では。
「白矢、最近またおまえの家に人が増えたのか?」
「ん?」
「この前近くを通ったら、俺たちぐらい歳のやつが棒を振ってるのが見えたんだ。前に俺も会ってる、バゼットって人もいたし」
穂群原学園、校内でのコト。
職員室へのノート運搬という私の雑用を手伝ってくれながら、衛宮士郎は実に自然にこちらにとっては爆弾級の質問を投げてくれた。
「う、うん、そう。棒を振ってたのはバゼットさんの親戚の子。バゼットさん、その子と一緒に出張で冬木に来ててしばらくうちに泊まってるんだ」
「それにランチャーさんもいるんだろ?賑やかになってて安心だな」
「うん。……うん?安心?私が前から留守番してるの、衛宮くんは知ってるよね?」
「そうだけど、最近物騒な話が多いだろ。……ガス漏れとかさ」
「あ、そうだね……。そう考えたら確かにランチャーにバゼットさんたちがいるのは良かったよ。母さんと姉さんも安心できるみたいだし」
尤も、その全員が聖杯戦争という別の脅威の関係者だ。約二名ほど生者じゃないひともいるし。
ともあれ、衛宮士郎の手にある刻印も被さる影も、いよいよ色濃くなっていた。
……今気がついたけれど、いざ聖杯戦争が始まって衛宮士郎がマスターとして正式に参戦した場合、我が家は真っ先に関係者と看破される可能性は高い。
何しろ、はちゃめちゃ怪しい名前、『ランチャー』を名乗る外国人の同居人が聖杯戦争開始の時期にいきなり現れたのだ。
ちゃんとした偽名を考える前にランサーが『ランチャー』を名乗ってしまったので今更取り返せないのが地味に痛い。
いっそ、本名を名乗ったほうがマシだった気がしてきた。私はそれを知らないけれど。……いやでもインド系ならランチャーの名前もありそうな気がするし、意外と妙手だったのだろうか。
「でも衛宮くん、きみも気をつけなよ。藤村先生がいるけど、一人暮らしでしょ」
「俺はいいんだよ。でも白矢は女の子だろ。しかも五十メートル走も走れないじゃないか」
「そ、それはそうだけど、衛宮くんも本当に気をつけてよ!具体的には、綺麗な月夜と蔵の床に描かれた変な模様には特に!」
「具体的すぎる……」
ランサー召喚の場になった蔵は、全員で調べたけれど結論は『わからない』だった。
そんなコトあるかと思ったけど、わからないのだから仕方がない。
なりたくなかろうが戦士になるやつはなっちまうだろう、とはあっけらかんとしたセイバーの一言だ。
バゼットと私はその一言で納得できたけれど、一番納得してくれなかったのはランサーである。割と我儘だな。
「衛宮くん」
「ん?」
「与太話として思ってくれてもいいけど、きみには誰かを、何かを選ばないといけない時間が来てると思う」
「んん?」
「或いは、きみはお父さんの道を選ぶのかな?」
彼の二つ名を、私は数日前に初めてバゼットから聞いた。
私の記憶の中にある衛宮切嗣は、飄々として草臥れた、枯れ果てた柳の木のような人だった。
小学生の時分に街ですれ違ったり、衛宮家の前を稀に通ったら縁側で黄昏ているのを見かけたり、或いはスーパーで衛宮士郎と買い物してるのを見かけたり。
日常の一部にいる、同級生の父親。
それだけの、普通の人だったのだ。
ひとつだけ色鮮やかに覚えているのは、空港に一人で母と姉を見送りに行ったときのコト。
帰り道に、旅行に行くような大きめの鞄を下げて駅へ向かう彼と出くわした時だ。
小学生の私が一人でいるのが気にかかったのか話しかけてくれて、こちらが母たちが外国へ仕事に行く見送りの帰りだと言ったら、
この人も外国で仕事なのか、と当時は思った。
