では。
弓兵と槍兵、アーチャーとランサー。
屋上の結界の起点をしっかりと壊した後、校庭に場所は移った。
簡素とはいえ黄金の槍を握るランサーに対し、アーチャーが構えたのは短めの片刃の剣。
「……弓兵では?」
「弓を取らないアーチャーもいるだろう。若しくは、弓に限らず武器と手数の多い手合いだ。気を抜くな、マスター」
「はい」
バゼットが言っていた。
サーヴァントはサーヴァント同士、マスターはマスター同士で戦うものだ、と。
執行者というごりごりの武闘派かつ、場合によってはサーヴァントにすら勝てる規格外の戦士の意見だけれど、一理はある。
でも、必ずしもそうとは言えない。
私が虚空をかき裂くように指を曲げて宙を撫でると、手の中に黒い弓が一張現れる。
それを見るや遠坂凛は顔を引き締め、宝石を指の間に挟んだ。
「リン」
「アーチャー、あの
「つまり、サーヴァントはサーヴァント同士、マスターはマスター同士でやり合う気か?」
「ええそうよ。加勢はしない。あなたの力を見せて。私も見せるから」
「……了解した」
あちらの会話は全部聞こえていた。
ランサーをちらりと見上げると、応じるようにヒュウと槍が振られる。
「おまえも戦うか、マスター」
「これでやり合わないは無理でしょう」
弓を出したのは、私を狙ってくるかもしれないアーチャーから少しでも身を守るためだったのだが、そんなコトが言える空気ではなくなっていた。
凛は散歩でもするかのように優雅に歩を進めてこちらへ向かっており、手には宝石が煌めいている。
お互いのサーヴァントからは離れ、校舎の方へ歩く。
宝石と、弓。
凛は宝石を握り込み、魔力を高めたままこちらの弓をちらりと見た。
「相変わらずの練度ね、ソレ。己の魂の一部を汲み上げ『物』として具現化、使い熟して同調を深め、すべての魂の源たる根源へ到達するコトを目指す
「うん、合ってるよ」
「そしてあなたたちの血族は皆、魂が『武器』として顕現するから、必然究めるのは武の道になっていく、と」
「それも正解。だけど、これはあくまで形而上的に一部を汲み上げただけで、そのものではないからね」
付け加えると、魂現魔術の先にある根源の到達は主目的ではない。
本来、『先祖返り』の発生を終わらせるために、自分たちの魂と血脈に絡む因果を探るために、編み出した魔術なのだ。だから、日本での名前も冗談みたいな言葉遊びになっている。
しかし、代を重ねるごとに戦闘において才能がある一族は相伝魔術を極めて行ってしまった。
それも、ご先祖の言葉を信じるならば数千年の長きに渡り、魂の一部を汲み上げて物質界に形を持たせる魔術を研鑽してきた
結果、魔法に最も近い魔術として密かに語られている。
即ち、第三魔法『魂の物質化』に最も近づき、けれど遠く離れた歪な代物として。
第三魔法とは、俗に言えば不老不死。
けれど、私たちの魔術は魂の具現化が『武器』に限定される。
よって、珍しいだけの失敗例との呼び声高い。
不老不死という名の無機物に、なりたい魔術師はいないからだ。
それでもだ。
母は円月輪を。
姉は双剣を。
私は弓を。
各々魂から取り出し、手にして来た。血族でなかった父は、その様子を見て少し寂しげに笑っていたらしい。
とはいえ。
私の魂の具現化がこの黒くてでかくて扱うのが大変な大弓ってのは信じたくないんですけど!と言いたいが、当然言えないのである。
「一応言っておくけど、凛、私がこれを出したの、きみのアーチャーに狙われたときのための予防だったんだけど」
「……何、私とやり合う気はなかったっての?」
「ないよ。なかった。でも、きみが戦いを望むなら応じるのに異存はない。私ももう退かないから、ただの宣言をしただけ」
弦を摘まんで引けば、形成される魔力矢。
背後では校舎を破壊しかねない勢いで戦闘を繰り広げる、アーチャーとランサーの気配もある。
アーチャーなのにランサーと近接でやり合えているなら、凛のサーヴァントも強いのだろう。
