―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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シーズン3第11話『アダマンタイト』

 城塞都市エ・ランテルにある“漆黒”の拠点VERDANT(ヴァーダント)。ここでアダマンタイト級冒険者同士が初めて対面することになる。

 

 先程、ニニャは「呼んでくる」と言って、“漆黒”を呼びにいったのだが、モモンに「それほどのお客様なら、そんな場所では失礼にあたるだろう」と言われ、応接室へ案内するように告げられ、場所を変更することになった。

 

 

「なっ……」

 3Fの応接室へと案内されたラキュースは、その部屋の豪華さに息を飲んだ。

 天井からは色とりどりの永続光(コンティニュアル・ライト)を使ったシャンデリアが下がり、壁際に設置された暖炉は丁寧に彫られた細工が美しい。

 また床に敷き詰められた絨毯は王宮で使うものよりも上質で、ラキュースの足を優しく包みこむ。この豪華さには、貴族出身でリ・エスティーゼ王国第3王女を友人に持つ彼女ですら驚きを隠せない。

 

(漆黒の英雄モモンはどこかの王家の者という噂もあったけど、それは真実だったのかしら……)

「こちらで、お待ちください」

「あ、ありがとう」

 ニニャは総革張りのソファを進めると、静かに扉を締め階下へと下がっていった。 

「このソファも、テーブルも一級品……こんなところにお金をかけることができるなんて……」

 すべてナザリックの宝物庫に転がっていた“低ランクの物”を持ってきたのだが、当然ラキュースはそんなことを知らない。

 

 そして、しばらくするとドアをノックする音がする。

 ラキュースがそれに応じるとゆっくりと扉が開き、ラキュースの前に、噂通りの漆黒の全身鎧(フルプレート)に身を包み、頭部は面頬付き重兜(グレートヘルム)という重装備に身を固めた“漆黒の英雄”モモンと、緑のフードの男“緑衣の弓矢神”アローが、“美姫”ナーベを引き連れて入ってきた。もちろんモモンはパンドラズ・アクターが、アローはアインズがそれぞれ変身している。

 

(彼らは強い……わね)

 ラキュースは純粋な戦士ではなく神官戦士であるが、多少は相手の戦闘力を読み取ることができる。

(それに噂通りの逸品のようね、彼の全身鎧(フルプレート)は……) 

 ラキュースでも思わず目を見張るほどの逸品であった。

 

「お待たせして申し訳ない……どうも初めまして、モモンです」

「アローだ、よろしく頼む」

「……ナーベです」 

「いえ、こちらこそ突然押しかけてしまい申し訳ありません。アダマンタイト級冒険者“蒼の薔薇”のラキュース・アルベイン・デイル・アインドラです」

 4人のアダマンタイト級冒険者は次々に握手を交わす。ナーベもちゃんと握手をこなしている。表情には嫌そうな雰囲気は一切出ていない。この間の握手会の経験が彼女を一歩成長させたのだろう。

 

「こんなに早くお会いできるとは思ってもみませんでしたよ。ラキュースさん」

「こちらこそ。モモンさん達は、依頼で出ていることが多いと伺っていたものですから」

 ラキュースは別にモモン達に会いにきたわけではなかった。依頼の帰り道に、ふと思い立ってアダマンタイト級冒険者の拠点を見学しに来ただけなのだ。もちろん、「噂に聞く第3のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”に会えたらラッキーだわ」という気持ちはあったのだが。

 

「ちょうど、依頼を片づけて戻ってきたところでしてね」

「今回はどのような依頼だったのでしょうか?」

 ラキュースは、漆黒が先日ギガントバジリスクを撃破したこと、そしてその首をここで展示しているという話は聞いていた。

 

「カッツェ平野から流れ込んできた、アンデッド師団の殲滅ですね」

「へえ。アンデッドの師団を殲滅ですか……えっ、“師団”ですか?」 

 アロー(アインズ)があまりにも涼しげに答えるので、ラキュースは思わず頷いてしまったのだが、そこで違和感があることに気づく。

「そうです。師団ですね」

 アロー(アインズ)は当然のように応えるが、ラキュースはそれをすぐ納得するわけにはいかない。

(師団っていったら1万~2万はいるってことよね? そんな大軍がいたら大事件じゃないの!? なんで私が知らなかったのかしら?)

