太陽と焔   作:はたけのなすび

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では。


Mem-11

 

 

 

「白矢!」

 

 黒い髪が揺れ、細い体が倒れ伏すのを衛宮士郎は見た。

 咄嗟に駆け寄って、まず脈を取った。

 だが、首筋に触れた瞬間指先に熱が走った。

 熱された金属のように、白矢の、衛宮士郎の同級生の体は熱くなっていたのだ。

 その顔を、バーサーカーのマスターが覗き込む。ガラス箱の珍しい虫でも見るような、無機質な眼だった。

 

「迂闊に触れないほうがいいわよ、お兄ちゃん。ハクヤの家の直系は、回路の量も質も編成も異常。それにその娘、今代の『先祖還り』でしょう?あの一族の最高傑作に触れたら、何が起きるかわからないわ」

「最高……傑作?」

 

 少女は応えず、墓地と森の境界で戦っていたバーサーカーとランサーに紅い瞳を向けた。

 黒い巨人と白い青年は、そこにいた。

 焼け爛れた地面に立つバーサーカーは、心臓ごと左肩を抉られている。

 だが、既に再生(・・)が始まっていた。煙を上げ、バーサーカーの瞳に光が戻る。

 ほどなく、アレは動き出すだろう。ぞくりと背筋に怖気が走った。

 

 ランサーは槍を構え、静かに佇んでいた。鋭い眼はバーサーカーを捉えているが、追撃を加えるつもりはないようだった。

 

 彼ら二騎の様子に、少女は柵から身を乗り出していた。

 

「すっごーい!すごい!ランサー、バーサーカーをちゃんと殺してる!いいわ、ハクヤとの約束通り、今日は誰も殺さないであげる!」

 

 楽しげに、妖精のように。

 くるりと回った少女は、士郎を見つめた。上品な仕草でスカートの裾を摘み、お辞儀をする。

 

「名乗っていなかったわね、わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。……この名前の意味、わかるかしら?」

「……」

 

 心当たりはない。

 咄嗟の言葉が出ないまま、無言で白矢を庇う士郎に、少女────イリヤは肩をすくめた。

 

「呆れた。アインツベルンも知らないんだ。ハクヤが起きたら、意味を聞いておいてね、お兄ちゃん。─────バーサーカー!」

 

 イリヤの声に、バーサーカーが呼び寄せられて跳んでくる。

 同時にランサーも間近に現れ、槍の穂先を少女と巨人へ向けた。

 地面を震わせ着地したバーサーカーはイリヤを太い腕に乗せ、躊躇わず飛び退る。

 黒い大鴉のように森を飛び越え、彼らは姿を消した。

 即座にランサーが槍を消し、白矢の側に膝をつく。

 薄い青の瞳は、こんな時だろうと冷静─────ではなかった。

 よく見れば、瞳の奥が嵐の海のように揺れている。

 

「マスター」

 

 ランサーが呼び掛けても、白矢曙宇は応えない。

 青い瞳を閉じたまま、倒れていた。

 繊細な陶器の人形でも扱うように、ランサーが少女の背中と膝裏に腕を差し入れ、持ち上げる。血の気の失せて白くなった爪の先が、草を掠めて揺らした。

 キャスターが近寄り、指先を白矢の首筋に当てる。ランサーは、止めなかった。

 

「大丈夫。命脈は乱れてません。多分、魔術回路に過剰な負荷がかかったんです。こんなに一度に魔力を生み出したコトが初めてだったんでしょう」

「……活性化に脳が耐えきれず、意識を閉ざして体を守ったか」

「はい。その熱は、魂のほうから来てるので、わたしにはどうにも……」

「問題ない。この程度で毀れる魂ではない」

 

 軽々と両手で少女を抱え上げ、ランサーは立ち上がった。

 

「オレは去る。衛宮士郎、キャスター、徒に生命を落としてくれるなよ」

 

 そのまま、青年はバーサーカーと同じく鳥のように去って行った。

 あとには、槍兵と狂戦士が激突し撒き散らされた破壊の爪痕だけがある。杖を握り締めていたキャスターが、はっと我に返ったように辺りを見回した。

 

「シロウ!慌ただしいけど、わたしたちもあなたの家に戻りましょう。たくさん穴は空いてますけど、眠れますよね?」

「ああ」

「よかった。なら早く離れないと、人が集まって来てしまうかもしれません」

「……」

「大丈夫です。壊れた建物なんかは教会が何とかしてくれるってハクヤも言っていましたし。それより、わたしたちの見た目では警察が来たら誤魔化せませんよ!」

「……そうだな」

 