何しろ衛宮切嗣氏には、働いている様子なんてちっともなかったからだ。俗に言うプーかと、その時まで思っていた。
「衛宮くんのお父さんて、そう言えば外国に仕事に行ってるときあったね」
「ん?……ああ、そうだけど、いきなりどうしたんだよ?変だぞ、白矢」
「ごめんねー。急遽進路選択を真面目に考えないといけなくなって、今センシティブでデリケートな精神なんだよ」
「センシティブで……デリケート?」
「何だよ。何か異議が?」
ふざけてじろりと青い瞳で睨むと、衛宮士郎はぶんぶん首を横に振った。
「ないけどさ、まだ高二だぞ。進路希望調査も本格的じゃないだろ」
「の、終わりかけでしょ。衛宮くんこそ正義の味方のなり方、どうするか決めた?」
ノートを持ち直して言うと、衛宮士郎は顔をくしゃっとさせた。
「白矢っていつも笑わないよな」
「ん?」
「正義の味方ってやつ。白矢ってよく笑うのに、俺が正義の味方って言ったときだけは笑わない」
「え、笑ってほしかった?」
「ほしくない。俺は真面目に言ってるんだからな。ただ不思議になっただけだ」
「だって衛宮くん、真剣に言ってるでしょ?本気を笑うのは失礼だよ」
「……」
「それがどんなに私と相容れない願いでも、本気なら笑わない。笑うほうが失礼だし、ダサいから」
正直、なりたいものが正義の味方はどうかと思う。
しかも、衛宮士郎のそれはなりたいではなくて、
それなら尚更、笑っている場合ではない。
ランサーとも正義の味方について話したが、彼曰く「『正義』の側についていなかったオレに言うべき言葉はない。だが、矛盾に気がつかねば身の破滅を呼ぶ願いだな。おまえがその道を選ぶなら止めるが?」とのコトだった。
選ぶわけないんですがと言ったら安心した顔になったので、ある意味駄目だこりゃ状態である。それは聞いてないし、頭が身に着けてる鎧並みにカチコチか。
では、カチコチ具合で同等そうな衛宮士郎はどうかと言うと。
「白矢、やっぱり変わってるよな」
「面と向かってそういうコト言うのと同じ口で、私を女の子だからって言うきみはどうなの。男も女も関係なくなってしまうのが生命の取り合いだよ、正義の味方志望さん」
「おまえ最近、やたらと俺の生命の危機を仄めかしてきてないか?」
「事実だもの」
その辺りで目的地の職員室に辿り着く。
衛宮士郎に預けていたノート数十冊を、私はひょいと片手を伸ばした持ち上げた。
「それじゃあ、私はこっちだから。またね、衛宮くん」
「お、おう」
ノート百冊近くを軽々持つ私に、衛宮士郎は目を瞬かしていた。
そろそろ、十五年以上続けた嘘もバレてしまいそうだった。
■■■■■
それから後の、夜。
聖杯戦争の時間だった。
「せっかくアトラム・ガリアスタの場所は見つけたのに、今度は学校にこんなものが仕掛けられるなんて……」
夜道を歩きながら、つい呟く。
現状は、少々ややこしい局面を迎えていた。
魔術と電脳を用いたインチキハッキングはかなり上手く行き、アトラム・ガリアスタの足取りを掴むのには成功した。
バゼットからの情報で、彼は生贄系の魔術を使うと判明した。
ならば『材料』を冬木に入れただろうと踏んでそちらから当たったところ、運よく見つけられたのだ。人と金は、動くと痕跡が残るからわかりやすい。
かなりセイバーのルーン魔術にテコ入れしてもらい、姉さんと母さんの置いて行ってくれた教本を読みまくり、父さんが遺した先見の術まで持ち出しての一大事だったけれど、見つけた者勝ちだ。
が、見つけた途端に今度は私が通う穂群原学園にタチの悪い結界が仕掛けられているコトが発覚。ランサーが静かに激怒。
発動すれば、中にいる人間を文字通り融解させるだろう凶悪かつわかりやすい爆弾が学校をすっぽり覆っていたのだ。
