年も明けてしまいましたが、また続けてまいります。
家を直すというこちらの提案にほっとした顔になった衛宮士郎くんだったが、ちょっと待てと言う話だった。
「きみ、やっぱり知らないんだ」
「知らない……?」
こちらの視線の向きで、すぐに彼の顔色も変わる。
私は今、
けれど彼女は驚きもしないし、そもそも完全にランサーと私への怯えを見せている。
彼女の視点からすれば、昨日自分のサーヴァントが殺しかけたマスターと、自分のサーヴァントを殺しかけたサーヴァントが揃って乗り込んできたのだ。怯えないほうがおかしい。
「桜?」
「ッ!」
だから、衛宮士郎のたった一言、疑問と微かな疑いを含んだ呼びかけで、決壊してしまうのも無理ないと言えた。
立ち上がって走り去ろうとする桜の前を、申し訳ないが塞がせてもらう。
「桜さん、止まって。ここで逃げたら、私は追うよ?学校の先輩としてじゃなく、聖杯戦争のマスターとして。あなたなら意味がわかるでしょう?」
「……白矢先輩、やっぱり知ってたんですね。私のコト」
「あなたが聖杯戦争の間桐家のマスターだってコトは、十日より前に気がついてたよ。私は眼が良いほうだから」
間桐桜の眼に、怯えよりも強く黒い感情が閃く。
まぁやはり、見た目通りの大人しやかなだけの
「下手な謙遜をすると事態が悪化するぞ、マスター。衛宮士郎、間桐桜、遠坂凛に浮き出たマスターの証を、お前はすべて見抜いていただろう。見抜いた上で、サーヴァントを召喚する前に排除しなかったのは学友としての情ゆえだろうが」
「ランサー、自分のマスターを後ろから刺すのやめてください」
「そうは言うが、お前が直そうとしているのはライダーが破壊した間桐桜の居場所だ。どこからどこまでをお前が知っているか、認識させるべきではないか?」
「正論ですが、謂れのない殺し合いを吹っ掛けられている最中の女の子に対してあなたの物言いは怖く聞こえるので、ちょっと後にしてください。申し訳ありませんが、あなたは印象が桜さんには怖いと思います。私もでしょうが、同性の私のほうがまだマシです」
「……承知した。確かに印象は、それを覆すのに足る時間と振る舞いが必要だな。オレは口を閉ざしていよう」
言って、本当に口を閉ざして腕を組みなおしたランサーだった。
一方の衛宮士郎に間桐桜はと言えば、目の前で繰り広げられたマスターとサーヴァントのプロレスか漫才じみた喧嘩に勢いを削がれたようだった。
そのために、ランサーの言い方に乗っかったのだから、そうであってくれなければ困る。
幼なじみ及び幼なじみの大切な妹と、誰が殺し合いなんてしたいと思うのか。
その割に、幼なじみにコンクリートの壁を貫通する弓矢をぶっぱなしているが、あれはまあ向こうも当たればコンクリートの床に穴を開ける宝石をぶっこんで来てるのでお互い様みたいなコトがあるのでともかくとする。
「桜さん、あなたは間桐家の正式なマスターで、契約しているサーヴァントは恐らくライダー。昨日、私をボコボコにしてくれた綺麗な紫色の髪の女性のカタチのサーヴァントじゃない?」
「……そこまでわかっているのにわざわざ来るなんて、白矢先輩は意地が悪いですね」
「ちょっと待て、待ってくれ!白矢、お前は桜がマスターだって言うのか⁉」
私と桜の間に入り、桜を背中に庇う士郎くんにうんと頷きで返した。
「最初からそう言ってる。桜さんは聖杯戦争のマスターだ。それに御三家の後継ぎなら、きみや私のような魔術使いじゃない魔術師だと思う」
「魔術師……桜が……」
衛宮士郎が、
「て言っても、うちもだけどね。私の母さんと姉さんも魔術師だし」
「エッ!夏夜さんと真晝さんが⁉」