尤も、ランサーの魔力消費は許容範囲以下。
あくまで前哨戦で済ませる気なのか、魔力放出に炎を纏わせている気配もない。
実際、夜の校舎でランサーが魔力を炎として放出しようものなら目立つどころの話ではないので有り難いと言えばそう。
─────それは、いいか。
すぅ、と息を吸って吐いて、弦を引いて────放つ。
意識に乱れさえなければ、凛と私の間にある空間を矢で埋めるのも、特に難しいコトではない。
でも。
「な、めんなァッ!」
「心外。舐めてない」
凛の放つ色鮮やかな石たちが舞い、私の矢をはたき落として炸裂させる。
凄く、金食い虫な魔術だ。
己の体と魂さえあれば、どこでも研鑽できる我が家の魔術が遠坂家に嫌われるのも頷けた。
ともあれ魔力が衝突して爆発し、小さな渦を生み出すその中を、遠坂凛は突っ切って突貫してくる。
相手が弓士ならば距離を詰める。
自分の拳の届く範囲にまで。
とてもわかりやすくて、正しい戦法だ。
拳法の踏み込みで迫る凛の拳を、既で躱して距離を取り、弦を引く。
引いて、鳴弦の邪気払いを応用した簡易結界を展開。凛の侵入を阻み、飛び退って距離を取る。
「相変わらずの戦闘特化ねぇ!」
「結界を破壊してるのに何を」
宙へ飛び上がり、上から下へ矢を放って落とす。流星の出来損ないのような矢の雨を、凛は宝石で以て残らずはたき落としてくれた。
一つの矢でも、当たれば致命傷。
でも当たらなければいいのだと、凛には怯む様子なんて何もない。
どころか、空中にいるこちらへ向けて指を構える。
────
あれは当たると痛いのだ。
空中に出した矢を蹴って方向を転換し、校舎の壁へ着地。
靴裏にコンクリートの硬さを感じつつ、凛のガンドに追いつかれる前に再び場所を変え─────。
よう、としたところで。
ざ、と誰かが────こちらの認識外の誰かの、気配が。
「え」
校舎の壁に蜘蛛のように取り付いたまま下を見る。
校舎の陰、暗がりの中。
赤い髪の少年が、いた。
私は彼を見て。
彼も私を見た。
視る、それが隙になった。
バヂンッ、と肩に走る衝撃。
「わッ」
凛のガンドが肩に直撃し、脚が校舎から離れた。落ちる。
内臓に浮遊感を感じながら、弓を校舎に突き刺して握り、片手でくるっと回って弓の上に着地する。
止まり木に爪をかけた梟のように下を見ると、まだ人影はそこにいてこちらを見上げていた。
「こんばんは、衛宮くん」
赤毛の同級生には、肩を押さえて言った私の声が聞こえたらしい。
完全に固まっていて、逃げる素振りがない。
いや何してるの馬鹿。目撃者は消されるってのに、まだ喚んでないじゃないのきみ。
などと考えている間に、またしても凛のガンド一斉掃射が来た。
多分、凛に衛宮士郎は見えてないし気がついてない。私に気を取られている。
でも時間の問題だ。
遠坂凛は魔術師らしくあろうと自分を律する者で、誇りと自負がある。
目撃者を消し、神秘は守る。魔術師のそのルールに則るだろう。
間抜け。
ちゃんと、校舎の気配を探っていたらこんなコトにはならなかったはずなのに。
自分を罵倒しつつ、ガンドを避けるべく弓から飛び降りる。
強化させた腕と爪で校舎を引っ掻いて勢いを殺しつつ着地。再顕現させた弓で凛の宝石を迎撃し、衛宮士郎の前まで走った。
まだその場にいた衛宮士郎は、暗がりからまろび出た私を見るなり、口を開いた。
「は、白矢……?おまえ、何してるんだよ、そんな武器持って」
「ばか」
「え?」
「ばかどじおひとよし頑固者」
「いきなりなんだよ!おまえ、撃たれてただろ!」
「あんな一撃で死ぬほど、私はやわくないよ」
まさか、衛宮士郎が怪しいものを見てるのにすぐ逃げなかったのは、私が撃たれているのを見たからか。
………………あり得る。
か弱い殻を被った同級生に、魔術の弾が当たるのを見たら、彼なら
しかも恐らく、私を撃った凛が衛宮には見えてない。
「ランサー!」
『どうした?』
