である。

 それもただの冒険者ではなく、アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のリーダーを務めている。王国の誇る最上級冒険者の一人であった。

 

 

「いらっしゃいませ。VERDANT(ヴァーダント)へようこそ、お1人様ですか?」

 茶色の髪の小柄な店員が、ラキュースを笑顔で迎える。

「ええ」

「それでしたら、カウンター席がお勧めです。こちらへどうぞ」

「ありがとう」

 ラキュースは案内されてカウンター席へと進む。20人ほどが座れるカウンターは半数が埋まっており、金髪のバーテンダーが女性客を相手に話しこんでいた。

「ルクルット、新規のお客様ご案内しましたよ」

「サンキュー、ニニャ。おーっ、ものすっげえ美人さんじゃねえの。どうぞ、どうぞこちらの席へ」

 ルクルットは、ラキュースを自分の目の前、カウンターの真ん中の席へと案内する。先程までルクルットと親しげに話していた女性たちは、抗議の視線をルクルットへ送ったが、彼はまったく気づいていない

 

「ようこそ、お美しい御嬢様。まずは一杯どうぞ」

 ラキュースが席に座ると、すぐに一杯のカクテルが目の前に置かれる。グラスの下から順に白、桃色、緑という3層になっていた。

 

「あ、あのこれは?」

「貴女の美しさをイメージしたカクテルですよ。白銀の鎧、ピンクの唇、緑色の瞳。

 そしてこれで完成です」

 最後に青い液体(シロップ)で、薔薇の花を描く

「“ラキュース・オブ・ブルーローズ”です。どうぞ」

 ルクルットは手を大きく広げて大仰にポーズを決める。その顔は見事なまでのドヤ顔である。ニニャは苦笑し、「またやってるよ」と声に出さずに口を動かす。

 ラキュースは笑顔で頷いて、カクテルグラスを口へ運ぶが、一つだけ気になったことがあった。

「……どうして私が、ラキュースだとわかったのですか?」

 カクテルを一口飲んでから、バーテンダーへと尋ねる。

 

「美しい白銀の鎧に、首元に光るアダマンタイトプレート。そして、なによりも眩しすぎる美貌……初めてお会いしますが、噂に聞く美人アダマンタイト級冒険者ラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ嬢に間違いないと直感いたしましたー」

 ここぞとばかりにルクルットは渾身の笑顔をみせるが、ラキュースはそこに関心がなかった。

「そうですか。エ・ランテルでも知られているのですね」

「ええ。貴女が“漆黒の剣”の一つ、魔剣キリネライムを持っていることも存じ上げていますよ」

 ルクルットの目がギラリと光り、目つきが鋭くなる。

 

「まさか……この剣を狙っているのではないでしょうね?」

 今飲んだカクテルに何か入っているのでは? とラキュースは警戒感を覚えつつ、右手をそっと剣の柄に添える。

「その通りです……いや、“その通りでした”が、正しいですかね」

 ルクルットは邪気のない笑みを浮かべている。

「なぜ過去形なのでしょうか?」

 ラキュースは目の前のバーテンに敵意はないとみて、警戒を緩めた。

「こう見えても、私はこの前まで(シルバー)の冒険者でした。まあ今も正式に引退したわけではないのですがね。私たちは“漆黒の(つるぎ)”というチームを組んでおりまして、目的は13英雄の一人“黒騎士”が所持していた4本の“漆黒の剣”を手に入れることだったんです。まあ、夢物語のような話でしたけど、実際に手に入れた方がいらっしゃるそうなので、残りの3本もあるだろうと思ってはりきっていましたよ」

 ラキュースが持つ魔剣キリネライムは、そのうちの一本である。

 

「……そうでしたか。今はなぜここで働いているのですか?」

「我々は4人組だったのですが、3人が心に大きな傷を負ってしまいましてね。今は休業中ってわけなんですよ。……“漆黒”モモンさん達の口利きで、ここで働いているってわけです。仕事しないと生きていけませんしね。……あ、もう一杯いかがですか?」

 ルクルットは、ラキュースのグラスが空いたことにすぐに気がつく。バーテンダーとしてのランクは順調に上がっているようだ。

 

「そうね……さっぱりした物をお願いするわ」

「……かしこまりました。ラキュース嬢にお似合いのカクテルをご用意いたします」

 ルクルットは慣れた手つきでお代りを作り始める。

 

「ルクルット、テーブル席3番へ“漆黒スペシャル”を2つたの……」

 オーダーをルクルットへ告げにきた店長ルーイの目が、その前に座る女性客にくぎ付けになった。

(蒼の薔薇のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ! 何しにここへ?!)