「当たり前でしょ。魔術師は普通一族ぐるみだよ。私は継承者じゃないから魔術使いなだけで、母さん姉さんはちゃんと魔術師してるから。きみのお父さんだってそうだったんじゃないの?」
「!」
「今頃、二人ともルーマニアとかあの辺で人助けしてるんじゃないかな?そういう戦闘系のゴリラ魔術師だから」
「ご、ゴリラ……あ、そう言えば昨日の白矢の腕力も────」
「へえ?衛宮くんは、ゴリラって聞いて想像するのが昨日の私なんだ?」
「馬鹿シロウ!余計なコト言っちゃダメですよ!女の子にゴリラなんて!」
「あっ!」
あ、じゃない。漫才か。
とにかく、しっかりしてくれと衛宮士郎をじとりと睨む。
「魔術師が自分の思うより周りにいて驚いた?衛宮くん」
「……当たり前だろ。けど、魔術師であるコトと聖杯戦争のマスターであるコトは、イコールじゃないはずだ」
「ああ。それはそうだね。昨日散々、私たちが聖杯戦争のマスターは殺し合いするって言ったから、警戒してるんだ」
それはまったく以て正しい視点である。
「けれど実際、間桐桜さんは魔術師で、聖杯戦争のマスターだよ。契約サーヴァントの気配がないのは…………うーん、別の誰かに預けているから、とかかな?」
びくっ、と大きく桜の肩が跳ねた。
当たりらしい。
「そうか。指揮権ごと渡してるから、昨日ライダーがここを襲ったんだ。けど、あなたがライダーを預けた誰かは、あなたほど衛宮くんを大事に思ってはいないみたいだ。……人選を誤ったね」
刹那、桜がきっと顔を上げた。
顔を上げて、私を確かに眼の中に捉えた。
「私は……私は、白矢先輩みたいに戦えるわけじゃないんです!魔術師の姉さんもお母さんもいるなら、白矢先輩だって戦う必要なんかなかったのに!どうして戦いに出てくるんですか!先輩を庇って、傷ついたりするんですか!」
「……」
「あなたが……あなたがもっとひどい人なら、良かったのに……!」
とても、八つ当たりだとは思う。
けれど、好きな人と殺し合いになるかもしれなくて、元々好きではない先輩に自分の安寧の場所に踏み込まれて、自分のサーヴァントがよりにもよって想い人を殺しかけてしまったと知ったら、平静でいられるわけがない。
お前はいつの日か、戦うために武器を取らなければいけないんだよと、望んでいなくてもそうなってしまうのだよと、生まれたときから言い聞かされて育った私と彼女では、同じ場所にいても生きている世界が違うから。
後ろで地味に怒ってそうな槍兵はスルーした。
戦士の価値観そのままで、現実を曲げてでも恋に生きたいと願う女の子に相対しないでほしい。そういうところが怖いと言うのに。
それに加えて、桜のサーヴァントのライダーに私が殺されかかった一件を引きずっているのもありそうだった。
何にせよ桜と向き合うべきだと、口を開く。
「確かに私はきみを知らないけど、殺し合いをしたいとも思わないよ。聖杯戦争なんて無駄な争い、終わらせて日常に帰りたいから」
「……簡単に言うんですね」
「簡単とは思ってないけれど、思うコトもやめてしまったら腐り落ちてしまうもの。一応言うと、目下一番生命の危険が爆上がりしてるの、そこの衛宮士郎くんだからね?」
「俺⁉……って、そうか、昨日のアインツベルンってところの……」
さすがにあの巌の巨人と雪の少女に狙われた昨日の一件は、忘れていなかったらしい。
キャスターが大きく頷いていた。
「確かに、あのバーサーカーのマスターはシロウを狙ってましたね。聖杯戦争とか関係なしに、すごく恨まれてるみたいで」
「そう。付け加えると私も、全然知らないサーヴァントっぽいやたら黄金を纏ったヒトに殺す宣言されたので訳がわからなくなってるところ」
「昨日そんなコト言ってなかったよな⁉」
「きみたちが教会で事情説明してもらってる間に発生した事故なので」
