太陽と焔   作:はたけのなすび

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8月になりました。

恥ずかしながら三点リーダーの使い方を指摘して頂きました。
今までの話の分の修正はまた後からしますが、ここから先の話は多分正しく使えている、と思います。

ではどうぞ。



act-7

両手の人指し指と親指で作った輪の中で、橙色の焔がゆらゆら揺れる。

魔力を注ぎ焔を円環の蛇のような形に組んで、目の前の紫色に腫れ上がった腕に巻き付けると、焔はぐるぐると回転を始めた。

回転が早くなるごとに引きつっていた相手の顔が緩み、焔が消える頃にはすっかり穏やかな表情となっていた。

キャスターの目の前の患者、この国の治安の守り手たる保安官だったという三十絡みの男性は腕をさする。

 

「これがサーヴァントの力か。あんたと言いあの弓使いと言い、サーヴァントと言うのは凄まじいな。本当に人間なのか?」

「ええ。私たちはかつて人間だった存在です。さて、もう傷の具合はよろしいですか?」

「あ、ああ」

 

威圧されたように上体を仰け反らせる保安官の横をすり抜け、キャスターは走る幌馬車から飛び降りて外へ出た。着地と同時に幌馬車の速度に合わせて走り出す。

キャスターは今、それぞれに五、六人を乗せた幌馬車五台と、騎乗した十数人で足して五十人ほどの集団と行動していた。

彼らは町をケルトに破壊される前に逃げることを決めた避難民たちで、避難民を全面的に受け入れている西部へと向かっているのだ。

けれど、それは危険な賭けである。野にはケルト兵やキメラが彷徨き、空には人の肉を求めて咆哮する竜がいるのだ。

実際ここまで来るのに何度も襲撃を受けていたが、それでも彼らは一人たりとも欠けてはいなかった。

その理由は単純だ。何故ならサーヴァントが二人も護衛しているから。しかも、片方は千里先まで見透せるほどに目の利く、古今無双の弓兵である。

 

「彼らの傷の手当ては済んだのですか?」

「問題はありません」

 

幌馬車の横を並走したまま問うて来るその弓兵は、真名をアルジュナという。

キャスターの知る限り最強の戦士の一人で、生前は最凶の敵だった存在だ。最もあちらはキャスターのことを覚えていなかったのだが。

 

生前に面識はあっても、親交などなかったアルジュナとキャスターが、共に行動するはめになった理由は数日前に遡る。

端的に言って、キャスターはランサーたちに襲われていたところをアルジュナに助けられた。

が、キャスターを逃がして拐われてしまったシータはいくら探しても見つけられず、その後避難民の一団がケルトの化け物たちに襲われているのに遭遇し、なし崩し的に彼らを護衛して西部まで送り届けることとなったのだ。

また、アルジュナがキャスターを助けたのは、同郷の気配のするサーヴァントがこの大地を荒らしている側のサーヴァントに襲われているのを捨て置けなかった、ということだった。

名を問われたときには言い淀んだ。正直に話すには、あまりに複雑でかといって嘘をつける相手ではないし、キャスターは嘘も隠し事も下手だ。

悩んだ結果、キャスターは正直に自分は施しの英雄の妻だと名乗った。

アルジュナは奇異なものでも見るようにキャスターを見、それから心底残念そうにため息をついていた。一言、カルナはいないのか、とだけ呟いていたことをキャスターは忘れていない。

その一言にただならぬものを感じ、キャスターは呪いのことまではアルジュナに話せていなかった。

以来、キャスターとアルジュナの間では妙な緊張の糸が張られたままだ。

キャスターはシータとカルデアの情報を求めているから、野営地へと赴くにも情報収集という理由はある。

だがアルジュナはといえば、避難民たちを護衛することに否応は無いようだが、どうもその後、つまり世界を守るという役目に関しては、熱意が薄いようだった。

糸の切れた凧、とまでは言わないが、キャスターには今のアルジュナがかつて敵として見たときより不安定に見えた。

 

不安の種は尽きないまま、キャスターはアルジュナと協力して荒野を進んでいる。

避難民たちを守れるか否かという点では、全く不満などあるはずがない。

不満があるとするならそれは自分の心だ、とキャスターも分かっていた。

 

施しの英雄カルナは、クルクシェートラの戦いにおいて、授かりの英雄アルジュナに殺された。

 

聖杯から与えられたその知識が、心に棘のように刺さっており、そして聖杯からキャスターに対して与えられた、クルクシェートラの戦いに関する知識はそれ以外ほとんどない。恐らく、しつこくもまた呪いの影響が出たのだと思っている。

