―黒と緑の物語― ~OVER LORD&ARROW~   作:NEW WINDのN

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シーズン4第10話『超越者』

「なんて奴等だ……」

 ボロボロになった体を回復させながら、イビルアイは眼前で行われているモモンとヤルダバオトの激しい戦いに目を奪われる。

 

 ヤルダバオトの鋭い爪が煌く。その速く重い一撃を、モモンは一歩も下がることなく大剣で完璧に受け止めてみせる。

「ほう。これを止めるとは。なかなかやりますね」

「いい攻撃だ。速くて重い。こちらからも行くぞっ!」

 モモンは、噂通り人並み外れた膂力の持ち主であり、通常両手で扱うグレートソードを両手に持つという常識はずれの戦闘方法を見せている。

 モンスターを一撃で撃破できる力の乗った剣を連続してヤルダバオトへと打ち込んでみせる。だが、それを全てしのぎ切るヤルダバオト。

 このモモンの戦いは、ガガーランやガゼフ・ストロノーフといった超一流の戦士たちを見てきたイビルアイからみても、規格外。

 攻める方も、守る方もイビルアイのいる世界よりも遥かな高みに位置している。超越者の戦いだった。

 

「がんばれ、モモン様……」

 自分を颯爽と助けてくれた漆黒の全身鎧(フル・プレート)を纏いし勇者モモン。

(彼が勇者なのであれば、私は姫といったところだろうか……)

 イビルアイは、うっとりとした表情で、その安心感を与えてくれる背中を見つめていた。

(だって、カッコよかったんだもん。仕方ないじゃないか。私だって、その……一応女であるわけだし……な)

 イビルアイは200数十年ぶりに心がときめく。

 

「やりますね。ヤルダバオト殿」

「さすがは“漆黒の英雄”モモン。貴殿もなかなかの腕前だ」

 お互いに汗ひとつかいていない。もっともモモンは全身鎧(フル・プレート)面頬付き重兜(クローズドヘルム)という姿であり、汗をかいていたとしても見えないのだが……。

 お互い一歩も引かない好勝負。傍から見ているイビルアイは、多少……いやかなり贔屓目が入って、若干モモンが優勢だと思っている。

 

「行くぞっ! ヤルダバオトッ! テヤアアアアアアツ!」

 モモンの気合の入った三連撃!! もちろんモモンに扮しているパンドラズ・アクターが、気合を入れているフリをしているだけなのだが……。  

「させませんよ!」

 ヤルダバオトは、伸ばした爪で迎撃し、これも完全に防いで見せる。

「なろおおおおおっ!!」

 モモンは、ここでヤルダバオトの顔面を蹴る。勢いよくヤルダバオトは吹きとばされて、建物の中へと飛び込んだ。

「逃がさん!」

 モモンは後を追い、建物へと飛び込んだ。

 

 

 

「デミウルゴス殿、ここはどういう決着にしましょうか」

 モモン――を演じているパンドラズ・アクター――が剣を構えつつ尋ねる。

「そうですね。ひとまず、もう少し打ち合ったのち、時間切れでしょうか。もう十分モモンの強さはみせつけていますからね」 

 ヤルダバオトを名乗っているデミウルゴスは、敵意のまったくない声で答えた。

「では、もう数分やりあいましょうか」

「ふふ。パンドラズ・アクター、全力できてくださっても結構ですよ?」

「ご冗談を。目撃者(イビルアイ)に見せつける程度で十分でしょう」

 2人は打ち合いを続けながら、今後の方針を打ち合わせ終えた。

 

 イビルアイから見れば大熱戦なのだが、しょせんは仲間内(ナザリック)の遊びでしかない。もちろん今後を見据えた大切な作戦であり、名を売るチャンスでもあるのだが。

 

 

 

 ◆◇◆ ◆◇◆

 

 

 

 

「ツアッ!」

 ブラック・バトラーの右ストレートをアロー――に変身中のアインズ――は、首を右に傾けて回避しながらカウンターの〈ナックルアロー〉を繰り出す。

「セイッ!」

 しかし、それをブラック・バトラーは左手で叩き落とし、強烈な右フック!!

「ナロッ!」

 ダッキングで、それを躱したアローは、ブラック・バトラーの腹部へと右のパンチを放った。

「おっと!」

 それを体捌きだけで回避したブラック・バトラー。

(げえっ……あれも避けるのかよ!)