 きちんと意味を租借してから、もう一度詳しく聞くことにした。

 

「……師団ですよね。アンデッドが1万はいたってことでしょうか?」

 ラキュースの疑問にアロー(アインズ)とモモンは顔を見合わせる。

「……実際には2万を超えていましたけどね」

「先日、このエ・ランテルで、アンデッドが大量発生した事件がありましたが、あれでも数だけなら旅団クラスでしたし、別にたいしたことじゃありませんよ」

 モモンとアロー(アインズ)の言葉は穏やかで、本気でそう思っているのが伝わってくる。

「ちょ、ちょっと待ってください。たった3人で2万のアンデッドを?」

 ラキュースは自分達”蒼の薔薇”5人で2万のアンデッドを破ることが出来るか考えてみる。

 答えは、“可”である。時間はかかるかもしれないが、相手が動死体(ゾンビ)骸骨(スケルトン)であれば十分可能だろう。

 

「そうですね。まあ、1日かかりましたが」

 アロー(アインズ)が、なんでもないことのようにさらりと言い放つ。

「はあっ? 1日ですか?」

 ラキュースは目を見開いた。その声は若干裏返っている。

(たった1日? うそでしょ? ありえない。でも、事実だとすると、私がそんな大事件を知らないのも納得できるわね)

 “蒼の薔薇”の戦闘力でも、2万という大軍勢を相手にするのはかなり骨が折れる。

 

「そうですよ。ナーベ、正確にはどれくらいだったか?」

「はい……戦闘開始から、4時間15分29秒……〈閃光漆黒弾(シャイニング・ブラック)〉での完全ノックアウトにより、モモンの勝利です。最後の相手はアンデッド師団長でした」

 ナーベがキリッとした顔を崩さずに応える。

 なお〈閃光漆黒弾(シャイニング・ブラック)〉とは、片膝をついた相手の腿を踏みつけ、顔面を足裏で蹴り飛ばすという荒々しい技である。モモンの筋力で足をガードしている硬い装甲靴のまま、蹴り飛ばすのだから威力は推して知るべしだ。 

 

「たったの4時間?」

「……4時間15分29秒です。ラキュース」

 すかさずフォローを入れるナーベ。いや、指摘をしたというべきだろうか。だが、特筆すべきことはそこではない。 

 

『聞いたかパンドラズ・アクター! あのナーベラルが初対面の人間の名前を覚えたぞ! 快挙だ!』

『先日ベラルという自分に似た少女はすぐに覚えていましたが、そうでない人間も覚えられるのですな! それに、いつもなら下等生物(コガネムシ)などと、いうところなのですが!』

『まったくだ。うんうん、成長できるものだなあ……』

『素晴らしい成長だと思います』

 アインズとパンドラは思わず伝言(メッセージ)を使って会話を初めていた。

 

「そ、そうですか。4時間15分29秒ですか……なるほど。ところで、軍勢はどのようなアンデッドで構成されていたのでしょうか?」

 ここは大事なところだ。この軍勢の攻勢によって、同じ数の軍勢でも質がまったく変わってくる。

 

「そうですね。2万の軍勢は、骸骨(スケルトン)を中心に、骸骨騎兵(スケルトン・ライダー)骸骨弓兵(スケルトン・アーチャー)骸骨魔法師(スケルトン・メイジ)骸骨戦士(スケルトン・ウォーリアー)、ソードイドらで構成されていました。指揮官はエルダーリッチ数体ですね」

「……他にも動死体(ゾンビ)崩壊した死体(コラプト・デッド)食屍鬼(グール)腐肉漁り(ガスト)腐った死体(くさったしたい)毒々動死体(どくどくゾンビ)生きている死体(リビング・デッド)内臓の卵(オーガン・エッグ)黄光の屍(ワイト)などといったところか」

「――補足いたしますと、骨のハゲワシ(ボーン・ヴァルチャー)死霊(レイス)などもおりました」

 アロー(アインズ)の説明をモモン(パンドラズ・アクター)が引き継ぎ、最後にナーベがフォロー。“漆黒”の素晴らしいコンビネーションが発動する。トリオでの活動の成果がしっかりと出ていた。 