何が言いたいかと言えば。
「あのバーサーカーも黄金の英霊も、単独でどうこうできる敵ではないよ。キャスターでも、ライダーでも、無理だと思う」
「白矢とランサーなら?」
「ランサーの戦闘力なら負けてないとは思う。でも、衛宮くんは昨日の私のガス欠を見てるでしょう?マスターとしての私の技量がヘボだから魔力切れが見えてるの」
「ヘボ……白矢で?」
「マスターの技量と言うよりも、オレの魔力消費量に問題がある。有体に言って、マスターに負担を強いるオレのせいだ」
「要するにマシンのスペックだけは対抗できるけど、そのエンジンを回す燃料が不足してるってコト。て、うちの事情よりもきみたちだよ。特にきみたち、キャスター陣営。……本当に早く何とかしないと、死んじゃうよ、衛宮くん」
衛宮家の修理に朝から駆け付けたのも、防衛線でもあるこの家をとっとと直さないと寝覚めが悪かったというのもある。
だから潜在的な敵に甘いのです!と脳内フラガラックしてくるバゼットには、やっぱり脳内だけで謝った。
「死ぬってそんな……」
「こればかりは、わかってもらわなきゃ困るよ。願いなんか私はどうでもいいから、戦争で死ぬ人を減らしたいし自分も死にたくないの。あと、ランチャーをちゃんと戦わせたい。呪詛毒裏切り全部無しで」
「欲をかくな、マスター」
「人間なら欲深くあっていいでしょう!」
定期的に後ろから刺すなこのランサー。
こほん、と咳払いをした。
「これ以上問答してても時間がかかるから、とりあえず衛宮くんの家を直すよ。まず、私がぶち抜いた家の壁からね。どこだっけ?」
「ここからならば、オレが空けた穴が最も近いと思うが」
「じゃあそこからでいいや。衛宮くーん、きみの家、勝手に入ったら死ぬ部屋とかないよね?」
「あるわけないだろ!って、二人とも勝手に進むなって!」
ならどこを直せばいいのか教えなさいなと。
ぎゃあぎゃあ言い合う衛宮士郎と自分、後ろから定期的に二人纏めてグサグサ刺してくるランサー。
その後ろを歩いてくる桜に、彼女を気遣うように歩くキャスター、というしっちゃかめっちゃかな一行で歩き回り、何とか衛宮邸修復は終わる。家から持ってきた魔術の補助具がなければ、音を上げていた破壊具合だったとだけ言っておこう。
その頃には学校に遅刻寸前レベルの時間になっていたけれど、最後に一箇所、どうしても見ておきたいところがあった。
「衛宮くん、キャスターが出てきたのは土蔵だったよね?」
「そこだ。オレも見ていた。あれが魔術師としての工房だと思っていたのだが、この魔術知識と技量、才能の比類ないほど際立った偏りを鑑みるに、正式な工房ではないな」
「……悪かったな。俺の魔術の腕は確かに悪いよ」
「ごめん、ランサーのこれ、言葉足らずなだけ。多分、衛宮くんの魔術の才能は一点特化だって言ってるの。つまりは、バランスは取れてないけど、傑物になれるぐらい突出した才能があるってコト。褒めてるほうだよ」
「……」
衛宮士郎、無言になってしまった。
気持ちはわからなくもないと土蔵に入って床を見れば、劣化はあれどまだ機能する魔術の陣がある。
「これは衛宮くんが描いたんじゃないよね。……桜さん…………でもないか」
昏い目を見れば答えは明らかで、キャスターを見たらぶんぶん首を横に振られる。
「……切嗣さんが描いたのかなぁ」
「え?」
「きみに魔術を教えたの、お父さんなんでしょ?衛宮家の養子にしたなら、息子を心配して聖杯戦争を想定しての護りぐらいあってもおかしくはないから、その類いかとも思ったんだけど……わからないな、これじゃ」
「マスター、この陣を描いた術者の正体を知っても、満たされるのはお前の好奇心のみだ。そろそろ手を引け」
