では。
「……」
「……」
「……」
「……」
ひゅうひゅうと隙間風どころではない風が吹き抜ける衛宮邸の中、ランサー、衛宮くん、衛宮くんの召喚したサーヴァント、自分は、立ち尽くしていた。
原因は、目の前のぼろぼろの衛宮家。
壁と天井の大穴や、ランサーが謎のサーヴァントごと吹っ飛ばした窓や砕け散ったガラスが目立つ家を前に、金髪の少女のサーヴァントはひょいとこちら三人の顔を見上げてきた。
……今更気がついたけれど、彼女、私たちの誰より小柄で華奢だった。
「これ、直せますか?マスター、魔術師ですよね?」
「俺には……無理だ」
でしょうね。
初歩的な魔術しか、使えないと言っていたもの。
修理に関しては論外枠の槍兵の視線を感じながら廊下に膝をついて、散乱したガラス片や漆喰の粉に触れる。
一通り触れたり嗅いだりして、衛宮くんを振り返った。
「……明日でいいなら、直せるけど」
「ホントか!」
「本当ですか!」
「穴のほとんど、私とランサーが開けたやつだしね。でも魔術に使える魔力を治癒で使い果たしたから、明日じゃないとできないし、二日はもらうよ。ごめんね、衛宮くん」
「いや、いやいやいや、白矢が謝るコトじゃないだろ!怪我したの、俺を庇ったからだし!」
「で、衛宮くんは焦ってサーヴァントを喚んでしまったわけ、か。……なんで?」
「……おまえを助けたかったんだよ。白矢が、綺麗な月夜と蔵の床に注意しろって言うから、それなら蔵に逆に何かあるのかなって。で、あちこち魔力を流してたら召喚が起きたんだ」
「……」
素直過ぎて駄目だったパターンだった。
私の馬鹿。
「それで、白矢。何でランチャーがここにいるんだ?ランチャーも魔術師だったのか?」
「オレはサーヴァントだ。英霊を、魔術で使い魔の枠に当てはめた存在と心得ろ。おまえのサーヴァントは────」
ランサーの剃刀のように細められた眼が、杖を両手で持った少女を射抜く。
少女の肩がはねるが、衛宮士郎を庇うように前に出た。
「わたしはキャスターのサーヴァントです。むらま……じゃなく、シロウのサーヴァントとして召喚されました」
「そうか。オレはランサー。槍兵だ。キャスター、問うが、おまえは魔術師のサーヴァントだろう。直せないのか?」
「わたしはその、こう、バーンッとやる魔術のほうが得意で……」
「白兵戦寄り?」
「そう!そんな感じです!……あと、召喚の影響で魔術の感覚が少しおかしくなってて……もっと壊しちゃうかも」
「わかった!白矢頼んだ!すまん!昼飯一週間奢る!」
「はいはい」
勢い良いな。
何にしても、キャスターも外見通りの少女めいていた。セイバーのように、少年期の姿で召喚されたサーヴァントなのだろうか。
そんなサーヴァントと契約を果たした同級生は、険しい顔をしていた。
「白矢、俺はさっきお前が言ってた殺し合いに巻き込まれたってコトなのか?」
「……うん、そう。正確には、魔術儀式、聖杯戦争だよ」
「セイハイ……戦争?」
「参加者は七人のマスターと七騎のサーヴァントのみの争いだ。オレの主は彼女で、オレの槍を預けている」
「さっき俺たちを、襲ったのも?」
「サーヴァントだと思う。そもそもあんなのがサーヴァント以外でいたら、この街は終わってる」
「そうなの?」
キャスターが、目を瞬かせていた。
こういう反応も、外見年齢相応に見える。
「あれはサーヴァントだ。それとマスター、おまえの令呪の使用についてだが」
「ソレ今言います?」
「時間はかけん。端的に言う。遅い」
「……」
「オレにおまえを癒やす術はほぼない。おまえに自力で己を癒やす術がなければ、どうなっていたと思う」
「……わかりました。次からはサーヴァントに遭遇した瞬間に呼びます」
「若しくは、すぐさまオレから離れるな」
それは無理では?