これは十中八九、魂喰いを目論む陣営の仕業だろう。
早急に対処する必要がある。
サーヴァントはゴーストでもある。
魔力を得るには手っ取り早く魂を摂取するという方法もあるのだ。これを、魂喰いと言う。
尚、セイバーもランサーも口を揃えて魂喰いなぞ断固拒否。
私は無理無理無理と尻込みし、バゼットはセイバーにそんな真似はさせないと意気込み。
じゃあ、こんな馬鹿な結界を張った輩も、冬木に生贄を持ち込んだ輩も、とっとと早急に倒しましょうとなったのだ。
「アトラム・ガリアスタはバゼットとセイバーに任せ、オレたちは学び舎にかけられた結界を解く。戦力の分散は痛いが、互いに単独でどれほど動けるのか確かめる前哨戦として不足はない。おまえに、結界の破壊はできるのか?」
「触ってみないコトには確定はできませんが、魔力をガーッと流し込めば発動の遅延ぐらいならできます。尤も、サーヴァントの宝具や術だとしたら発動してしまえば無理でしょうけど」
「術はどうした……」
「私、そんなに術は使えないですって。基本は戦闘系です」
多分、我が家で一番色々なコトができたのは父だ。もういないけれど。
地金が戦闘特化の一般女子高生にはきついぞと思いつつ、ランサーを見上げた。
「あとランサー、あなたが本気で戦った場合の魔力消費はどれくらいになりますか?昨日のセイバーとの模擬戦だと、私の魔力消費の上限を十枠としたら二から三枠を使ってる感じです」
「オレの魔力消費量とも概ね一致する」
「そうですか。……うーん、でも宝具を使ったときの魔力消費量はわかりませんし、正直今後ランサーに戦ってもらって感覚で慣らしていく他なさそうです」
バゼットはランサーとセイバーとの戦いを見て体験し、宝具発動を別にすればセイバーの全力の戦闘と自分の戦闘も何とか同時にこなせると言っていた。
こちらもランサーの肩慣らし程度なら普通に動けたが、槍、鎧を展開した場合は体が少しずつ重くなった。
しかもランサー曰く、今の槍は本来の形ではなく魔力消費を抑えるための簡素な形だそうだ。
多分、ランサーの全力戦闘時、私はすぐとは行かなくてもぶっ倒れるコトになるだろう。宝具まで動員すれば、さらにわからない。
だけれども、インドの人間で、黄金の耳輪と鎧持ちで、目立つ槍を携えた英雄なんて、該当者はほぼ絞れている。
原典とランサーの性格の不一致も、この歯に着せる絹が破けている言動のせいと考えるとあり得る。
あの英雄なら魔力など湯水のように使うだろうと、納得しか無かった。むしろこれで済んで御の字だ。
しかし、となると何でそんな英霊が我が家の庭で太陽眺めてぽーっとしてたり、縁側に座って茶を飲んだり、街の酒屋で樽酒山程担いでスタスタ歩いているのかと。
店長と衛宮士郎くん、目と口を満月にしていたぞ。あとやたら私の進路に口出してくるのはなんでだ。お父さんか。
などと言っている間に、学校に到着だった。
トトンッと校門を飛び越えて侵入し、校内を見て回る。
「侵入に慣れているのか?」
「慣れてはないです。冬木に、魔術師のよくないのが来た時に、凛と拠点に侵入して撃退したコトが二回あるだけ。どっちも母さんたちが出張でいなくて」
「……」
「もしかして冗談のつもりでした?」
本気で侵入経験ある輩とは思わなかったらしい。いやなんか、ごめんなさい。
「戦いとは無縁と言っていたろうに」
「二回ぐらい無縁の範疇です。三回目が今なだけ。……あ、結界の目ぼしい起点の刻印多分屋上ですね」
「了解した。跳ぶか?」
「階段周りの魔力経路を把握したいので、歩きましょう」
