では。
色々あった召喚二日目の放課後。
自宅の蔵にて、私は木箱に座って口を開いた。
「同級生にはマスター候補が二人、後輩にもマスター候補が一人。もう私の判断だけでどうにかなる域じゃありません」
「賢明な判断だな。些か遅いが」
「そうです。だからその遅れを取り戻すために、外から助けを呼びます」
「具体的には?」
「母さんと姉さんに相談します!」
「……」
ランサー、絶句。
「何で驚くんですか?私、未だ未成年ですよ。親が健在なら言います。……昨日、言うべきだったくらいです」
ランサー召喚直後は、さすがに魔力を失って思考が短絡的になっていたのだろう。色々と、考えが足りていなさすぎた。
「親に……そうか、親か……そうだな。それがあるべきだ。他人のオレがとやかく言うべきではない」
「いや、現状運命共同体なのでランサーも説明してほしいんですけど」
「オレはマスターの槍だ。母娘の会話に挟む言葉は持ち合わせない」
「今まで私に忠告してくれた語彙をここで無くさないでください」
さて。
月と星がいい感じの配置になったのを確認して、蔵の床に手をつく。
ふわり、と風が立ち上って私の前髪を揺らした。
想像するのは風。
呪文は要らず、我が家の血族が陣に触れて励起する通信魔術である。
……時差、大丈夫だったかな。
とはいえ、すぐに空気が揺らめいて陣に二つの人影が浮かび上がった。陣を踏みしめたまま立ち上がると、向こうも私に気がついたらしい。
手前の女性の名を、つい口にする。
「
『おはよう、
流れるみどりの黒髪と黒スグリ色の瞳をした姉、真晝は振り返ってしとやかな声で応じてくれた。
すぐさま、その後ろにいたもう一人が姉の肩越しに顔を出す。
『おっはよう、曙宇!今日も一日元気だったかしらー?』
「うん、元気だよ。
『そこそこよー』
身の丈は私よりも姉よりも小さく中学生みたいだけれど、太陽みたいに明るい母、夏夜はにこっと笑ったあとすぐに顔を引き締めた。
『曙宇、あなたは元気みたいだけど、後ろのその御方は誰かしら?』
「ランサー。聖杯戦争のサーヴァントだよ。……母さん、ごめん」
それは、私が神秘に関わるまいとしてくれたコトと、同時にこの縁を今すぐ切れない/切りたくないコトへの謝罪だった。
娘が、人の道を外れる方へ進んだと悟っただろう母は、少し瞠目してそれからこちらを真っ直ぐに見た。
『うん、わかった。痛いとこや苦しいところ、ない?』
「ないよ」
『よし!よかった!どう見ても下手したら魔力空っけつの干物になる高位存在を召喚していて、平気なのは大いによろしい!』
「待って!聖杯戦争の召喚ってそんなに魔力ドカ食いされるの⁉確かにすごーく眠くなったけど!」
『あらあら、曙宇は凄いのね。でも体温が三十七度を越えたら言うのよ?検温は毎日しなさいね?』
「いつも思うんだけど、姉さん何でそんなに指示が具体的なの……!」
『あなたの大丈夫はあてにならないからよ。数値で示さないと』
「うっ……はい、ごめんなさい」
当代当主と次代当主の二人に勝てるわけなかった。
たちまち小さくなるこちらに、ランサーは目を丸くしていた。人間離れしてる外見なのに、本当に人間くさい人だ。
が、母と姉にやられっぱなしでもいられない。
「母さん、姉さん、でも何で聖杯戦争のコト教えてくれなかったの?昨日ランサーに教えてもらったけど、殺し合いの魔術儀式がこの街で開催されるなら教えてよ」
姉さんは、途端に目を伏せた。
『ごめんなさい。あのね、『無垢なる智者』ってわかるかしら?』
「あ。あー……『知らない』ままでいるコトで『認識すれば襲ってくる』相手に対して強固な護りを発揮し、自らの気配も覆い隠すうちの姿隠しの術……だっけ?」
母は深く頷いた。
『それよ。曙宇はその範疇にいたの。ていうか母さんが術にかけてました!……言い訳になって情けないのだけど、冬木の聖杯戦争は一回につき五十年ぐらいインターバルがあるのよ。前のが十年前だから、曙宇がひとり立ちするまでは大丈夫なはずだったの』
「……え、なら何で今開催なの?マスターになりそうな人、私含めて四人は見つけたけど皆同じ学校だよ。半分以上が高校生は若すぎじゃない?」
『前回で何かあって周期が狂ったと思うんだけど……土地を借りる代わりに、先代遠坂と聖杯戦争には立ち入りしないって約定したから、母さんも詳しいコトはわからないのよ』
「……なら、姉さんも?」
『そう。後継の私と凛ちゃんもその対象なの。でも、曙宇にその制限はないからね』
「聖杯戦争を知らない代わりに、聖杯戦争に参加できたってわけね……。まぁ知ってても参加してないけど」
前回の聖杯戦争で何か起きなかったら、或いは私がランサーを召喚しなかったら、多分本当に知らないまま終われたパターンだな、これは。
……なんで、私、ランサーを召喚できてしまったの?