と思うが、言った瞬間泥沼化するだろうから、黙るコトにした。
それよりも、気になるコトがある。念話に切り替えた。
『ランサー、キャスターがここにいるなら、アトラム・ガリアスタは何のクラスを喚んだんでしょう?』
『オレから言えるコトはない。だが、セイバーたちは何かあれば繋いてくるだろう。連絡用の礼装に通信はあったか?』
『ありませんし、壊れてもいません』
『ならば待つべきだろう。まとめれば、キャスターは彼女になり、オレたちは正体不明のサーヴァントと交戦し、アーチャーに当分戦闘不能な傷は与えた。令呪一画を消費はしたが、成果はあったと言える』
『……はい、ありがとうございます、ランサー。今さらですけど、戦闘お疲れ様でした』
『問題はない。あったのはおまえの負傷だけだ』
よし話題変えよう。
即判断して、比較的被害が少なかった衛宮家の一室に移った。
うちと同じ日本家屋の衛宮邸だが、畳の匂いはやっぱり違う。
それを感じながら、口を開いた。
とはいえ、私自身が聖杯戦争に関しては素人よりマシぐらいな付け焼き刃な知識しか知らないのだ。
ランサーと併せての説明でどうにかこうにか、という程度。
衛宮くんのサーヴァントとなったキャスターも、正規の召喚でなかったからか聖杯戦争の知識がランサーほどは無いらしい。
そも、彼女が人間ではないからかもしれないが。
過去現在未来から喚ばれるのがサーヴァントらしいけれど、ベースは人類史のはずだ。その中に刻まれるほどの
意思疎通ができるならヒトかそうじゃないかなんてどっちでもいいのだけれど。
ランサーがもし自分の予想通りの英霊なら、彼だって半分はヒトではない。だけど、だから何だにしかならない、現状。
「……以上が聖杯戦争の概要。詳しくは冬木の教会にいる言峰神父に聴けばいいよ。一応あそこは安全地帯で、衛宮くんがもし戦いを放棄するならあそこに行って申し出ればいい。キャスターさんに聖杯への願いがあるなら、別のマスターを探すコトになってしまいますけど」
「わたしはキャスターでいいですよ。正直、わたしもよくわかってないからわたしの意見は気にせずにむらま……シロウの思う通りにしてください。……あの、ところで皆さんは妖精國を知っていますか?」
キャスター以外、全員首を傾げる質問だった。
「妖精國……妖精は今の時代とてもとても珍しいです。私は会ったコトはありません」
「オレが生きていた頃は遭遇も多かったが、召喚されてよりこの方まったく気配を感じない。国を打ち立てた話も聞かんな」
「俺もない。妖精って言ったら、有名なのはイギリスか?」
「うーん、そういう意味で言うなら、イギリスよりブリテンのほうがいいかもね」
「ブリテン⁉」
キャスターはすごい食いつき方だった。
ある、と言えばあるのだけれど。
「でも、あそこは人間の国になって、妖精たちの気配は遠いって母さんが言ってました」
「……そうなんだ。そっか……」
「でもあなたの同胞は皆消えたわけじゃないと思います。妖精國……常若の国や影の国みたいな場所は、私たちとは違うテクスチャにあると思うから」
「……うん。うん??」
キャスターが緑の眼を瞬かせてこちらを見た。
「わかってたの?わたしが人間じゃないって」
「え、うん。……あ、ごめんなさい、隠しておくべきコトでした?」
「そ、そういうわけじゃないんだけど……」
ちらり、とキャスターの目が衛宮くんを見ていた。ぽかんと、わかりやすく驚いた顔をしている。
ああ、こっちが普通だったか。
ひらり、と手を振った。
「私も遠いご先祖様が人間じゃないらしいから、あんまり気にしない。というかできないんだ、そういうの」
「え、白矢も⁉」
「そうだよ。……衛宮くん、私はきみを抱えて飛んだり跳ねたりしたけど、身体強化の魔術を使ってない。生まれつきああなの。あれが、私が幾らか人間じゃないコトの証明」
「白矢、体が弱いんじゃないのか⁉」
「嘘だよ。私がいたら皆が危ないから、近寄らないようにしてた」
「……」
衛宮士郎、絶句。
まず以て同級生が魔術使いなのが驚きだったろうに、そこへ来て情報が多過ぎたのだろう。
とはいえ、ここには尻を蹴飛ばせるひとがいる。
「呆けている時間はない。おまえは聖杯戦争に挑むか離れるか、夜の間に決めるべきだ」
「……」
「オレのマスターへの義理立てなどという浅い理由へ逃げるな、衛宮士郎。……非情になりきれぬならば、正義に肩入れするのだけはやめておけ。そうでなければ、その矛盾におまえは遠からず殺されるだろう」