しかし、キャスターもあちらの身内―――――彼の甥にあたるガトートカチャ―――――を殺めているから、言い方はあれだがお互い様という面もあった。

武人の勝ち負けも生き死にも、戦いにおいては紙一重だとキャスターは思っているし、そこを今さらあれこれ言う気はない。ことに、カルナとアルジュナはどちらがどちらを倒しても可笑しくないくらい実力が伯仲していたし、お互いがお互いを不倶戴天の相手と定めていたのだから、尚更だ。

彼らは命を懸けて戦って、残ったのがアルジュナだった。それが彼らの終着点だったのだろう。そう思うからこそ、まだキャスターもアルジュナと協力できている。

―――――どこぞの神の介入は大いに気掛かりだが。

 

が、頭でそう認識していても、感情は消せないのだから厄介極まりない。

今のキャスターは、思考の迷路に入ったまま、惰性で過ごしていた。

 

「目的地が見えました。これならすぐに着くでしょう」

「そうですね」

 

頭から被った、灰色の布の奥で答える。風に巻き上げられた砂が急に鬱陶しく感じられた。

 

―――――本当に、どこもかしこも気にかかることばかりだ。

 

シータも探さなければならないし、カルデアのマスターの情報も野営地で手に入れられれば、と思う。

はぁ、というキャスターの物憂げな吐息は風に吹き散らされる。道の先には天幕が集まる野営地が見えてきていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「了解した。この人たちは我がアメリカ西部合衆国が受け入れよう」

 

野営地の入り口に立つ門番の言葉に、場にほっとした空気が流れる。

西部側の陣地に無事たどり着けたことで、避難民たちの顔が目に見えて緩んだ。

門の横に立つキャスターとアルジュナの横を通り、がらがらと馬車が野営地に入っていく。そのうち、何人かは敬礼してきたので、キャスターは会釈で返し、アルジュナは泰然と立ったままその礼を受け取った。

 

「彼らをお願いします。怪我をしている方はいませんが、皆さんとても疲れているので」

「分かっている。ケルトに追われてここまで来る奴はみんなそうさ。あんたらのようなサーヴァント同伴で来たのは始めてだが」

「そうですか。ちなみにお聞きしますが、私たちのようなサーヴァントを他に見かけませんでしたか?」

 

キャスターと話す間も兵士たちの手は銃から離れず、目付きも油断ない。

彼らにしてみれば、明確に西部合衆国に付いているサーヴァントならいざ知らず、どこにも所属していないはぐれのサーヴァントなどケルトの猛威と大差無いのだ。違いはその牙をこちらに向けているかいないかだけ。

それでもキャスターの物腰の丁寧さが功を奏したのか、兵士はキャスターの問いに答えた。

 

「そう言えば、しばらく前に何人かのサーヴァントを連れた奴が来たなぁ」

「ああ。いたな。カルデアって知らんとこから来たっていう小僧っ子だったがな。ここにいたサーヴァントの看護師連れて、どっかへ行ったって話だったが」

 

キャスターが顔色を変え、アルジュナはわずかに眉を上げる。

顔を半ばまで覆っていた布をはね上げ、キャスターは兵士に詰め寄らんばかりの勢いで尋ねた。

 

「その方たちがどんな方だったか、教えてもらえませんか?」

「あ、ああ」

 

布の下からまだ幼さの残る若い女性の顔が現れたのに驚きながら、兵士は答えた。

十字架を象った大きな盾を持った少女、大弓を持った褐色の肌の青年、それに大槍を携え黄金の鎧を纏った白髪痩身の青年が、一人の少年と共に現れ、ここで看護師をしていたサーヴァントと共にどこへか去っていったことを。

そして、大槍と黄金の鎧が特徴の槍兵と兵士が言った瞬間、完全にキャスターとアルジュナの雰囲気が変わる。

キャスターは大きな青い瞳をいっぱいに見開いて立ち竦み、アルジュナは獰猛な笑顔を見せた。

兵士は何か不味いことを言ったのか、と内心青ざめた。

 

「その槍兵がどちらへ行ったか、分かるだろうか?」

 

大弓を握りしめ、それまでの貴公子然とした雰囲気はどこへやら、武人として、サーヴァントとしての殺気を放つアルジュナに兵士たちは今度こそ顔色を変えた。

 

「た、確か、東部の方へ」

「東部、か」

 

踵を返し、歩き出すアルジュナはすでに兵士に注意を払っていない。

一方、しばし呆然としていたキャスターはアルジュナの姿が見えなくなりかけた瞬間はっと我に返った。

 

「待ってください!」

 

狼狽える兵士たちを置き去りにキャスターは走った。

 

「待ってください、どこへ行くのですか?」

 

野営地から離れた荒野でようやく追い付いて、キャスターはアルジュナの前に両手を広げて立ち塞がる。

 

「あなたは、カルナと戦うつもりではありませんか?」

「そうだとして、それで貴女はどうしますか?」

 