 殺されかけ、超常の神話の戦いを目撃したあとに気にすべきなのが警察というのは、何だか奇妙な気もする。

 だけれども、それは正しいだろうと衛宮士郎は足早に去る。

 最後に、聳える教会の黒い尖塔を一瞥して。

 

 

 

 

■■■■■

 

 

 

 

 

 かくて、翌日の朝一番。

 普段なら登校前の静けさに満ちるはずの我が家の居間にて。

 

「そこへ直りなさい、曙宇」

 

 怒れる執行者の姐さんが、降臨することとなった。

 

 いやでも。

 

「フラガラされる謂れはなくありませんか!令呪は一画消費しましたが、サーヴァント五騎の情報は得たんですよ!」

「そうだぜ、マスター。アーチャー、ライダー、キャスターに謎のサーヴァントとバーサーカーと出くわしたんだろ?十分じゃねえか」

 

 正座で抗議したこちらへ助け舟を出してくれたのは、ランサーではなくまさかのセイバーだった。

 ランサーはと言えば、少し用があるとのことで我が家の蔵に入ってしまったのだ。

 謎のサーヴァントこと、黄金の英雄についてのランサーの見解はあとで聞くとして、セイバーの助け舟に乗っかることにした。

 

「ほとんどの陣営の情報を得られたんだから、緒戦の結果としては悪くないと思います!サーヴァント五騎と遭遇して、ほぼ無傷ですよ!」

「…………確かに、あなた方は不運か幸運か判断のつきにくい紙一重が多い。夏夜も真晝もそうです」

「……」

「いいでしょう。確かにあなたとランサーの持ち帰った成果で怒りを覚えるのは、誤りでした。……では、お互いに情報交換と行きましょう」

「そうこなくっちゃな、マスター!」

 

 快活に笑うセイバーとバゼットは、昨日こちらが見つけたアトラム・ガリアスタの工房へ向かった。

 

 だが、彼の拠点は既に跡形もなく破壊され、廃棄されていたという。

 

「ガリアスタの工房は、確かにあそこに存在したのでしょう。ですが焼き払われ、彼の配下は殺されていました」

「ガリアスタ本人は?」

「工房内に彼の残骸がありました。彼は、自らのサーヴァントに殺害されたと思しい」

「え?」

 

 何でも工房を調べてルーン魔術を行使し、バゼットとセイバーはガリアスタの工房を破壊したのが彼の呼び出したサーヴァントであることまで突き止めた。

 その痕跡をルーンで辿り、至ったのは冬木市有数の霊地、円蔵山。

 柳洞寺という寺が佇むこの山に、サーヴァントが立て籠もったのである。

 

「消去法でクラスはアサシンになりますよね?アサシンにそんな能力が?」

「ただのアサシンではありませんでした。工房の資料を読み解くに、ガリアスタはサーヴァント召喚に手を加えていた。どうやら、キャスターとアサシンの二つの特性を与えて、サーヴァント召喚を行ったようです」

「そ、そんなのできるんですか!」

「彼はやり切ったのですから、それが事実です。察するに、私があなたと同盟を組むのを察知して少しでもアドバンテージを稼ごうとしたのかと」

 

 二重召喚というか、二重霊器というか、何とも形容しがたい召喚式をガリアスタは実行し、成功はした。

 だが。

 

「サーヴァントが端から歪んでたか、よっぽどの地雷を踏んで決裂したんだろうさ。あの魔術師が召喚したサーヴァントは恐らく、メディアだ」

「ギリシャ神話に出てくる、コルキスの王女メディアですか?」

「ええ。彼女には()()()()()()とも言える逸話がある。それを引き出して召喚したようです」

「……」

 

 コルキスの王女にして魔女のメディアと言えば、大神ゼウスから逃れたほどの魔術の腕を持つ。

 奸計を張り巡らせて人を殺めてもいるけれど、悲劇の主人公にもなり得る多面的な英霊だろう。

 アサシンかつキャスターに、なれなくもなさそうだった。

 

「今のアサシンは実質的にはキャスターってコトですか?」

「ええ。如何なる魔術か、柳洞寺の山門を守るサーヴァントまで召喚していました」

「正規のサーヴァントにしちゃ影が薄かったがな。幻霊と言ったほうが正確だろ。ただし剣の腕は本物だ」

 