 アインズは、内心セバスの戦闘能力に舌を巻く。だが、自分も引くわけにはいかない。

「いきますよっ!」

 ブラック・バトラーは、そのまま右旋回して〈後ろ回し蹴り〉でアローの腹部を狙い返す。

「っとお!」

 その蹴り足をガッチリと抱え込むようにキャッチ。

「しまっ」

「いくぞっ!」

 アローは、右腕を振り上げて例によって〈ドラゴンスクリュー〉で足へのダメージを狙う。

「ハアッ!!」

 だが、ブラック・バトラーは自らジャンプすると左足でアローの顔面を蹴り飛ばして、技を外して見せた。

「ヌアッ!」

 それを咄嗟に腕を上げてガードしつつ、アローは空中のブラック・バトラーを右足で蹴り飛ばした。

「グっ……」

 さすがにこれは避けきれなず、ブラック・バトラーの腹部へと命中。だが、ブラック・バトラーは、空中で1回転してダメージを逃がして華麗に着地。そして着地と同時に地面を蹴って、右の腕の内側を殴りつけるように叩き付ける。

「させるかっ!」

 これをアローは、体を半身にして左足を高くあげ、〈トラースキック〉で迎撃。ブラック・バトラーの<ぶんなぐりラリアット>を蹴り飛ばして防御する。

 

「いくぞっ!」

 チャンスと見てアローは跳躍。そのまま前方回転し、踵落としを繰り出す。

「甘いですなっ! <ブラック・バトラーボム>!!」

 その蹴り足を肩口でキャッチし、ブラック・バトラーは、そのまま後頭部から地面へと叩き付ける!

「やろっ!!」

 アローは太腿でブラック・バトラーの首を挟むと、後方回転!〈フランケン・シュタイナー〉で、逆にブラック・バトラーを脳天から地面へと突き刺す。

 

「そうはいきません!」

 ブラック・バトラーは、腕力(かいなぢから)で踏ん張り、投げさせない。

「ぬああああっ!!」 

 もう一度アローの体を肩まで持ち上げ、走りながら地面へと叩き付けようとする。

「くっ、<ランニングスリー>だと?! そんな大技決まるわけない!」

 アローはブラック・バトラーの右腕を腕十字に決め、腕を折にかかる。これは悪人を無力化するのには有効な技のひとつである。

 

「うぐっ……」

 技が完璧に極まり、ブラック・バトラーの仮面の内側から、呻き声が漏れる。

「〈悪魔の爪(デビルズクロー)〉!」

 決められている腕の先……右手の手甲から4本の黒い金属製の爪が飛びだした。

 

「うおっ!」

 異変に気付いたアローはそれをすんでのところで回避し、後方に2回転して飛び退き、素早く弓を連射する。

「その程度っ!」

 だが、ブラック・バトラーは全て拳で弾き飛ばしてみせた。

 

 

「ふふ……楽しいことをしてくれるじゃないか。ちょっと卑怯ではないかな?」

 アローは左肩を抑える。金属を縫い込んだ緑色服の袖がやぶれ、血が滲んでいた。

「……そちらこそ、飛び道具は卑怯ではありませんかな」

 ブラック・バトラーは右腕を振って感覚を確かめている。先程の技が多少は効いたようだ。だが、その声は実に楽しそうだった。 

 この二人の攻防は、ここまでの所要時間は、1分ちょうどだった。

 

「なっ……なんて人達なの」

 超越者同士の戦いに、ラキュースは唖然とすることしかできなかった。

 

 

(ここまで力を発揮したのは初めてだな。互角の力を持つ相手だと戦いがここまで楽しくなるとは。これが近接戦闘職の魅力というものだろうな。これが“血わき肉ダンゴ”というやつか)

 アインズはこの戦いが楽しかった。ブラック・バトラー—―を演じているセバス・チャン――の職業はモンクだ。肉体を使っての戦闘では、セバスの方が優位だろう。だが、アインズには、アローとしての実戦経験がある。この世界に来てからの実戦経験のないセバスとはそこに差があった。

 もっともこれでも、お互いに6割程度の力で遊んでいるのだが……。

(これが、アローの姿になられたアインズ様のお力ですか。アインズ様は最高峰の魔法職であり、近接戦闘の経験はまったくといっていいほどないというお話を伺っておりましたが、なかなかどうして……実に手慣れておられますな)