 

「なっ……そんなに種類がいたのですか?」

 ラキュースは、頭の中で一種類ずつモンスターの姿を思い浮かべる。多少知らないモンスターも混ざっている気がするが、きっと亜種なのだろうと納得する。

「他にも、死の騎士(デスナイト)や、骨の竜(スケリトル・ドラゴン)などもいましたが、問題なく片付けましたよ」

「なっ? 死の騎士(デスナイト)骨の竜(スケリトル・ドラゴン)までですか?」

 死の騎士(デスナイト)は、ラキュース達冒険者が便宜的な目安で使う”難度”で表すと難度105を超える難敵だ。ラキュース自身のレベルを難度で表せば、90前後といったところで、単独で戦えば死の騎士(デスナイト)はなかなか厳しい相手といえるだろう。

 また骨の竜(スケリトル・ドラゴン)は魔法を無力化する能力を誇る。難度はそこまで高くはないものの、パーティ構成によってはかなりやっかいな相手である。ラキュースは剣も使えるし、チームメイトの戦士なら十分相手はできるだろう。

 

死の騎士(デスナイト)は強いですが、問題はなかったですね。……一番の強敵はアンデッド師団長ですね。剣の達人であり、また第3位階魔法まで使いこなすというかなりの強敵でした」

「一緒にいた副師団長2体とのコンビネーションがやっかいでしたね。支援魔法まで使うのでそれなりに苦戦しましたが」

「アローとモモンの敵ではなかったですが……」

「アンデッド師団長と副師団長ですか……」

 そんな難敵も含む2万体のアンデッド師団。かなりの強敵だろうと思えた。まさにアダマンタイトに相応しい偉業といえるが、“漆黒”の話しぶりからは終始余裕が感じられる。   

 それも、「ちょっとその辺までピクニックに行ってきたら雨が降ってきて参ったよ」という話をしているような気楽さであった。

 

(この人達は、たぶん私達よりも強い……底がしれない強さって奴なのかしら。間違いなく実力でアダマンタイトに上がった正真正銘の英雄ね)

 王都で囁かれていたエ・ランテル冒険者組合の、王都への対抗心から無理やりランクを上げたという説は完全に否定された。

 

「ラキュースさん、今回はお一人なのですね」

「……ええ。私だけで一つ依頼をこなして王都へ戻る途中でしたから。途中であったエ・ランテルの冒険者にこの店のことを聞いてきたんですよ」

 ラキュースは本心を隠し、笑顔を作る。この笑みだけでも人を魅了できると思われる美しい微笑みであった。

 

「そうでしたか。どうですか、この店は?」

「そうですね。活気もあるし、バーテンさんも面白い方なので楽しかったですよ」

「ああ。ルクルットですか。彼は実はバーテン向きなのかもしれませんね。先日までは素人だったのですが……」

「そのようですね。彼から元冒険者だと聞きましたよ。……彼が作ってくれたカクテルはなかなかの物でした」

 ラキュースは心からの賞賛を送る。本当に美しく美味しいお酒であった。

「そうでしたか。喜びますよ」

 

 4人のアダマンタイト級冒険者は、このあともお互いの情報交換に努める。  

 

「そういえば、そろそろ夕飯どきですが、ラキュースさんお食事は済みましたか?」

 モモンが突然話題を変えた。

「いえ、まだですけど……」

「……それならここで食べていくといいですよ。ここの料理はオーナーが凝っているので食べる価値ありです」

「そうなんですか? 初耳でした」

「……エ・ランテルでは常識になりつつあります」

 モモンは真面目な口調でいい、アローとナーベは苦笑する。

「我々もそんな話は聞いたことがないけどな」

「……まったくです」

 どうやら彼なりの冗談だったようだ。

「我々も一緒にといいたいところですが、これから組合に行くので」   

「そうでしたか。では、せっかくおすすめいただいたので、何か食べていくことにします」

「そうしてください。オーナーに話しておきますね」

「ありがとうございます。ではまた。今度は王都でお会いするかもしれませんね」

「そうですね。ではまた」

 

 

 こうして“漆黒”と“蒼の薔薇”のラキュースの短い出会いは終わった。

 

 

 


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