という疑問は、多分この場の全員解けないだろう。少なくとも、今はまだ。
「母さん、参考までに聞くけど聖杯戦争って何回もやってるんだね?今で何回目?」
『五回目よ。初回が確か西暦千八百年くらい』
「勝った人、いないの?」
『いないわね。いないからずっとやっているのよ』
「四回やって駄目でもやるの?」
『やるのが魔術師よ』
やり方に改良は加えているのだろうけれど、なら
どう考えても大荒れじゃないか。
「そういう事情ならわかった。……でも、私聖杯はいらないし、同級生と殺し合いをしたくない。母さん、本当助けて」
『よし母さんが何とかします!……と言いたいんだけど』
そこで一度言葉を切り、母はきつく拳を握りしめた。
『本当にごめんなさい、曙宇。母さんも姉さんも、今、すぐにはここを離れられない。移動だけで三日はかかるわ』
「何故だ」
「うわ」
急にランサーが割り込んで来た。
文字通り目の色が変わっている。
「何故だ、子の危機だぞ」
「ランサー!先に話を聞いて下さい!」
内ゲバだけは駄目である。
やめてやめろときゃんきゃん言っていると、母さんは意外そうに目を見開いていた。
今の今まで、彫像のように佇んでいた英霊がやおら感情的に動くと思わなかったのだろう。こっちも同感だった。
「母さん理由!理由教えて!ランサーが止められない!」
『仕事で罠にかかっちゃって、死徒が大量発生しそうなの。今、元凶を追跡してる途中』
「ごめんそれはそっち優先にして」
『しかも元凶のクソボケ魔術師が自分が死んたら発動する爆弾仕掛けてて、姉さんはそっちの対処中なのだけど、十日は掛かっちゃうのよ』
「それもそっち優先でやって!ていうか二人は大丈夫なの!」
『私たちは大丈夫だけど、このままだと街が一個くらい閉鎖になっちゃうの』
「うっわ……」
相変わらずエグい被害予想である。
「いや、英雄七騎もいたら冬木市も吹っ飛びそうだったっけ……」
「だからオレを脱落させて街から避難すれば良かろうが」
「いや、私はこの街から出られないんです」
「聞いていないぞ」
「じゃあ今言いました!私たちは十八になるまで、土地に紐付けた結界内にいないと駄目なんです!外に出たら気配で追われるから。それで、私の紐付け先は冬木です!」
「……」
「ごめんなさい!」
『冬木くらい強い霊脈地でないとあなたの神秘を抑えられなかったのは、本当に母さんの力不足でごめんなさいね……』
「それは言いっこなし!母さん悪くないし!」
しっちゃかめっちゃかだった。
ひとまず、母さん姉さんは今すぐ来られない。
これは仕方ない。
姉さんは十日と言ったけど、恐らく本来なら二十日かかるのを縮めて十日にしてくれているのだろう。
普段ならランサーみたいな存在には敬意だって払うのに、それすらない。
瞳孔も開き気味だし、気丈に保っていても二人とも本当に余裕がないのだ。
なんで、数日で地図から消えそうな街が地球のあっちとこっちでほぼ同時に二個も爆誕するんだ。
当事者はほんの数人、或いは数十人しかいないのに、被害規模が大き過ぎる。
神秘なんて、本当ロクなコトを喚ばない。
「二人は死徒狩りを優先して。街を殺させないで。それ捨て置いて助けに来てもらったら、私の寝覚めが悪くなる。三日で帰ってこないで。元凶を叩きのめして撫で斬りにして絶対禍根を残さないで」
『曙宇』
「いいから!お願いします!」
背後の無言のランサーの顔は絶対見ないようにしつつ、立体映像の母に言うと、不承不承という顔ながらも頷いてくれた。