「予想外が発生。衛宮士郎がいた。アーチャーを来させないで。でも倒しても駄目」
『了解した。凌げよ、マスター』
「はい」
言って、まだ目を白黒させている衛宮士郎の腕を引っ掴んで引っ張った。
「おい白矢、何が起きてるんだよ!校庭の方でも─────」
「だから、私が言った、殺し合い。早く喚ばないと殺される戦いに、きみは巻き込まれた」
「ッ……!」
「いいから来て。逃がす。ホントはきみのコト殺さなくちゃ駄目なんだけど、嫌だからやらない」
衛宮さんのばか。
息子に本当に、なぁぁぁぁんにも教えてないなこれ。そうでなれば、衛宮士郎がここまでド素人になってない。
衛宮士郎の額を指で弾き、凛の目から彼が見えないようにして走る。
すると当然、怒れる誇り高い魔術師に見つかった。
「曙宇!あんた逃げんじゃないわよ!」
「ごめん急用!アーチャーの助太刀しに行ってくれて構わない!」
「ふざけるんじゃないわ!」
ですよね。
走りながらでも精度が落ちないガンドの嵐に、魔力矢の一斉掃射で対抗する。
生憎、ホーミングじみたコトはまだできないから、狙って撃たないといけない。
弓を構えて引いて放つ工程分、大弓はガンドに発射速度で劣る。
「
呪言を唱えれば、弓は形を変えて黒の短弓となって手の甲に取り付く。
威力は弱まるが速射可能な形へ形態変化させた短弓で弾幕を張りつつ、学校の外のフェンスを跳んで越える。
跳躍力が足りていない衛宮くんの胴を抱え、飛び越えて着地。
そこからさらに屋根を足場にしたり、壁を越えたりと近道を続けて辿り着いた衛宮家の前で、やっと衛宮士郎の手を離した。
「着いた。ごめんね、衛宮くん。びっくりさせて」
「……」
「……それどころじゃないね」
衛宮士郎の顔色は、息も絶え絶えな土気色になっていた。
彼も鍛えてはいるけれど、三メートルくらいの自由落下の繰り返しは気分がいいものではない。
船酔いよりひどそうだった。
「……正直何もわからないけど、助けてくれたみたいだし、ありがとな、白矢」
それでも、しばらくしたら衛宮士郎は復活して、頭を下げてきた。
「気にしないで。部外者がいるのを考慮してなかった、私の落ち度でもあるから」
「……何をしてたか、教えちゃくれないよな?」
「きみが、本心で望むならいいよ」
「いいのか⁉」
「でも知ったら、私とも、他の人とも敵同士だから、おすすめしないけど」
「……それは、遠坂か?」
「ノーコメント」
あれだけガンド撃ちする凛を見たなら、今更誤魔化すも何もないけれど。
「私も勘違いしてた。きみが七人目かと思ってた。衛宮だから。でも、違うようだし、衛宮くんは教会に行くべき。安全地帯で、インフォメーションセンターだから」
「……わかった。もう聞かないから、代わりにこれだけは教えてほしい。白矢は魔術師なのか?」
「私は魔術使い。衛宮くんもそうなんじゃないの?根源を目指すためじゃなくて、人助けの手段のために魔術を使ってそうだもの」
「……」
衛宮士郎が、浅く頷く。
頷いて、何かを告げようとした、その刹那。
──────彼の背後に現れる、紫髪の女。
「衛宮くんッ!」
怒鳴って肩を引っ掴んで後ろに突き飛ばし、弓を前に出す。
間髪入れず、吸い込まれるような女の蹴りが、弓ごと私を吹き飛ばした。
「白矢!」
天地がひっくり返って回転する中、衛宮士郎の声は聞こえたけどそれどころではない。
肋が軋んだ音を聞きながら、自分は衛宮家の壁を一枚ぶち抜き、室内の壁に激突してやっと止まった。
体が止まった瞬間、放さずにいた弓を手にして弦を引く。
黒の矢が飛び、接近していた紫の髪の女─────サーヴァントの肩と脚を穿って家の壁に穴を開けた。
「……驚きました。この時代に、まだこのような気配を持つ人間がいたとは」
淑やかな声が、冷たく響く。
二の矢を放つ前に、接近した女怪に再び腹を殴られ、飛ばされる。
床だか壁だか叩きつけられるに前に、また殴られ蹴られ、意識が遠のいた。
