―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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シーズン4第8話『絆』 

 “蒼の薔薇”。王国を代表する冒険者チームである。今夜、彼女達は分散して八本指の拠点を襲撃するという任務を受け、十分な成果を上げていた。

 その拠点の一つを襲撃に出た戦士ガガーランが、人を食す“蟲のメイド”と遭遇。ティナとイビルアイという仲間の助勢を受け撃退に成功。だが、これから止めというところで、ヤルダバオトとブラック・バトラーという2人の強者に阻まれてしまう。

 ヤルダバオトとの戦闘でガガーラン、ティナの2名はたった一撃で死亡。ただ1人残ったイビルアイは、ブラック・バトラーのパンチ一発で左腕を砕かれ、苦境に陥っていた。

 

「……では、ブラック・バトラー、そちらのお転婆なお嬢さんの相手は任せましたよ」

 相変わらず優しげな声で、ヤルダバオトが指示を出す。

「お任せを」

 ブラック・バトラーは首肯し、ファイティングポーズをとる。鋼のような肉体から闘気はほとばしり、ビリビリと空気を震わせ、拳を覆う黒い手甲が不気味な光を放っていた。

 

「……では、はじめましょうか」

 言うが早いか、ブラック・バトラーは、ドオンッ! という爆発音とともに地面を蹴って、イビルアイへと右拳を振り上げ殴りかかる。

「〈水晶防壁(クリスタル・ウォール)〉!」

 目の前の立てた水晶の壁が一瞬で砕かれる。多少は勢いが弱まったものの“ゴオオッ!”という轟音とともにイビルアイの仮面をかすめる。

 

「うああああっ……」

 その拳圧だけでイビルアイの小柄な体は、3回転ほどしながら吹き飛ばされてしまう。

(……今の一撃で仕留めるつもりだったのですがね。この仮面に慣れていないせいでしょうか……)

 ブラック・バトラーは仮面の内側で苦笑する。

(ですが、言い訳にはできませんね。アジャストしてみせますとも)

 仮面の奥の瞳がギラリと光る。

 

「〈魔法最強化(マキシマイズ・マジック)結晶散弾(シャドー・バックショット)〉!」

 拳大の水晶の弾が、散弾となってブラック・バトラーを襲う。

「それは、先程見せていただきましたよ」

 ブラック・バトラーは、その高速で飛来する散弾を全て拳で跳ね除ける。

「なあっ! バカなっ……」 

 イビルアイとしても、先程のヤルダバオト同様に“通用しないだろう”とは思っていたのだが、まさか拳で全て跳ね除けられるとは想像もしていなかった。そもそも魔法を拳で打ち返すという発想すらなかったのだ。

 

「ハアッ!!」

「ぐええええええっ……」

 イビルアイが魔法を唱える間もなく、彼女の腹部にブラック・バトラーの左ボディブローがめり込んでいた。

(だ、だめだ。言葉がでない……あばらも砕かれたな……)

 イビルアイは腹部に右手を当てながら、ガクンと崩れ落ちる。

 魔法詠唱者(マジックキャスター)の口を封じるのは、ブラック・バトラーにとっては容易いことだった。

(さて、エントマが迂闊だったとはいえ、彼女が大きなダメージを受けたことは事実ですからね。王国でも高名なアダマンタイト級冒険者を消すのは本意ではありませんが、やはり許せませんね。私はナザリックの執事(バトラー)です。ナザリックの不利益になるのであれば、消すまでです)

 ブラック・バトラーはイビルアイの腹部を蹴り飛ばす。

「うがっ……」

 ゴムまりのように蹴り飛ばされたイビルアイは、10メートルほどの高さまで吹き飛ばされ、20メートル先の地面へと勢いよく叩き付けられた。

 

「ぐううううっ……」

 地面にうつ伏せに倒れ込んだイビルアイに、死を告げるブラック・バトラーの足音がゆっくりと近づいてくる。

(くそっ……右腕まで折られたか)

 腹部へのダメージが残っているため魔法の詠唱が出来ない上、両腕を砕かれたイビルアイに取れる手段はない。

「では、残念ですがお別れのようです」

 ブラック・バトラーは拳を振り上げた。

(……ここまでか……)

 イビルアイは覚悟を決め、目を瞑る。

 

「ちょっと、諦めるのは早いわよ、イビルアイ! 発動! 浮遊する剣群(フローティング・ソーズ)。いけっ! ファンネルたち!!」

 ラキュースの背中から6本の黄金の剣が射出され、ブラック・バトラーへと向かって突進。様々な方向から意志を持ったように襲いかかる。

「邪魔が入りましたか……」

 6本の剣の攻撃をブラック・バトラーは体捌きだけで回避する。

「なっ? 当たらないっ!」

 ラキュースが、このオールレンジ攻撃をこんなにあっさり回避されたのは初めてだった。

「鬼リーダー……助太刀する」

 忍者装束の女ティアが懐から取り出したクナイをブラック・バトラー目がけ10本ほど投げつけた。

「……つまらない攻撃ですね」

 ブラック・バトラーは、そのすべてを殴り返し、ティアが元々いた地面に10本全てが突き刺さる。もちろんこの間もラキュースの黄金の剣によるオールレンジ攻撃は全て回避している。

「あきらめるのは早い」

 だが、この間にティアはイビルアイを救出することに成功する。

 