『…………わかったわ。なるべく早く帰るから、それまでは同盟相手と連携して生き残りなさい』
「同盟?」
そんなの組める相手が、気狂い一族と評判の高い我が家と縁を持ってくれていたっけ。
首をひねる私の前で、母は快活に笑った。
『マクレミッツの当主よ。聖杯戦争に協会側から参加するって聞いたから、そちらに母さんがすぐ話をつけます』
「マクレミ……あ、バゼットさん!……え、あの人来るの⁉」
「?」
完全置いてけぼりのランサーに向けて、慌てて口を開いた。
「すみません。巻いて説明しますと、バゼットさんは私たちと同じ伝承保菌者でルーン系魔術を扱う武闘派魔術師です」
『その彼女が聖杯戦争に参戦するのよ。仕事としてね。特に願いもないようだし、あの娘なら、喚ぶ英雄もおかしなコトにはならないでしょう』
「バゼット姐さんは一本気だしね」
「……信頼できる相手だとおまえたちが言うならば、オレから否はない」
『ありがとうございます』
東の伝承保菌者の異名を取るのが母ならば、西の伝承保菌者はバゼットさんだ。
たた。
「あのひと、うちより先に教会行ったりしない?言峰神父は監督役だし」
『念入りに、教会を後回しにするように伝えるわ。確かまだ英霊は召喚していないはずだから、うちの霊地と部屋を貸してあげなさい』
「はーい。バゼットさんならどんな英霊を喚ぶか、母さん姉さん予想つく?」
『そうねぇ……。彼女ならケルト系の戦士と縁があるんじゃないかしら』
『同感よ。フィアナよりも赤枝に近いんじゃないかな』
「そっか。……そっか、それなら何とかなるかも。……うん、ありがとう!おやすみ!気をつけてね!」
『あなたもよ!』
映像にぶれが走りつつあるのを見ながら、通信を終わらせた。
となると。
「……」
無言で圧をかけてくるランサーと相対するコトになるのだ。
「マスター」
「はい」
「……否はないとオレは言ったが、言葉がないわけではない。無辜の民が犠牲になるのは良くはないし、それを否とするおまえの高潔な精神は尊ぶべきものだ。それで己の命綱を容易く切るつもりか?」
「高潔じゃなく、単に私のせいで死ぬ人たちがいたら私が明日から生きていたくなくなるから嫌なんです」
「おまえは、己が死ぬより見知らぬ他人の死を嫌がるのか?」
「ランサーが側にいてくれて死ぬかわからない私と、母さんと姉さんがいなければ必ず動く屍に成り果てる街の人々なら、二人は後者のほうを優先すべきでしょう?嫌がるとかじゃなくて、全員助かる可能性が高いほうを選んだだけです」
どう考えてもそうじゃないのか。
いや、でも、そうか。
ランサーの言いたいコトが、何となく読めた。
「確かに、普通の子どもならそんな理屈は放っておいて親に来てほしい、側にいてほしいって言うべきが、正しいかもしれませんけど」
「……」
「私が、普通の子どもじゃなかったと諦めてください。神秘を継いで生まれた時点で、人間みはあくまで真似事にしかなりません。私たちの戦う時は、いつか必ず来る。それが今回になったと言うだけでしょう」
それとも。
「ランサーは、自分が戦って私を生き残らせる自信、ないんですか?」
「ある」
「即答なら決まりですね。私は聖杯戦争で生き残る。そこに戦いという選択肢が増えたってだけです」
「……」
ランサーは、数秒懊悩したあと、ついに頷く。
ここまでならないと『マスターを戦わせたくない』意志を覆さなかったランサーは、本当変わったひとだ。
戦いに血気盛んに飛び込むような
ランサーは、戦いたくないひとなのか?