 VERDANT(ヴァーダント)店長ルーイは、旧名であるニグン・グリッド・ルーインの名を捨てた際に消したはずの左頬の傷が、疼くような錯覚を感じていた。

 

「なっ! お前は!」

 ガタンと立ち上がりラキュースは、右手を剣の柄にかけ、目の前の男を睨みつけた。

(間違いない。コイツは……スレイン法国特殊部隊、陽光聖典隊長ニグン・グリッド・ルーインだわ。なぜ漆黒の拠点なんかにいるの? なにか探っているのかしら……)

 ラキュースは、過去にニグンと因縁がある。陽光聖典が襲おうとした亜人の村を“蒼の薔薇”が守り、その際に隊長のニグンは頬を切られている。

 

「なになに、ラキュース嬢、うちの店長のこと知っているのかい?」

「えっ! て……店長? この人が??」

 ラキュースは耳を疑う。

「私は初めてお目にかかりますが……いらっしゃいませ。お美しい御嬢さん。VERDANT(ヴァーダント)店長のルーイと言います。以後お見知りおきを。ルクルット、3番テーブルに“漆黒スペシャル”を二つ、大至急頼む」

「りょーかい。店長」

 ルクルットは手早くシェイカーを振って、美しい黒いカクテルを用意する。

「お待たせ。よろしく」

「あいよ」

 ルーイはカクテルを受け取ると、3番テーブルで待つ二人組の冒険者の方へと向かう。

(うーん、間違いなくアイツだと思うのだけど……雰囲気がずいぶんと違う。もしかして兄弟とか? それとも、もともと二つの人格を持っていて“別の人格”になったとか……)

 ルーイはここの店長だという。たしかに客への対応などを見てもそうなのだろうとはわかる。かつて対峙した陽光聖典の隊長と同一人物とは思えない馴染みぶりだ。

(うーん、他人の空似ってやつなのかしら……わからないわ)

 

「さっきからずっと店長のこと見ているけど、もしかしてラキュース嬢ってファザコン? 年上の渋いオッサンが好み?」

「えっ?」

「俺の方がいい男だと思うけどなあ……。どう、よかったらこの後僕と飲みませんか? 惚れました、付き合ってください!」

「えっ? ええっ?」

 バーテンダーの熱烈告白に戸惑うラキュース。

「……下等生物(コメツキバッタ)が」

 漆黒の美しい髪をポニーテールにまとめた美しい女性が、通りすがりに冷たく言い残して店の右奥にある螺旋階段へと歩みを進める。

 

「ちょ、ちょっと待ってよ、ナーベちゃん!」

 ルクルットが“しまった”という顔をしながら、あわてて声をかけたが、ナーベは完全に無視している。なおも何事かルクルットが喚くが、もはや耳にも入っていないようだ。

 

(ナーベ? 彼女が“漆黒”の“美姫”ナーベ? “美姫”なんて呼ばれて、恥ずかしくないのかなって思っていたけど、二つ名通りの凄い美人だわ……ラナーとはタイプが違うから比較し難いけど、同等以上ね……)

 ラキュースは、螺旋階段を上っていくナーベを見送る。ピンと背筋の張った美しい歩き姿で、彼女がしっかりと教育を受けているのがわかる。

(あれは冒険者の歩き方ではないわね。貴族……いえ、違うわね。うーん、どこかで見たことがあるような歩き方なんだけどな……)

 ラキュースは今までの人生で出会った色々な歩き方を思い出す。

(あっ! メイドだわ)

 ラキュースは冒険者などをやっているが、れっきとした貴族の令嬢である。当然のことながら、実家ではメイドを雇っていたし、友人であるリ・エスティーゼ王国第3王女ラナー・ティエール・シャルドルン・ライル・ヴァイセルフの所に遊びに行く際も、いつもメイドに案内をしてもらっている。

(謎は解けたけど、謎が残るわね。“美姫”ナーベはメイドとしての教育を受けていると見るけど、今はアダマンタイト級の魔法詠唱者(マジックキャスター)。そんなことってあるのかしら……)

 自分のことを棚に上げ、ラキュースはナーベのことを考える。

 

「なになに、ラキュース嬢は、オジサン趣味の上に女の子にも興味あるわけ?」

「ティアじゃあるまし、そんなわけないでしょ! 私も彼女も同じアダマンタイト。そういう意味での興味よ」

 ラキュースは自分の思考を邪魔したバーテンダーを睨みつける。

 

「なんなら、呼んできましょうか?」

 スタッフのニニャが空いたグラスを洗い場へと運ぶ途中で声をかける。

「え?」

「これを置いたら声かけてきますね」

 ニニャはラキュースの返事を待たずに行ってしまった。

「ちょ、ちょっと!」

「はい。お待ち。“プリンセス・オブ・ブルーローズ”でございます。姫」

 ルクルットは気障なポーズを決めて、新しいカクテルグラスをラキュースの前にそっと置いた。華やかで鮮やかな青がグラデーションになってラキュースの顔を映し出す。

(ま、いいか。どんな人たちか探りにきた部分もあるわけだしね)

 王国3番目のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”。わずか3人というチーム構成だという。「王都への対抗心でアダマンタイトに上げたんじゃないのか?」という疑念。また、わずか数日という短期間での昇格でもあり、王都の冒険者たちも色々と疑問に思っている部分がある。

 

 

 ラキュースと漆黒の出会いはもう間もなく訪れる。

 

 

 


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