「一騎打ちの邪魔はよくないですよね」

 耳元で優しい声がしたと同時に、ティアはヤルダバオトに首を右手一本で掴まれ、持ち上げられていた。

「うぐうう……」

 息ができないティアはじたばたと足を動かし、ヤルダバオトのボディを蹴るが、まったく動じていない。

「悪魔の諸相:豪魔の巨腕」

 ヤルダバオトの左腕が数倍以上に膨れ上がる。

「〈西部の豪魔(ウエスタン・ラリアット)〉」

  軽く持ち上げた後に右手を離し、ティアの喉元へと左の腕の内側を叩き付ける。

「きゃうんっ……」

 ドギャーンという音と共にぶっ飛ばされたティアは、建物の壁をぶち破って中へと飛び込んでいった。

「あううう……」

 外壁だけではなく、建物内の壁を2枚ぶち破ったところでようやく勢いが弱まり、床へと倒れ込む。

「ティア!!」

 ラキュースの声がするが、反応はなかった。

 

 

 

「な、なんてこと……」

 ラキュースは戦慄する。自分のかけがえのない仲間が、あっけなく次々と倒れていく。ラキュースはイビルアイの救出に入る前に、ガガーランとティナの遺体を確認している。そのため強敵とは知ってはいたのだが、ここまでの強さとは予想を遥かに超えていた……。

 

「バカが……なんで来た。お前が生きていてこそ……なんだぞ。お前が死んだら誰が蘇生してくれるというのだ」

 この間に、イビルアイ専用に用意されている回復ポーションを飲むことができたため、イビルアイは多少だが回復している。

「うん。それはわかっているけど、仲間だもの……このラキュース・アルベイン・デイル・アインドラ……仲間を見捨てるなんてできません!」

 だが、状況は圧倒的に不利だ。チーム5人のうち2人がすでに死亡し、1人は戦闘不能もしくは死んでしまっている可能性も考えられる。残る2人のうち、1人は大きなダメージを受け、魔力は底を尽きつつある。

 そして目の前には、見たこともない難度を誇る強者が2人。

「ブラック・バトラー。新しく来た“乙女”の相手を任せよう。そちらの仮面のお嬢さんは、私が止めを刺しておこう」

「了解いたしました。では、私はこちらのお嬢様を相手にすることにいたしましょうか」

 ブラック・バトラーは頷き、体をラキュースへと向ける。

 

「では、楽しみましょうか」

 ヤルダバオトの声とともに、2人の強者は同時に動く。

「悪魔の諸相:鋭利な断爪」

 ヤルダバオトの爪が80cmほどに伸びる。

「〈魔法抵抗突破最強化(ペネトレートマキシマイズマジック)水晶の短剣(クリスタル・ダガー)!」 

 イビルアイは出せる最大の大きさの水晶の短剣を作り出し、ヤルダバオトへ打ち込む。

「無駄ですね」

 しかし、またも無効化され、短剣は体に届く前に消滅してしまった 

「防御突破を込めた魔法でも効かない……魔神すら超えるのか……魔人の王? 魔王ヤルダバオト……」

 一瞬の隙をついてイビルアイの右胸から斜め下へとヤルダバオトの爪が切り裂いた。

「ぐはっ……」

「魔王ヤルダバオト……いい響きですね。どうやら、お別れの時間が来たようです。さようならです」 

 動きが止まったイビルアイの首を撥ねるべく、ヤルダバオトは右手を振り上げた。

「くそっ!」

 その2人の間に、上空から漆黒の全身鎧(フル・プレート)に身を包み、赤いマントを靡かせた戦士が両手にグレートソードを下げて落下してきた。その頭部は面頬付き重兜(グレートヘルム)に覆われている。

 

「それで、私の相手はどちらでしょうかな?」

 漆黒の戦士は、ヤルダバオトとイビルアイを交互に見る。仮面をつけた者同士が対峙しているのだ。正直どちらも怪しく見えるのだろう。

(漆黒の戦士……だと? まさかっ!)

 イビルアイは突如目の前に現れた漆黒の戦士に思い当たることがあった。

「アダマンタイト級冒険者“漆黒の英雄”モモン殿とお見受けする。私は“蒼の薔薇”イビルアイ。同じアダマンタイト級冒険者としてお願いする。加勢してくれ!」

 先日ガガーランと話した王国第3のアダマンタイト級冒険者チーム“漆黒”。そのチームリーダーだと直感したのだ。

 

「……了解した。ガガーランさんの仲間か。そこの悪魔! この私が相手をする」

「ようこそおいでくださいました。私はヤルダバオト。“漆黒”のモモンさんにお会いできて光栄の極み」

 ヤルダバオトは洗練された動きで、丁寧なお辞儀をする。

「ほほう。……悪魔にまで名前が知られているとは光栄だな。私も有名になったものだ」

 モモンは右手のグレートソードの剣先をビシッ! と突きつける。

「では、いきますぞ。ヤルダバオト!」

「かかってきたまえ」

 漆黒の戦士モモンの大剣と、ヤルダバオトの爪がぶつかり合い、火花が散った。

 

 






イビルアイ専用ポーションは、他の冒険者と行動をともにする場合のことを想定しています。
種族特性で回復するにしても、回復行為をまったく行わないのは怪しいですからね。もっとも一般的な冒険者とのレベル差を考えれば、彼女が負傷することは稀だとは思いますが。

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