「はいはい」
「それから衛宮士郎、この土蔵は護りに適したいい場所だ。今回はオレのマスターだから良かったものの、身内以外踏み込ませるのは感心しないな」
「……わかったよ」
ざくざく言われすぎたからか、ランサー相手に若干渋面になっている衛宮士郎だった。
そのランサーは気に留めたふうもなく、土蔵の床に転がっている、薬缶や金槌やらのガラクタを指さす。
「たとえばあれだ。あんなものはオレが生きた時代においても珍しい気配がある。お前の手によるモノか?人の目に触れるところに出すべきものか?」
「え?……そうだけど、ただの投影のガラクタだぞ?」
「先輩……!」
桜が何かを言いかける。
が、それを封じるようにランサーは彼女へ鋭い目を向けて、床の上のガラクタの一つを拾い上げた。
「マスター、見てみろ。触れればわかるだろう」
「はい?」
投げられ、受け取る。
ただの鉄の棒が何だと─────という疑問は、触れて魔力を通した途端に蒸発した。
「なんですかこれ!増えてる!世界にモノを増やしてる!」
「だろう。オレの時代の術者にも不可能な代物だ。これだけの才能ならば。師の手を焼いただろうな」
「冷静に言ってる場合ですかランサー!頭痛が痛いですよこんなの!」
「白矢、お前さっきから何言ってるんだ?そんなの、ただの練習だぞ」
最悪だ。
本人が気がついてないではないか。
この、規格外の代物に。
桜とキャスターはと見れば、キャスターはなんだか苦笑いのような諦めたような顔をし、桜は何もかもを投げ出しそうな顔になっていた。
─────なるほど、気がついていないわけじゃなかったのか。
その上で衛宮士郎がただ在るがままでいると言うなら、桜はやはり心情は衛宮くんの味方なのだろう。
尤も、その味方のなり方までもが相容れるかはわからないけれど。
ともかく、この才能問題児に多少は説明しなければならなくなった。
「……衛宮くん、あのね、結論から言うときみ、危ないよ。聖杯戦争関係なく」
「は?」
「君の作ったこれはね、神代の魔術師ですら届かない域にあるモノなの。……って言っても、信じられないよねぇ」
ぽかんとした顔を見れば答えなど明らかだった。
「世界に残り続ける投影品っていうのは、規格外なんだよ。太陽に照らされても消えない雪と同じ、この世の理に反した存在」
「……んー?」
通じてないとわかりつつ、言葉を重ねるしかなかった。
「重要なのはね、こんなの作れるって下手に知られたら、君はすぐさま人として殺されて、魔術の触媒として永久封印されるってコト。正義の味方になるどころじゃなくなるよ」
「はぁ⁉なんでさ!」
「なんでも!詳しくはキャスターに聞いて!」
「えっ!どうして!」
「あなたが魔術師のサーヴァントで、説明してる時間が私にないからだよ!早く出ないと遅刻する!」
遅刻するすなわちバゼットに異変が起きたと察知され、大乱闘ケルトバトルになる可用性があるのだ。
それに、赤い魔術師の目もある。
ゆえに、私は土蔵から出るや少し弾みをつけて衛宮邸の屋根に飛び乗った。強化魔術なしでも、魔術刻印なしでもこれぐらいはできるのが、我が一族の特異性だけれど、たった今判明した衛宮士郎と比べたらかわいく思える。
隣のランサーは霊体化して姿を消していた。無言なのは、言いたいことがもうなくなったということだろう。
外に飛び出てきた衛宮士郎は、屋根に乗ったこちらを見上げて目を丸くしていた。
「私は先に学校に行くから、君たちも遅れずに来るんだよ!またね!」
「おい、白矢!」
頭痛の種を増やしてくれた幼なじみの叫びを背に、自分は屋根を飛び越えて一路学校へと向かった。
貧者の見識も、この時期の桜にとっては相性最悪かもしれません。