「なっ……!」
「ランサー」
言葉は足りてないわけではない。
ただ、鋭すぎる。
本当のコトしか言えないランサーのこの気質、いよいよ呪いじみていた。
「衛宮くん、ランサーや私から話せるコトはもうない。一度教会に行こう。……そこまでは、私たちも付き合う」
「い、いいのか?」
「きみがサーヴァントと契約したの、私のせいでもあるからね。教会の中までは、入らないつもりだけど」
「時間はないよ。夜が明ける前に済まそう」
マフラーを巻き直して言うと、衛宮士郎は頷いてくれた。
■■■■■
「キャスターが、霊体化できない?」
「はい。多分、わたしと召喚方法の両方に原因があるみたいで……ランサーはできるんですよね?」
「ああ」
教会への道すがら、そんなコトが発覚した。
キャスターは、霊体化ができないらしい。咄嗟の召喚だったからできないのか、ヒトあらざるからできないのかはわからず、ひとまずそのままになった。
そのままなので、実体化したまま教会まで歩くコトになる。
警察に補導されそうになったら、唯一成人男性の外見をしているランサーに保護者面してもらうしかない状態である。不安しかない。口下手で身分証明書ないんだから。
「白矢はさ、何でランサーを呼んだんだ?聖杯で叶えたい願いがあったのか?」
そんな、よくわからない四人で歩き出して程なく衛宮くんは問うてきて、こちらは肩をすくめた。
「願いはないよ。綺麗な星の夜に一人で留守番してて、誰か一緒に見てくれないかなって思ったら、喚んでた」
「……」
「……」
無言になる魔術師主従の頭の上から、現代の服を着たランサーまで口を開いた。
「マスターにもオレにも願いはない。だから早急にオレを自害させ、聖杯戦争から降りろと言ったのに聞く耳持たずでこの有り様だ。度し難い頑固者という点で、おまえたちは似ているな、衛宮士郎」
「自害って……本気でか?サーヴァントは、願いを叶えるために召喚されるのが基本って……」
「ランサーの願いは、召喚されてすぐ叶ったからもういいんだって。マスターには令呪があるでしょ?それ、三画全部使えば、それこそ望まない自害もさせられるくらいには強い命令権なの」
「……」
「普通は空間転移とか、瞬間的な強化とかに使うものなのに、それ全部使って自害させて聖杯戦争から降りろって、言い続けられた。どっちが頑固者だよ。私がしたくなかったから、してないけど」
「なら、白矢は今は何のために戦ってるんだ?」
「まともな人に聖杯を渡して、こんな戦いを冬木から祓うため、かな。あとは─────ううん、他に理由はないよ」
─────十年前の私みたいな思いをする子が、生まれないように。
とは、さすがに言えない。こと衛宮士郎には。
十年前にあった聖杯戦争と、十年前にあった冬木の大火災。
父の生命も奪ったあの災いも、聖杯戦争の結果だ。バゼットはそう教えてくれた。
というより、とうに母が伝えていたと思っていたようで口を滑らせた形だ。
母からは聞いていない。知らせて、動揺させたくなかったのだろう。
父さんが、聖杯戦争に殺された、なんて。
「……」
と考えていると、じぃ、とキャスターの視線を感じた。何故か衛宮くんを『村正』と時々呼び間違える彼女の正体も、謎のままだ。
知らない地名を口にしたし、彼女は並行世界から来たのかもしれない。何でもありか、聖杯戦争。
それにしても、と考える。
このキャスターの眼差しは、ランサーと同じだ。
沢山、
成り立ちは違ってもふたりとも『見透す眼』であるのはきっと、変わらない。
「キャスター、私の顔に何かついてますか?」
「つ、ついてないよ!」
「そう。……でも、あんまり視ないほうがいいですよ。私の中身、結構ロクでもないから、あなたが疲れると思う」
「……!」
「ん?」
全然わからないって顔の衛宮くんと逆に、キャスターは察したように杖を両手で握りしめていた。
魂が具現化したら武器になる人間の中身なんて、視ないほうがいいと思う。
ランサーは視たいなら勝手に視にくるだろうし、中身も完成しているようだから置いていていい。
が、見た目も中身も歳相応そうなキャスターには、伝えておいたほうがいいだろう。
潜在的な敵に甘い!と拳を飛ばしてくる脳内バゼット姐さんには、内心だけで謝るコトにした。
しかし、アトラム・ガリアスタは本当に誰を呼んだのだろうか。