キャスターの顔が一瞬歪んだが、すぐに彼女はアルジュナを見据えた。

 

「止めます。カルナと、つまりカルデアと戦うということは、あなたは人類史を護らずに世界を滅ぼす側につくつもりですか?ケルトに与すると?」

 

キャスターの考えうる限り、それは最悪の選択だ。黒く染まった光の御子クー・フーリンとインドラの息子が手を組んで世界を滅ぼす側に回るなど何の悪夢だ。

まして、クー・フーリンを間近で見て、その禍々しさを肌で感じたキャスターには尚のこと見過ごすことなどできない。

 

「それも吝かではありません。人類史を護ることに興味はない。世界も滅びるならば滅びるでしょう。私は仇であるあの槍兵と戦い、対等なものとして今度こそ奴の息の根を止めねばならないのです」

「どうしてそこまで戦いのやり直しに凝るのです。あなたは一度彼を打ち倒したのではありませんか?その弓で彼の命を奪ったのは紛れもなくあなた自身でしょう」

 

瞬間、今度はアルジュナの顔が歪んだ。

 

「貴女には分からない。戦場に立たなかった(・・・・・・)貴女には分かるはずもないことです」

 

押し退けて進もうとするアルジュナに、キャスターは抗った。

 

「対等なもの、と仰いましたね。クルクシェートラでの結末はそうではなかったというのですか」

 

ぎり、とアルジュナの手に力が入り、神弓ガーンディーヴァが軋んだ。

嗚呼やはり、とキャスターは勘が当たっていたことを悟った。

呪いも謀略もなく対等に戦って、その果てにカルナの方が倒れたなら、まだキャスターにも受け入れることのできる結末だった。

だけれどこのアルジュナの様子を見る限り、違ったのだ。

神か、その化身か、それとも人々の思惑か、いずれにしろ彼とカルナは尋常な勝負の果ての結末に至れなかったのだろう。

途中で死したキャスターは、戦いの結末だけを知っていて、そこに続く道に何があったかまでを知らない。

それがここに来て、最悪の形で表に出た。

しかも自分は神に逆らったときと同じく、アルジュナの逆鱗をものの見事に踏み抜いたのだと、キャスターは気づいた。

けれど、大英雄の怒気で怯むなら彼女はサーヴァントになどなってはいない。

危機に対する恐怖心を常人と同じように持ち合わせていて尚進んでしまうのが、キャスターをサーヴァントたらしめている、愚かとも言える精神性だからだ。

 

「先ほども言いましたが私と奴の因縁は、貴女には分からない(・・・・・)。呪いも神もないこの世界での決着こそ我が望みです。そこを退きなさい。貴女に私は止められない。それほど夫が心配なのですか?」

「家族の身を案じないものはいないでしょう。けれど、私があなたを止めようとする理由はそれだけではありません。私は確かに彼の妻ですが、今は未来を守るためここに喚ばれたサーヴァントです。その任が有る限り私は退けません」

 

自分が馬鹿なことをしているという自覚くらい、キャスターにもある。

生前からキャスターは自分の力が足りない相手とばかり相対している。最早ここまで来ると因果としか言えない。

それでも退けないのだ。一度退いたら、きっと強くもない自分はカルナの隣に二度と立てなくなる。そういう予感があるからだ。

 

「あなたがかつて戦ったのは、未来を手に入れるためだったのではありませんか?私たちを殺めてでも倒してでも、守りたいものがあったからあなたたちは戦った。己の信じる未来のために。違うのですか?」

 

それが英雄アルジュナだったはずだ。

彼は父なる神と味方からの期待を背負い、英雄の王道を歩いていた。輝かしくも型通りに進まざるを得なかった定められた人生。

キャスターの記憶の中の彼はそういう在り方の英雄だった。

葛藤もしたのだろう、重荷を感じもしたのだろう。それでも愛した肉親を、民を見捨てず進んだから彼は英雄にまでなったのだ。

血の繋がった家族とは最期まで縁が薄かったキャスターには、彼の重荷は分からず、口も出せない。その資格がないからだ。

だが、かつて敵だった側として見ていたもの、見えていたものもあった。

 

「それは違いません。だが、カルナが未来を守る側に立つなら私は破壊する側につきます。未来に今や興味はないのだから」

 