─────否、それはない。
「……ん?」
「マスター?」
「今、何か思考に割り込みまして」
私であって私じゃない
「精神干渉の類か?」
「いえ。……うーん、まぁ細胞の記憶的な何かでしょう」
「細胞の記憶?」
「家系が長いので、私たちには自分じゃない記憶がふわっとあるんです。主に戦闘技能ですが」
人類の多くが、生まれついて蛇に対する無意識な嫌悪を持つという。生きた蛇を見たコトがない人間であってさえもだ。
あれは何百万年と続いた原始時代において、蛇が人間の脅威であり続けたからだという。
だから、蛇を然程恐れる機会すらない現代人にも、遺伝子を通して蛇に対する嫌悪が根付く。
むしろ、蛇を恐れる遺伝子持ちの子孫が現行人類だと言えるかもしれない。
……みたいな説もあるらしいし、うちの戦闘技能自動インストールも似た理屈なのだと思う。
これで一般人やるには、私たち一族の性能は尖りすぎだ。
でもそっち方面に進化しないと、保菌した神秘を狙う者たちに根絶やしにされていたろうから、どっちが因果の始まりかもわからない。
「オレに報告の不備があるのも事実だが、おまえも大概ではないか?」
「それについてはごめんなさい。……でも制約とか遺伝とか、私にとっては当たり前すぎて、呼吸の仕方の説明を求められてるようなものかも」
「何が報告すべき異常か自己で判断できないというコトか?……いや、それがおまえにとっての日常で当然であるがゆえに、異常か正常かの判別すらできない。尤も、異常と正常も何を基準に据えるかで変わり果てる。おまえたちなりに幸福に生きる為模索したのがその形であるなら、おまえは異常者ではなく、健常に育てられたと言える」
「……」
なんだ。
やっぱりこのひと、話そうと思えば話せるし、とんでもなく思慮深いんじゃないか。
これで何故、生前粗野だと言われたのだろうか。
「マスター、思考が逸れたな。オレを見ろ」
「え、あ、はい。ごめんなさい。……でもランサー、あなたはそれだけ話せるし見抜けるのに、どうして人の心がないなんて言われたんですか?」
「……言われはしたが、言わない者もいた。オレにはそれで十分だった。……いや、話を逸らすな」
「でも結論出ましたよ?バゼットさんと協力して生き抜こうって。……ケルトの戦士の誰かなら、最後に後腐れない一騎討ちを望めば応じてくれるのでは?」
「それでオレが負ければ、相手に聖杯を譲って聖杯戦争から降りる、と?」
「バゼットさんは仕事で聖杯を取りに来るみたいだし、乗ってくれると思います。……向こうのサーヴァントとの正面切っての一騎討ちでランサーが負けたら、の話ですけど……」
それはそれで行けるのかという気はする。
私はランサーの戦うところを一度も見てないのだけれど、ランサーは物凄く強いと思……感じるのだ。
畏怖されるべき大英雄かどうかは何故か未だにピンとこないが、単純に『ただただ強い』という認識はある。
しかも多分、この生真面目な性格だと、
そんなランサーは、一応肯んじてくれた。
「バゼットなる者が喚ぶ英霊次第ではあるが、これも致し方なしか。……オレに、戦って死んでくれるなとおまえが言い出すよりは良い結論ではある」
「戦士にそんなお願い、しませんよ。後腐れない戦いで果てるなら、本望なひともいるでしょう。あなたもそうなんですか?」
「否定はできない。……おまえはそういった戦士と縁があるのか?」
「戦士に会ったコトはありません。何となくそう思うだけです。多分、遺伝で」
ランサーは、何とも言えない顔で私の眼を覗き込んで頷くだけだった。
この布陣でランサー=クー・フーリンだとさすがに強すぎるんで、何かは変わります。
あと感想欄で、サーヴァントやってるほうの主人公とブーディカ、ティアマトのようなママサーヴァントとの絡みについがありましたのでお応えします。
ブーディカ→キッチン仲間なので仲が良い。ブーディカから彼女の夫の話を聞く及び、それを楽しそうに語る彼女を見るのが好き。
ティアマト→神霊サーヴァントなのでやや身構える。が、交流を重ねれば普通に接するし、ちょっとだけ甘えることもあるかもしれない。(お弁当に好きな料理をリクエストする等)
ちなみに頼光さんに対しては、《母》ではなく《少女》、《武者》の印象なので相応に接します。
あと新作の短編オリジナル投稿したので、よければ覗いてください。掲示板形式のTSファンタジーで、多分5話ぐらいで終わります。