 セイバーは柳洞寺の山門を守るサーヴァントと、一戦交えたそうだ。

 風体は日本の侍そのものであったらしいから、もしや土地に眠る何処かの無名の強者を呼んだのだろうか。

 

 ………………正直なところ、ご先祖様たちが婚姻したこの日本出身の強者たちを考えると、普通にあり得そうである。

 

 所詮は極東の島国なぞとロンドンでは言われているらしいが、その分妙に神秘が凝縮されて規格外が現れるとも言われているそうだから。

 セイバーは指を指揮棒のように立てた。

 

「まとめるとだな。柳洞寺はキャスターかつアサシンのサーヴァントの根城になった。今、街中じゃガス漏れ事故ってのが多発してんだろ?あれはアサシンの仕業だ」

「魔力を街から徴収してるってことですか?」

「おう。街から来る魔力の流れが柳洞寺へ流れてくのは昨日確認した。ま、キャスターらしい戦法だよな。そっちが出会ったキャスターは、随分血の気が多かったみたいだけどな」

「そうですね……」

 

 正規のキャスターであるはずの金髪の少女の面影が浮かんだ。

 衛宮士郎をマスターとして現界した彼女はヒトではなく、恐らくは並行世界か別世界の存在だろう。

 一体あそこの主従は今後どうしていくつもりなのだろうとは思う。

 ……あと、壊れた衛宮邸の修理はどうしたものかという話もある。登校前にちょっと寄って直せるぐらいの易しい損壊ではないし。

 

 そんなこちらの気の逸れ方を察したように、バゼットは手を打ち鳴らした。

 

「私たちの陣営はこれで、七騎すべてのサーヴァントと見えたはずです。その上で、一番の懸念について話したい」

「あの黄金のサーヴァントですか?」

「はい」

 

 異論はなかった。

 得体の知れなさという一点で、あのサーヴァントは脅威においてバーサーカーよりも上にいる。

 

 何より、あの黄金の英雄によってサーヴァントは数が合わなくなった。

 あの強大な霊格は三騎士クラスのいずれかだと思われるのに、セイバー、アーチャー、ランサーは既に召喚されている。

 

 山門の幻霊を数えなければ、あの黄金のサーヴァントは八騎目となるのだ。

 

 聖杯戦争は七人のマスターと七騎のサーヴァントの殺し合いだと、あれだけランサーは口を酸っぱくして言ってくれたが、蓋を開ければこのイレギュラーだった。

 

「曙宇、あのサーヴァントは確かに受肉、つまり肉体を持って現界していたのですね?」

「はい。ランサーもそうだと言っていました。ただ、受肉の材料は()()()()と」

「どす黒い?何だそりゃ?」

「どす黒いとしか言えないほどに汚染された魔力で受肉したって意味らしいです。オレは術師ではないから、あるがままを口にするしかできない、と」

 

 ランサーは鋭い感覚で物事や人の本質を捉えられるが、それを他人と共有するのが難しいのだ。

 呼吸の仕方を説明しろと言われたら、困ってしまうのと似たようなものだろう。

 詰まるところ、ランサーにとって視えるのは当たり前すぎて、常人が視えてないものの区別が薄い。

 区別ができていないならば、さぞ説明に苦慮するだろう。

 

「汚染された大量の魔力で受肉したと言うならば、そのサーヴァントは前回の聖杯戦争の勝者というコトになるのでしょうか……」

 

 バゼットの言葉に、セイバーが唸る。

 

「勝者っつうより生き残りなんじゃねえのか?前回の聖杯戦争で、勝ったやつはいないって言ってたよな」

「ええ。それが公の見解です」

「でも、その見解って教会か協会のどっちかが出したんですよね?どっちみち胡散臭いです。言峰神父とか、何か隠してそうだし」

「あなたは相変わらず彼が苦手なんですね……」

 

 バゼットの言葉に、大きく頷く。

 無理なものは無理である。というか、年齢を考えたら彼だって聖杯戦争に参加していたっておかしくないのだ。

 

 そんな前回の聖杯戦争において、勝者、すなわち聖杯によって願いを叶えた者はいなくとも、ただただ生き残った者がいるかもしれない。

 聖杯が持つ魔力を流用するなりなんなりすれば、十年前から現界するのも可能ではないだろうか。

 その場合、マスターはどうなのかとか、そもそも存在しているのかとか別の問題はあるが。

 