キャスターは口ごもった。

アルジュナの視線に込められた怒りに当てられた訳ではなく、ただ途方にくれたのだ。

この英雄は言葉では止まらない。

本当にカルナとの決着以外の物事に興味がないのだ。他の事柄が優先順位から根こそぎ滑り落ちている。

キャスターがアルジュナから感じた、不安定さ。それは、彼を守る側の英雄足らしめていた錨のすべてがこの世に何一つ存在しないからこそ生じていたのだと、彼女は気付いた。

そうなると、キャスターには『倒された』側の一人としてその手で創った未来に繋がっている道を、どうか壊さないでくれと頼むしかできない。

キャスターは立ち竦む。

仮初めの心臓の立てる音が煩かった。

あなたはもうあの宝具を使ってはいけない、と言ったシータの声が耳の奥に蘇る。

けれど、キャスターの周囲の魔力は熱を帯び、彼女を中心に燃え始めた。金の輪で一つに束ねられた黒髪が熱風に揺れ、砂が巻き上げられる。

キャスターをそこに残して歩き出そうとしていたアルジュナの足が、ただならぬ気配を感じて止まった。

くるくるくるくる、と白い焔が紡ぎ車のように回る。

その中心に立つキャスターの手が振り上げられかけたところで、

 

「待て、それは悪手だ。―――――」

 

無くしたはずの名を聞こえるはずのない声で呼ばれ、手を掴まれた。

それだけで白い焔は跡形もなく失せた。

キャスターは、そこで自らの腕を掴んだ相手を見上げた。

白い髪、能面のような無表情。胸に埋め込まれた、煌めく赤い宝石と黄金の鎧。

それにキャスターのものより色の薄い碧眼と目が合った。

 

「か、ルナ?」

 

如何にも、と頷かれた。白い髪が風に揺れていた。

 

「状況がよく読めんが、ともかくオレは間に合ったようだな」

 

良かった、と手を離されキャスターはそこでやっと我に返った。

 

「先に聞こう。どういう状況なのだ、今のお前は」

 

冷静な声音に熱されていたキャスターの頭が冷え、思考の歯車が噛み合って正確に正常に回り出す。

自分で自分の頬を叩いて、キャスターはカルナと向き合った。

 

「今の私は人類史守護側のサーヴァントです」

「そうか。……では、お前は下がっていろ。アルジュナの相手はオレがする」

 

軽く肩を突かれキャスターは下がった。下がらざるを得なかった。

 

「分かっているだろう。お前に奴の相手は出来ない」

 

道理だった。

顔を伏せたキャスターに、カルナはぽんと箱形の物体を投げて寄越し、両手で受け取ったキャスターは首をかしげた。

 

「通信機だ。壊れては困るからお前に預ける」

 

下がれ、と重ねて眼で言われている、とキャスターには分かった。

 

「……分かりました」

 

キャスターが下がるのを待ってから、カルナは目の前の敵に視線を移した。

 

「―――――来たか、カルナ」

「ああ。彼女と話をさせてくれたことには礼を言おう。だが何時いかなる場合も、お前の前に敵として立つのは、オレしかあるまい」

 

キャスターは肌が粟立つのを感じた。生前、何度も感じた戦場の空気がすでに場を支配していた。

宿敵の武人が二人揃ったこの地においてこれから交わされるのは、最早無粋でしかない言葉ではなく剣戟。それしかあり得まい。

 

「神も宿命もないこの世でこそ、私は望みを遂げられる。私は今度こそ対等なものとして、貴様の息の根を止めねばならん」

「なるほど。それがお前の宿願か」

「無論だ。貴様はあくまで世界を守ろうとするのだろう。そして貴様が善に立つのなら私は悪に立つ。それでこそ対等だ」

 

授かりの英雄の放つ暴風のような、苛烈な戦意の根幹に潜むのは焼け付くような大きな後悔。それをキャスターは感じた。

カルナもそれは同じだろう。

 

「そうだな。オレもお前もこの宿命からは逃れられんようだ。それは歓喜でもあり、呪いでもある」

 

インドラの槍と炎神の弓が構えられる。

爆発しそうな気配の中、カルナが口を開いた。

 

「アルジュナよ。腐れ縁に免じて約束しろ。オレを討った暁には本来としての英雄の任を果たせ。その弓を世界を救うために使え。その手の仕事はオレより貴様の方が遥かに上手い」

「……良いだろう。だが決したあと、それを敗北の理由にはしないことだ」

「まさか。敗北のために戦うことはない。お前の望みのように、オレにも私人としての望みはある。それが叶うかもしれない好機を、逃す気はない」

 

一瞬、カルナの瞳がキャスターの方を向く。

キャスターは手を握りしめ何一つ見逃すものかというように、眼を見開いて場を見守る。

 

―――――そうして音すら置き去りに、幾千もの月日を越えて古の大英雄たちは荒野で激突した。

 

 

 

 

 

 

 




結局始まるスーパーインド大戦。

ちなみに、主人公のメンタル強度ですが、彼女のはダイヤモンドです。圧力には強くても一点に強烈な負荷を与えられると割れます。

あと、アンケートは本日pm12:00までを〆切にさせていただきます。




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