今度は血を吐きながら、衛宮邸の中をぐちゃぐちゃにしながら、毬投げの毬のように跳ね回って土蔵の近くまで叩き出される。何回殴る気だ。
白矢、と言う声がまた聞こえた気がしたけど、確かめられない。余裕がない。
痛い、とか、苦しい、とかの次元じゃない。感覚すら麻痺させる重傷だ。
サーヴァントの本気の蹴りと拳をまともに浴びたらそうもなると、頭のひどく冷静な部分が囁く。
胴体が上下に分かたれなかっただけ、幸運だ。どす黒い血が口からだらだら流れるのを感じながら、そう思う。
土が、私の血を飲み込んで赤黒くなっていく。
みるみる視界が暗くなって薄れて、目の前にある光景すら遠ざかる。
そんな中で、唯一目に入ったのは。
─────床の上に落ちた手の甲と。
────刻まれた、日輪を模した刻印。
「……つか、う、かぁ」
ちょっと勿体ないな、ランサーとの繋がりを一画消すのは、ほんとはやだな。
と思うのだけれど、これで死んだら本当に何のために生まれてきたかわからなくなる。
迫りくる女怪の足音を聞きながら、黒い血と共に、言葉を吐き出した。
「ランサー、来、て」
直後、暗闇を引き裂くような黄金が顕現した。
気配が現れるのとほとんどひと続きで、ガラスが叩き割られる音も響く。
多分ランサーが、顕現早々に紫髪の女怪を蹴飛ばすか何かして、ガラス窓をぶち破ったのだろう。この短時間で、衛宮邸はどれだけ破壊されたのか。
けれど追撃の音は聞こえず、代わりに背中に微かに震えている手が触れるのを感じた。
「マスター!」
─────何だ、そんな声、出せるんだ。
そう思って、思いながら、手の中の弓を強く握った。
血の味を感じる舌で、呪言を紡ぐ。
「
私の弓は私の魂であり。
私の体は私の魂で動く。
であるなら、私の弓が動く限り、
概ねそのような魔術を使えば、私の体は修復される。即死でさえなければ、何とかはなる。
ただ、問題点が幾つかある。
「いっっっったぁ!」
まず第一にこの転写による治癒魔術、凄まじく痛い。
痛みが麻痺する重傷すら完治させるが、治癒の過程で痛みが凝縮されて襲いかかってくる。
尻尾を踏まれた猫のように、喚いてしまうぐらいには。
第二に、一日一度しか使えなくて、一度使えば丸一日弓を使えなくなるのだ。
「マスター、無事なのか?」
そして一瞬とはいえ凄まじく取り乱した気配を放ったランサーは、とりあえず元には戻っていた。
だが、内心が明らかに荒れ狂っている。
戦士なら、傷ついて倒れる人間なぞ幾らでも見たろうに。
しかし言ってはいられず、ランサーの前でひたすら手をぶんぶん振った。
「無事です、無事!今は無傷です!」
「……わかった。だが、オレの側から離れるな。まだ気配が消えてはいない」
「さっきのサーヴァントの?」
「違う。
「え?」
─────どういうコト?
この短時間に、何をどうやったらマスターとサーヴァントが増えるの、と思うけれど。
いた。いたのだ。
マスターになり得る人間が、間近に、一人。
なんてコトだ、きみ、どういう運命の星の下に生まれたの。
しかも、それを本人に問い質す前に。
「白矢!大丈夫か!」
「村正ァ!まだ話は終わってない────って、あなた血だらけじゃないですか!一体何がどうしたって言うんですかー!」
手の甲に、夜目でもわかる赤い刻印を刻んだ衛宮士郎が、長い杖を携えた金髪翠眼の少女と共に土蔵の中から現れる。
「…………」
「…………」
ランサーの顔を、思わず見上げてしまう。
白い蓬髪の青年は、完全に遠い目をしていた。
「……些か騒がしいようだが、これで七人七騎が揃ったな、マスター」
「……そうみたいですね、ランサー」
遅まきながら、聖杯戦争は今晩でようやく始まったらしかった。
アーチャーには戦闘不能スレスレぐらいの一撃入れてすっ飛んできたランサーでした。
主人公の自力治療が2秒遅かったら鎧を使っていたでしょうが、それやるとBADENDしていた感じです。