「けどよ、それならあのランサーがどす黒いとまで言う魔力を、聖杯(・・)が持ってたってコトになるよな?」

「何百年と殺し合いを誘発してきた器なんて、怨念を溜め込んでいても別に不思議ではないと思いますけど……」

「いやいやいや、オレたちはそれによって呼ばれてるんだぜ?」

「あ、そうでしたね。ランサーもセイバーも、まったく汚染なんてされないように見えますけど」

「されてねーよ。ま、未来のオレじゃなく、こっちのオレが喚ばれたってのは奇妙といえば奇妙だけどな」

 

 セイバーの真名は、バゼットの反応を見るに相当有名かつ強力な英雄だろう。

 だから本来ならば、そちらが喚ばれるはずだ。

 しかし、召喚されたのはその少年期の人格を持ったセイバー。

 かと言って、それが召喚の要たる聖杯の汚染のせいかと言われればそうとも言えない気がした。

 バゼットは、悔しげに宣言した。

 

「……判断材料が少な過ぎる。黄金サーヴァントを八騎目とし、彼を最大の脅威と見据えましょう。次点でアインツベルンのバーサーカー、次に遠坂のアーチャーを置くコトを提案します」

「オレも賛成だな。バーサーカーは蘇り、アーチャーは弓を出さずにランサーとやり合ったらしいしな」

 

 冷静にそこまで述べてから、セイバーは悔しそうに拳を手のひらに打ち付けた。

 

「あーくそ!オレもそいつらと戦いたかった!街中から延々アサシンを追いかけて、山での一戦しかしてねぇのに!ショウ、ずりぃぞ!」

「こっちは情けないガス欠を起こしたんですが……いやそも、戦ってくれたのはランサーですよ」

「おまえも弓でアーチャーのマスターとやり合ったんだろ?」

「それは…………そうですけれど」

 

 根っからの戦闘民かつ中身も随分見た目相応なセイバーは、そのまま居間の机に突っ伏してしまった。よほどランサーの連戦と激闘が羨ましかったらしい。

 そこで、時計のアラームが鳴った。

 私は時計を見て、立ち上がる。

 

「では、学校に行ってきます。昨日の結界も確かめたいですし、キャスターのマスターも多分来ていると思うので」

「襲撃しますか?」

「少し待ってください。同盟できる可能性が未だあるので」

 

 普通に考えれば、キャスター陣営は最も容易く落とせる。サーヴァントはともかくマスターが弱く、孤立しているからだ。

 

 けれどだからこそ、簡単に落としていいとも言えない。

 落とせば、戦況がまた形を変える。その変え方は読めないままだ。

 

「キャスター陣営に関しては、一旦私たちに預けてもらえませんか?」

「……わかりました。ですが、彼らはあくまで敵です」

「わかっています。こちらにも優先順位がありますから」

 

 頷いて通学鞄を取り、マフラーを巻く。

 では、蔵に籠もったマイペース槍兵を呼びに行こうとしたところで。

 

「マスターか、見つけたぞ」

 

 がらりと扉を開けて、冬の澄んだ空気をまとったランサーが自分から入って来た。

 現代の衣装を着たランサーの手にあるのは、蔵に置いていた精巧な鳥の模型である。

 まさか、と思う間もなくランサーは変わらない淡々かつ断固とした口調で続けた。

 

「弓の稽古だ。これを使うぞ」

「その前に学校なので霊体化してください」

 

 真顔で返せば、ランサーは心底残念そうな空気を纏って輪郭を解き、霊体化した。

 

 しっかりと、私の手に鳥の模型─────弓の鍛練用の的を託して、もとい押し付けて。地味に凄い力がかかっていた。

 

 瞳のところに深々と矢の跡が残る鳥を片手に、私はすうと息を吸った。

 吸って、思わず叫ぶ。

 

「自由人ですか!!!!」

 

 朝から響く叫びに驚いた小鳥たちが、電線から一斉に冬の空へと飛び立って行った。

 

 

 





アトラム・ガリアスタは頑張りました。
とんでもないランサーが喚ばれた情報を得、色々頑張りました。そんな感じです。

カルナの格好は、エクステラの『フラワーコーディネーター』のエプロン無しということにしています。
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