この彼女が、最後のサーヴァントのキャスターだろう。
凛がアーチャー。
バゼットがセイバー。
衛宮くんがキャスター。
自分がランサー。
とするなら、残りはアサシン、バーサーカー、ライダーだ。
さっきの紫髪のサーヴァントは明瞭な言葉を話したし、暗殺者ならあんなに何発も人を殴る蹴るして殺せないなんてないだろう。
だから、彼女はライダーの可能性が高い。
いずれにしても、内訳をちゃんと考えたくなった。
「マスター、着いたぞ」
そんなランサーの声で足を止めれば、冬木の教会が見えていた。
「私たちはここまで。一応家出る前に連絡は入れたから、神父はいるよ」
「何から何まで悪いな、白矢」
「気にしないで。私は入らないから」
「そこまで怖い人間なの?」
「怖くもあるし、相性が悪いから近寄りたくないんです。言峰神父は、心臓がないみたいなひとだから」
「……?」
ランサーが、疑問符を浮かべた衛宮くん相手に口を開いた。
「言葉通りの意味だ。オレのマスターは感覚が先走るタチでな。意味が通らない発言や行動も多いが、眼と感覚は正常だ」
「優れた論理を携えているのに、全方向に着火するのを止めないあなたに言われたくありませんが?」
「おまえは他人に降りかかる火の粉で手酷く火傷を負ったばかりだろうに。他人の盾になって燃え尽きるつもりか?」
「勝手に死にたがりかのように言わないでください。私は生まれたときから、戦いからは逃れられません。でも戦いなんて、できる人間だけでやればいい。できないひとまで武器を取るのは最早カリ・ユガです。私は、そのほうが嫌」
いつものようにランサーと言い合って、ふと我に返ると衛宮くんとキャスターが呆気にとられた顔になっていた。
「……喧嘩ではないから、気にしないで」
「お、おう。……おまえら、仲が悪いわけじゃないんだよな?」
「そうではない。オレたちは互いに頑固ゆえ、言葉を惜しまず話すとこうなるだけだ」
「お互い、『おまえが言うな』と言ってるだけ。……はい、私たちのコトよりも自分たちのコトを考えなさいな、衛宮くん。キャスター、お願いしますね」
「お、お任せください!」
むんと拳を握ったキャスター主従を見送り、教会の門が閉じるのを見届ける。
重々しい音を響かせ門が閉ざされた途端、ランサーがサーヴァントの姿へと変わった。
手には、封印を解いた大槍。
戦の気配が、すぐそこまで来ていた。
「マスター」
「わかっています。弓、今晩はもう出せないのでお願いします。魔力は持って行ってくれて構いません」
「理解している。オレの側から離れるな」
今回ばかりはそうだ。
周囲を包む暗闇の奥から、何者かが歩を進めてくる。
程なくして、こちらを押し潰さんとしてくるような気配と共に、『彼』は現れた。
街灯の淡い光の輪の中に、眩い黄金の髪と紅い瞳の青年が歩み出る。
青年はランサーへ視線を向け、引き裂くような嗤いを端正な顔に浮かべた。
彫刻の傑作の如き面貌なのに、とても、とても厭なものを見た気分になる。
まるで、生きようと藻掻いていた野鼠の、無残に踏み躙られた亡骸を見たような。
ヒトあらざる空気を纏う青年は、厳かに口を開いた。
「面白い。鎧か槍か首か、或いはその娘か、いずれかを
「聴くに値しない戯言をよく吠えた。ここが貴様の死地と知れ、古の王者」
召喚されてから初めて見るランサーの憤怒の炎で、夜空が赤く染まった。
捧げ物がどれか一つでいいだなんて随分謙虚な王なのだな、と思った。
感想欄で負傷を1ミリも心配されない主人公に笑ってしまいました。
ここまでの衛宮士郎への対応は共通ルートです。
選択肢ミスっても道場行きにはなりません。
衛宮士郎→主人公の印象は、体が弱く、母や姉(美人)とはよく笑い合い、けれど正義の味方のユメを絶対に嗤わず、ちょっと物言いが正直すぎるものの、明るい性格の幼なじみです。神秘を知っているとは思っていませんでした。
だがルートはない。
ランサーの感情メーターは、
1.生まれ変わって幸せと思ってたのに割と厄ネタ家系
2.主人公の学校(安息の地)に致死級の結界
3.主人公、友人とは言え他人を庇って瀕死+令呪消費
4.主人公の好ましい性格の友人がマスターに
5.ラスト英雄王
という5段階踏まれてカチンときた感じです。
あと、セタンタやキャストリアが来た理由は一応あります。
そこまで書けるよう頑張ります。
この世界は、『正史』とある一点だけが異なった並行世界です。異聞帯や特異点ではありません。