 これまでの実戦での経験が、糧となってアインズの戦闘技術を磨いている。

 

「ですが、そろそろですな」

 ブラック・バトラーは右拳を地面へと叩きつけ地面を抉る。激しく土が吹き飛び、視界を覆う。

「なにを!」

 ブラック・バトラーは、この間に距離をとり、同じく距離をとって移動してきたヤルダバオトと合流した。

「さて、そろそろ時間も押してきましたので、お別れを告げさせていただきます」

「逃げるつもりか?」

「いえ、取引ですよ。そもそも私たちの目的はあなた方を倒すことではありません。さきほどモモンさんにはお話ししましたが、我々を呼び寄せるアイテムがこの都市に流れ込みました。それを回収できずに立ち去るのは大変不本意ですが。これからこの王都を炎に包ませていただきます」

「逃がすと思うのか!」

 イビルアイが声を荒げる。

「ふう、お分かりになりませんか。残念です。アローさんとモモンさんは、我々の撤退の邪魔をしない方が賢明だとは思いませんか? そちらのお二人がいる以上、あなた方に勝ち目はないと思いますが」

「なっ……」

「そういうことか。悪魔め……狡猾な」

 イビルアイは仮面の下でギュッと唇をかみしめる。隣に合流していたラキュースも同様に悔しさを隠せない。このまま戦いを続けるのであれば、蒼の薔薇の二人を撒きこんだ攻撃をするという脅しだ。

 

「……仕方ないな」

「その方がよいか」

 モモンとアローは戦闘中止を即断した。

「わかっていただけたようで光栄です。では、今回はここで失礼させていただきます。ごきげんよう」

「では、また。……まだお礼はすんでいませんよ」

 ブラック・バトラーは、イビルアイを睨みつけてからヤルダバオトとともに闇へと消えた。

 

「今のは、どういうことでしょうか?」

「確かに気になるな」

 アローとモモンが同時にイビルアイを見る。

 

「え、あー…え~と」

 イビルアイはここまでの経緯を説明する。

 蟲のメイドを倒したという話をしたところで、モモンとアローの2人から殺意のようなものが放たれ、険しい視線が送られる。

「それで殺した?」

「殺したのか?」

「え、あの、とどめはさせなかったのですが…」

 イビルアイのこの言葉を聞いて、二人から殺気のようなものが掻き消えた。

 

「ふう。なるほど……不幸な遭遇戦とはいえ、結果的にはその蟲のメイドを追い詰めたことが原因でしょう」

「……彼我の戦力差を考えておくのは基本です。初手からつまずいたとしか言えないですね。一度お会いしていますから、ガガーランさんの性格はわかりますが」

「人が襲われているならともかく、すでに助けようがない状況だったのであれば、見逃すという方法もあったはず。迂闊でした」

「少なくても、その段階で相手に敵意はなかったのでしょうから」

「ブラック・バトラーと名乗っていた者から放たれていた敵意はそういうことでしたか。もしかすると次は命がないかもしれませんね」

「仲間を失い自らは傷つき……そして、得たものは相手からの憎悪のみですか」

 モモンとアローから厳しい指摘に、イビルアイとラキュースは返す言葉が見つからない。

 

「申し訳ない。その通りだ、言葉もない」

「私も退くべきでした」

 イビルアイとラキュースは頭を下げる。

 

「聞くところによると、ラキュースさんは復活の魔法を使用できるとか。それならば、イビルアイさんを復活させるという手段もとれましたね。ただ、我々も冒険者です。正義を貫く気持ちはわかるつもりです」

「悪事を働く存在なのは間違いないですし、いつかは倒さねばならない存在でしょうね」

「倒せるでしょうか……」

「ラキュースさん。先程も言いましたが、諦めたらそこで戦闘終了だ。倒すためにどうするかを考えるべ……」

ここで上空からふわりとナーベが降りてきた。

「アロー、アレを」

「な、なんだアレは!」

 アローは、やや大げさに驚いてみせる。

 

(本来なら、これはパンドラズ・アクターの役目だと思うのだがな)  

 アローの目線の先には、高さ30メートルを超える真っ赤な炎の壁が出現していた。その長さは数百メートルでは済まないだろう。

 

「これはヤルダバオトの仕業だな」

 街を包み込む炎の壁。そして強大な悪であるヤルダバオトとブラック・バトラーの登場。今、王都が、未曽有の危機に見舞われているのは明らかであった。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 


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