発動していないとはいえ、結界に包まれているのはあまり気分の良いものではない。
目を凝らせば、壁や床に細かい回路が張り巡らされているのが『視えた』。
「気持ち悪い……。血管みたいです」
「目が良いのも困りものだな。普段から見え過ぎているのではないか?」
「集中してなければ大丈夫です。でも私にとって眼は大事なんです。鳥を見たら眼を見るぐらいでないと」
「射手か?」
それには応えずに、屋上の扉を開け放つ。
風で髪が揺れるのを感じながら、屋上の床に目を凝らすと、あった。
コンクリートの上に刻まれた、紋章だ。
詳しい効果の程は、読めない。
「駄目ですねこれ。壊せません。発動を遅らせるぐらいしか」
「判断が早いな。サーヴァントの宝具か?」
「はい。多分地中海……ギリシャ…………?辺りのものかもしれません。祖父の持ち物にある、古い伝承をまとめた日記に似た文字があった気がします。……写しましょう」
手帳にペンで魔法陣を描く。
カメラでもあればよかったのだが、撮っても解像度はダメダメだろう。
ざっと描き写し、魔力を流して引っ掻き回そうと陣に手を当てたところで。
「あらこんばんは、白矢さん」
「こんばんは、凛」
屋上の扉を開き、遠坂凛が現れた。
同時に凛の傍らに顕現する、紅い外套に白髪、褐色の肌の青年。
消去法的に、彼は。
「凛のサーヴァント、アーチャーなの?」
「……!」
ぴくり、と紅い外套の肩が揺れた。
凛は黒く長い髪を優雅に手で流した。
「ええそうよ。ところでランサーのマスターさん、一応聞くけれど、このふざけた結界を張ったのはあなた?」
「とうに理解しているコトを口に出すのは賢明とは言えんな、アーチャーのマスター」
開口一番着火したランサーである。会話の焼き払い方がひどい。ランチャーの由来ってまさかこれか。
凛のこめかみが動き、今度はアーチャーの頬肉がピクリと震えた。
「へぇ、白矢さんのランサーは随分な物言いをするのね」
「ごめん。それと私、結界は張ってない。危ないから壊しに来ただけ。多分地中海系の魔術が絡んだサーヴァントの宝具だから、壊せそうにない」
「情報流すのが早いのよ!聖杯戦争の緊張感はどうしたの!」
「情報流しておいたら、きみが倒してくれるかもしれないじゃないか」
「……私が張ったとは思わないってコト?」
「え、凛が?」
その選択肢は考慮していなかった。本気で。
ひょい、とランサーは肩をすくめた。
「アーチャーのマスター、おまえはそのサーヴァントに魔力を十分に与えられないような甲斐性なしではあるまい。そうであるなら、オレのマスターは背中を預けん」
「言いたい放題言ってくれるじゃないの。白矢さん、あなたこそ一体誰に背中を預けてるか把握したの?」
「ランサーの真名なら知らないよ。知らなくても支障はないしね。強いから」
というか、マスターとサーヴァントが夜に顔を合わせたと言うならば。
「
「あら、とうにわかっているコトを口に出すのは賢明じゃないんじゃなかった?」
「はいはい。じゃあ、やろうか」
にこり、と遠坂凛は夜の闇をも従えるような顔で笑って頷く。
……そちらのアーチャー、どことなく見覚えのある骨相をしてるんですけど、とは聞けたものではない空気であった。
プレイヤー視点で見たら、ルートがありそうで全くないのが本作主人公です。
意味深なことを言いますが、何周しようとルートは開きません。彼女の同居人ランチャーは、『口を開けばとんでもない毒舌が飛び出るバイトの助っ人V系兄ちゃん』として初登場します。
12月が仕事もFGO的にもどう考えても忙しいので、更新できるうちに話を進めることにしました。
楽しんでいただければ幸いです。